深夜の参謀本部の会議室の窓から明かりが漏れているのが見えた。  
どうやら彼女はまた篭っているらしい。  
 
「目標はベーメンだ、  
ここでいかに全軍を集合させるかにかかっている」  
私の姿を見て慌てて敬礼し扉を開けようとする衛兵の動きを  
頷いてみせて抑え、自分でそっと扉を開けると、  
その分厚い扉に遮られていた彼女の物静かな、  
それでいてよく通る声が聞こえてくる。  
 
「我々はこれまで何度も訓練を重ねてきた。  
だがいざ実戦となれば万が一にも失敗は許されない」  
居並ぶ参謀たちの顔を見上げるように見渡していた小柄な彼女が、  
戸口に佇む私の姿に気付いて姿勢を改めた。周りの面々も  
上司のその姿から私に気付き同じように敬礼する。  
 
「総長、熱心なのは結構だが少しは休むべきだな。  
今からそんなことでは、みな開戦前に倒れてしまうよ」  
皮肉味を十二分にきかせて言うと、急速に部屋の中が  
緊張に包まれるのを感じる。  
無理もない、私と彼女の不仲は有名だ。  
いかに冷静な彼女でもいつかふとしたきっかけで  
暴発するかもしれないと不安に駆られるのも当然だろう。  
 
「わかりました……諸君、今晩はこれくらいにしておこう。  
ご苦労だった」  
その言に面々は彼女に、そして私に敬礼をして  
部屋から退出していく。  
続いて副官に図面などの片付けを指示した彼女が  
私のもとに歩み寄ってきた。  
 
「ご用がお有りでしたら私の部屋で承りますが」  
「ああ、もちろんだ。でなければこんな時間に来たりはしない」  
お互いにつっけんどんな会話が交わされる。  
部屋に残る者の視線を感じたが、  
彼女が振り返ると慌てて作業に戻った。  
部屋の整理が終わったら報告に来るようにと言い残し、  
彼女が先に立って私はその執務室に向かった。  
 
当時少将だったヘルミーネ・フォン・モルトケ中将が  
参謀本部総長の地位に就いて8年、  
以来彼女の元で軍は大幅に近代化を果たし  
その戦力を向上させてきた。  
しかし彼女自身の知名度は驚くほど低い。  
他国はもちろん、このプロイセン内部においてもだ。  
 
「モルトケ?誰だそれは」  
 
フランスあたりの将官の言であればともかく、  
我がプロイセンの人間―それも師団長クラスのだ―  
が発したものであるとなれば冗談にもならない。  
それでも彼女は自らの仕事に黙々と取り組んできた。  
そしてその結果が現在のプロイセン軍の姿なのだ。  
 
「ヘルマ、やはりハプスブルクとの戦争は避けられそうにないよ」  
彼女の執務室に入って勧められた椅子に腰掛けた私の第一声に、  
机の上のランプに火を点そうとしていた彼女は  
呆れたような目で私を見て深々とため息をつく。  
「あなたがそれを言うとは、  
その戦争を呼び込んでいる張本人の言葉とは思えません」  
 
「率直なところどうか、勝てるかね」  
彼女の愚痴など気にせずに尋ねる。  
「勝てるように努力はしてきました。  
それ以上申し上げるつもりはありません」  
ランプに火を点し、  
マッチを缶の中に入れながら答えるヘルミーナ。  
その言葉を聞ければ十分だ。  
ニヤリとしか表現出来ないような笑みが  
私の顔面に現れるのを感じる。  
 
「なるほど、総長閣下は十分自信がおありのようだ」  
私の言葉にも彼女は表情を変えない。  
否、よく観察すればその表情はむしろ落ち着かないように見える。  
「わかった、  
君たちにそう言ってもらえるとこちらとしても助かるよ」  
彼女の様子の変化はあえて無視して私は席を立った。  
しかし彼女は席を立って私を見送ることなく、  
そのまま私を見上げている。  
その様には苦笑せざるを得なかった。  
 
ヘルミーナは手を椅子の背もたれにつき  
上半身を前に倒してはいるが自分の足で立っている。  
もっとも時折震えて内股になった膝が  
崩れ落ちそうになっているのだが。  
そんな彼女に背後からのしかかるように  
私はその肢体に指を這わせ続ける。  
 
「あ、ふん……ううんっ!」  
無意識のうちに蠢くその身体を持て余すヘルミーナの唇を  
私は奪う。  
彼女の軍服の上着とズボンは脱ぎ捨てられて床に散らばっている。  
彼女がその身にまとうのはシャツとズロース、そしてブーツだ。  
その下着の上から私の右手が乳房を、左手が秘裂を愛撫する。  
「ん、はぁっ!……っはぁ、はぁ、はぁ」  
長い口付けのあと盛んに呼吸するその姿は、  
真っ赤に染まったその美しい貌と併せて  
なんともいえない妖艶さを醸し出す。  
 
「ヘルマは弱いね。ちょっとした刺激でもすぐ乱れる」  
耳元でささやきながら左手の人差し指を  
すっとズロースの上で滑らせる。  
その感覚がたまらないのか、  
彼女は一際大きくその身体を震えさせた。  
 
「まだ直接触れてもいないのに。  
ほら、もうこんなに濡れているよ」  
右手で乳首を転がしながら、  
彼女の目の前にまでもってきた左手の指先は  
ランプの明かりを反射して光って見えた。  
それを目にしたヘルミーナの口からは  
言葉にならないあえぎ声のような音が漏れる。  
 
「あなたが、あぁ…し、したことです……っん、はぁ」  
かろうじて言葉を紡ぎだすヘルミーナだが、  
左手が再び戦線に復帰すると身体を強張らせ、  
呂律のまわらない舌足らずな声を垂れ流す。  
その抗弁を無視して今度は直に秘裂に触れた。  
撫でるようにではない、  
指を割れ目に潜らせてしかも微妙に震わせたのだ。  
それに反応して彼女の身体も一段と強く痙攣しだした。  
 
「あ、ああっ!あはあぁぁあっ!!」  
親指の腹で敏感過ぎる膨らみを転がしてやるや否や、  
彼女は一際透き通ったメゾ・アルトの美声で鳴き声をあげ、  
直後力尽きたように崩れ落ちた。  
 
さすがは軍人というべきか、  
よく鍛えられ全体的に肉付きの薄いその身体は  
あまり"女"を感じさせない。  
それに拍車をかけたのがその鉄面皮ぶり、  
公人としての彼女を知る者は  
何があっても動じることなく  
常に冷静さを保つその態度から、  
一線を引いて接してしまうようだ。  
 
「そろそろいいかな」  
だがひとたび素顔を覗かせれば  
彼女も一人の人間だ。  
笑い、怒り、泣き、そして今は感情の昂ぶりを  
持て余したような鳴き声をあげている。  
実際に涙まで浮かべている彼女は  
今度は机に腰掛け私と向かい合っている。  
 
「そうですね……ください」  
愛撫の手が休まってしばらく経つせいか  
いくらか落ち着きを取り戻したようだ。  
もっともいまだに息は荒い。  
ベルトを緩めると私のズボンはすとんと床に落ちる。  
伏目がちの彼女の目にも、  
下着を持ち上げながら隆起しつつある  
私の肉棒は見えているはずだ。  
呟くような小さいその声にすぐには応えず、  
手櫛でその短く切り揃えられた髪を数度梳いてやる。  
その手を頬に添えてその顔を上向きにさせると、  
不安そうなその表情と瞳に  
正面から向き合う格好になった。  
 
「我が国軍を代表する  
ヘルミーナ・フォン・モルトケ中将の顔とは思えないね。  
あの冷静沈着な参謀総長がこんな表情をするなんて、  
君の部下たちが見たらどう思うかな」  
我ながら意地が悪いと思いながらも囁いてやるが  
そこは矜持がそうさせるのかヘルミーナは黙殺し、  
さらには逆に私の首に腕を伸ばして絡めてきた。  
 
「私も人間ですから。  
メフィストフェレスに魂を売る気にだってなります」  
その言い回しが妙に気に入ったせいもある、  
衝動に駆られた私は彼女の唇を奪いながら  
いささか不恰好ではあるが下着を下にずらす。  
 
「流石に、何度見ても興奮しますね」  
不安そうな表情に代わり、  
興奮した様子が彼女を占めるようになった。  
彼女は右手の掌に唾液を塗し、  
指にも馴染ませてから包み込むように肉棒を手にした。  
 
「熱い……ふふ、準備は出来ているようですね」  
そう言いながら唾液を満遍なく塗りこめるかのように  
その手を動かすヘルミーナ、  
手馴れているわけではないが  
心地よい動きに翻弄されそうになる。  
 
「どこで覚えたのかな、フラウ・モルトケ」  
彼女とこうして身体を交えるのは二度や三度ではないが、  
その都度彼女の技量は向上しているように思える。  
そのうち、本当に彼女がリードするようになるかも知れない。  
 
「お待ちかねだね、君のほうも」  
そっと秘裂を擦り上げてやると彼女の動きが止まる。  
ささやかな反撃だが効果は覿面だったようだ。  
びくっと身体を震わせたヘルミーナは  
再び右手を私の首筋に絡ませると、机の上の腰を前進させた。  
 
今度はそれに応え、  
潤みきった割れ目に肉棒の先端をあてがった。  
もう何度目になるのかもわからない口付けを交わしながら  
腰を前進させると、ぬめりきった女体の深奥に  
肉棒が飲み込まれていく。  
 
「んんーーーーっ!!」  
瞬間目の前の彼女の瞳は大きく見開かれ、  
そして次の瞬間には一気に弛緩する。  
だがそんなだらしのなさとは裏腹に、  
彼女の下半身はとても貪欲だ。  
締め付けはきつ過ぎず、しかし緩いわけではない  
微妙なバランスを保ち私に快楽をもたらす。  
まだ動かしてもいないうちからこれだ、  
腰を使い出したらどうなるかは言うまでもない。  
 
「案の定だ、ちょっと動いてみようか」  
ゆっくりと腰を引き、同じようなペースで再び押し出す。  
それを繰り返すとヘルミーナは白痴めいた微笑を浮かべる。  
普段の怜悧な表情とはまるで正反対の  
その笑みに突き動かされるように、  
私は一気に腰の動きを加速させる。  
 
「あ、あは、はうぅ、あんっ」  
喜悦の表情からは、  
楔が打ち込まれる度に抑えようとしながらも  
堪えきれない愉悦の声が上がる。  
気がつけば彼女の引き締まった足が私の腰に巻きつけられている。  
 
まだ余裕はある、  
単調になりそうな動きに緩急をつけてやると、  
その微妙な変化に彼女の鳴き声も高低しまるで歌うかのようだ。  
私も彼女も終幕に向けて疾走していくのを感じる。  
私の動きはその速さを増し、  
彼女の喘ぎも間隔が狭まってきた。  
 
 
「失礼します閣下、片付けが終了しました」  
唐突に、ドアをノックする音と共に  
外から彼女の副官の声が聞こえてきた。  
私も彼女も凍りついたようにその動きを停止させる。  
 
「ご苦労だった。今夜は首相閣下との打ち合わせが  
長引きそうだから、君も帰るといい」  
両手両足を絡ませながら自らの体内に  
私を迎え入れたままだというのに、  
その声は参謀本部総長モルトケ中将のものだった。  
欲望の赴くままに乱れる女性ヘルミーナを  
微塵も感じさせない。  
 
だがふと思いついてあることを囁きかけるや、  
彼女はきゅっと私の肉棒を締め付ける。  
「今は、鍵をかけていないだろう」  
もし扉が開けられたら、  
彼女はよりにもよって自らの副官に  
自分が男にしがみつくという  
屈辱的な姿を見られることになるのだ。  
彼女の反応からは、  
背徳的なその様を想像したことは明らかだ。  
手足にも力がこもる。  
 
しかし彼女の懸念は杞憂に終わった。  
了解しました、おやすみなさいと言って  
副官は扉から離れていったのだ。  
緊張が解けて内心で安堵のため息をつきながら  
彼女の様子をうかがうと、  
その肩が微妙に震えている。  
ヘルミーナは、泣いていた。  
 
「ヘルマ?」  
声をかけてみると、ヘルミーナの表情は酷いものだった。  
笑った顔と泣き顔が同居しているというべきか、  
そんな奇妙な表情が涙を流しているのだ。  
 
「いけない女ですね、私は……  
メフィストフェレスは私かもしれない」  
彼女にはっきりと愛おしさを感じたのは  
この時が初めてだったのかもしれない。  
と同時に自然と腰が動き始めていた。  
 
「あ、んっ!……ふふ、乱暴な、人ですね」  
表情を悦びに歪めながらもヘルミーナは苦情を言う。  
だが一度は頂点近くまで上り詰めたその身体は  
再び急速に高みに近付く。  
 
「あ、くぅぅっーーー!!」  
その細腕のどこにそんな力があるのかと思えるほどに  
強くしがみつくヘルミーナ、  
同時にこれまでにないほどの締め付けに  
私も堪えることが出来なかった。  
 
「そろそろ、出る、いくぞ」  
彼女は声を出すことも出来ないのか、  
ひたすら呻き声を漏らすだけ。  
そんな彼女の奥深くに私は子種を撒き散らしていた。  
脱力感に包まれるうちに萎えた肉棒が  
秘裂から抜け落ちる。  
 
目を閉じて呼吸を整えていたヘルミーナは  
いかにも疲れ果てたといわんばかりの表情に  
無理やり微笑を浮かべると、  
何も言わずに唇を合わせてきた。  
 
まだ窓の外は闇の帳が下りたままだ。  
だが部屋の隅に置かれた時計はもう三時を回っている。  
「これは、朝からが辛いなあ」  
互いに服装を整えながら声をかけるとヘルミーナは平然と  
「かのナポレオンは日に三時間の睡眠で足りたといいます。  
私もそれくらい眠れば十分だと思いますが」  
などと言う。どうやらいつもの調子を取り戻したようだ。  
 
「それがね、朝一番で陛下に今度の戦争について  
ご報告しなくてはならなくなったんだ。  
もちろん私もその場に居合わせなければならないんだが、  
報告をするのは参謀本部総長なんだよ」  
さすがに彼女の動きが止まった。  
だが振り返った彼女はいつもの表情に  
ニヤリとしか表現の仕様のない笑みを浮かべていた。  
 
「よろしいでしょう、首相閣下が倒れるのが先か、  
私が話し終えるのが先か試してみましょう」  
冷たいものが一筋、背中を滑り落ちていくのが実感できた。  
どうやら本格的に怒らせてしまったらしい。  
同時に、私は今日という一日が  
人生の中で最も長いものになるという確信めいた予感を持った。  
 

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