困った。
「はぁぁ」
ビッグ・ヤマトは溜息をついた…目の前では、パン・ダンジャックとエンパイア
一本釣がいつものように喧嘩をしている。
「だから飛び出すなって言っただろ!まったくいらん怪我しやがって!」
「お互い様だろ!」
両者その手に握っているものは…救急箱。
「脱げっ!手当てしてやる!!」
ああぁ困った。
困るというか、嬉しいというか。いや、やっぱり困るのだ。
初めて会ったときは子供だったからわからなかった。
水仙域でもまだわからなかった。なにしろルーツに刻まれた記憶が「だって
当然」と言っていたのだ。
ヤマトは信じていた…当然、彼らの性別は以前と同じだと。
そんなヤマトの存在をまるで気にせずに、喧嘩の両者は互いの装備を剥きあい、
チンキやら包帯やら罵声やらを武器に格闘していた。
その様が…ヤマトには困るのだ。眩しすぎるのだ。
「…あのさ」
恐る恐る、ヤマトは声をかけた。
「…なんでキミたち、女の子なの?」
2人の乙女は半裸で取っ組み合ったまま、ヤマトへと視線を向けた。
「この肉体はもともと女の子のだし」
平然と答えるダンジャックの豊かな胸の辺りには、内出血がキスマークの
花弁のように赤く、
「あんまり不要なことで負担をかけたくないんだよ、子孫の体だから」
一本釣の長い髪の影で、濡れた傷口がやけになまめかしく光った。
不要なこと、というのは性転換をさすのだろう。
「そのう、女の子が、そんな、格好を、するのは、どうかと…」
目のやり場に困りながら、ぼそぼそとヤマトは告げた。
「格好ったって、ここにゃ俺と一本釣とヤマトしかいないし…」
ダンジャックは少しも怖じない。
「僕は(性転換経験の無い、生粋の)男なんだぞぉぉ!!!」
ヤマトは悲痛に叫んだ。
「だってさ」
「まずいなこりゃ」
2人のうら若き乙女は、肩を寄せ合ってひそひそ話しを始めた…
「…こいつ、ピーターと対峙することになったら、えらいことになるぞ」
「…おう。あれは俺も、もし性転換してなかったら鼻血の出血多量で2回死ぬ
自信があるね」
「…こうなったら俺達が“鍛えてやる”しかないな」
「…合点承知!」
…なんか凄いこと言ってるのが、ヤマトの耳に届いてしまった…
「ね、君達…何…企んでる…の…?」
たじろぐヤマトへ、妖艶な(多分ピーターにはかなうまいが)笑みを零しながら、
2人の乙女はにじり寄った。
「ヤマトさんってぇ…こういうことには不慣れみたいだからぁ…」
耳元で吐息混じりにダンジャックが囁き、
「あたしたちがぁ…“教えて”さしあげましょうかってぇ…」
一本釣の柔らかな髪が、ヤマトの頬をくすぐった。
かっとヤマトは赤面した。
「お お お … お 前 等 は ぁ !!!」
興奮半分、激怒半分で、怒鳴り、つかみかかった。
「あはははははっ!!!」
ダンジャックは爆笑しながらそれをひらりとかわし、軽々と跳躍して部屋を
飛び出した。
「ヤマトは馬っ鹿だなぁ。これじゃあピーターが本気で誘惑してきたらどうなる
ことやら…なぁ、一本釣…?」
駆けながら隣へ声をかけたが…返事は無かった。
「あれ?いない…捕まったのか?…だったら、巨大化して逃げてくるよなぁ…??」
首をかしげ、そして思いついたのは、彼がかつて少女だったころの想い。
「おいおい…まさか…」
◇◇◇
そのまさかが、部屋の中で現在進行形だった。
ヤマトの体の下に、あっさり一本釣は組み伏されてしまっていた。
珊瑚色の大きな瞳は見開かれ、潤み、頼りなげに震えている…
(違う)
ヤマトはどきりとした…あいつが、こんな目をするわけない。これはあいつ
じゃない。自分が知ってる一本釣じゃない。
ヤマトは今更ながら、この身体が自分が知っている一本釣の身体ではないと
いうことを悟ったのだ。
(おいおい勘弁してくれよ…ヤマトだぞ。ヤマトだぞ。ヤ マ ト だ ぞ !!!)
気持ちとはうらはらに、呼吸は乱れ、頬は燃えてゆく。叫んで逃げようにも、身体が
いうことをきかない。ただ気持ちの高ぶりが体の震えとなってあらわれるだけだ。
(…の…呪いだ…)
一本釣の精神は天を仰ぐ。
(この娘の身体を、存在を、無理やり奪ったことへの呪いなんだ…まさかまさかまさか
ヤマトなんぞと…あああああ、ありえねえ…)
そんな思いとはうらはらに、“彼女”の身体は…
震える“彼女”は瞳を伏せた。溜まっていた涙が長い睫を濡らした。
「…な、なんで…どうして…」
意味の無いことを口走り、ヤマトは唾を飲み込んだ…頭の中がキンキン言っている。
心臓が爆発しそうだ…
「…い…いいの?」
(い い わ け あ る か !!!)
…一本釣の魂の叫びは相手に通じることなく…
ヤマトは“彼女”に口付けた。“彼女”は震えながら従順に(精神と肉体の葛藤が、
結果そういう態度にあらわれたのであったが)応じた。
濃淡の緑の髪が、まざりあって床へ乱れた。“彼女”は半裸であったから、その形の
良い乳房へも、滑らかな細い腰へも、ヤマトの指は思うままに達することができた。
「本当に…僕の友達の身体じゃないんだ、君…子孫…って…」
(それがわかったんなら遠慮せんかいっ!)
叫びたいところであったが、口からこぼれるのはか細い悲鳴が混じった喘ぎばかり。
既に乳首は突起し、秘部は十二分に濡れていた。
一本釣は恥ずかしくて耐えられない。
(なんでだよ。ヤマトだろ?ヤマトだろ?ああメルクリン、お前が恋した
ヤマトウォーリアとは違う奴なんだよ)
艶かしくも、早くもひとつになることを欲している“彼女”の身体へ、
軽い驚きを感じながらヤマトは己の衣服を緩めだした…
もうここまできてしまっては、相手が何者かとか、あるいは自分が何者かなんて、
どうでもいい気分だった。そこにあるものは自分の為に捧げられたひとつの清い器。
あるいは、海。
ヤマトはそこへ己を沈めた…あるいは…呑まれた。
「ぅ…ぅあっ…」
ヤマトは強い快感に我を失いそうになった。
ほとんど必死だった。ルーツの記憶をたどっても、女の子と関係を持ったことは何度も
あったが、それと比べてもちょっと尋常ではなかった。ひょっとしたら“彼女”は、水を
操作する理力でもって、2人の中のあらゆる体液を掻きまわしているのかもしれないと思った。
“彼女”の震える頬を、幾筋もの涙が伝った。魔性のようにからみつく下半身に対して、あまり
にも無垢なまなざし。大きな珊瑚色の瞳は心細げに揺れ、迷い子のように寂しげに、ヤマトの瞳の
中のなにかを探している…
(ああ、わかった)
ヤマトは納得した。
“彼女”は寂しかったのだ。ひとりきり、敵になってしまった友と対峙して、辛かった
のは一本釣だけではなかったのだ。
彼ほど強くなく、彼のように主張することもできなかった“彼女”は、その辛さを抱えた
まま、かつて恋したひとの面影を自分に見つけて、慰めをもとめて必死にすがりついてきたのだ。
「…わかったよ…だいじょうぶ。もう…ひとりじゃない…よ…」
ヤマトは喘いで“彼女”に深く口付け、意を決してその海を攪拌しだした。
(大丈夫じゃないっ!何のぼせてやがるんだこの馬鹿者があああ!!!)
一本釣は声にならない罵声をあげた。
けれど身体は裏腹に歓喜を叫ぶ。長い髪を乱し、狂おしく身をよじる水の娘を、
いよいよ煽り、踊らせる風の丈夫…目くるめく嵐のような感覚が、ほどなく、
ふたりを絶頂へと導いた。
◇◇◇
ヤマトはすっかり脱力し、目を閉じて休んでいた。
一本釣は身体の自由を確認し、互いに乱れて酷いことになっている髪を煩わしく
思いながら…呆然と、牛若が性転換して、メタメンデルの王女の『王子様』になって
しまった時のことなどを思い出していた。
あの時一本釣とダンジャックは「子孫の身体につまらんことで負担をかけやがって!」と、
2人して牛若をなじったのだが、
(…やっぱり俺も性転換しよう)
一本釣は考えを改めた。
「…このままじゃあ……溺れちまうよ」
◇◇◇おわりです