以下注意書き  
・ミノスが遊び半分で陵辱したのが二人の初体験。  
・対フェニ戦前後でミノスの内面がかなり変化した事前提。  
・デモはメイジャスのじいや状態。  
 
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Paradise Lost  
 
 あの方が来ると植物達が囁く。ガラスに封じたこの小さな森で、微睡んでいた私は寝椅子の上で身を正してあの方をお待ちする。  
 足音もせず密かな気配だけでいらしたあの方は、起きている私を見ると優しく眼を細められた。  
その金の髪に滑るような身のこなしは密林の虎そのもので、その美しさも強さもこの方らしい。  
私とこの方は生まれと作りをほぼ同じとしているのに、どうしてこうも違うのだろう。  
この方はあの忌まわしい科学者達の汚らわしい手などと違う、偉大なる御手や御目がかけられたかのようだ。  
「起こしてしまったか、メイジャス?」  
「いいえ、今起きた所です。ミノスさま」  
 鬼壮士リトルミノスさまは、グローブ越しでも温かいその手で私の頬に触れてきた。  
かつてと違い、その優しい手に私は喜びと僅かな悲しみを覚える。  
それでも私は無比なる信頼を以てその手に頬を寄せ、この方は小さく微笑まれて私の額に口づけて下さる。  
 ここは私の楽園、このまま時が止まってしまえばいい。  
 
 
 私の椅子に手を掛け寄りかかれられたミノスさまは、私の髪を指先で弄びながらお話をされる。  
軍議や石版の行方、戦局の事、サラジンさまやデモ、天使達のこと。  
私はこの方の虎めいた目を見つめながら、素直に頷き意見を求められた時にだけ答える。  
 以前と違い、時折言葉に詰まる時がある。何も恐れず何も厭わぬ方なのに、それは私を傷つけないように言葉を探されているのだと気付いた時、  
私は嬉しかった。それだけ私がミノスさまに思われている事に、価値を見いだされている事に。  
 そのうちにミノスさまの言葉が止まる。ただひたむきに私を見つめられる。あの眼にある優しい光が変化する。  
何をお望みになられているかは分かっている、それはかつてと違い私も待ち望んでいる事に羞恥を覚える。。  
 幾度も繰り返されているのに、その切り出しをこの方はいつも見つけられないでいる。  
それも私を思って下さっての事という事を知っている私は、それに喜びと悲しみと切なさを感じながら、  
私の髪に触れたままのミノスさまの御手に触覚で触れた。  
 それも幾度も繰り返した事。けれどミノスさまは微笑まれて、私の触覚を手にされると口付けて下さる。  
 ミノスさまの唇の熱と雫れ見える牙の鋭さが私の体に熱を落とす。これは来たる嵐の種、私を歓喜と狂気に引き裂く。  
「……ミノス……さ……ま……」  
 ミノスさまの唇が触覚を滑って頭部に辿り着く。はしたない私はそれだけで息が漏れ、声が掠れてしまう。  
「メイジャス」  
 からかうような響きを持ってミノスさまが私の名を口にされた。私の触覚はミノスさまの指にからめ取られ、指の腹で幾度も撫でられる。  
ミノスさまのもう片方の手は私の頭にあてがわれ、頬へと滑り落ちてきた。  
 私の手は私の心と裏腹に、震える私の体を抱きしめる。恐怖を殺すより、歓喜を殺す方が辛いのはどうしてだろう。  
 顎に指をかけられ、顔を上げさせられた。あの虎の瞳が私をまっすぐに見つめている。  
「メイジャス」  
 もう一度名を呼ばれた。今度は優しく、そして熱情を持って。  
 眼を閉じるのはまだ怖い。けれど、もう恐れることは無い。暗黒で世界を閉め出さなくてもいいのだから。  
 普段ならば決して見せることのない苦笑を雫されると、ミノスさまは私の額に口付ける。ミノスさまの両手が私の頬に触れた。  
武器をあれだけ雄々しく振るわれるこの方の手とは思えぬ優しさ。  
 まだ眼を閉ざせぬ私の瞼に唇を落とされ、眼を閉ざさせられた。瞼の向こうに感じるミノスさまの唇、牙、吐息、  
そして声にならぬ声で囁かれる私の名。  
 
「……ミノ……ス…………」  
 それ以上、ミノスさまを呼ぶことが出来なかった。開いた私の唇にミノスさまの唇が重なる。  
 ミノスさまの舌が私の口内に滑り込んできた。私の舌をからめ取られ、吸われ、歯の一つ一つを数えるように撫でていく。  
 私たちの柔らかい肉が奇妙な水音を立てる。唇にミノスさまの牙の堅さと鋭さを恐怖と共に感じながらも、  
それ以上にこの方とより深く混じり合いたくて、私は獣のように舌をつきだした。  
 口の端から唾液が雫れ落ち、顎を濡らした。そして名残惜しくもミノスさまの唇が離れていく。  
 私はだらしなく開いたままの唇から涎を垂らし、息を荒げたままミノスさまを見上げた。  
体の奥底から湧いてくる熱が私の体を熱くする、私を駆り立てる。  
 ミノスさまはご自身の指で口の端を拭って下さると、その指を舐められた。牙の合間から見える赤い舌、幾度も同じ事をしているのに、  
あれが先ほどまで自分の口内にあったという事実に私はいつまでも慣れず、羞恥と興奮を覚える。  
 ご自身の唾液で濡れた指を私の唇に当てられるミノスさま。私はその指をそっと口に含んだ。  
 見目の年頃は変わらぬのに、この方の指は固くて節が目立つ。武器を扱われるためにタコがあり、爪は鋭い。  
この方はこの手で数多の敵を屠られてきた。かつては私もこの手に骨を砕かれ、爪で引き裂かれたけれども、今はとても優しい。  
 僅かにミノスさまの味を感じながら、指を口にする。口内と舌でこの固い指を感じると、この方の違う器官を連想し私の腰が震えた。  
苦痛と悲しみしかなかった行為が、快楽と歓喜に満たされるようになったからかも知れない。  
 ミノスさまの指も私の口内を指で描き出すように蠢き、わざと音が立つように空気を押し込まれる。  
指を口に含むという行為だけで、私は体の高ぶりを押さえきれない。  
 顎まで涎を滴らせ、主君でもある方の指をねぶる私はきっとあさましい顔をしているだろう。でも、止める事が出来ない。  
 息が荒くなり、頬が熱い。体を抱いていた腕から力が抜けて、体を滑り落ちる。  
そしてミノスさまの指が私の舌をその指の腹で愛撫され引き抜かれた。  
 ミノスさまの眼が細められ、私の唾液に汚れた指を口にされる。  
そして両手で頭を捕まれると先ほど以上に荒々しく唇を奪われ、口内を犯された。  
 この方の牙で唇の端が切れる。これぐらいの苦痛はかつてに比べたらどうという事はない。  
けれどもミノスさまは眉根を寄せて、舌先で私の切れた唇を撫でる。  
 つん、と強く匂うのは私の血。それがミノスさまの舌に絡まり、ミノスさまの唾液に混ざり私の口に返される。  
 ミノスさまの甘く感じる唾液に混じる嫌な味。それはこの行為全てを表している気がした。  
 ミノスさまの手が首筋に落ち、鎖骨へと滑っていく。ワンピースの襟刳りを引き裂きそうな力で捕まれた。  
繊維がみしりと音を立てる。その音はまだ怖い。  
 その手にどうにか私の手を掛けた。ミノスさまの手から力が抜け、唇が離れる。  
 この方の変わられた事の一つである表情で私の顔を覗かれる。泣きたくなるのを堪えて、私は首を振った。  
けれどこの方が離れて行かぬように、その胸に縋り付く。  
「……ここは……いや……お許し下さい……」  
「……お前の部屋でいいか?」  
 それも幾度か繰り返した事。私が声も無く頷くと、あの時のように私を抱き上げて下さった。  
まだ流れぬ私の涙を拭って下さるように、幾つもの口付けを私の頬や瞼に落とされる。そして温室の続き間にある私の部屋に入っていかれた。  
 一人では広すぎる寝台は、最初から二人分のためだったのだろうか。また同じ事を考える私をミノスさまはとても優しく降ろして下さる。  
 私の顔全てを唇でなぞり上げるようにミノスさまの唇が降る。  
そんな優しい口付けなのに、私は卑しくみだらにもっと深い口づけが欲しくて、唇を開けた。  
 虚ろな穴にミノスさまが入ってこられる。指先でしか縋れない手の代わりに舌を強く深く絡める。  
 口の端から混じり合った涎と同じく、私の体の奥から溢れる物がある。それが下着を濡らし、私の体を疼かせる。  
この方を慕う気持ちと裏腹に恐れる気持ちを体に刻み込まれたのに、私の体はこの方に触れられる度にこの方を求めて叫ぶ。  
 もどかしいようにミノスさまが軍服を脱ぎ捨てられ、そこに縋り付いていた私の手が行き所を失い寝台に落ちた。  
 ミノスさまの手が私の服にかかった。私の服を脱がそうともたつくその手に触れぬよう、私は自分でベルトをゆるめ肩止めを外す。  
 火照った体が外気に触れる。けれどもすぐにミノスさまの体が密着し、熱と鼓動が伝わってくる。  
その熱さ、激しさが私により産み出されている事に恐怖と歓喜を覚えた。  
 
「やっ!」  
「駄目なのか?」  
 首筋に牙の鋭さと唇の柔らかさが滑り落ちていき、背が粟立つ感触と共に声を上げてしまう。  
そしてその拒絶の言葉にミノスさまが飢えた眼をしながらも、とても優しく問いかけて下さる。  
 それもまたこの方が変わられた為だと分かっていても、私は恥ずかしくて自分が首まで熱い事を自覚しながら頭を振った。  
「……いいのか?」  
「…………はい……お願いです……お止めになられないで…………」  
 あの鋭い爪がかからぬように、乳房を揉みしだかれる。指の間に挟まれた乳首が固く尖っているのが分かる。  
恥ずかしさと気持ちよさで頭が蕩けていく。  
「あっ!」  
 ミノスさまに私の胸を吸われた。この方の牙と舌が滑り行く感触に息を飲み、乳首を吸われ縒り解すように摘まれて声を上げる。  
 時折牙で甘噛みをされる度に、背を粟立たせ、自分の物ではないような甘ったるい声を上げて身をよじった。  
 私の反応の一つ一つにミノスさまは吐息を雫し、私を満遍なく味わうように唇を滑らせていく。  
時折優しく突き立てられる牙は、もう皮膚を突き破り肉を切り裂くことはないのに、かつて以上にこの方に貪られている錯覚へ私を陥らせる。  
そしてそれは私の嵐を強くして、私の思いのままにならぬ喉はミノスさまを呼ぶ。  
 ミノスさまの指が私の腹を滑り落ちていくのを感じた。恥ずかしさよりも膝より下に触れられる忌まわしさが勝ち、  
私は自ら足を開きミノスさまを受け入れる。  
「んっ!」  
「気持ちいいか?」  
「は、はい……んぁ……ああっ……」  
 私の下腹部の奥にある場所が、この方に与えられる事全てに反応して固くなっているのを、ミノスさまの指に教えられる。  
私から滴り落ちた物に塗れた指の腹だけで撫でられる度に、電気でも流されるかのように体が痺れる。  
 敷布を必死に掴んで堪えようとしても、声を上げてしまう。それから逃れたいのか、逃したくないのか、私自身にも分かりかねるまま、  
膝が立ち足を閉ざそうとした。私自身が受け入れたミノスさまの御手があるのだから閉ざせぬのに。  
「あああっ!」  
 ミノスさまの指が私の中に滑り込んできた。普段ならば決して触れられることがない奥深くをミノスさまが触れられている。  
自分のあられもない声の合間に、私の体から引き出される独特の水音が聞こえた。  
「……ああっ、やっ、ミノ……スさま……ミノスさまぁ……」  
 胎内をミノスさまの指が擦り、その度に私の体が震える。時に深く時に浅く、私の胎内をかき回される。  
 その動きに合わせるように自分の腰が動いてしまう。指だけでこんなにも感じてしまうのに、指だけじゃ足りないと体が叫び震えた。  
 そんな私の体をミノスさまは片腕だけで容易く抱き上げられると、強く私の乳房を吸い上げられた。  
「んっ! 駄目ぇ……やぁ……あん……ああっ…………」  
 ミノスさまの指が執拗に私の中を責め立て、胸まで愛撫され、体中が痺れて力が抜けてしまう。  
 敷布を掴んでいた手が離れた。抱き上げられているので指先がどうにか敷布に届くぐらいで、何処にも縋れなくなってしまう。  
不安定な体を支える事が出来ない。ただ身を丸めてミノスさまより与えられる快感に翻弄されるばかり。  
「俺の背に手を回せ、メイジャス」  
 そんな私にミノスさまが少しうわずった声色でお声を掛けて下さる。ご自身の手で私の手を取ると私の手をそのお体に回すように動かされた。  
「…………はい」  
 私と背の丈はさほど変わらないのに、ミノスさまの背は私よりも遙かに厚く堅く逞しくていらっしゃる。  
その背に手を回し、ミノスさまの熱や鼓動を我が身で直接受け止めるだけで、  
乳房や私の中に与えられる刺激以上に私は自分が蕩けていくように思えた。  
「ああ、あ……ミノ……スさ……駄目、駄目です、私……」  
「メイジャス……」  
 掠れた声でミノスさまが私の名を口にされ、私の乳房から唇を離されたミノスさまの顔が近付いてきた。  
私は瞳を綴じて自分から顔を突き出し、ミノスさまの唇を受け入れる。  
 ミノスさまの牙の堅さを唇に強く感じた時、私は自分でも感じるぐらいに雫を吹きだして達した。  
 力が抜けてしまい、ミノスさまの背から手が離れてしまう。後ろに倒れ込みそうになるのをミノスさまが片腕だけで私を支えて下さった。  
「……お許し……下さい…………私一人だけ……」  
「かまわん、俺は嬉しい」  
 
 ミノスさまは喉の奥で笑いながら私の額や頬に口付けを落としていかれる。そしてゆっくりと私を横たえて下さった。  
 ぬらりと光っている指を口に含まれるミノスさま。それが私の出した物だというのが恥ずかしくて、  
そしてそれを眼を細めて口にされるミノスさまのお顔を見ていられなくて、私は両腕で顔を覆った。  
 戦いの時にかいま見せられるような愉悦を含んだミノスさまの笑みは、私に欲情されているという事をお示しになられており、  
それ以上に私もまたそのような事をされている事に欲望を沸きたたせる。  
 ミノスさまの御手が私の太股に触れられたのが、その熱で分かった。  
こうしてこの方の熱を感じられる度に、私は膝より下だけを機械に置き換えるだけで済んだ事を嬉しく悲しく思う。  
 足を大きく開かれると、濡れた場所が外気に触れてひやりとする。それが逆の奥の熱さを強調して私は顔を覆ったまま顔を背けた。  
 そして私の中にミノスさまが押し入られて来た。  
 堅くて熱い物が私を貫く。私の下腹部を一杯にしてしまい、私はただその苦しさを逃す為に息を吐くことしか出来ない。  
「ああっ、あっ、あっ、ミノッス……さっ……」  
 胎内をこすられるのが分かる。ミノスさまが動かれる度に私の体が痺れ蕩けてゆく。恥ずかしいのに声が止まらない。  
 私を貫く淫らな音が私の耳を打つ。脳髄を灼くその音は私がこの方を受け入れた証。  
 苦痛と悦楽が私とミノスさまを繋ぐ。この相反すれど同一の感覚が、今ミノスさまと私を一つの素体とならしめる。  
 耳元で囁かれるミノスさまの御声。その御手が触れる場所が溶けていく。  
我が身が崩れそうな恐怖と至福にその背へ縋れば、ずるりと滑るのは汗の所為。  
「ああっ!」  
 喉元に付き立てられる牙。でも、もう血を吹き出させられる事はない。この方に貪られる、それを嬉しく思う。  
 ただミノスさまの名を叫び、奈落の果てに落ちていく。この方が居られるのなら何も怖くない。  
そう望まれるならば、いつだって全てを投げ捨てられる。たった一人、灯火も無きままに夜の闇へ踏み出せる。  
「…………ミノス……さまっ……ミノスさまぁっ!」  
 脳髄に雷撃が走る。全身を貫く悦楽に全てを委ね、私は絶叫した。  
強く強く抱きしめられ、我が身に解き放たれる熱い迸りを受け止めながら私は意識を手放した。  
 意識を取り戻すとミノスさまと視線があった。優しく綻ぶその瞳に、私は気恥ずかしさを覚え眼を伏せてしまう。  
「大丈夫か?」  
 ミノスさまの唇が額に触れる感触と優しい囁きに私は小さく頷いた。  
もしかして私が意識を取り戻すまで、この方は私の寝顔を見ておられたのだろうか。  
 問いたい気持ちと恥ずかしい気持ちがせめぎ合い、結局恥ずかしさが勝って何も言えないでいる。  
「どうした、顔が赤いぞ」  
 喉を鳴らすように笑いながら、ミノスさまが私を抱き寄せた。  
さらりとしたミノス様の肌と、私の髪に触れるミノスさまの手が心地よく、胸の中が熱くなる。  
「お前の髪は気持ちがいいな、良い香りがする」  
「…………ありがとうございます」  
 頭の上からミノスさまの声が降る。嬉しくて恥ずかしくてミノスさまの首筋に顔を埋めた。  
そうするとミノスさまの匂いがする。かつてはそれに血と戦塵の臭いしか見いだせなかったのに、今は心安らぐ恋しい匂いに他ならない。  
「俺とお前は同じように生まれたのに、こんなにも違うのだな」  
「私はミノスさまのように戦える姿が良かったです……そうしましたらもっとお役に立てましたでしょうに」  
 顔を上げてミノス様の瞳を見返した。あの時、私がミノスさまと同じように自在に宙を舞い、  
同じように戦えたならば彼らを取り逃がす事もなかっただろう。  
 けれどもミノスさまは笑みを浮かべられると私の額に口付けられた。  
「いや、今のお前で良かった。お前がいい」  
「ミノスさま……」  
「お前は俺が持たぬ力を持っている、お前は俺が守る、だからそれでいい。…………あれだけの事をしてきて今更かもしれないが」  
 ミノスさまがどこか困ったように笑われる。かつての暴虐の日々を思い出されておられるのだろう。  
だけれども私はそれでミノスさまを責める気など毛頭無い。  
 悪魔であっても他人に対する情は持つ。遠い遠い昔は違ったのであろうが、  
今では一つの軍団として行動し巨大な社会生活を営む集団として過ごしていけば、世界が己と敵、利用する者だけで出来ているのでは無いと学ぶ。  
 ただ、それらの感情は学ばなくては培われない。私が出来損ないなのは悪魔として生まれながら、最初からそれらを理解していたからだろう。  
 
 私はミノスさまの頬に口付けた。私からそうする事は稀なので、ミノスさまが驚かれたように目を丸くした。  
そうなさると私と見目の年頃が変わらぬ子供らしく見えて、失礼なのだろうが可愛らしく思えて私は笑ってしまった。  
「いいえ、そう仰って下さるだけで私は全て報われます。私は貴方の為ならば、灯火を持たずとも夜の闇へ踏み出せます。  
 貴方の為ならば死ぬ事すら怖くありません」  
 荒野へと踏み出そう、大海に身を投げよう。己の生まれを忌み、苛まれる事を受け入れていた頃と違うのだ。  
私にも人格があると認め、尊重して下さるこの方のためならば何だって出来る。  
道具として存在し、無意味に死ぬのではない事実が私に力を与えてくれる。  
 ミノスさまは数度瞬きをすると、私を引き寄せて胸の内に抱いて下さった。  
「そんな事はさせない。その時は俺も一緒だ。お前の最期は俺の最期だ、お前を一人で死なせはしない」  
「ミノスさま……そのような…………」  
 ミノスさまの言葉を受け入れがたくて私は首を振り、その御言葉を否定する。本当に嬉しいのに、それを受け入れてしまってはいけない。  
この方を死んだと思ったあの瞬間の絶望と闇など二度と味わいたくない。  
けれどもミノスさまのお手が私の両頬を掴み、ミノスさまが私の顔を覗き込まれる。  
「だがな、メイジャス。二度とそんな事を言うな、俺はお前を必要としても、お前の命は必要としない。  
 俺の為に死ぬ事が怖くないのであれば、どんな事があっても俺の為に生き続けろ。俺を死なせたくないのなら生き続けるんだ、いいな」  
 一切の否定も拒絶も許さぬ強さを宿した声が私に注がれる。胸を貫く熱い物がこみ上げ、私はそれらが溢れ出てしまわないように飲み込む。  
「…………はい、そうお望みであるのでしたら……ご命令のままに…………ミノスさまと全てを共に致します」  
「…………これは命令じゃない」  
 予想外の一言に私は信じがたい思いでミノスさまを見返した。力強い光を宿していた瞳がどこか困ったように彷徨うのが見えた。  
けれどもそれは再び私を捕らえて、少し綻ぶ。  
「俺の願いだ。お前を失いたくはない」  
「そんな…………もったいない御言葉…………」  
「あの時、俺が知らなかったお前の一面を見たように、俺も俺自身の知らなかった一面を見てしまったのだろうな…………  
 俺が知らなかった奇妙な感情だ。だが、それは少しも嫌じゃない。正直なところ、俺自身それに驚いているが…………」  
 そこで一度言葉が途切れる。ミノスさまのお手が私の髪を指先だけで弄ぶ。  
次の言葉がそこにあるかのような振る舞いであられたけれども、誰かに応えるかのようにミノスさまが一つ頷かれて口を開かれた。  
「お前がずっと持っていた物なんだろうな、それが嬉しい。俺とお前はこんなにも違うのに、同じなんだと分かった」  
 悪魔であっても備えてはいるが、ミノスさまのようなヘッドクラスの御方がそれを持つ事は恥ずべき事ともされるのに、  
 ミノスさまは本当に嬉しそうに笑われた。飲み込んだはずの物が溢れてしまう、涙が堪えきれなくて私は無様なほどに泣き出してしまった。  
「ミノスさま…………私は…………貴方の元にいることが出来て幸せです…………」  
「…………泣くな」  
 ミノスさまが胸元に抱き寄せて下さり、戸惑ったようにそのお手で私の頭や背を撫でて慰めて下さる。  
 かつての暴虐の日々でも私が耐えきれずに泣き出した時、この方はご自身でそのような仕打ちを為されたのにいつも戸惑ったように私に触れた。  
 今ならば分かる。あれはそう望まれたのでは無く、その行為の意味もそれが私にどのような感情を抱かせるのかも、分からなかっただけなのだ。  
無知な幼子だったのだ、この方も、私も。  
 そして今では二人、数多くの事を学び知ってしまった。  
 それでも、この方はこの感情に付けられている名を知らない。私はその感情の名を口にする事が出来ない。  
それをこの方が知った時、私がその名を口にした時、私たちは取り返しの付かぬ涯まで変わってしまうだろう。  
けれども、私はこの方さえいれば何も怖くない。  
 涙を止める事が出来ぬまま、私はミノスさまの胸元に顔を埋めた。ミノスさまの鼓動が聞こえる、  
私にもあるその音は私たちが作られし者だとしても生きているのだとこれ以上もなく教えてくれる。  
 ここは私の楽園、このまま時が止まってしまえばいい。  
 
「終わりましたよ」  
 デモはそう言うと私の体を支えて起きる手助けをしてくれる。作業ベッドから足を降ろし、体に掛けていた毛布を除けた。  
 これまでに幾人もの技術者が私の足をメンテナンスをしたが、必要外の場所を慎み深く毛布で包んで隠してくれるのはこの魔装甲デモだけだ。  
「少し歩いてみて下さい。動きが悪いようでしたら調整いたします」  
 ベッドから置いて歩き出してみればこれまで以上になめらかに動くのが分かる。  
材質こそ金属だが素材の持つ光沢を生かし、強度を保ちながら優雅な曲線を描き上げている。  
組み合わせられたパーツの合わせ目ですらまるで装飾のようだ。  
 長時間歩く事は私の身体が持たないから無理だと分かっていても、私の意思で自由に歩く事が出来る。デモは本当に天才なのだと思う。  
 ただどんなにゆっくり密やかに歩いても、床と足裏が触れると金属音が立ってしまうのが嫌だけど仕方ない。  
これ以上の事を望むなど贅沢もいいところだけれども。  
「基地内ならばブーツを履かれるといいですよ。あたしからオーダーしておきましたから」  
 そういってデモは相変わらず色々な物を山積みにしている中から、一つの箱を持ってくる。  
そこから取り出したのは軍支給品のブーツだったけれども、私の足に合うように小さく仕立てられた物だった。  
「ありがとう、デモ」  
「いえいえ、大した事じゃあありません。あたしの足の具合はどうですか?」  
「問題無いわ、どこまでも歩いていけそうよ」  
「ご無理はなさらないで下さいね。ミノスさまにまた怒鳴り込まれるのはあたしも嫌ですから。  
 ささ、こちらにおいで下さい。ユニットに繋ぐ時の事をお教え致します」  
 デモが導くままにベッドに腰を下ろす。そこには先の毛布を畳んでおかれていた。  
本当にデモは優しい、作り出されてから数多くの技術者と顔を合わせたが、こんな事をしてくれるのはデモだけだ。  
「甲に当たる部分がスライドになってますから、ロックを外してこれまで通りにフライングユニットの接続位置へと足を入れて下さい。  
 防水防塵性には何ら問題ありません」  
 そう言いながらデモが私の義足に手を触れて、件の甲部分をスライドさせてコネクタを見せた。  
「先日の事をお伺いして考えたんですけども、非常時にはすぐロックが外れるようにしました。  
 その代わり、あんまり派手な動きなさらないで下さいね。ミノスさまの向こうを張るような事なされたら落ちちゃいますよ」  
「努力はするわ」  
 またあの時と同じ事があれば私は同じように我が身を投げ出すだろう。デモは何もかも分かっているといいたげに軽く肩を竦めた。  
「明日、ユニットとの調節を致します。いつも通り詳細は端末に入れてありますんで、いつものコードとパスでデータを見て下さい」  
「ええ、分かったわ」  
 デモは本当に優しい。彼も私やミノスさまとは違う力を持つヘッドであるというのに、いつも私を気遣ってくれる。  
かつてのミノスさまとの日々で傷ついた私の身体を労り、私を慰めてくれたのもデモだった。  
そして今のミノスさまの私に対する振る舞いを我が身のように喜んでくれる。  
 また技術者として何よりも大切である各種の研究データを私に惜しげもなく見せてくれる。  
私の足を作った時、何でもないように文字通り胸襟を開いて全てのデータを見せてくれた時、私の方が驚いた。  
彼も悪魔であり、ヘッドクラスの存在であるというのに、そんな事をするなんて思わなかったからだ。  
「いつも思うんだけどデモ、私に何もかも見せて大丈夫なの。大事なデータなのに」  
「メイジャスさまが本気になられたら叩き壊す以外にデータを守る事なんて出来やしませんよ。あたしが機械と話すように、  
 あなたはデータと話される。そんな方相手に守っても仕方ありません。それにメイジャスさまはそのような事をなさらないでしょ」  
 共犯者の笑みで二人、笑い合う。検査の為と称して部下を全て追い払った彼のラボに私とデモの声が響いた。  
ひとしきり笑った後、デモはどこか困ったように軽く首を振る。  
 
「…………ユニットも調節が終われば何時でも使えます。そうしたら、また旅立たれるんですよね」  
「ミノスさまがそうお決めになられたのだもの。次はいつ帰ってこられるか分からないけれど、戻ってきたらまた色々面倒見てね」  
「勿論ですとも」  
 私が笑いかけるとデモがどこかはにかんだように笑う。けれども、私の足に触れる為に跪いた姿のまま、デモは俯いてしまった。  
「デモ……?」  
「メイジャスさま…………どうぞご無事で。ご一緒出来なくも、ご無事を祈っております。  
 あなたに本当のおみ足を差し上げられないあたしにはそれぐらいしか出来やしませんが」  
 確かに金属作りの足を忌んだのは私だけれども、それでもデモは己の技術を駆使して比類無い義足を作ってくれた。  
実用性だけじゃなくて、とても綺麗な曲線を描く芸術品めいた義足を。  
 私は溢れ出てくるデモへの感謝の言葉を言いたいのに何も言えなくて、彼の丸っこい肩に辛うじて触れる事しか出来ない。  
 生体金属の奇妙な冷たさ温かさに固さと柔らかさ、それらの入り交じったデモの身体は、私やミノスさまとはまったく違う作りで出来ている。  
それでも、デモの手は本当に優しくていつだって温かい事を私は知っている。  
この手がなければ私はミノスさまのお手の優しさ温かさを本当に理解出来なかっただろう。  
「あたしの可愛いお姫様。あなたはこんなにも綺麗で愛らしい。あなたが笑える事が幸せなんて思えるあたしは、ろくでもない悪魔ですよ。  
 天使も悪魔も関係ないんですね、こんなことを思うのは」  
 肩に触れた私の手を取るデモ。私はその手を握り返した。  
「…………それは私もよ。デモ、大好きよ。あなたが居てくれて本当に良かった」  
「勿体ない…………けれど、あたしたちは許されないでしょうね、悪魔なのにこんな事を思うなんて」  
「そうね、でも恥だと思わないわ。私たちとて心があるんだもの、そして学ぶ事が出来る。天使達の傲慢さには理解出来ないだろうけれども、  
 私たちとて生きているのだから」  
 私たち悪魔は神に捨てられた。印を打たれ追放されたのは最後の愛ではなく、もう何も関わりたくないからだ。  
出来損ないで意に染まぬ、醜い子は要らないのだ。そうして不毛の地を与えられ、光溢れる豊かな楽園を与えられた天使達の全てを羨望し続けてきた。  
 それでも私たちは生き続けた。愛されぬならば奪い取ろうと、今一度目を向けるに相応しい力を持つ事を証明するために。  
「好きよ、デモ。無事に帰ってくるから待っていてね。私たちが破滅の道をひた走っているとしても、生きている事に変わりはないのだもの」  
「はい、はい……どうぞご無事で」  
 私の手を強く握るデモを抱きしめる。悪魔であろうとも他者に心を砕く者が居るのであれば、天使と何が違うというのか。  
 そして、時々私は祈る。私たちは神の御手から遠く離れた場所に作られたけれども、私たちを悪魔ならしめる物の僅かにでも、  
闇なる太母ノアフォームが哀れみを授けて下さるように。我らとて心も魂もある。  
楽園を追放されたというのであれば、せめて死ぬ時に御身の慈悲にて安らぎを与えてくださらん事を、私に心を砕いてくれる人々の為に祈り続けた。  
 
          <了>  
 

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