監督に連れられて病院(勿論というか、モグリの医者だ)から戻ったマチルダは、  
ミハエルが自分を見ようとしないことに気が付いた。  
心配そうに見つめてくるクロードとアーロンに微笑みかけ、部屋に足を踏み入れる。  
もう数日くらいは、監督もきっと放っておいてくれるだろう。  
けれどそれはつまり、自分の分まで他のメンバーが損害を被るということ。  
ちくりと、胸が痛んだ。  
ドアに背を預け、ずるずると座り込む。  
みんなは、これからトレーニングだそうだ。  
 
 
  ――何の?  
 
 
考えたくなんて、なかった。  
 
下腹部に手を当て、撫でる。  
 
「……赤ちゃん、産めないんだって」  
 
呟いてみても、実感が、どうしても湧かなくて。  
 
  だって、初潮もまだなのに。  
  赤ちゃん、なんて。  
  想像もつかない。  
 
下着に手を滑り込ませ、湿った粘膜に指を這わせる。  
傷はもう癒えているけれど、その時のことは鮮明に思い出せた。  
 
「…ぅ、ん……」  
こんなひとり遊び、いつ覚えたのか。マチルダはもう、忘れてしまった。  
自分が初めて男に犯されたのがいつだったかすら、覚えてなんかいない。  
相手が見ず知らずの男だったわけではないこと、それだけが救いだったのかもしれないとさえ思う。  
キスも、セックスも、何もかも。「好きな人」としたことなんていちども無い。  
それでも、いつかはと、大人になったらあるいはと、夢ぐらいは見ていたのだ。  
「ふぅ……んっ!」  
こんな自分でも、きっとこうして優しく触れてもらえる日が来るかもしれない、と。  
それが、想い人であるミハエルだったらどんなに素敵だろうと。  
 
キスなんてできなくても、正常なセックスなんてできなくても、  
ミハエルとだったら監督に隠れてこっそり手をつなぐだけで、幸せだった。  
 
 
幸せ、だったのに。  
 
 
ベイブレードは、人に向けてはいけない。それは、基本中の基本だ。  
けれど、向けられたのだ。マチルダは。女の子の体で、最も傷つきやすい場所に。  
ああ、今思い出してもこのシチュエーションは――ギャグか何かとしか思えない。  
向けられたのが通常のベイだったらきっと、ギャグで済ませられたのかもしれない。  
済ませられない改造が施されていた所為で、マチルダはとんでもない傷を負ったけれど。  
自分がとてもみっともない悲鳴を上げていたことを覚えている。  
何でもするから、と泣きすがったことも覚えている。  
ミハエルが、何度も何度も監督にできないと訴えていたことも覚えている。  
そして最終的に、監督には逆らえなかった彼の、悲痛なあの表情。  
 
  ミハエルの方が、よっぽど痛そうな顔、してた。  
 
あの瞬間。マチルダは、理解してしまった。  
どんなに想っていても、彼が自分と同じ気持ちでいてくれても、  
互いに結ばれることはきっと金輪際、無いのだろうということ。  
それは、別に監督に逆らえなかったミハエルを非難しているとか、  
彼に絶望したとか、そんなんでは決して無い。  
そうではないけれど、ならどうして、と聞かれてもきっと、マチルダは答えられない。  
わからないけれど、とにかく、考えるという過程をすっ飛ばして、理解してしまったのだ。  
あの出来事が、想い合う2人のほんのささやかな願いを打ち砕いてしまった。  
 
破瓜の血と比べものにならないほどの出血。  
床に広がる、鮮烈すぎるクリムゾン・レッド。  
 
 
 
「あ……っ」  
 
瞼の裏に血の紅を浮かべたまま、マチルダの全身が小さく痙攣した。  
 
 
 
 いつの間に、眠っていたのか。  
マチルダは、夢を見たような気がした。とびっきりの、悪夢を。  
あり得ない、と小さく笑う。今のこの状況こそが悪夢そのものなのだから。  
不快な汗の感触。  
顔を洗おうかとドアノブに手をかけようとし――ほんの一瞬だけ早く、外側から扉が開けられた。  
「あ……」  
「ミハエル……」  
気まずい沈黙。先に口を開いたのは、マチルダの方。  
「あの、わたし……顔、洗いに行きたくて……」  
ミハエルは何も言わず、慌ててドアの前からどく。  
マチルダは何も言わず、彼の横を通り、そして振り返る。  
「わたし、もう大丈夫だから。気にしないで」  
「! そんな……っこと!」  
「いいから! わたしは、これからもずっと、ミハエルと今までどおりにしていたいの」  
「……っ」  
「……お願い」  
ちょっと苦労して笑顔を作る。  
まだ何か言いたそうにしているミハエルに背を向け、マチルダは洗面所に向かった。  
 
顔を洗い、ほんの少しだけ泣いてしまって、また洗わなければならなかった。  
 
 
――2日後。  
監督に呼び出されたマチルダは、世界大会予選の日程を聞かされた。  
体の具合はどうだ、と聞かれ、正直に、もう何ともない、と答える。  
 
その日は、メンバー全員の相手をさせられた。  
 
何かの発作のようにがたがたと震えるアーロンを宥め、  
監督に聞こえないよう耳元で小さく小さく謝罪の言葉を繰り返すクロードに微笑みかけ、  
歯を食いしばって何かに耐えている表情のミハエルの頬を撫でる。  
 
 マチルダは、自分が自分でなくなってしまったような気がした。  
 
 ミハエルも、クロードも、アーロンも、みんないつも以上の生傷を晒していた。  
 
 
 全員が、泣きそうな顔をして、けれど泣いたら監督に何をされるかわからないから我慢していた。  
 
 
 バルテズ監督は、それを楽しそうに眺めていた。  
 
 
  今日何度めかの小さな――お義理の――絶頂の中、  
  マチルダはそんな監督の姿を虚ろに見つめていた。  
 
 
 
                                           fin.  

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