「セルピコ、折り入って話があるとはなんなのです?」  
「はい‥‥」  
 春の手前、まだ空気は肌寒かった。セルピコはキャスカが寝入った時を見計らって、ファルネーゼを薪拾いの手伝いにと連れ出したのだ。  
 海から随分と遠くなった。枯れ葉を踏みしだき、林の中へ入ると波の音は聞こえなくなった。葉の落ちた木々から木漏れ日が落ちる。晴れた午後は暖かかった。  
「ファルネーゼ様、どうしても魔女になるおつもりですか?」  
 屈んで薪用の小枝を拾い集めるセルピコは、背をファルネーゼに向けたまま聞いた。  
「そうよ、私が今まで犯した罪には到底およびはすまいと思いますが、正しい祈りの奥義を知り、少しでも償いになればと思ったのです」  
 ファルネーゼも小枝を拾いながら応えた。乾いた樹の香りが心地良い。  
「‥‥聖都にはお戻りになる気は無いのですね?」  
「もう、戻る気はないわ。あそこに帰ったら、私はまた自分が見えなくなってしまうもの‥」  
「そうですか‥‥」  
 恐怖と暗闇に怯え、自分を守る為に虚飾を重ねた自分‥。もうそんな者になりたくはなかった。  
 セルピコの手がとまり、抱えていた薪の束をおろしてファルネーゼの側に近づいた。  
「何をするの?セルピコ」  
 肩をつかまれたファルネーゼは怯えた。セルピコには珍しい無遠慮さだったし、その瞳に今まで見たことのない色を見たからだ。肩をつかむ手の力は強く、その瞳はいつにもまして冷たい。  
「!?」  
 無言のまま、セルピコはファルネーゼに口づけてきた。  
「何をするのです!?おやめなさいっ」  
 顔を引き、頬を打とうとしたファルネーゼの手をセルピコは簡単に避けて抑えつけた。  
 
「‥‥別に、何も‥‥。ファルネーゼ様、力で私にかなうとお思いですか?」  
 また呆気ない程簡単に身体を抱き寄せられた。ファルネーゼはその意味を理解した。  
「やはり私を憎んでいたの?セルピコ。私がお前の母を焼き殺させたからっ!」  
「いいえ、そんな事で貴女を憎んでも恨んでもいません‥‥」  
 ファルネーゼの身体を抱きしめ、その耳元でセルピコは囁くように言った。いつもの平静な口調そのままに。  
 その先からは簡単だった。ファルネーゼの抵抗もセルピコには何の問題にもならなかった。拒絶の言葉は唇を塞がれ、衣服をはだけられた。「いや!誰か‥」  
「黒い剣士殿を呼びますか?貴女が思うほど、あの方は貴女を気にしていませんよ‥」  
 ファルネーゼを冷たく見下ろすセルピコの瞳。男を知らないファルネーゼとて、自分に向けられる男の欲望の視線を知らない訳では無い。だが、セルピコの瞳はそんな熱とは無縁だった。彼女は初めて冷たく狂った男の瞳を見た。  
 
 ファルネーゼの爪がセルピコの腕に食い込み血が滲む。どちらの血の匂いなのか‥。セルピコは頭の隅で漠然と考えた。  
 肌をあわせても、女を抱いているという気がしなかった。セルピコを見上げるファルネーゼの蒼い瞳には、恐怖、混乱、困惑、驚きその他の感情がごちゃ混ぜになっていた。  
 女を、いや妹を抱いているというより、人間を溺れさせている様だった。自分の身体の下でファルネーゼ苦しげに呻く。水の中で息が出来ない者の様に。  
 冷えた頭の中でセルピコは考えた。  
 因果なモノです、男とは。こんな状況でさえ女性を抱くことが可能なのですから‥。  
 
 絡み合う男女の身体が動くごとに、枯れ葉が砕かれて乾いた音をたて、すがしい樹木の香りが満ちた。  
 
 
 
 

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