◇◇◇
…繊細なレースのカーテンが風に揺れている。
(…ここは…どこだ…?)
白い大理石の優雅な一室。馥郁たるダマスク・ローズの香り。素肌に心地よい絹の臥所…そして、それら
よりもなお華麗で甘美な…かたわらに寄り添う、彼女。
「…お目覚めでございますか?ヤマト様…」
長い睫に囲まれた宵闇色の瞳を輝かせ、頬をほんのり薔薇色に染めながら、慎ましく彼女は囁いた。
さらさらとした長い赤毛が一筋、豊満な乳房の間へと流れ、帯ひとつない下半身まで達している…
まるで、美の女神。
…きみは… …きみはいったい…?
◇◇◇
「さすがピーターだ。これまたずいぶんな物をおっ建てやがったな」
パンゲアクターの行く手には、辺境の戦地には場違いなほどに優雅で完璧な、純白の城が鎮座していた。
王侯貴族の別荘にしか見えないあの城が、実は戦いの為に建てられた砦だというのだから恐れ入る。
「一本釣。巨大化して、踏め」
ダンジャックの容赦ない指示に、慌てたのは牛若である。
「ち、ちょっと待って下さい!あの中にはヤマトが囚われているのですよ!!」
ダンジャックは軽く溜息して、
「じゃあ聞く。ヤマトが捕まったのは、いったいどういう経緯でだと思う?…いや、二択で聞こう。
不意打ちをくらって気絶したところを運ばれたか、またはピーターの色仕掛けにひっかかって自分でのこのこ
ついていったのか。どちらの可能性が高い?」
牛若は真面目に思考して…回答した。
「…戦闘の跡はなく…ヤマト自身が自ら出て行ったと思われる痕跡が多いことから…どちらかといえば後者の
可能性が高いかと思われます」
「よし決まった。一本釣、やっぱり踏め」
「ち、ちょっと!!」
制止しようとする牛若へ、ダンジャックは首を横に振って答えた。
「馬 鹿 は 死 な な き ゃ 治 ら な い。」
「バンプとお呼び下さいませ、ヤマト様。お食事になさいますか?それとも…」
「あっ、いえっ、お構いなく…!」
ヤマトは赤面してベッドの上に正座し…自分も全裸であることに気がついた。
(えっ…これって…もしかして…ま、まさか…!!??)
混乱する頭の中へ、先日の記憶を検索するが…思い出せない。何も、覚えてない。
「ごごごご、ごめんバンプ…ぼ、僕、ちょっっっと記憶が曖昧みたいなんだけど…」
「そうですわね、ヤマト様。先日はずいぶんお酒をお召しになっていらっしゃいましたから…」
バンプはクスリと笑って答えた。その笑顔がまた…花のように可愛いのだ。
それにヤマトは思わず見とれてしまい、肝心なことを問うことも、バンプの言葉への妙な違和感も、
きれいさっぱり忘れてしまった。
「それではヤマト様…わたくしからヤマト様へ、お願いをしても…よろしいでしょうか?」
バンプは小首をかしげ、上目づかいにヤマトを覗き込む…その様子があまりにも可愛くて、ヤマトも
ついつい必要以上に張り切ってしまう。
「う、うん!うん!僕に出来ることならなんでも!!」
「まあ!嬉しゅうございますわ!」
両手を合わせてバンプは喜び、そして蚊の泣くような声で囁いた。
「… … …」
「…うん?なに…?」
耳を傾けてヤマトが訊ねれば、今度はもう少し大きな声で…
「…も…う…一…度…抱…い…て…下…さ…きゃーーーー!!!わたくしったら、わたくしったら、
なんてなんてはしたないっ!!!」
(えええええ!!! じゃあやっぱりぃぃぃぃ!!??)
耳元で突然大声を上げられたので、鼓膜もきつかったが、それ以上にハートに受けた衝撃も大きかった。
呆然となっているヤマトのかたわらで、バンプは両手で顔を覆い、きゃーきゃー叫び続けている。
「あああ…ヤマト様、ヤマト様、お願いでございますから、わたくしをはしたない女などとお思いに
ならないで下さいましね。もしヤマト様に嫌われたら、わたくし生きてゆけないのでございます!わたくしを、
生かすも殺すも、ヤマト様次第なのでございます…!ああヤマト様!!」
そこでバンプ、ひしとヤマトにすがりつき、
「お願いでございます、嫌とはおっしゃらないで下さいまし!そしたらわたくし…死んでしまいます!!」
…ここまで言われて、どうしてヤマトに嫌が言えるだろうか?
ヤマトは遠慮がちにバンプの肩へ手を回し…くちづけたのは、はたしてどちらからだったか。
やさしい、くちづけ。
彼女の唇は柔らかく慎ましく、香水だろうか、芳しい香りがヤマトを包みこんだ…
くちづけが途切れると夢見心地のままヤマトは呟いた。
「ねえ…バンプ。君さぁ…君みたいに最高に綺麗でおしとやかな子がさ…なんで僕にこんなによくして
くれるんだい?」
「ヤマト様は…わたくしがずっと求めていた、わたくしだけのヤマト様だからですわ」
バンプは囁きながら、潤み輝く宵闇色の瞳で、ひとすじにヤマトを見つめた。どこまでも一途で純粋な、
熱いまなざし。
「とおい国で、別なヤマト様をずっとずっとお慕いしておりました。でも…わたくしだけの方には…なって
くださらなかった…のです…」
その麗しい瞳が震えたかと思うと、みるみる涙があふれ…ひとつぶ、ふたつぶ、真珠のような雫が頬を
伝って落ちた。
「…そうだったんだ…辛かったんだね」
ヤマトは酷く胸を打たれながら慰めた。別なヤマトというのがヤマトルーツのどの人物なのか釈然と
しなかったが、こんなに綺麗で魅力的な子を泣かせるなんて、許せないと腹が立った。
「でも、悪魔化した今なら。いくらわがままになっても許される今なら…!」
彼女の表情がぱっと輝く。
「わたくしは欲しいのです。奪ってでも、閉じ込めてでも。わたくしだけのヤマト様…いえ、あなた様が。
あなた様が欲しいのです!」
バンプは飛びつくようにもう一度口づけた。
今度は情熱的な、深い深い口づけ。彼女の中は炎のように熱く、ヤマトはその意外さに驚いた。
しとやかな彼女の、奥に隠された炎。ヤマトを焦がしてしまいそうな激しい炎。けれどその熱の奥には、涙が
隠されている…
息がつまりそうになりながらも、ヤマトは必死になってその情熱に答えようとした。美しい彼女を力いっぱい
に抱きしめ、臥所へまろび、両足を絡め、秘所へ迫り、快楽に背を反らす彼女を、なおきつく捕らえなおした。
じぶんのものへと、彼女のしなやかな指先が触れ続けていた。もう爆発しそうだった。
「…も、我慢できない…」
「…わたくし、も…」
バンプは上気した頬を輝かせて喘いだ。
ヤマトは眩暈を感じながら彼女へ熱くなった己を差し入れて…さらに熱い、彼女のなかに圧倒された。
身をよじり絡みつく彼女はまさに炎の悪魔。長い髪が、乱れ、幾筋もヤマトの身体へとからみついた。
けれど零れる言葉は変わることなくしとやかで、
「…嬉しい…嬉しいですわ、ヤマト様…!今…ヤマト様は…本当に、わたくしだけ、の…大好き…
大好きですわ、ヤマトさ…!」
ぬれた星の瞳を輝かせ、頬を赤くして震え、すがりついてくる彼女を、ヤマトは心の底から可愛らしいと
思った。こんな可愛らしい女の子は他にいないと。喘ぎながら、ヤマトは答えた。
「…僕も、大好き、だよ…」
その言葉にバンプは大きな熱い吐息をひとつし、涙に濡れた頬をすりよせ、いよいよ深く身体をひとつに
した。
とろけるような快感で、ヤマトの魂は一杯になる…
正体すら定かでない危険な彼女。けれど夢まぼろしのように美しい彼女。
求めればより強く求め返され、煽ればより熱く煽り返される。激しくそしてこのうえなく甘美な悪夢は
いつ果てるともなく、求められるままにヤマトは幾度も達した…
◇◇◇
そうして疲労困憊するに至ったヤマトを、バンプは優しく労わった。
「ごめんなさいねヤマト様…どうぞ、お休みになって下さいませ」
「うん…」
ヤマトが身体を離そうとすると
「いや…いやですわ。このまま…このままでいさせてくださいましね」
バンプは愛らしくねだって、身体をつなげたままでヤマトを休ませた。
ややあって、ヤマトの呼気が落ち着き始めた頃…
それまでずっと幸福にあふれていたバンプの表情に、ひとかけらの憂いがあらわれた。
愛する人のものが、今も自分の中で暖かいというのに。
バンプの胸の奥でくすぶるものは、いよいよ黒く、大きくなっていく。
いくら愛の言葉を交わしても。いくら身体をつなげても。微笑で惑わせても、涙を労しても。
彼が確かにずっと自分だけのものでいてくれる保障なんて…ない。
(でも、渡すものですか…如面になんか渡さない。シスになんか渡さない。エンジェルにだって…)
……もしも…もしも誰かにとられるくらいなら……
いつしか、女悪魔の手につめたい剣が握られていた。
その先には彼の喉元。
バンプは、その自分の願いを叶えてくれるものを、恍惚とした表情で眺めた…
(わたくしだけの…永遠に、わたくしひとりだけのヤマト様…!)
剣が…舞った…!!
そのとき、天 井 に 大 穴 が 開 い た。
頭上から呑気な声が降ってくる。
「おーいバンプ、すまん。うちの大将、返してもらうわ」
状況など全く気にせずに、巨大な手が寝室へ入ってきて、ひょいと全裸のヤマトをつまみあげた。
そのとたん、バンプの瞳が鋭く光り、異様極まりない空気がその場を満たした。
「…『あなた』って昔から…わたくしと彼の…愛の…邪魔をするのでございますね!!」
目覚めたヤマトは、エンパイアの巨大な片手につまみ上げられたまま思わず青ざめた。
(な…な、なんだ、なんなんだこの殺気は!!??)
「へえー…寝首をかく事を『愛』…っていうんだぁ…」
エンパイアの声音がちょっといつもと違うような…?
「…気に入りませんわ、気に入りませんわ…あなたなんて…」
炎がバンプの裸体を包み、武装が一瞬で完了した。同時に、巨大化!!
「暗黒銀河の藻屑にしてさしあげますわ!!!」
純白の城は見事に瓦解し、
「やれるもんならやってみろじゃん!!」
そうエンパイアが剣を 両 手 で 握りなおしたところで、ヤマトの姿は2人の視界から消えた。
2人の巨人の足元から絶叫が響き…
◇◇◇
「…結局、踏まれるんだな」ダンジャックは深く溜息をついた。
◇◇◇おわりです(BGMは『天城越え』でした)