俺がまだガキだった頃。  
『もし攻めてくる敵が来たら、二人でお城を守ろう!』  
『うん!』  
 少しだけ年上の女の子と、そんな約束を交わした。  
 その約束を、俺は守った。  
 例え藩の兵士が後退しようとも、俺は戦った。  
 闇夜に紛れ、敵を襲った。  
 決して、殺人に快楽を感じたりはしていない。むしろ不快に思っている。  
 けれど殺さなければならなかった。  
 守るために。  
 藩、城、民――そして彼女との約束を守るために。  
 けれど、それも終わりだ。  
 藩が恭順することが決まったのだ。  
 もはや戦う理由はない。  
「どうしたもんかねえ……」  
 不意に、あることが脳裏を過ぎる。  
「あいつは……どうするつもりなんだろうな」  
 俺と約束した彼女。  
 彼女は藩の命令を聞くのだろうか。  
 大人しくしていられるのだろうか。  
 何故か、不安が胸を過ぎった。  
 
 
 俺たちの仕える仙台藩が恭順することが決まった数日後の夜。  
 俺はある人物に呼び出されていた。  
 その人物とは、かつて約束を交わした少女……もうそんな年齢じゃないが……まあ、そ  
の彼女だった。  
 こうやって会うのは久し振りだった。  
 彼女は率いる部隊の調練に専念していて、俺は俺で前線で色々やらかしていた訳だし。  
(……結局、あっちは出陣できなかったようだな)  
 もっとも、今から彼女の隊が参戦したところで時間稼ぎにしかならない。  
 彼女はそれを不満に思っているだろうけど、まあ今更どうにもできない。  
「久し振りだな、細谷」  
 その言葉遣いは、男のそれだった。  
「何だ? 愚痴くらいなら聞いてやるけど」  
「いや、その必要はない」  
 そう言って彼女は急に表情を消した。  
「俺は、最後まで戦う」  
 予感はしていた。  
 それでも、彼女が何を言っているのか、理解できなかった。  
「……は? 何言ってんだよ?」  
 だから、こんな言葉しか浮かばなかった。  
「そりゃあ俺だって不完全燃焼だし、他の奴らだってそうだろうよ。でも上が降伏決めた  
以上……」  
「脱藩すれば済むことだ」  
「……」  
 冗談じゃない。  
 脱藩するなんて……そんなことしてまで戦う理由がどこにあるんだ!?  
 
「……そもそも、どこで戦うつもりだよ」  
 けれど俺にはそれを口にする勇気はなかった。  
 適当に、思いついたままに問いかける。  
「蝦夷地だ」  
「蝦夷地!?」  
「旧幕臣や各藩からの脱藩者が集まって、蝦夷地に国を作ると言っていた」  
「……そんなの無理だろ」  
 俺は溜息混じりに呟いた。  
 けれど相手も負けてはいない。  
「やってみなければわからない!」  
 そもそも、こいつは物凄く負けず嫌いだ。  
 昔からそうだ。  
 自分に非があると自覚していない間は、絶対に意見を曲げないし、他人の意見も聞かな  
い。  
「それに、戦ってもいないうちに負けるわけにはいかない――」  
「額兵隊はやっと、準備が整ったんだっけ?」  
 その一言に、彼女は過剰に反応した。  
 額兵隊。仙台藩の中でも最新鋭の武器を装備した、精鋭部隊だった。  
 けれど、事がここに至るまで、額兵隊は動かなかった。  
 弾薬が足りない、と、隊長である星恂太郎……本当の名前は恂子と言い、何を隠そう目  
の前の人物なのだが……が出陣要請を断ってきたのだ。  
 ようやく弾薬が揃ったときには、仙台藩を盟主とする奥羽越列藩同盟は瓦解していた。  
会津も落ち、もはや崩壊の一途を辿るしかなかった。  
「……仕方ないだろう、弾薬が足りなければ負けるしかないのだから……」  
「けれど、もうどうしようもないところまで来ている」  
 悔しいが、降伏しか方法はないのだ。  
 この伊達七十二万石の城下町に住まう人々を、守るためには。  
「だから、蝦夷に行く。藩に迷惑はかけない……」  
「馬鹿野郎! 俺らみたいな非公式の部隊がついて行くんだったらともかく、額兵は正規  
の軍隊じゃねえか! そんなのが往生際の悪い連中と一緒になって他所で暴れるだけで大  
迷惑だっての!」  
 
 あ、野郎じゃないか……この際どっちでもいいや。  
「だから! 脱藩すれば関係ない!」  
「そういう問題じゃ……」  
「止めたって無駄だからな! もう、脱藩希望者は二百五十人集まっている!」  
「――本気なのか」  
「最後まで、誰かが戦わないと――仙台は臆病者の集まりだ、と後世まで語り継がれてし  
まうだろう?」  
「……」  
「誰かが最後まで戦わなければ、いけないんだ! 奥州の雄たる仙台の矜持を守るために  
は!」  
 確かに、藩の権威は底にまで落ちている。  
 臆病者のドン五里と罵られるくらいに。  
「だからって、何もお前が……」  
「……それに、俺自身も臆病者扱いはされたくない。最新鋭の装備を揃えておきながら一  
度も戦えなかった部隊の隊長として名を残すのは不本意だ」  
 どうやら、心はしっかり決まっているらしい。  
「……それなら何で、俺の前に現れた?」  
「……」  
 こいつも馬鹿じゃない。逆に、頭の出来は人一倍にいい。そうでなきゃ異国の言葉を理  
解し、西洋の砲術や戦術を頭の中に叩き込むことなんて出来ないからな。  
 そんなに賢い彼女のことだ……俺が止めるとは、分かっていたはず。  
 それなのに、どうして俺のところに、わざわざ『脱藩して戦う』なんて言いに来たんだ  
ろうか。  
「……けじめ、だ」  
 ぽつり。  
 呟くように、彼女は言った。  
「……全てを断ち切るためのな」  
 その表情は、俺が今まで見た中でも一番険しい。  
 
「な……」  
 俺は、何も言えなかった。  
 呆然とするしかなかった。  
 静寂が流れる。  
 かさかさと、風で頭上の木の葉が揺れる音だけが聞こえる。  
「……」  
 ふっ、と彼女の険しい表情が柔らかくなった。  
「……え?」  
「好きだったよ」  
 にっこりと笑いながら。  
「過去形だけどね」  
 その時だけ、『女』に戻って。  
「大好きだった」  
 彼女は俺に告げた。  
「だけど、お別れだから……」  
 もうきっと、生きているうちに会うことはないね。  
「……さよならだよ、直英」  
「……ッ!!」  
 実名で呼ばれ、目頭が熱くなった。  
 完全に、不意を疲れた。  
「……ということだ、細谷十太夫」  
「……」  
「長い付き合いだったが、それもこれまでだ。じゃあな」  
 そう言って、俺に背を向けて立ち去ろうとする。  
 けれど、俺は納得していない。  
「ふざけんなよ……!」  
 無意識のうちに、星の腕を掴んだ。  
 細い腕だった。  
 こんな細い腕で銃を持って戦えるのか、と思ってしまうくらいに。  
「……離せよ」  
 
「嫌だ」  
「……ッ!」  
 表情に、焦りの色が見える。  
 どうやらこんな行動を取られるとは思わなかったらしい。  
「なあ」  
 俺は口元を歪めた。  
 そして、彼女の体を地面に押さえつける。  
「もう『お別れ』なら、何をやったっていいよな?」  
「何……」  
 抗議の声にも耳を貸さずに服を脱がそうとした。  
「止せ! やめろ!」  
 彼女は手足をばたつかせて暴れようとしたが、俺は難なくそれを抑える。  
「壊れるような無茶苦茶な抱き方はしないから安心しろ」  
「そういう問題じゃない!」  
 とはいえ相手も抑えられてあっさり静かになるようなタマじゃない。  
 必死に抵抗を続ける。  
 俺は彼女の体の上に乗り、耳元で言ってやった。  
「そもそも、お前が勝手なこと言うからだろ」  
 一瞬だけ、ぴたりと、動きが止んだ。  
「俺だってずっと好きだったんだぞ」  
 子供の頃から、ずっと憧れていた。  
 純粋に好きだった。  
「それなのに……」  
 自分の気持ちだけ、告げて逃げようとするなんて。  
「……ずるいよ、お前」  
 言いたいことはいっぱいあるはずなのに、その一言しか出てこない。  
 
「……馬鹿」  
 それだけ言って、諦めたかのように抵抗するのをやめた。  
「……いいのか?」  
「いいよもう……」  
 はあ、と溜息を吐く。  
「それで満足するならさ……」  
「……随分と投げやりだな」  
「うるさい。やるならさっさとやれ」  
「……言われなくてもやるって」  
 
 まずは『ベルト』……西洋の帯のようなものを、試行錯誤しながらも外す。  
 釦に苦戦しながらも、軍服の上着を脱がし、彼女の体の下に敷き、更に『シャツ』とか  
いう布地の薄い服を脱がした。  
 胸にさらしは……巻かれていない。  
 普通巻かないと女だとばれそうなものだったが、彼女にはその必要はなかったらしい。  
 まだ成長途上の少女のような胸。  
 完全に平坦……までは行かなくとも、どうしてもその辺の女と比較すると見劣りする。  
「相変わらず胸ないな」  
「……ほっとけよ」  
 寧ろ女だと悟られることがないし、戦いの時に動きやすくて便利だ、と彼女は相変わら  
ずの男言葉での憎まれ口を叩く。  
「でもさ、十代の小娘みたいで何だかなあ……」  
「じゃあどけ」  
 予想通りの返事が返ってきた。  
「でもここまで来て引き下がれないし?」  
「……チッ」  
 舌打ちなんかしていられるのも今のうちだ。  
 そんなことを思いつつ、俺は彼女の小さな胸に手を乗せ、出来るだけ優しく、痛みを感  
じさせないように愛撫を始めた。  
「んっ」  
 小さく震える声。  
「く……ふ……」  
 それを抑えようと、彼女は唇を噛み締める。  
「感じてるならもっと声出せよ……」  
 耳元で囁いてやる。  
「い……やだっ!」  
「意地張るのは可愛くないぞ」  
「可愛くなくて結構!」  
 ……まあ、こうやって意地張るのも逆に可愛いけどさ。  
 
「くぅっ……ふぁ……やっ……」  
「本当に嫌なのか?」  
 助平親父みたいなことを言ってみる。  
「うう……」  
 恨めしげに睨まれた。  
「気持ちよくないか?」  
「……助平……」  
「甲斐性無しよりはマシだろ」  
 俺はそう言うと、いよいよ彼女の下肢に触れた。  
 そこはほんの少しだけ、濡れている。  
「う……」  
 指を滑らせると、くちゅりという音がした。  
 動かす度に、水音がする。  
「ふ……く……やだあ……」  
 少し涙混じりで喘ぐその声は、まるで、生娘のそれのようだ。  
 ……実際そうだったりして。いや、まあないとは思うが可能性としてはあり得る。  
 俺は指を彼女の中に入れる。  
「あう……っ」  
 一瞬呻いた、と思ったら。  
「やるならこんなことしないで……さっさとやって終わらせろ……」  
 とか言ってきた。  
 本当に男を知らないのかもしれないな、これは。  
「ちゃんと濡らさないと死ぬほど痛いんだから我慢しろ」  
「うう……」  
 何とか大人しくなったか。  
 
 くちゅくちゅとかき回し、ほぐれてきたところに指を一本増やす。  
「ふあっ!?」  
 それと同時に、彼女の体がびくんと震えた。  
「痛かったか?」  
「いや、痛くはない……ないんだけど……」  
「ないんだけど?」  
「何か……変」  
「すぐに慣れる」  
 そう言って指を動かす。  
「……う……やだぁ……変だってば、これぇ……」  
「大丈夫だって……すぐに気持ちよくなるから」  
「ならない……ならないよこんなのぉ……」  
 こうなるとどっちが年上だかわからなくなるな……。  
「なるって思えばそのうちなるからさ、大丈夫」  
「ううー……」  
 空いている手で胸の上の突起に触れる。  
 それは、大きさは小さいが充血して硬くなっていた。  
「ん……」  
 両方の手で、同時に責めてやる。  
 どうやら胸が弱いらしく、敏感に反応した。  
 もう片方の手が責める秘所は、今までにもまして濡れてくる。  
「うう……何だか変……」  
 相変わらず不安を拭いきれない様子の彼女に口付ける。  
 すると不思議なくらい大人しくなった。  
 安心、してくれたのだろうか。  
「……ん……」  
 指を動かすと同時にぴくり、と体を振るわせた。  
 
「どうだ?」  
「……少しだけ、よくなってきた……」  
「そうか」  
 それだけ返して俺は、もう一度彼女の体に口付けた。  
「……ふ……ん……」  
 彼女は気持ちよさそうに身を捩る。  
 俺は掻き混ぜていた彼女の秘所がすっかり濡れていることに気付いた。  
「……このくらいでいいか」  
 指を彼女の中から引き抜く。  
 解放された彼女は、胸を上下させて荒い息をしていた。  
「……大丈夫か?」  
「……大丈夫」  
「そうか」  
 本人が大丈夫と言っているんだから信じよう。  
 ……彼女なりの精一杯の強がりを都合よく解釈しているだけかもしれないが。  
 俺はすっかり濡れた彼女のそこに、硬直した自分のモノを押し当てた。  
「あ……」  
 彼女は不安げな表情を浮かべて俺を見つめていた。  
「……なんか……熱い」  
「……」  
「……」  
 奇妙な沈黙が流れる。  
「ごめん」  
 それを破ったのは、俺の、彼女にこれからすることへの謝罪。  
「え?」  
 何が何だかわかっていない様子の彼女は、戸惑いの表情を浮かべた。  
 
「もう我慢できない」  
「え、あ、ちょっと!」  
 本当に、もう待っている余裕はなかった。  
 一気に体を押し進め、彼女の中に侵入する……。  
「やぁぁっ! 痛いっ! 痛い痛い痛いっ!!」  
 ……のとほぼ同時に、余程痛かったのか、彼女はぼろぼろと涙を零して泣き始めた。  
 流石にここで動かしたりなんかしたら可哀想か……。  
「お前な、こんなんで痛がってどうするんだよ」  
 とか思いつつ、何故か言葉では彼女を苛めてしまうのだが。  
「ふぇ……?」  
「刀で斬られたり、弾に当たったりしたらもっと痛いはずだろ? それなのにこれくらい  
で痛がってどうするんだよ」  
 正直、女の初めてがどれくらい痛いかなんて知らない。  
 けど、まさか戦で怪我をするよりは痛くないだろう……多分。  
「……そ、そう、だけど……」  
「だからこのくらい我慢しろ、な?」  
 そう言って髪を撫でる。  
「う、うん」  
 見上げる彼女の顔は、月明かりしか光のない中でも紅潮しているのがはっきりと見て取  
れた。  
「……動かすぞ」  
「……うん」  
 
 とはいえ、流石に処女相手に激しく動いたりはできない。  
 ゆっくりゆっくり、できるだけ相手を傷つけないように動く。  
 何だか、最初は凄く無理矢理やる気だったのに結局絆されているよな……まあいいや。  
 このように、ずっと好きだった女性と本懐を遂げれるなんてことは、世の中全体で見て  
も滅多にないことだし、贅沢なんて言うつもりはない。  
「く……ふぅっ……」  
「どうだ?」  
「……痛くは……なくなってきた」  
「そうか」  
「もうちょっと……激しく動いていいよ」  
 今度は俺が驚かされる番だった。  
「いいのか?」  
「うん……多分っ、大丈夫、だからっ」  
 本当に大丈夫なんだろうか。  
 さっきのが強がりだったと分かったからか、また無理しているんじゃないかとも思う。  
「本当にっ、大丈夫、だからっ!」  
「あ、ああ……」  
 促されるままに動きを早める。  
 彼女は自分で動くことはできず、俺の動きに揺さぶられるままだ。  
 それでも、必死に耐えているように見える。  
「ふ……ああっ!」  
 彼女の嬌声。  
 俺の吐く息。  
 そして、水のような音。  
 それだけしか聞こえない空間。  
 そこでただ、俺たちは交わった。  
 
「あ……ああああああっ!」  
 やがて耐え切れなくなった彼女が悲鳴を上げる。  
「くっ……!」  
 それと同時に俺は、彼女の中に熱を放った。  
 そして自身を彼女から抜き取る。  
「ば、馬鹿……何で中に……」  
 息も絶え絶えな中だというのに、文句だけはきっちりと言われた。  
「もし……子供できたり……なんかしたら……」  
「お前が女だってバレるだけだな」  
「……ッ!」  
 瞬間、視界が歪んだ。  
 左の頬に衝撃が走る。  
「お前最低だな!」  
「何も叩くことないだろ!」  
「じゃあ、銃弾と刀、どちらか選ばせてやる。選べ」  
「……拳で勘弁してくれ」  
 流石に死ぬのは嫌だ。  
「……まったく……信じられない……」  
 彼女はそう言いつつ、下敷きになっていた服についた土を払う。  
「……でもまあ、こうしてお互いの気持ちは確認できたわけだし……」  
「……」  
 俺を見るその顔が、見る見るうちに赤く染まる。  
「……馬鹿」  
 そればっかりだな、お前。  
 喉元まで出かけていたが、言葉に出すのはやめておいた。  
 
 その代わりに。  
「なあ」  
 俺は最後にもう一言言おうと、軍服に袖を通す彼女に声をかけた。  
「何だ?」  
「もう一度、生きて会えるといいな」  
 ただでさえ赤く染まっていた顔が真っ赤になる。  
「……っ、行き辛くなること言うな……馬鹿っ……」  
「ふはは、じゃあ残るか?」  
「……行くよ」  
 そう言って、星は俺に背を向けた。  
「そうだ、細谷」  
 俺の名を呼ぶが、それは先程までの声とは明らかに違う、男としての彼女の声だった。  
「?」  
「新政府軍の連中から、町を守れよ」  
「……」  
「いいな」  
 念を押された。  
「……結局、藩が戦争をやめても俺自身の戦いは終わりそうもないな」  
 答えるようにフッと笑う。  
「当たり前だろう、馬鹿。約束したじゃないか」  
 彼女もこちら側に振り向きながら笑った。  
「……もう一緒に城を守ることは出来ないけれど、お互いにとって大切な何かを守ること  
はできる」  
 それは町であり。  
 町に住む人であり。  
 そして、仙台藩士としての誇りである。  
「そうだな」  
 俺たちの戦争は終わらない。  
 むしろ、これから始まると言っても過言ではないのかもしれない。  
 
「そうだ。ちょっと目を瞑ってもらえるか?」  
「いいけど……撃たないよな?」  
「……流石にそれはない」  
 俺は彼女に促されるままに目を瞑る。  
 一瞬、ふわりと風が吹いたかと思うと。  
 柔らかいものが唇に触れた。  
 思わず目を開ける。  
 俺の唇に触れているもの。それは、彼女の唇だった。  
「!?」  
 それはすぐに離れた。  
 けれど、不思議なくらいに感触は残っている。  
「ほ……」  
「俺は、降伏しないから」  
 彼女は、俺の目を見据えて言った。  
「絶対に奴らに屈したりしない」  
 その目はあの頃と同じで、輝いていた。  
「ああ。俺もだ」  
 例え身を八つ裂きにされても。  
 例え破滅が待ち受けているだけだとしても。  
 それこそ……地獄に落ちるとしても。  
 俺たちは、偽の錦の旗に屈したりは――しない。  
「いつか――いつか時が来たら、地獄で会い見えよう!」  
「ああ!」  
 その道が修羅の道だとしても、俺は突き進む。  
 そして彼女も。  
 きっと、足を止めることなく、進んでゆく。  
 正しいのかどうかなんて知ったことじゃない。  
 ただ、進む。自らが信じる道を。  
 己の誇りと、交わした約束にかけて。  
 

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