その夜、シールケは初めて使う魔法に、少なからず緊張していた。
シールケの目の前には、深く眠り込んだガッツとキャスカがいる。
「イバレラ、あれは……」
「はいはい、これ。」
小声で訊ねると、イバレラが小さなひとがたの木片を手に飛んで来る。
ぽとんと掌に落とされた木片を、シールケはふたりの頭の間に置いた。
「匂い、きつすぎない?この香木。」
イバレラが自分の躯についた残り香に顔を顰めている。
「……ちょっと香りが強過ぎる香木だけど、
たぶん効力は変わらないと思う。
ここら辺じゃ、あの森にあった香木がないんだもの、しょうがない。」
「海に近いから育たないのかもねー。」
イバレラが肩に座って、事の成り行きを面白がって眺めている。
シールケは深呼吸して息を整え、
師匠から受け継いだ魔法書にかかれた呪文、
初めて口にする呪文を唱え始めた。
なぜシールケが初めての呪文を唱える事になったのか、
それは昨日の午後の事。
崖の上の道を歩いていた時、
キャスカがイシドロをからかっていて足を滑らせてしまった。
声を上げる間もなく落ちたキャスカに、
まずファルネーゼが気付いて悲鳴をあげ、
すぐさまガッツが振り返り、崖っぷちを覗き込んだ。
どうしようとシールケが声をかける前に、
ガッツは崖を滑り落ちていく。
「ガッツさん!」
思わず皆が叫んだけれど、ガッツの黒い姿は、
あっという間に眼下に広がる、
鬱蒼とした森の中に消えてしまい、残された仲間達は取りあえず、
森へ続く道を探して、ふたりをのもとへと急いだ。
皆が追いついた時、キャスカは木の影でガッツを威嚇し、
ガッツはただ黙って、そんなキャスカを見詰めるだけだった。
軽い怪我で済んだキャスカを、
パックとイバレラで治療している間もガッツは何も言わなかった。
いつもの些細な事件と済ませてしまった出来事だったが、
シールケにはガッツの悲しみが見えていた。
ガッツの指に結んである自分の髪を通じて。
ガッツは、崖から滑り降りて、すぐにキャスカを見つけたのだ。
そして、気絶した躯を抱えて、安心して微笑んだ。
眼を覚ましたキャスカは、その微笑みを恐れて逃げ、
いつものように、まるで獣みたいに威嚇した。
自分を助けに来た相手に。
何度かシールケの内部に流れ込んだ、ガッツの記憶を繋げてみれば、
キャスカとは、深く結びつけられた恋人同士だった筈。
何が、彼女を変えてしまったのだろう。
あの、奇妙で恐ろしい記憶、
あの時の衝撃が尾を引いているのだろうか。
最初はガッツの記憶を見てしまっても、あまり気に留めなかった。
気に留めないようにしていたとも思う。
他人の記憶をあれこれ忖度するのは失礼だから。
なぜ、気付いてやれなかったんだろうかと、シールケは後悔していた。
ガッツがキャスカに拒絶されるたび、
深く深く傷ついている事を知っていたのに。
仲間達と出会ってから、あまりにも目紛しい事ばかりで、
そんな余裕はなかったとも言えるが、少なくともシールケは、
髪を通じてガッツの記憶を目の当たりにしたのだから、
もっと早く気付けた筈だ。
ましてやガッツは師匠を亡くして落ち込むシールケを、
解っていてくれたではないか。
今度は自分がガッツの悲しみを薄める番なのだと、シールケは考える。
せっかく森の中まで来たのだからここで休もうと、
皆が野宿の支度を始めても、
シールケは無表情の底に感情を押し殺す、
ガッツの横顔を見詰めていた。
その夜、シールケは月明かりで魔法書を繰り、
何か助けになるような魔法はないかと探した。
人の心はとても複雑なのだと、師匠は言っていた。
気を逸らせるくらいは簡単でも、
心の中の深い部分を動かそうとするのは、
シールケのような駆け出し魔女どころか、
師匠である魔女でも相当難儀だと聞いた。
ならば、せめてふたりが会話出来るような、
そんな魔法はないかと考えたのだ。
「ねえ、シールケ、まだ寝ないの?」
大欠伸したイバレラが、肩の上で訊ねる。
皆はすでに眠りに落ちている様子で、
あちこちから寝息やいびきが聞こえていた。
「もう少し……先に寝て。」
「んもう、お肌に悪いわよ。いくら若いってもさぁ。
……まあ、いいか。そんじゃ夢で逢いましょうってね。」
イバレラの言葉で、何かがひらめいた。
シールケはもう一度、魔法書の索引を開いて、
夢の項目を探し始めていた。
朝、起き抜けにガッツに声をかけた。
「ガッツさん、お話があるんですが。」
他の仲間達が何事かと驚き、興味津々で見詰める中、
シールケは真顔で話を続けた。
「ゆうべ、一晩中かかって調べたのですが、
ふたりの人間が、お互いの夢の中で出会う魔法があるんです。
その魔法を、ガッツさんとキャスカさん、
おふたりにかけさせて下さい。」
パンを齧ったガッツが、苦虫を噛み潰したような顔でぼそっと呟いた。
「……別に、俺じゃなくてもいいだろうが。」
「いいえ、ガッツさんでなければなりません。
あなたが、キャスカさんと会話する為に、魔法をかけるのですから。」
訝し気に見るガッツに構わず、シールケは話を続ける。
「キャスカさんは、幽体は本来のままだと考えられます。
ですから、夢の中だったら、幽体どうしで話せます。」
聡いセルピコが、はっとしてガッツを見て、
すぐにシールケに視線を向けた。
「解りました。つまり、夢の中では今のように、
敵意剥き出しにはならないと、
以前、いや、私は以前のキャスカさんを知りませんが、
その頃のような会話が出来るってことですね?」
シールケはセルピコに向かって、大きく頷いた。
「……私にはガッツさんとキャスカさんに何が遭ったのか、
はっきりとは解りません。でも、本来は結ばれたおふたりです。
本来の姿である幽体で、キャスカさんと会話してみて下さい。
……少しは、楽になれると思うんです。」
しばらく無言を続けたガッツが、
何も解らずに朝食のパンを齧るキャスカに視線を向けた。
「……元には戻らねえが、少なくとも、夢の中では、
まともに話せる、のか?」
「ええ、そうです!」
意気込んで答えたシールケを見て、
ガッツがほんの少し口許を綻ばせた。
「……そうか、じゃあ、今晩にでも、頼むぜ。」
手にしていたパンを齧り、どこか照れくさそうにガッツが答えた。
海辺の壊れかけた小屋の中に、
どこの国の言葉ともつかない呪文の声が響き渡る。
床に眠ったガッツと、キャスカの間で、
香木がきつい匂いを発している。
この匂いが、ふたりの意識を繋げる役目をしてくれる。
呪文を唱え終えた時、シールケは集中させていた意識を取り戻し、
ふっと軽いため息をついた。
みればふたりとも、呼吸がぴったりと合っている。
髪を通じて、ぼんやりとした意識がガッツから流れて来るのを確かめる。
どうやら魔法は成功したようだ。安堵したシールケは他の皆が眠る、
隣の部屋へと歩き出す。
音を立てないように、気遣いながら、ゆっくりと扉を閉めると、
事の成り行きを見守っていた仲間に、
シールケはにっこりと微笑んでみせた。
「おおい、こんなところで寝てるなよ。もうすぐメシだぜ。」
誰かが俺の頭の上で話してる。
いや、話してるどころか、小突いてやがる。
深い眠りからいきなり引き上げられて、
俺は嫌がる瞼を無理矢理こじあけた。
「……ジュドー……」
「なぁに寝ぼけてんだよ。ほら、今日の食事当番はキャスカだ。
遅れるとまた殴られるぜ?」
からかい顔して先に歩き出した男を、俺は急いで飛び起きて追いかけた。
目の前にゆらゆらと束ねた髪が揺れている。
『……ジュドー、ジュドーなのか?』
ぼんやりと歩いていると、目の前に土手と川辺が広がった。
鷹の団だ。懐かしい仲間達が、それぞれに好き勝手に話し、動き、笑い合う。
俺はすかさず、キャスカを探した。見当たらない。
何度見渡しても解らない俺は痺れを切らし、
傍らに立つジュドーの肩を掴んだ。
「おい、キャスカはどこにいる?」
訊ねてから気がついた。
今、ジュドーの肩を掴んでいるのは、俺の左腕だと。
思わず肩を離して俺は右目に手を触れた。見える、ちゃんと右目が見える。
「さっき言っただろ?あいつは食事当番なんだからさ、
厨房のテントにいるに決まってんじゃん。」
指差した先にある、一際大きいテントに向かい、
俺は急いで土手を駆け下りた。
ふと、振り返り、土手の上で夕日に照らされたジュドーを見上げる。
「ありがとう、ジュドー。」
「なんだい、今日は随分としおらしいな。気持ち悪いぞー。」
赤く染まった笑顔をじっと見返した後、
俺は踵を返してテントへと急いだ。
テントの傍らに仲間達が蟻のように集まっている。
大鍋を掻き回し、並んだ奴らの器にスープを注ぎ、笑顔で手渡して、
時々順番を抜かそうとする、食い意地の張った奴を怒鳴りちらして、キャスカはそこにいた。
短い髪の、男姿の懐かしいキャスカ。
俺は離れた場所に立ち止まり、しばらくその姿を眺めていた。
「おい、何してる。さっさと並ばないと、食いっぱぐれるぞ。」
どんと背中を押して、ピピンが俺を追い抜かした。
その低く野太い声でキャスカが俺に気付き、
手にした器を地面に取り落とした。
狼狽えるキャスカの隣に、いつのまにかジュドーが現れて、
俺の方を見て笑う。
「じゃあ、俺が当番を替わってやるよ。ほら、キャスカ。」
軽く背中を押され、キャスカがふらふらと俺に近づいて来た。
「……ガッツ、なのか?」
「……ああ。ひさしぶり、ってのもおかしいか。」
キャスカの両目に、うっすらと涙が浮かんで滑り落ちた。
俺はキャスカを連れて、川辺から離れた岩場に腰を据えた。
キャスカはおどおどと俺の後をついて来て、
今もどうしていいか解らない様子で佇んでいる。
「……座れよ。」
「……うん。」
少し離れた岩に座るキャスカを見て、俺は後悔していた。
やはり夢など見なければよかったと考えた。
幽体のキャスカも、やはり俺を嫌っているのかもしれない。
そりゃそうだろう。魔物から守ってもやれず、
あいつからも守ってやれなかった。
挙げ句の果てがあのざまだ。俺を嫌っても無理はない。
どうしよう、まずそう思ったのが正直なところ。
ずっと、私は夢の中にいたのだ。忘れようにも忘れられない、
あの蝕の時から。
私は逃げたんだ、申し訳なくて、悲しくて、恥ずかしいからと、
ガッツから逃げた。
ガッツが私から逃げたのと同じ、私は私の中に逃げた。
覚えている、今までの記憶全て。ガッツを恐れて噛み付いた事も、
置き去りにされて、小さな友達に囲まれての、平和な生活も。
いつしか洞穴での生活に疲れてしまい、ふらふらと出歩いて、
知らない土地まで流れた事。
そこで、優しい娼婦達と暮らし、
もう一度蝕の時みたいに生け贄にされかけた事。
山羊の化け物に恐ろしい目に遭わされかけた時、
ガッツがつむじ風みたいに現れて、
その後ずっと、私の側にいてくれて、守ってくれていた事も。
いつも私はぼんやりと、目の前で起こった出来事を眺めていた。
躯は何の感情も起こさずとも、幽体の私は記憶していたのだ。
「ありがとう……」
ふいに声をかけられて、ガッツは伏せた顔をあげて私を見た。
「なんだって?」
「……ずっと、私を守ってくれてただろ。
それに今だって、わざわざ逢いに来てくれた。」
「お前、知ってたのか?解ってたのか?」
「ほんとの私は、ここにいる私は、知っていた。
でも、外側の私は、何も解らないまんま、
お前もよく知ってる、あのまんまだ。」
勢い込んで私に詰め寄るガッツ。きっと、幽体ってやつなんだろう。
ガッツは昔のように、両目も両腕も揃った、懐かしい姿だ。
それでもどこか、窶れて疲れているようにも見える。
きっと、あの恐ろしい天使に、傷つけられたせいかも知れない。
「……お前、傷、まだ痛むんだろ?あんまり無理はするな。」
視線を胸の辺りに向けると、ガッツはほんの少し、色黒の顔を赤くさせた。
「そんな訳にはいかねえ。早く、お前を妖精郷へ連れてかねえとな。」
「……行きたくないんだ、まだ。」
私の言葉に、ガッツは怒ったような顔で立ち上がり、でもすぐにまた岩に座り込んだ。
「……元に、戻りたかねえのか?」
そっぽを向いたまま、問いかけるガッツに私は首を振る。
「……丸っきり、戻りたくない訳じゃない。だけど……怖いんだ、私は。」
「何が、そんなに怖いんだ?」
振り向いたガッツを視線がぶつかった。
「……お前に、本当に、嫌われてしまいそうで、怖い。」
キャスカが何を言いたいのか、俺にはちっとも解らない。
なぜ、俺が嫌うと言うのだ。
ずっと忘れられなかった、守って来た相手なのに。
俺が戸惑うのを見て、キャスカは視線を伏せて言葉を続ける。
「私は、お前には見られたくない、恥ずかしい姿ばかり、見られている。
……あの時、私は、あの人に抱かれて……喜んでいた。」
俺の心臓がずきっと痛む。グリフィス、あいつをまだ……?
「……喜んでしまった、その姿を、お前に見られてしまった。
私は、あの時、死んでしまえば良かったんだ。」
震える肩を、自分の腕で抱え込み、キャスカは唇を噛み締めている。
「どれだけ、私がお前を想っているか、
言ったところで、あんな姿を見てしまえば、
信じられる訳、ないだろう?お前はきっと、私を許さない。
……今は、赤ん坊みたいな状態だから、見捨てないでくれてるけど……
元の私に戻って、お前はそれでも、見捨てないと、言えるのか?
……私に、背中を預ける気になれるのか?」
俺の左手が、キャスカの肩を掴もうとして伸び、
掴めずにぎゅっと拳を握る。
「……解らない。」
キャスカの躯が、さらに大きく震えた。
「……俺は、お前に惚れてる。……だけど、お前が俺ではなく、
……あいつを、本当は想っているんだとしたら……」
「そんなことない!」
大声で否定して、キャスカはぱっと立ち上がり、俺からまた離れた。
「違う、違うんだ。私はもうグリフィスを愛していない!」
自分でもびっくりする程、私の声は大きく、きっぱりと否定した。
不思議だ、今の今まで、私はまだグリフィスに未練があるとばかり思っていたのに。
そうだ、私はもう、グリフィスなんかいらないんだ。
ガッツだけでいいんだ。
「もう、グリフィスはいらない。私はお前だけ、ガッツだけいればいい。」
私の言葉に一瞬輝いたガッツの表情が、すぐに曇って首を振る。
「お前は、そう思い込みたいだけだ。……ゴドーの家で、あいつに会った時、
いや、あいつが人間の姿で戻って来た時でさえ、お前はあいつを……慕っていたじゃねえか。」
「違う、違う、あれは、違うんだ。
あれはグリフィスじゃ、グリフィスだけじゃないんだ。」
言葉がもどかしくて、私は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「……何が、違うんだ?グリフィスだけじゃないって、
それは、どういう意味なんだ?」
ガッツの声音が心配と不安に満ちているのが解った。
「……私たちの、子が……魔物になってしまった、あの子が……
グリフィスの中に、いるんだ……」
悲しさに耐え切れずに、私はしゃくり上げる。
「な……んだって?」
「どうしてかは解らない、解らないけど、あの子の存在を感じるんだ。
たった一度しか抱いてあげられなかった、あの子、ずっと私を守ってくれてて、
存在を間近に感じてられたのに、グリフィスが戻って来てから、
全然存在がなくなってしまったんだ。」
俺には何がなんだか解らなかった。
あの魔物が、俺とキャスカの子として産まれる筈だった魔物が、
グリフィスの中にいるのか?
食われた……いや、まさか。それじゃ取り込まれてしまったのか。
あの蝕に似た出来事に巻き込まれて、あいつも生け贄にされてしまったのか。
グリフィスの肉の一部にされて、消えてしまったのか。
「……グリフィスに、もう一度出会った時、
私は懐かしさよりも、恐ろしかった。
綺麗なままのあの顔が、姿が恐ろしかった。
でも、それ以上に、あの子の存在を感じられて、
我を忘れてしまったんだ。
……例え魔物でも、私の子だもの。
私が産んだ、たったひとりの子だもの。」
泣きじゃくるキャスカに、俺はもう一度手を伸ばす。
その手が届く前に、キャスカが言葉を続けた。
「……この間、海で拾った子、いただろ?
不思議なんだ、あの子にも、私の子の存在を感じるんだ。
まともに産まれてたら、あのくらいの年頃だからかと思ったけど、
でも、似てるんだ。どこか違うけど、
どこか同じ、存在を感じるんだ。」
「もういい、もう、何も言うな。」
俺の手がキャスカの肩に触れた。
それと同時に、俺の中にはキャスカの記憶が、どっと流れ込んでいた。
流れ込んだ記憶と感情に翻弄されて、何がなんだか解らない。
自分のものとキャスカのものの、記憶と感情がぐるぐると入り交じる。
俺なのか私なのか、ふたり分の複雑なものがお互いの中で混沌としていた。
混沌から目覚めた時、俺はどこかで見たような森の中にいた。
キャスカが隣で呻き声をあげて、ゆっくりと躯を起こしているのが見える。
「……おい、ガッツ。しっかりしろ。」
肩を掴んで揺すぶる手を、俺はいつの間にか掴んでいた。
「……ここは?」
起き上がった俺に、キャスカが辺りを見渡して答えた。
「ここは……お前と、始めて、抱き合った森、だな。」
赤くなって俯いたキャスカ。気付けば丸裸だ。あの時のように。
「……お前を抱いた場所か。」
なぜ、ここへ来たのだろうか、俺には解らない。
それでも混沌の中で、キャスカの感情を体感した俺は、
次に自分が何をすべきかだけは解っていた。
不意にガッツが私を抱き寄せて、逞しい腕の中に捕らえてしまった。
「……ガッツ……」
「お前を、抱きたい。」
いいか、と続けようとした唇に、求められていると感じ取った私は、
自ら唇を重ねた。
大きな、熱く熱を持った唇に、迷う事なく舌を挿し入れる。
もっと熱い口の中で、厚みを持った唇が一瞬驚いたように縮んで、
すぐに私の舌に絡みつこうと伸ばされた。
少しずつ、お互いに顔の角度を変えて唇をぴったりと合わせようとして、
ずれてしまう合間から、唾液がつうっと垂れて落ちる。
それすら惜しいようにお互いの唇を貪って、私はうっとりと目を閉じた。
キャスカの舌を味わいながら、俺はあの時のように逸っていた。
ぴったりと躯を合わせたキャスカの肌が、
ひどく熱を持って俺を昂らせる。
俺の首筋に絡む、細くしなやかで、程よい筋肉をつけた腕。
ぽってりとした小さな唇が、動きにつれて離れると、
それが惜しいとまた唇を重ね合う。
俺は唇だけでなく、頬から目許から、反り返る喉元も唇で確かめて、
耳朶を軽く噛んでは舌先で穴をくすぐった。
ひっと小さな悲鳴が上がる。
決して嫌悪ではない悲鳴を、もっと聞きたくて、
俺は首筋を舐める舌先を、鎖骨まで降ろして、
揺れる乳房を片手で掴んだ。
何度となく夢で見た。こんなひと時を。
触れる事さえ叶わないキャスカが、夢の中では俺に躯を預け、
優しく微笑んでくれた。
しかし、今のようにリアルな感触は伴わなかった。
目覚めれば空しさだけが残る、悲しい夢でしかなかった。
今だって夢の中なのだとは解っていても、俺はキャスカを貪りたい。
体温も匂いも感触も、五感の全てがキャスカを確かめているこの夢の中で。
いつの間にか、私は大木を背にして、両足を拡げて座っていた。
足の間には、ガッツの大きな躯がうずくまっている。
両手で乳房を揉みしだき、先端を口に含んで吸うガッツは、
まるで子供みたいだ。
可愛い、そう思って私は短く強い髪の頭を両手で抱え込む。
乳首を吸われる度に、ずきずきと痛いくらいに、股間が熱く鼓動する。
鼓動してじっとりと濡れた部分に、ガッツの太い指先が、
無造作に侵入して来た。
相変わらず、やり方がぞんざいで、私は思わず笑ってしまう。
「……何が、おかしいんだ?」
笑い声に気付いたガッツが、顔をあげて訝し気に私を見た。
「……お前、相変わらず、下手なんだな。」
「……やかましい。」
からかった私にわざと怖い顔をするけれど、ちっとも怖くない。
どうしてだろう。私の幽体を包む躯は、あれほどガッツを怖がっているのに。
からかうキャスカの中に、忍び込ませた指先を踊らせる。
かき混ぜればかき混ぜるだけ、この不思議な部分は濡れそぼる。
下手だとからかったくせに、キャスカは指を動かすたびに、
腰だけでなく躯ごと、びくんびくんと跳ね上がり、
唇からは熱い吐息が漏れだした。
俺は面白がって指先を動かし、隙間から漏れる体液を、
舌先で掬い取っていた。
小さな男性器みたいな突起を舌先で突くと、
ますますキャスカは声を上げ、腰が強く跳ね上がる。
ここがいいんだなと思って、俺は指先を引き抜くと、
指先でキャスカの内部を開いて覗き込むように、
突起と襞を上下に舐めあげた。
自分の声とは思えない喘ぎが、どうしても出てしまう。
いつの間にか、ガッツは私の股間に顔を埋めて、
一番敏感なところを舐めていた。
汚いと思って止めようとしても、どうしても言葉が出ない。
それどころか、もっと深くまで舐めて欲しいと、
腰を前に突き出してしまう。
中からどろどろと、熱い体液が沸き上がるのが自分でも解る。
溢れたものは太腿やお尻にまで伝わって、
ぽとぽとと苔の生えた地面に落ちた。
「……やっ……も……だめっ……」
かろうじて出た言葉と同時に、
私は強い快感に後押しされて絶頂に辿り着いていた。
ぐったりと弛緩したキャスカを前にして、
俺は口許の体液と唾液を手の甲で拭う。
力無く拡げられた足を掴み引き寄せて、
俺は自分の一部を、もう爆発寸前のものを、
キャスカの熱い坩堝に挿入した。
と、同時に、俺は頭の中で弾ける花火に危うく暴発しかけ、
焦って目を閉じて、気を逸らせようと顔を振った。
しかし、俺の一部を包む感触は、余りにも熱くて柔らかくて、
それでいてきつく締めつけた。
「……ちぇっ、まるで、小僧っ子だぜ、これじゃ。」
ぽつりと漏らした独り言を、キャスカは聞いているのかいないのか、
新たに加えられた刺激に、また息を荒げて腰を、躯を跳ねさせている。
俺はキャスカの両足を掴んで、自分の肩にかけるようにすると、
深く繋がった部分に腰を打ち付けた。
静かな森の中に、水が弾ける音が響き、俺の荒い息づかいと、
俺と大木に挟まれたままで喘ぐ、キャスカの声が、それに絡み合う。
いきなり大きく跳ねた躯と、それに伴ったきつい締め付けに、
俺はとうとう音を上げ、
弾ける快感と一緒に吐き出される俺の体液を、
何度もキャスカの中に叩き付けた。
お腹の中が熱い。
ガッツのものが、吐き出される体液が、熱くて堪らない。
もう、獣みたいに唸るか叫ぶしか出来ない私は、
躯を離されると同時に、柔らかな苔の上に横たわる。
感じすぎて息苦しくて、何度も深呼吸する私の肩を、
ガッツは休む間もなく掴んで引き寄せた。
「ちょ……、ま、待って……もう少しだけ……」
聞こえているのかいないのか、ガッツは一度吐き出した筈なのに、
ちっとも萎えていないものを誇らし気に揺らしながら、
私の躯をひっくり返す。
俯せになった私の腰を掴んで、
また太くて熱い、固いものをぐいと突っ込んだ。
ひっ、と小さく悲鳴をあげて、私は腰を引こうとしたけれど、
ガッツは大きな手で腰を掴んで、逃げさせてくれない。
肉の割れ目を押し拡げるガッツの一部は、
私の中を容赦なしに突き上げた。
突かれるたびに私は声を上げ、快感の苦しさに、
苔が口に入っても気付かずに、地面に顔を擦り付けていた。
二度目の放出を終えても、俺はまだ満足してなかった。
口許を涙と唾液で濡らし、泥に塗れたキャスカの顔を拭ってやると、
俺はその躯を抱え直し、膝に跨がらせて、下からじわじわと挿入した。
いやいやと呟き嫌がっている癖に、いつの間にか、
俺の首に必死にしがみついているキャスカが、愛おしくて堪らない。
固く引き締まったキャスカの尻を掴んで、俺は残る全ての力を使い、
腰を突き上げて内部を抉った。
苔の褥に横たわり、私はゆっくりと目を開けた。
ガッツは私に腕枕をしたまま、ぐったりと眠り込んでいる。
「……バカなやつ。頑張りすぎるからだ。」
憎まれ口を叩いて、私は微笑みながら口づけをする。
何度も求めてくれたガッツが、求められた自分が嬉しかった。
忘れてくれてもいいのに、見捨ててくれてもいいのに。
夢の中でまで、私を追いかけてくれた、ガッツ。
「……ごめん。弱い私でごめん、ガッツ。
もう少しだけ、私を逃がしてくれるか?鷹の団の思い出に、逃げていいか?
……それでも、側にいてくれるのか?」
「……逃げても、きっと、捕まえるさ。」
うっすらと目を開けて、ガッツが答えた。
「……寝てたんじゃ、なかったのか?」
「お前が、バカとか言うから、目が覚めた。」
腕枕をした手が、私の頭を抱え込む。
「……ごめん。でも、本当に、お前はバカだ。
胸の傷だって、まだ治ってないのに、無茶ばっかりする。」
「素っ裸で俺を誘っといて、無茶すんなってのが無理だ。」
視線を合わせ、くくっと笑い合う。
「……捕まえて、くれるんだな、お前。」
「ああ、絶対に逃がしゃしねえ。俺は後、何千回も、お前を抱くんだからな。」
「……他の人に、頼めばいいじゃないか。」
「……バカ。お前がいいって言ってんだ。……つまんねえこと言わすな。」
嬉しさと照れくささに、私は視線を逸らしてガッツの胸に顔を寄せた。
「……もう、そろそろ夢が覚める頃だな。」
「……ああ。」
「伝えてくれないか。私、みんなにお礼が言いたいんだ。」
「みんな?」
「そう、シールケに、魔法をかけてくれて、ありがとうって。
ファルネーゼに、世話してくれて、ありがとうって。
セルピコには、美味しいごはんをありがとう、
イシドロには、遊んでくれてありがとう、
パックもイバレラも、みんな、みんなありがとうって、伝えてくれ。」
残り時間の少なさを察して焦り、捲し立てる私に、ガッツの顔が綻んだ。
「一応、伝えておく。……でも、お前からちゃんと言えよ、少しでも早くな。」
「ありがとう、ガッツ。少しずつでも、元に戻れるように、強くなるから。
……待ってて、もう少しだけ、待ってて……」
「いつまでも、待つ。待ってるから、忘れるな。」
うん、うんと何度も頷いて、私はまた、静かな眠りについた。
ガッツが目覚めた時、すでに夜は明けていた。
明るい陽射しに目を細めて、起き上がるガッツにまずシールケが声をかけた。
「ガッツさん、成功しましたね。よかった、本当によかった。」
「ああ、そのようだな……でも、解るのか、成功したって、お前らにも。」
周りを取り囲んでいた仲間達が、ふっと顔を見合わせる。
「いいえ、はっきりとは解りませんが、
少なくとも、ガッツさんの顔を見れば解ります。
すっきりとして、晴れ晴れとしていますし。」
「……そう、か?」
自分の顔を撫でるガッツを尻目に、
仲間達が口々に良かった良かったと言いながら、
立ち上がっててんでに朝の支度を始める。
『……参りました。私の夢にまで干渉するとは、思いもしませんでしたよ。
しかし、ガッツさんはあちらもタフですねェ。キャスカさんは色っぽくて……
……っと、いけない、いけない。そんなことを考えては、彼女に失礼です。』
『……びっくりしたわ。あのふたり、あんな獣のように絡み合って……
……私まで、下着を汚してしまったじゃないの……ああ、早く取り替えたい。』
『ガッツの兄ちゃんはいいよなぁ、俺も早く童貞捨ててえよ。
んでもなあ、このメンツじゃなかなかそうもいかねえし。
あー、娼婦のねえちゃん達にお願いしときゃよかった。』
『……きっと、あの香木がいけなかったんだわ。匂いがきつ過ぎて、
私や皆さんの夢にまで、入り込んでしまったんだわ。
……大人って、ああいうこと、するんだ……ちょっと、怖いけど……』
それぞれが夢を思い出して、顔を真っ赤に染めていると、
何も知らないガッツが声をかけた。
「おい、そう言えばキャスカから伝言があったんだ。」
「え?なんですか?」
「おう、ナニナニナニ?」
何を言いたいのか、知ってはいたけれど知らぬ振りで、
もう一度集まった仲間達に、ガッツが話そうとしたその時、
キャスカがぱっちりと目を開けた。
上半身を起こし辺りを見渡して、ガッツを見つけると回らぬ舌で声を上げた。
「あー、あー。」
いつもの赤ん坊のような声を発して、キャスカはにっこりと笑うと、ガッツの首にしがみつく。
驚きに目を丸くしたガッツを見て、仲間達は微笑んで踵を返す。
「伝言は、後で伺いますね。」
シールケの言葉が、皆の代弁をしていた。
驚きに慌てたガッツの片腕が、おそるおそるキャスカの躯を抱きしめた。
END