「さて、次界卵がどこにあるか、情報を知りうる限り教えてもらおうか」  
「……何も喋りませんよ」  
カンジーを捕らえた悪魔が、冷たい眼で見下ろしてくる。  
ガスベラスの中へと引き擦りこまれた後、後ろ手で縛られた手をさらに壁から伸びる鎖につながれて、動きを封じられる。  
相手は非情な悪魔だ。己の利益の為、次界卵の情報を手に入れるために手段は問わないだろう。  
ならば自分はこれから一体何をされるのか、想像をめぐらせれば恐怖に身体が震えたが、  
それでも悪魔に屈して仲間を裏切る方が怖かった。  
震える身体を叱咤して、眼前に経つポーカードをきっ、と睨みつけた。  
「おお、怖」  
そのカンジーの態度に、ポーカードは大仰に肩をすくめて見せる。  
小馬鹿にしたようなその仕草に無性に怒りがわいてきて、恐怖も忘れてさらに眦をきつく上げ、ポーカードを睨み続けた。  
「その強気がいつまで持つかな。まあ、君から教えてもらうことが叶わなくとも、  
今の君の姿を見れば、仲間の方の気が変わってくれるかもしれないから、せいぜい頑張って続けてくれたまえ」  
「卑怯者!」  
「何とでも……ふむ」  
真正面へと歩み寄ったポーカードが、カンジーを上から下まで無感情に眺めやる。  
「何かできるとも思えんが、念のためだ。装備は外させてもらうぞ」  
そう宣告するや否や、無遠慮にカンジーの上着へと手をかけた。  
「何す……っ!!やだっ!触らないでっ!!」  
「騒がしいな。別にとって食いやしない」  
「や……っ!!」  
必要以上に暴れる身体に辟易としながらも、首元のスカーフを外して厚手の上着の前を開く。  
腕を繋がれているせいで完全に脱がすことは出来ずに、肩から落ちた上着は腕の中ほどで纏わり付いたままだったが、  
構わずにポーカードは服を探って何か妙な仕掛けがないかを確かめた。  
別段何もないことを確認して身体を離すが、ふと離れた拍子に違和感を覚えて、じっと床に座り込む子供を見る。  
「……?」  
「……ッ」  
耳にまで血を上らせて、必死に顔を背けている子供の反応が、まず腑に落ちなかった。  
そのまま視線を下げ、上着とスカーフが落ちたことであらわになった体の線に違和感を強める。  
袖の無い、肩をむき出しにしたアンダーシャツが、暴れたせいでよれて酷く皺になっていた。  
そのシャツからのぞく肩が、妙に細い。  
戦使である彼の仲間の少年と、聖守でしかもあまり戦闘むきでないこの少年を比べるのは酷というものだが、  
それを差し引いたとしても、同じ年頃のはずのあの少年と比べると、必要以上に線が細い、気がする。  
子供の成長の差など知らないし興味も無いが、首から肩にかけてなだらかな曲線を描きはじめた身体は、  
どちらかといえば少年よりも、少女のそれに近いような――  
軽く混乱に陥りかけたところで、皺のよったシャツの胸元が目に入って、思わず目を見張る。  
薄手のそれは、下からの僅かなふくらみに押し上げられて、柔らかい皺を胸元に作っていた。  
「……成程」  
す、と腕を伸ばして膨らみかけの胸の脇へと触れる。途端に、手のひら越しでも相手の身体がより強張ったことが伝わってきた。  
確かめるようにゆっくりと手を横へとスライドさせると、見た目よりもかなりはっきりとした弾力が、  
柔らかな感触を伴って指の腹を押し返してくる。  
「さわ、るな」  
「……そうも、いかなくなったな」  
 
ゆっくりと、手のひら全体を使って、少女になりかけのふっくらとした身体の線をなぞる。  
首筋を冷たい手でなぞられて、ぞくりと背中を震えが駆け抜けた。  
それは、恐怖なのか、それとも別の何かなのか。  
得体の知れない感覚を振り払おうと、思わず開きかけた唇に、突然舌を差し込まれる。  
一瞬遅れてやってきた驚愕に、首を振ってのがれようとしたが、しっかりと首の後ろを押さえられていて叶わない。  
口内を這いずる舌に不快感が満ちていって、重なる唇へと思い切り噛み付いた。  
僅かに鉄錆のような温い液体がカンジーの口の中までも染み込んだかと思うと、直ぐに口を塞いでいたものが離れていった。  
「……ッ、おぇ……、ぺ……ッ」  
触れていたものが離れても、口に残る気持ち悪さとおぞましさに、胃の中のものが逆流していく。  
唇をぬぐいたかったが、両腕を拘束されているためにそれは叶わず、  
不快感を少しでも和らげようと、口の中に残る唾液をひたすらに吐き出した。  
さすがにそこまでの無様を晒したくは無くて、こみ上げてきた吐き気は押さえ込み嘔吐はしなかったものの、  
飲み込んだはずの吐き気はさらに上へとせり上がり、閉じた眦から涙となって流れ落ちていった。  
「やれやれ」  
突然聞こえた呆れたような声に、一瞬で意識を現実へ引き戻させる。  
至近距離で変わらぬ無表情でいるポーカードの唇の端から、赤い血が今も止まらずに滲み出していた。  
「口付けぐらいでそんなに泣いているようでは、君の強気ももう終わりだな」  
悪魔でも血は赤いものなのかと、そんな場違いな感想をどこか遠くで抱くカンジーのシャツを、  
ポーカードがいつの間にか手にしていたカードで切り裂いていく。  
一見ただのカードであるはずなのに、腹の辺りからたやすく服を切り裂いて上ってくるそれは、  
酷く原始的な恐怖をカンジーに与えていく。  
「怖がらなくていい。君が素直になってくれさえすれば、乱暴はしない。最期のチャンスだ。……次界卵は、何処にある?」  
肌蹴られた上半身に感じる空気が、凍えるように、寒い。  
同時に、きっと服のようにたやすく肉を切り裂くのだろう、薄くも鋭い刃を持つ冷たい凶器が、咽元に押し付けられているのを感じた。  
けれども、カンジーは弱々しく、けれどはっきりと首を横に降る。  
(タケル、さん)  
負けてたまるか、と思った。  
常に自分を引っ張っていってくれた、赤い髪の戦使は、こんな奴に屈したりは絶対しない。  
(僕だって、負けたりなんて、するもんか……!)  
それだけの思いが、恐怖と屈辱に折れそうになる心を支えていた。  
「……残念だ」  
「……つッ!」  
覚悟していた、肉を斬り裂く痛みは襲ってこなかった。  
代わりに、言葉に僅かに遅れて、仰向けに冷たい床へと押し倒される。  
どさりと勢い良く倒されたその拍子に、愛用していた帽子が外れて転がり落ちた。  
同時にむき出しの肩を爪が食い込むほどに強く押さえつけられて、  
その鋭い痛みに思わず食いしばった歯の隙間から悲鳴が漏れる。  
「残念だよ、本当に」  
圧し掛かる男は、言葉とは裏腹に、相変わらず無表情のままだった。  
けれど、さっき流した涙のせいだろうか。  
まだぼんやりと霞んで見える視界で見上げた、その男の赤い血が滲む口の端は。  
歪んで、わらっているようにさえ見えた。  
 
 

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