「38度6分」  
水銀式の体温計をまじまじと見つめながら、ラウルは呟いた。  
「熱…下がらないね」  
「んー……」  
横になったまま小さく呻き、寝返りをうつジュリア。  
 
なんだかふらふらしていたジュリアが、ばたりと倒れたのが2日前。  
とにかく熱が高くて、慌てて病院に連れていって。  
完璧な、熱風邪だった。  
風邪ぐらい、いつもの彼女だったら気合ですぐ治せたのに、今回に限っては熱が下がらない。  
ろくに動けないせいでただ寝ていることしかできず、すっかり弱っているジュリアを  
ラウルは付きっきりで甲斐甲斐しく看病した。  
どうせ、ジュリアがいなければ自分も舞台に上がれないことだし。  
 
「はい、りんごジュース。喉、乾いてるでしょ」  
冷えたジュースの入ったコップは、水滴が周りにびっしり付いている。  
抱き起こしてそれを持たせようとすると、ジュリアは手を引っ込めてしまった。  
「飲ませて」  
「へ?」  
「だるいー、コップなんて重くて持てないー」  
甘えていると言うには少しばかり高圧的な口調で。でもこれが、いつもの彼女だ。  
「……しょうがないなぁ」  
苦笑しながらコップをジュリアの口元に持っていく。  
熱のせいでおかしな味がするのか、ジュリアは一言、変な味、と呟いた。  
それでも全部飲み干したので、やはり喉が渇いていたのだろう。  
 
歓声が、小さく聞こえてきた。  
いつもだったら自分たちも浴びているはずの、歓声。  
「盛り上がってるみたいだね」  
「……」  
「姉さん?」  
押し黙ってしまったジュリアの顔を覗き込む。  
顔を見られたくないのか、ジュリアはラウルの胸に顔を押し付けた。  
「……心細いの?」  
「わかんない……」  
およそ寝込んだ経験のないジュリア。  
病気で体力が落ちて、それで精神的にも弱っていることに自分で気付いていないのかもしれない。  
時々彼女は、自分が弱っていることに気付かず無茶をする。  
「わかんない、けど……今すごく、あんたに抱きつきたいって思ったのよ……」  
「……そっか」  
いつも、誰かに頼るとか、そういうことをしない姉。  
時にはわがままも言うけれど、それもほんのささやかなものだけ。  
今だってこんな、ごく控えめな甘え方しかしない。  
病気のときくらい、思いきり甘えていいし、頼っていいし、わがままも許されるのに。  
肩を掴んで体を引きはがす。  
ジュリアは一瞬、驚いたような顔をし、それから少し寂しそうな顔をした。  
 ―― 僕は、姉さんが甘えられないような頼りない存在なの?  
唇を重ねると、ジュリアの体は小さく、本当に小さく、ぴくんと震えた。  
「ん……っ」  
彼女が苦しくないように、舌は絡めずに口の中を舐める。  
微かに残るりんごの味。  
おずおずと背中に回された手の感触で、自分が間違っていないこと、  
ジュリアが本当は甘えたくて、なのに躊躇していることを確信した。  
唇を離せば、そこには困ったように笑う姉の顔。  
「……知らないわよ、うつっても」  
「いいんだよ、僕の体のことなんか」  
 
歓声が、また聞こえた。2人にとって、この日、最後の。  
 
ラウルの靴が床に落ちる音と、2人分の体重でベッドが軋む音と、布団がずるずると滑り落ちる音。  
それらがいやに大きく響く。  
「や……」  
丈の短いネグリジェをまくり上げた途端、ジュリアは身を捩って逃げようとした。  
けれど熱のせいで力が出ないのか、簡単に掴まえられる。  
「だめ……シャワー、ずっと浴びてないし、今日、まだ体拭いてもいないし……」  
「そんなの気にしなくていいよ」  
鎖骨のくぼみに沿って舌を滑らせる。  
「わ、私は、気にする、の……!」  
「じゃあ、あとで濡れタオル持ってくるから」  
「あと、じゃ、だめ……っあ……はぁ……!」  
乳首をいじりだすと、ジュリアはぴくぴくと全身を震わせながら力無い喘ぎを漏らした。  
たったこれだけで、ろくに口が利けないほど感じているなんて。  
「……いつもより感じやすいんだ」  
「ばか! そんな、ことっ……あ、ああ!」  
ぷくりと勃ち上がった乳首を摘み、反論を封じてしまう。  
 
求められている、と感じた。  
ラウルは、風邪で寝込んだりするといつも心細くて、寂しくて、ジュリアに抱きしめていて欲しかった。  
けれど感染るからダメ、と大人は彼女を近づけさせてもくれなくて。  
今は、そばにいられる。ジュリアを抱きしめられる。求められれば、応じられる。  
 
「あ! そこっ…舐めちゃ……やあ! あ……!」  
下着を一気に引き抜き、脚を大きく開かせて、真っ赤に充血した中心部にしゃぶりつく。  
普段は丹念に洗っているであろうその場所は、微かに石鹸のにおいがしていて。  
けれど今日は、もっと動物的な……欲情をかき立てる卑猥なにおいが充満している。  
音を立てて丹念にしゃぶり上げると、いっそうひくついて潤いを増した。  
ジュリアはもう抵抗せずに、全身を大きく痙攣させながらラウルの愛撫を受け入れる。  
「あ、も……! だめ……ぇ!」  
ひときわか細い声で啼いて、小さく絶頂を迎えるジュリア。  
こんなに簡単に乱れるジュリアなんて、ラウルは初めて見た。  
「ごめん」  
かなり強引にしてしまったので、謝る。ジュリアは目を伏せたまま、押し黙っていた。  
「姉さん……」  
強引ではあったけれど、それでもこうしたことは間違っていなかった、と思う。  
思うけれど、もしかしたら本当は違うのかもしれない。  
自信なんてものはあやふやで、すぐにしぼんでいってしまう。  
少しは自立したと思っていても、わずかに残っている、依存心。  
「ごめん……本当、に……」  
「ばか、みたい……私」  
「?」  
むくれた顔をして、ジュリアは呟く。独り言のように。  
「……甘えるって、どうすればいいのか、わかんないのよ……  
 なんにもしなくていいって、頭でわかってるのに」  
―― 間違って、なかった。  
「うん……なんにもしなくて、いいんだよ。全部、僕に任せて……」  
自分から何かしていないと気が済まないのは、彼女の姉としての性分。  
「今だけ、僕がお兄ちゃんになってあげるから」  
冗談のつもりではあったけれど、少しだけ本心もあった。  
「……ばか」  
あんたには無理よ、と言って、ジュリアは笑った。  
 
なるべく時間をかけて、ゆっくりと挿入する。  
「ん、や……ぁ」  
普段よりずっと熱く、ぐずぐずに濡れた肉壁がねだるようにねっとりと絡みつく。  
入れただけで達してしまいそうな様子のジュリアに気を使い、全部繋がったところで動きを止めた。  
腕の中の彼女はとても熱くて、弱々しくて、いつもより小さく感じる。  
「ラウル……」  
消え入りそうな呼び声。  
「なに?」  
「ラウル」  
「うん?」  
「……ラウル」  
 
―― ああ、これは、きっと。精一杯の、おねだり。  
 
ラウルはもうなんだかたまらないほどジュリアが可愛くて、愛おしくて、  
細い腰をしっかり掴んで、結合部をぐちゅぐちゅと擦り合わせる。  
「あ、ぁあ!」  
またしても小さく絶頂を迎えたジュリアの体が小さく震えて、  
ラウルを咥え込んだ場所が蜜を溢れさせながらぞわりと蠢く。  
構わず腰を動かすと、ジュリアはいやいやするように力無く首を振り、ラウルの肩を掴んだ。  
「んぁっ……は……」  
砂糖菓子のように甘い、愛しい姉の嬌声。  
薄っぺらいゴムの避妊具なんてこの熱で溶けてしまうのではないかという錯覚の中で、  
ラウルはひたすらジュリアのなかを突き上げ、掻き混ぜる。  
掴まれた両肩に食い込んだ爪の感触はあまりにも弱々しく、  
それ故にいっそうその存在を強く主張した。  
 
ジュリアの体がまたぞろ震えだし、息づかいが早まってくる。  
ラウルも限界を感じて、動きを強めた。  
「あぁ、あ、わ…たし……! もっ、お、おかしく、な……ぁあ!」  
必死な様子で声を絞り出し、背をのけ反らせるジュリア。  
「いいよっ、姉さん、おかしくなっちゃって、いいんだよっ!」  
「あ、あぁ、ぅあ、あ」  
ラウルが強く揺すり上げるたび、ジュリアの喉から掠れた金切り声が漏れる。  
完全に乱れきっているときの、声。  
腰の痺れが頂点に達して、ラウルは動きを止める。  
それでもジュリアのなかに入った部分は勝手にびくびくと動いて、  
ぬめった彼女の肉壁を刺激し続ける。  
「んあっ、やっ…ぁ……」  
「……ぅ、くっ」  
射精の快感に小さく呻く。  
薄皮1枚隔てて全て外に溢れてしまうとわかっている白濁が、  
それでも少しでも奥まで届くようにという本能からか、  
もう根元まで埋まっているものを更に強引にねじ込むように体重をかける。  
「ひぁ…!? あっ、ぁあああああ……――!」  
「!」  
途端、腕の中で、ジュリアが電気が走ったみたいに全身を痙攣させて絶叫し、失神した。  
 
多量の汗と愛液とで、かなり水分を出してしまったように見えるジュリア。  
意識のない彼女の体を四苦八苦しながら濡れタオルで拭いてやり、  
更に苦労して新しい寝間着を着せながら、  
ラウルは起きたらまた何か飲ませてあげないと、とぼんやり考えた。  
味がほとんどしない、水の方が良いだろうか。  
「ん……」  
そう考えていた矢先、ジュリアが目を覚ました。  
「だいじょうぶ? 今、何か飲むもの持ってくるよ」  
布団をかけ直し、額にちゅっ、とキス。  
「……わたし、かっこわる……」  
ジュリアはすっかり掠れてしまった声で呟き、寝返りをうった。  
 
「はい、お水」  
先ほどのりんごジュースのように、口元にコップを近づける。  
ジュリアはそれに口をつけず、ラウルの顔をじっと見つめた。  
「……飲ませて」  
「……へ?」  
何を言っているのかよくわからない。  
首を傾げたラウルに、ジュリアはにやりと笑って言った。  
 
「口移しで、飲ませてほしいんだけど?」  
 
 
―― 勿論、そんなわがまま、大歓迎なわけで。  
 
 

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