深夜。
デミアンはじっと自分の手のひらを、蒼色・・悪魔の肌に戻った手を見つめた。
きっかけはまた・・・殺したこと。誰かの命を「奪った」こと。「そのこと」には、
まだ・・・馴れない。
「なにやってるのよ、まだ起きてるの?」
「フシール・・・」
「早く寝なさいよ、明日になっちゃうわよ」
「・・・俺はいいから寝ろよ」
「あんたが寝ろって言ってるの!」
青い髪の少女はつかつかと少年に歩み寄り、腕を掴んで立ち上がらせる。
「ほら、体壊すよ!」
「・・・うるいさいなぁ、お前母さんかよ」
「あたしはあんたのせんぱ・・」
少女が答える前に、少年の方がに、と悪戯っぽく笑って続ける。
「俺の彼女!・・・・いででっ!!」
フシール、デミアンの頬を引っ張る。
「そんな調子のいいことを言うのは・・・この口かぁっ!!」
「いてで、いて、いたいって、」
・・・・・・・。
「あーいて」
「・・・彼女なら・・・どうするの?」
頬を抑えるデミアンに、静かな声で尋ねるフシール。
「え?」
「・・・あんた・・・彼女にはどんなことするの・・・?」
「え、そりゃ・・・・・・キス、したり、とかさ」
「・・・してみたら?」
「・・・?」
「・・あたしに」
「えええ!?」
びっくり。フシールがなにを言ってるのか、デミアンはすぐには理解できなかった。
「あたしは、あんたのかのじょなんでしょ!?」
(えええー・・・ななな・・・)
デミアンが戸惑う先で、いつもと少しも変わらない様子で立っているフシール。
(なに言ってるんだよ、こいつぅ)
「どうしたの!?」
「ど、どうしたのって、お前」
「・・・・キスしないの?」
「しないのって!あのなー・・・」
「・・・・ふふっ」
ぴんっ。
フシール、デミアンのおでこを指で弾く。
「耳年増っ、軽々しく彼女とかキスとか言うもんじゃなーい、の」
「・・・・・う」
「はいはい、じゃぁ冗談はこのくらいにして寝ようね、後輩」
(・・・馬鹿にされてる!?)
からかわれてる・・・そう思った時、叫んでいた。
「馬鹿にするなよ、彼女とキスくらいできらぁ!!」
「ほー」
「ほーじゃない、俺ホンキだぞ!」
「こーいうお坊ちゃまのホンキ、軽いから・・・」
「このー・・・・」
デミアンはフシールの傍に歩み寄って手で少女の体を抱きしめる・・・というか抱きついた、
かな。
「俺・・ホントにホンキだぞ・・・いいのかよ」
「・・・して見たらいいじゃない」
「・・・・うー・・」
(こいつ、平然としてる・・やっぱりからかってるんだ、くそぉ)
「このっ!」
デミアンは背伸びをすると同時にフシールの顔を、自分に近づける。
いつも見慣れた顔、いつも小馬鹿にして、だけどいつも・・・側に居てくれる。
・・・・重なった。
重なり合っているのは、少年と少女の唇。
「それ」がどのくらいだったのか、デミアンにはわかんない。ただ、その間ずっと、自分の
心臓がばくばくいってたのは、覚えてる。
・・・・・息が苦しい。
「ぷはっ」
離れる。
「・・・あんた、ずっと息止めてたの?」
「・・・・悪いかよっ」
なんか、気恥ずかしくて、フシールの方を見ないで怒ったように叫ぶデミアン。
「・・・初めてなんだから上手くできる訳ねーだろっ、悪かったな!!」
・・・何故かわからないけど、無償に腹が立った。目の前のフシールに・・・ではないかも
しれない。
がしがし。
フシール、デミアンの髪を撫で・・・かき回して。
「・・・ごめんっ。からかいすぎた」
「・・・・・」
感情の高ぶりからか、目尻に涙を浮かべている・・
「ごめんね、ごめんね・・」
「・・・いいよ、もう・・寝る・・・」
デミアンは気付いてない。自分の境遇に「辛い」や「苦しい」といった気持ちが何処かに
いってしまったことに。青い髪の少女が、いつも側にいて吹き飛ばしてくれることに。
「じゃあまた明日ねおぼっちゃま」
「・・・はいよ」
「・・・・私も、初めてだったんだけどね」
「・・・え?」
少女の呟きは少年の耳には届かない。
「なんでもないっ、おやすみっ」