<実験病棟主任研究員B.フィールウッズ−最高顧問Dr.ヒューズ間のEメール交信記録(1)>  
Dr.H.:実験の進捗状況は?  
B.F.:間もなく再開予定です。現在被検体確保のための最終準備を進めているところです。  
Dr.H.:前回の実験の失敗の原因となった、被検体の精神安定性の崩壊についての対策は?  
B.F.:今回予定している被検体は、S.T.A.R.S.の優秀な女性隊員であり、厳しい訓練に耐え抜いた強靭な精神力、肉体を有しています。  
Dr.H.:じゃあ、実験は無事に乗り切れるわけか?  
B.F.:はい。とはいってもさすがに実験開始時に一時的に気の触れた状態になるのは避けられないでしょうが。  
   しかしその後徐々に回復するものとみています。  
Dr.H.:すると、前回の実験で生じた「垂れ流し」の問題も起こらないと?  
B.F.:いえ、いかに訓練を積んだS.T.A.R.S.隊員といえども、あの実験の恐怖から逃れることは無理です。  
Dr.H.:そうすると、「汚物処理」の問題は?  
B.F.:対策として、実験開始前に被検体に浣腸を施し、大腸内を空の状態にします。  
   これにより、被検体が恐怖で「垂れ流し」状態になっても、汚物飛散の心配はなくなります。  
Dr.H.:なるほど。それで、被検体を眠らせている間に浣腸するわけか。  
B.F.:いえ、浣腸は被検体が覚醒時に実施します。これは、実験前に被検体をある程度「慣れ」させるためです。  
   特に今回予定している被検体は処女とみられるため、実験で生じる精神的外傷を極力低減させるためにも、浣腸は衆人環視のもとで施します。  
Dr.H.:処女?  
B.F.:もちろん被検体に関するこれまでの入手情報からの推測ですが。これについては被検体確保次第確認作業を行います。  
Dr.H.:わかった。それで、被検体の確保はいつ頃になるのか?  
B.F.:1時間程前に被検体がこちらに向かったという情報が入りましたので、間もなく確保作戦を開始します。  
Dr.H.:よろしい。油断をせぬように。  
B.F.:了解しました。  
      * * * * *  
「ずいぶん大きな建物だわ」  
レベッカ・チェンバースは、目の前に聳え立つ工場を見上げながらつぶやいた。  
 
 巨大ヒキガエルの長い舌に足元を掬われ、レベッカはもんどり打って床に倒れこんだ。  
ヒキガエルはすかさず距離を詰め、ぬめりとした舌をレベッカの開いた膝の間に進めてくる。  
 ヒキガエルの舌が無防備なレベッカの内腿にぞろりと触れてきた。次の瞬間、  
「ぎゃぎぃえぎょ〜」  
 ヒキガエルは叫びとも呻きともつかぬ奇音を咽喉のあたりから発しながら、レベッカの股の間に倒れ伏し、そのまま動かなくなった。  
 レベッカは撃ち終えたカスタムハンドガンを傍らに置くと、両手を足代わりにして後退りながら、  
ヒキガエルのぬるぬるした腹皮の下敷きになっている下半身をそこから抜き出した。  
 太腿の付け根からつま先まで、露出している素足全体が、ヒキガエルの体液に覆われ絖光っている。  
 レベッカは腰のポーチから取り出したタオルで絖りを拭き取ると、消毒スプレーを足全体に噴霧した後、  
しゃがみこんで戦闘中に脱げてしまったブーツを履き始めた。  
(やっぱりこの先、この格好のままじゃ不安ね...)  
 列車の中で遭遇したサソリの化け物との戦闘で、着ていたS.T.A.R.S.の隊員服をぼろぼろにされてしまったので、  
コンパートメント内の衣装棚から見つけ出したウェスタン調の袖なしのショート・ベストとショート・ジーンズが今のレベッカの出で立ちだ。  
剥き出しの二の腕、ローライズ・ジーンズのベルト上部から覗いているヘソ、そしてジーンズからすらりと突き出したやや長めの素足、  
いずれも晩秋のこの季節の夜の冒険には不似合いな服装と云える。  
 この建物に忍び込んでからは、木枯らしにさらされ震えることはなくなったが、それでも工場内には底冷えのする空気が漂っており、  
その冷気は露出の多い肌を通しレベッカを心寒い思いにさせる。  
(どこかに代わりの服がないかしら)  
 ブーツを履き終えたレベッカは立ち上がると、カスタムガンを右手に持ち、薄汚れた蛍光灯に照らされた廊下をさらに奥へと進み始めた。  
 
 
>実験病棟主任研究員B.フィールウッズ−最高顧問Dr.ヒューズ間のEメール交信記録(2)<  
Dr.H.:実験用タイラントの改良はどの程度進んでいるのか?  
B.F.:前回の実験で指摘のあった、タイラントの精液の濃度の問題については、  
   改良の結果、今までの約3倍の濃度にすることができました。  
Dr.H.:すると、今回は成功する可能性が高いと?  
B.F.:はい、と言いたいところですが、問題はあります。  
   前回の3倍といっても、人間の精液に比べれば5分の1程度の濃度であり、  
   被検体への種付けを確実に行うには未だ十分ではありません。  
Dr.H.:対策は考えているのか?  
B.F.:数でカバーします。今回実験用タイラントを全部で50体製作しました。  
   これにより、被検体への種付けを短時間で何回何回も行うことで、受胎を成功させてみせます。  
Dr.H.:・・・・・・  
B.F.:所長、メールで「・・・」打ち込んで沈黙を表現するの止めてもらえますか?緊張しますんで。  
Dr.H.:・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
B.F.:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 
<実験病棟主任研究員B.フィールウッズ−最高顧問Dr.ヒューズ間のEメール交信記録(3)>  
 
Dr.H.:被検体の捕獲が難航しているのか?  
さっきもラーカーがやられたという報告が上がっていたようだが?  
B.F.:予定通りの展開です。  
Dr.H.:予定通り?  
B.F.:いや、まあ、ちょっとてこずってはいますが、そういったことも含めて、予定の範囲内だと云うことです。  
Dr.H.:上層部から早く結果を出すよう特別要請が出ている。実験の開始がこれ以上遅れるようだと我々の命も危ないと思うが・・・。  
B.F.:心配ご無用です。たしかに被検体は非戦闘員であるとはいえ、さすがにS.T.A.R.S.の基礎訓練を受けた隊員だけのことはあり、  
なまなかな方法では捕獲は難しいようです。  
しかし、こうした事態を想定して、捕獲を確実に行うための切り札を準備してあります。  
説明させていただけますか?  
Dr.H.:是非とも。  
B.F.:女王ヒルです。  
Dr.H.:女王ヒル?  
B.F.:触手の先端に麻痺剤「GP−1」を仕込んだ女王ヒルを2体用意しました。これに被検体を襲わせます。  
ご存知のように、GP−1は微量でも体内に入り込むと、体は一時的な麻痺状態に陥ります。  
GP−1で被検体が麻痺状態となったところを捕まえるというわけです。  
Dr.H.:しかし、被検体を殺してしまうようなことは?  
B.F.:女王ヒルの脳にブレインハンドラーを取り付け、命令をインプットしています。  
この命令にしたがい、女王ヒルは触手の先端で相手の表層部分に傷をつけることだけを目的に戦闘を行います。  
決して相手を殺生することはありません。  
Dr.H.:じゃあ、間違いないのだな?  
B.F.:何せ自分の命かかってますから。こっちも必死ですよ。まあ駄目だったら所長と心中ですね。  
Dr.H.:・・・・・・・・  
 
 
 給水バルブを回すと、水槽内に水が勢い良く放出され始めた。みるみるうちに水面が上昇してくる。  
水面の上昇とともに、水槽の底においてあった木箱が水面上に並び、浮橋ができた。  
(これで向こう側に渡れるわ)  
レベッカは木箱の浮橋の上を飛び跳ねるように身軽に渡りきると、そこに転がっていたバルブハンドルを拾い、再び橋を渡って戻ろうとした。  
その時、水槽の中からごぼごぼと不気味な音が鳴り響き、水面が泡立ち始めた。  
レベッカは思わずに後ろへ飛びずさった後、今度はそろそろと水槽に近づいて中の様子を伺った。  
どうやら排水溝の蓋が開き、そこを通って何か良くないものが浮き上がってくるようだ。  
レベッカは反射的に腰のカスタムハンドガンを手にとろうとしたが、そこには普段めったに使ったことのない護身用ナイフの入ったケースがあるのみだった。  
水槽の向こう側をみると、カスタムハンドガンは水槽の装置盤の上に置いたままになっている。  
レベッカは一瞬考えた後、揺れ始めた浮橋を渡ろうと走り出しかけたが、その刹那、水面が激しく波打ち、木箱の浮橋はただの浮き箱となり波間に漂っていた。  
レベッカはやや心細い思いで腰のナイフを手に取り、身構えながら水面下から現れてくるものの姿にじっと目を凝らした。  
 
 女王ヒルは水上からじっくりと目の前の獲物を観察した。  
 脳内に埋め込まれたブレイン・ハンドラーに入力された命令を遂行するため、まずは獲物の表皮が露出している部分を見定めた。  
 次に、露出部の中で、柔らかく、薬液の注入が容易に行えそうな箇所を探索した。  
 いくつかの候補の中から一箇所を特定し、触手攻撃のネライを定めると、女王ヒルは狩りを開始した。  
                 * * *   
 怪物の背中からすばやく伸びてきた触手は、レベッカの、ショート・ジーンズから剥き出ている内腿を直撃した。  
「痛!」  
 レベッカは思わず叫びながら後ろへ飛びずさった。叫んだ程の痛みはなかった。ちくりとした、注射針の先端でつつかれたような感触だ。  
(危なかったわ)  
 油断していたわけではないが、相手の動きがあまりに速かった。  
しかも、触手が頭上から真っ直ぐに振り下ろされてきたため、距離感が十分つかめなかった。  
 レベッカは壁を背にすると、ナイフを構え直した。しかし、怪物はレベッカの倍近い背丈があり、表面は硬そうな皮で覆われている。  
どうみても、ナイフ一本で立ち向かえる相手ではない。  
 レベッカは水槽の対岸をちらりと見遣った。装置盤の上に放置されているカスタムハンドガン、あれを手にすることができれば・・・。  
 しかし、向こう岸に渡るには、水槽を泳いで渡る以外に方法がない。  
対岸までは7,8m、泳ぎは得意なレベッカであったが、怪物のあの素早い触手攻撃をかわして泳ぎきるのはまず不可能に思える。  
 怪物は水槽の淵へあがりこむと、第二の攻撃を行うべく、レベッカとの距離をゆっくりと詰めてきた。  
(まずは殺されないように身を守ることだわ)  
 レベッカは、とにかく生き延びるために最善を尽くそうと、弱気になりそうな気持ちを自分自身で叱咤し奮い立たせながら、  
怪物の目(と思われる頭上の突起)をじっと睨みつけた。  
 
 レベッカは疲労困憊の極に達していた。  
 レベッカには時計をみる余裕はないが、戦いが始まってから既に1時間が過ぎようとしていた。  
 その間、怪物の触手攻撃、その攻撃を右へ左へとかわすレベッカ、といった絵図が延々と続いていた。  
 しかし、さすがに全ての攻撃を避け切ることはできず、  
レベッカは怪物の触手の先端にある針の直撃を、既に数十回に渡り体に受けていた。  
 触手攻撃は何故かその大半がレベッカの太腿付近に集中していた。  
しかし、レベッカの太腿は、ところどころうっすらと血が滲んではいるものの、それ程傷つけられているようには見えなかった。  
レベッカ自身も、初回の触手攻撃で内腿へ受けた、ちくりとした痛みを越えるような傷は未だ受けていないことを自覚していた。  
また、怪物の攻撃は触手攻撃一辺倒で、触手が伸びる範囲を踏み越えてそれ以上の攻撃を仕掛けてくる様子はない。  
(これなら、何とかできるかもしれない・・・)  
何故怪物がそのような攻撃手段を選んでいるのかはわからないが、詮索してどうなるものでもないので、  
(相手には相手の事情があるのだろう)  
とここはひとまず楽観的に考えることにし、戦闘中に思いついたアイデアを思い切って実行に移すべく、考えをまとめ始めた。  
 
 女王ヒルは苛立っていた(いやもし彼女に「苛立つ」という感情があれば話だが)。  
 女王ヒルの与り知らぬことではあるが、原因は圧力不足であった。浸透圧の低いGP-1を人間の血液中に送り込むためには、  
針内に仕込んだ液に一定以上の内圧をかけておき、  
獲物を突き刺すと同時に液が圧力で血液中に押し出されるようにしておく必要があるが、  
内圧を設定する際の計算に誤りがあったため、女王ヒルの触手攻撃がいくら獲物を捕らえても、  
薬液が獲物の体内に入り込んで行くことはなかった。  
 女王ヒルの苛立ちをよそに、脳内のブレイン・ハンドラーは自己修正機能を発動させ、  
獲物へのGP-1注入の目的を達成できるようにするため、触手攻撃の針深度を現在のレベル1からレベル2へアップさせることにし、  
その指示を脳内中枢に送り込んだ。  
 新たな命令を受け取った女王ヒルは、今度こそ目的が果たせそうだという期待のもとに  
(いやもし彼女に「期待する」という感情があればの話だが)、獲物に対する触手攻撃を再び開始した。  
 
 レベッカは満身創痍であった。  
 怪物の攻撃は明らかに鋭さを増していた。  
 それまでは、チクリ、チクリ、とした表面のみの痛みであったものが、ズキ、ズキと肉の内部に浸透する痛みに変わっている。  
 そして、パワーアップした針攻撃の直撃を受けたレベッカの素肌からは、鮮血が一筋の糸を引いて流れ出していた。  
それは、太腿5箇所、二の腕3箇所の、計8箇所に及んでいた。  
 最早躊躇している時ではなかった。  
 レベッカは、怪物の触手攻撃を避けながら、壁伝いに、徐々に水槽の方向に移動していった。  
 そして、水面上を再度確認すると、タイミングを見計らい、水槽サイドへ躍り出て、水面を背に、怪物と対峙した。  
 間髪を入れず触手が襲ってきた。  
 レベッカは攻撃を甘んじて受けた。  
 針はレベッカの内腿にグサリと突き刺さった。  
 その痛みを合図にレベッカは身を翻して水中に飛び込んだ。  
 飛び込んだ勢いのまま、目標としていた、2m程先に浮かんでいる木箱へたどり着くと、  
反対側へ回り、木箱を挟んで怪物と相対する位置をとった。  
            * * *   
 女王ヒルは嘆き悲しんでいた。いやもし彼女に「悲しむ」という感情があればの話だが。  
 深度をアップした攻撃をいくら繰り返しても、相も変わらず薬液が獲物の体内に入っていくことはなかった。  
 女王ヒルは憤懣を抑えきれずに咆哮を発した。  
 女王ヒルの悲しみをよそに、ブレイン・ハンドラーはこれまでの2段階レベルの攻撃結果に基づき、  
獲物にGP-1を注入するために必要な針の最適深度を正確に算出し、結果を脳に伝えた。  
 針深度レベル4の指示を受け取った女王ヒルは、今度こそはと勇み立って獲物へ狙いを定めた。  
 
 しばしの咆哮の後、水中のレベッカを襲ってきた怪物の触手は、障害物となっている木箱を直撃し、真上から針を突き刺した。  
 刺さった針を抜き取るのは、怪物にとって何ほどのことでもなかったが、  
水を十二分に吸い込んでいる木箱は、柔らかなレベッカの太腿に較べて、数倍の抵抗力があった。  
 引き抜く力を調整するため、わずかな間が生じた。  
 目の前の木箱上で触手の動きが一瞬止まったのを見ると、レベッカは左の手のひらを木箱の縁に掛け体重を預けながら、  
右手に握ったナイフを、針の根元に狙いをつけ、渾身の力を込めて左から右へと水平に薙ぎ払った。  
 レベッカを今までさんざんに痛めつけてきた針は、触手の先端部から切断され、  
キラリとした放物線を描いて水面上に落下し、水底に沈んでいった。  
「ぎぇふ」  
 怪物が短いうめき声らしきものを洩らした。致命傷とまではいかないが、幾分かのダメージは与えたようだ。  
(今だわ)  
 レベッカは用済みとなったナイフを手放すと、対岸へ向かって泳ぎ始めた。  
 すぐさま怪物が水に飛び込む音が後ろから聞こえたが、レベッカは振り向かず、ひたすら泳いだ。  
 針を失った触手が伸びてきて、レベッカの両足首を捕え、巻きついてきた。レベッカは委細構わず泳ぎ続けた。  
 触手に引っ張られ、両足のブーツがするりと抜け落ちていった。  
 対岸まであと3メートル。しかし中々近づかない。  
 怪物の立てる水音が徐々に背後に迫ってきた。  
(大丈夫、あせらず、あわてず、あきらめず)  
 再び繰り出してきた触手が足首を捕えようかという寸前、レベッカは水中から床に転がり上がった。  
 すぐさま体勢を立て直すと、装置盤のある台上に駆け上がり、ハンドガンを手に取った。  
 怪物は折しも水中から上陸を果たしたところだった。台上に立つレベッカの正面、顔の高さに怪物の頭部(と思しきもの)があった。  
 レベッカはハンドガンを両手で構えて、怪物の頭部(と思しきもの)に狙いをつけると、  
(神様)  
 引き金を引いた。  
 
「ぎぇひょ〜〜」  
 断末魔の叫びを上げると、怪物は今這い上がってきたばかりの水槽の中に背中から倒れ込んだ。  
水しぶきが勢い良く跳ね上がり、それが収まると、部屋の中に静寂が訪れた。  
 レベッカは、撃ち終えたハンドガンの構えを解くと、台上から降りてきて、水槽の淵に立ち、水面に浮かんでいる怪物の姿を見た。  
 怪物は完全に動きを停止しており、こと切れているのは明らかだった。レベッカの放った銃弾は、怪物の急所を正確に打ち抜いたのだ。  
 
 今や闘いは終わった。  
 レベッカは安堵のため息を洩らしながら、水槽の際へ腰を掛け、裸足の足首を水面に浸した。戦闘で火照った体に水の冷たさが心地よい。  
 レベッカは怪物の触手攻撃を受けた自分の体を見遣った。針で刺された太腿、二の腕等から一時流れ出ていた血は、水に洗われ、  
元の雪白の肌に戻っているが、数箇所からは未だ新たな血が滲み出している。止血スプレー、消毒スプレーで治療しておく必要があるだろう。  
しかし、今はこのまま少しだけ休みたい。  
 我ながらよく勝てたものだと思う。もし、水中でのナイフ攻撃が失敗していたら、  
今水面に浮かんでいるのは怪物ではなく自分だったに違いない。  
(ジルが助けてくれたんだわ。)  
 
 ナイフの扱いがなかなか上達しないレベッカに、ジルは訓練所で個人指導を何度も行ってくれた。  
そのおかげで、レベッカはどうにかナイフを他の隊員なみに使えるようになったのだ。  
 ナイフから思い起こされたジルの面影は、そのままレベッカを、ジルとの甘美な思い出へと誘っていった。  
 あれは1年程前、訓練所での個人指導を終えた後、ジルとレベッカは、シャワールームで並んで汗を洗い流していた。  
途中レベッカはふと視線を感じ、ジルの方を見た。ジルはレベッカをじっと見つめていた。  
レベッカは、ジルの視線に絡めとられるように、動きを止めてジルの前に立っていた。  
 次の瞬間、レベッカの唇はジルによって塞がれていた。レベッカは驚いたが、それを避けるようなことはしなかった。  
 レベッカはジルが大好きだった。S.T.A.R.S.の優秀な先輩として尊敬していたし、個人的にも、悩みを打ち明ける相談相手であった。  
また、男知らずのレベッカにとって、恋人のような存在でもあったのだ。  
 レベッカは、夜一人ベッドに入って眠れない時には決まって、ジルと腕を組み、  
どこかの森の中の小道を二人だけで果てしもなく歩いている姿を想像して密かに楽しんでいた。  
 そんなレベッカであれば、一瞬の驚きの後にはごく自然にジルの唇を受け入れていた。  
ジルとの接吻は後にも先にもその1度きりのことであったが、今でもその時のジルの匂い、唇の感触をはっきりと覚えている。  
(ジル、今どこにいるの? 元気でいるの?)  
 
 アンブレラの施設を探索中だったジルからの連絡が途絶えて既に半年が経つ。  
 その間S.T.A.R.S.は多くの隊員を繰り出し捜索を行ったが、ジルの行方は杳として知れなかった。  
 本来非戦闘員であるレベッカが、危険を伴う外勤の仕事に就くようになったのは、  
ジルがいなくなったことによる悲しみを紛らわすためでもあったが、最大の理由は、ジルの後を追うことにより、  
ジルを見つけ出すことができるのではという願いであった。  
 レベッカは信じていた。あのジルがそう易々とやられてしまうはずがない。きっとジルはどこかで生きている・・・。  
 ジルに思いを馳せながら、レベッカはうとうとし始めていた。戦闘に疲れきった体はしばしの休養を求めていた。  
レベッカは、水槽の淵に腰を掛けた姿勢のまま、いつしか眠りに落ちていった。  
 
 それから程なくして、静まり返った水槽の表面に小さな気泡が一つ、二つ浮かんでは消えていった。気泡は徐々にその数、大きさを増してきたが、そのことに気づくものは今この部屋には誰もいなかった。  
 
 
 
 
 
 

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