「その物騒なもの片付けなさいよ。今日は戦いに来たんじゃないんだから」
至極面倒くさそうにバンプが言った。エンパイアは剣を収めて問いただす。
「…何の用だ」
「創生使たちが秘薬を作るとかで、材料を探してるのよ。それでその中の
ひとつが…」
『聖界ルーツに封じられている聖羊水』
告げながら、バンプは暗星剣をすらりと抜いた。
「何だよ!やっぱり戦闘かよ!!」
エンパイアもあわてて剣を構えなおす。
「戦闘というか。界ルーツに封じられてるのなら、あんたを三枚に下ろせば
出てくるかしら?と思って」
「出ねえっ!絶っ対出ねえっ!!ナマスに刻まれても、出てくるか、そんなもん!!」
「…全力で否定するところが怪しいんだけど」
エンパイアは戦慄した。何言い出すのだこの女。
「あなただってついこの間まで女の子だったんでしょ?その頃だれかさんと
いいことしたんじゃないの?それでその名残の聖羊水が…」
エンパイアの生命の芯でなにかが叫んだ。
あった。まえにもこんなことが
女悪魔の白い指が赤い爪が、腹部へ伸びるのを許してしまったのは
だって、だって、だって、あれは
「全力で否定するところが怪しいでございます!う・そ・でございます!!」
「だから何かの間違いじゃん!あたしはヤマトウォーリア様とデートなんてしてない
じゃん!…もう深夜じゃん、ミネルンバ。いい加減静かにして眠るじゃん…」
運悪くこの2人はルームメイトであったから、ベッドに入ってしまった後も
喧嘩はおさまる気配がなかった。
「あー!逃げるなんてズルイでございます!!」
「あーん、もう!!」
悲鳴を上げて、メルクリンは飛び起きた。そして…勢いよく水色柄のパジャマの
裾を胸の上までたくしあげた。眠るときまでブラなんて、窮屈なものしてらんないと
いうメルクリンであるから…若々しい乳房がすっかり露わになった。
(な…なんでございますか??)
呆気にとられるミネルンバをよそに、メルクリンはてきぱきとパジャマの上下を
脱ぎ捨てる。
「…あのう…もしもし…?」
ミネルンバが声をかけた時にはもうすっかり生まれたままの姿になっていて、
若鮎のような肢体を、堂々と晒してこう言うのだった。
「ほうら見るじゃん。キスマークひとつない、綺麗な体じゃん。本当の処女かどうか、
なんなら試してみればいいじゃん」
ミネルンバはあっというまに耳まで赤くなった。
「処女…って…」
ミネルンバが強張る。
「一番大切なものを捧げるということでございますか?メルクリンはヤマト
ウォーリア様とそういうことまでしちゃったのでございますか?!あああ…
破廉恥でございます!!!」
「してないじゃん!だから、ミネルンバがあんまりしつこいから、証拠を見せるって
言ってるじゃん!」
メルクリンがあんまり堂々としているから、ミネルンバの疑心は消えなかった。
ベッドから半身を起こして…低く呟く。
「…じゃあ…“証拠”を見せるでございます」
「合点じゃん」
メルクリンは自然な動作でミネルンバのベッドへ腰掛け、ミネルンバの肩へ寄り
添って瞳を閉じた。
なんという展開。
「…これでは…」
ミネルンバは眩暈がしそうだった。
「わたくしがメルクリンの一番大切なものをもらうことになってしまうのでは…?」
「ミネルンバならいいじゃん」
あっさり答えてのけた友に、ミネルンバの心の底が、甘く、痺れた。
ミネルンバは…蚊の泣くような声で囁いていた。
「…わたくしは…嫌ですわ…フェアではありませんもの。メルクリンもわたくしの
一番大切なものをもらってくれるのでなくては…いやですわ」
驚いて目を開けば、恥らって顔を赤らめ、瞳を伏せるミネルンバに、
堪えようのない愛しさがこみあげた。メルクリンはその花弁のような唇に
そっとくちづけると…レースとリボンが沢山ついたミネルンバの薄桃色の
ネグリジェを、優しく脱がせていった。
露わになった透明感のあるきめ細かな肌は、なんとも心地よい甘い香りがして、
そのうつくしい胸に、メルクリンは顔を埋めて溜息した。
「ミネルンバはお菓子でできたお人形みたい。食べちゃいたいくらい可愛い…
すっごく…いい匂い」
「ボディーパウダーの香りですわ。オールド・ローズの…あっ」
乳首を含まれて、ミネルンバは言葉を途切らせた。
ソフトクリームを舐めるように、本当にミネルンバを“食べ”始めたメルクリンの
舌先に、胸の鼓動は大きくなり、息があがる。
「…ぁ…はぁっ…」
(…これでは…フェアでは…ありませんわ)
ミネルンバはおずおずと手を、メルクリンの太腿へと伸ばした。
「…あっ…」
無駄な贅肉の無いしなやかな曲線が触れる。
「…はぁっ…メルクリンも…いい匂いがしま…あっ…わ」
オリエンタルリリーのそれに似た、少し個性的な香り…
「…あっ…あたし…香水なんて、付けない…あぁ…」
その香りが零れ始めたメルクリンの蜜の香りだと悟って、ミネルンバは顔を
赤らめた。
動作は次第に熱を増し、相手の秘部へと指先を伸ばしたのはほぼいっしょ
だった。
「…あぁっ、だめ…いやっ…痺れる…」
汗ばんだメルクリンの肢体が、わずかに逃げようとした。
「…はぁっ…ズルい、自分から…ぁ…って…」
それにしなやかに纏わりつく、やはり汗ばんだミネルンバ。
そもそもの発端、当初の目的なんて、もうどうでもよくなっていて。
純白のベッドが乱れ、濡れていくこともどうでもよくて。
「…あああ…!」
メルクリンは小さな泣き声のような悲鳴を上げて跳ね、ミネルンバは声を殺し、
シーツに大きな皺を作ると…かっくりと脱力した。
「ミネルンバ、しっかり…」
メルクリンに頬をさすられて、ミネルンバは目がさめた。
「すごーく心配したじゃん。気絶なんてしちゃって…」
いつものように明るく澄んで屈託が無いメルクリンの瞳を見つめると同時に、
非常な心細さが、唐突にミネルンバを満たした。みるみる涙が溢れだし、すがるように
メルクリンを抱きついた。
「わたくしたち、いつまでもいつまでもいつまでもいっしょでございますよね?」
「どうしたじゃんミネルンバ?何がそんなに…」
顔を上げたミネルンバの、大きなかがやく瞳は潤み、長い睫には涙の粒がいっぱいに
ついていて、メルクリンは言葉を失った。メルクリンは無言のままミネルンバの頭を
抱き…ミネルンバのすすり泣きがやむまで、ずっと、そうしていた。
剣とバンプが一丸となって、エンパイアの体を吹っ飛ばした。
腹部への強烈な痛覚と共に怖気が走った…深手に間違いない。
両者そのままもつれるように倒れ、即座に体勢を整えたのはバンプであった。仰向け
に倒れたエンパイアに跨って、暗星剣を両手に構えなおし、淡々とした表情のまま
腹部への2撃目、3撃目…
内臓というのは思いのほか鈍感らしい。初撃ほどの苦痛は無く、エンパイアは
未だ意識を保っていた。ただ、血が失われていくことだけがこたえた。接する相手の
内股が焼け付くように熱くなっていくのは、自分の体がどんどん冷えていく反比例
なのだろう。
今なら、反撃はまだ不可能ではない。
しかし…
見上げれば緋一色に染められた女悪魔。その長い睫にふちどられた大きな輝く瞳…
自分だけの物でない自分の瞳はこの瞳を知っている。ピーターだけのものではない
ピーターの瞳。
たすけて、たすけて、おねがい。ころさないで
どこかでさけぶものが、エンパイアに剣を握りなおすかわりに一滴の涙を流させた。
緋色の女悪魔は、無表情のまま返り血を舐めた。