………………。  
ガッツさんは、私の顔の真横で枕に顔を突っ伏して、肩を大きく上下させて荒く息を吐いている。熱を帯びた彼の体が、私の上にぴったりと重なり、下敷きにして横たわっている。…重い。…ガッツさんの体の重み、と思うとちょっと嬉しい。重いけど。  
……ガッツさん、今、私に……声、かけたよね?聞き間違いじゃないわよね?  
……ガッツさん、目が、……覚めてるの?  
「……あの、ガッツさん?」  
おそるおそる声をかけた。……返事なし。せわしない呼吸の音だけが響く。……返事、できないのかも。  
……上半身に座りこんでる人間ごと起き上がるのは…体力消耗するのかもしれないけど、…でも上に乗っかってた私って、……そんなに、……重かったのかしら。  
…いえ、きっとガッツさんが、怪我で体力が落ちているから辛かったのよ…。…お願い、ガッツさん、そう言って……。  
体にずっしりと伸し掛かるこの人の重みを感じながら、ふと、ガッツさんが私のお布団になってくれたらいいな、と考える。  
夏場だと…暑苦しそうだけど、秋冬だったらこの人の体って、温かくてぬくぬくできて、心地いい。持ち運びもしなくていいし。…ガッツさん、眠る時だけ鎧脱いで私のお布団やってくれないかな。鎧付きだったら…さすがに重さで死ぬから遠慮したいけど。  
…バカな事考えてる場合じゃなくて、と。  
再び、どうしよう……、と考える。  
とりあえず、ガッツさんの腹部の開いた傷口が気になる。シールケさん及び妖精さんお二方の内一方を呼んできて、治療をお願いしないと。…でも、ガッツさんにどいてもらえないと、動けないし…。  
お腹の方…、といえば、さっきから私のズボンの布越しに、太股に何か堅くて熱いものが触れているのが気になった。何だろう、コレ?  
ガッツさんのお腹の辺りに何か変な物があるみたい。  
……棒、みたいな形だけど、でもそんなもの、別に私もガッツさんも持ってなかったし、棒にしたら妙に生温かくて……なんか脈打ってるような………。  
………………………。  
大音声の悲鳴をあげそうになって、慌てて両手で口をしっかりと押さえ付けた。  
……コレって、…つまりつまり、………男の人のアレ、なの!?コレ!?  
猛烈な恥ずかしさで顔から火が吹き出しそうになった。  
体を捩って押し付けられているそれから、身を離そうと試みるけれど、上に乗っているガッツさんの体がぴったり重なっているので離せる隙間が、…ない。  
いったん意識してしまうと、かえって太股にまざまざと押し付けられているそれの感触や形をはっきり感じてしまう。これって、ガッツさんについてるあれ……。  
うわーっ、そんな事考えるな、私っ。恥知らずっ、最低っ。  
……自分のはしたなさに、涙が滲む。  
……やだやだやだやだっ。……恥ずかしい…、…恥ずかしくて死にそう……。  
……確か男女の秘め事、って……、…これを、…私に、……入れるのよね……。……入るのかな、これ……。  
って、なんてこと私は考えてるのよーっ。うわーんっ。  
……なんでこんなやかましいんだ、私、と歯形のついてるガッツさんの肩に、涙ぐむ顔を押しつけながら思う。……変な事考えてたら、また、濡れてきた……。…困る。  
漠然と『奪われたい』と頭の中で考えてる事と、男の人の生の肉体に直に触れるのとは、……かなーり、……違ってるのかも……。  
男の人(生)との遭遇は……羞恥心との絶え間ない壮絶な戦いのよーな気がするわ…。  
……だから、今は、そーゆー種類の事考えてる場合じゃなくってっ。私はガッツさんの看護をしている人なのだから、ガッツさんの健康を第一に考えましょう…。  
 
「…あの、ガッツさん?申し訳ないのだけど…、どいて、もらえないでしょうか?」  
鼓動の高鳴りを押さえつけて、枕に顔を埋めて喘いでいるガッツさんの耳元に囁いた。  
「……そんなに、急かすなって」  
あ、ちゃんと返事が来たっ、と思った瞬間耳にキスされた。熱い呼気と生暖かい舌が耳朶を這い、大きな手が私の胸元をまさぐる。……うわっ、駄目だっ。…そんな事されたら、私……、……また、変な…気持ちに………。  
「……ちょ、ちょっと、ガッツさんっ」  
「……ちゃんと……して、やるから……」  
興奮気味のかすれた声が、耳に吹き込まれた。  
ずきーん、と心臓と体の奥に響いた。…ちょっと、ぐらっと来る。…私、この人の声のレパートリーって「怒鳴る、脅す、普通に喋る」の三種類しか知らないもの。……今日は、新発見多いなあ……。  
ところで、目が覚めてるのか、覚めてないのか、どっちなんだろう、この人。  
『お願い』→『してやる』は…文脈的に通じちゃってるなー、と顔を赤らめつつ思う。  
……喜ぶな、私。  
服の上から胸を揉まれて、はしたない声がこぼれた。  
「…ダメ、……ダメです、……やめて……」  
言葉とはうらはらに、声が甘く震えてうわずった。  
『…たっ、たのしいっ』と、ガッツさんの首に腕を回して、逞しい肩に顔を伏せつつ、思わず呟いてしまう。わーいっ、なんだかいかにも、殿方から強引に求愛されて、困惑して戸惑い恥じらう乙女の台詞だー。とっても新鮮な経験……。もっと言いたい……。  
…だって、私…、自分から男性に迫った経験はあっても、迫られた経験なんて…。  
………………皆無だもの…。  
…フッ。……我ながら、辛く寂しく悲しい青春時代を送ってしまったわね…。  
「…ダメ……、ダメです、…いけないわ、こんな事……。……ダメよ……」  
思い切りノリノリ気分で、目を閉じてガッツさんにしがみつきながら催促すると、私の耳元で、熱っぽい声が囁きかけた。  
「………キャスカ……」  
………………………………脱力。  
………いえ、どうせそうだろうなー、とは思ってましたが。…おかげで、ちゃんと、醒めました……。  
溜め息を一つついて、ガッツさんの頭を撫でた。…なでなで。キャスカさんより髪質硬いな、この人。  
身長差を考えると、この人の頭撫でるのって普段は絶対できない事だなー、と思いながら、私の首舐めて胸揉んでるガッツさんに話しかける。  
「ガッツさん、興奮すると体に良くないです。お怪我に障ります。…続きは、また、元気になった時にでも…」  
返事の代わりに、胸を揉む手の力が強くなった。思わず喘ぎ声が洩れて、顔をのけぞらせる。…反則だーっ、ってちょっと思う。…何も喋れなくなっちゃうじゃない。  
胸を探る手にかすれた吐息を洩らしながら、そっとガッツさんの顔を盗み見た。左目も閉じてる、思い詰めたような、かなりコワイ顔。……困った。…ハンサムに見えてしまう…。……私の目の錯覚なのかな…。他の人に聞いて確かめてみたい……。  
…この人、興味無いことは脳内変換して違う言葉に聞こえてるのかも。  
まるきり無視されて、いない人みたいに扱われるよりも、遥かにましだけど…、やっぱり意思の疎通はできないみたいだなあ…。…別の方向の、交流なら、……なんかできちゃってるみたいだけど。舌絡めたら、ちゃんと絡め返してくれたし。  
 
……どうしよう、本当に。『どいて下さい』って言っても、どいてもらえないし……。  
ガッツさんの体の下敷きにされてると、動けないしなあ……。…重い…。  
私の喉に触れるガッツさんの息づかいが、獣めいて荒い。熱い舌が肌の上を這い、鋭い犬歯が喉首をかすめて、ぞくっとする。大型の肉食獣に伸し掛かられたら、こんな気分かしら。  
……もしも、今、ガッツさんが私の喉笛を喰い千切る気になったら…、きっと、すごく簡単だろうな、と、ふと思う。  
がぶっ。ざくっ。……どくどくどく。  
私に伸し掛かって喉笛から肉を噛みちぎって咀嚼し、血を啜るこの人の姿を想像する。…くらっと頭が痺れるような恍惚を感じる。  
…美味しいと、思ってくれるかな。私はこの人の血の味、美味しかったけど。  
ガッツさんにバリバリ食べられちゃったら、どんな感じがするだろう。…骨まで残さず、きれいに食べてくれそうな気は、する。この人、体格大きいから健啖家だし。  
ガッツさんの脇腹からの出血が、私のズボンを生温かく濡らしているのを感じた。…止血しないと、多分とてもマズいような……。  
…それから、…太股に触れている…例の物体が、……なんか、さっきより、…大きくなってるよーな、気が、するわ…。……本当に入るのかな、コレ。……ああ、頬染めて恥じらう乙女が遠くなってゆく…。  
ガッツさん、傷、痛くないのかしら?さっきも苦しそうだったし。  
…よく考えたら、折れた肋骨の上に私が乗っかってるより、私が下の方が楽なのかもしれない。…ガッツさん、ごめんなさいね…。全然気にせずに体重かけてしまってたわ…。  
…満身創痍の血まみれ状態でも、男の人って……したいと思うものなのかな…?  
…この状態で…男女の行いをするのって、どう考えても開いた傷口が更に開きそうと思うんだけど…。  
……血が、もったいないな、という、いけない考えが頭をかすめる。無駄に垂れ流してしまうのなら、……私に、くれてもいいんじゃないかしら、とちらっと思う。  
…いえ、冗談です。私は真面目に看病する人です、もう言いません……。  
私の胸を揉んでいた大きな手が、服の釦にかかった。外すのが面倒なのか、そのまま釦を毟り取るぶちっ、という音が聞こえた。  
うっ。……ガッツさん、ちょっとそれは心の底から本気で真剣にかなりものすごくやめて欲しいっ。この服は旅の間の一張羅なので、着られなくされる訳にいかないのよー。  
いつだったか、イシドロさんの服を洗濯の際にぼろぼろにしてしまった事が頭に浮かんだ。  
……ごめんなさい、イシドロさん、…実は、あの時『貴族の私に、なんて偉そうな口叩きやがるのかしら、このくそがきっ』……って、内心思っていたせいで、…つい、洗濯する手に力を込めてしまっていたの……。  
ごめんなさいね…、『俺の一張羅がっ』と嘆くあなたを見て、本当はちょっと『ざまみろ』と思っていた事を、今は心から本気で謝罪するわ…。  
…とりあえず、ガッツさんの手による衣服の破損が広がらないうちに、と思って慌てて服の釦を自分で外した。  
…一応、念のため、下のシャツの釦と、…腰のベルトも、外しといた方がいいかなー、と思って外す。…ちょっと、ドキドキする…。ズボン下ろすのは…態勢的に無理かな。…腰の結び紐だけ、解いとこう……。  
…べ、別に変な事は考えてないわよー。だって、もし万が一ガッツさんが脱がせる代わりに面倒くさがって破られたりしたら…、……最悪じゃない。この人…やりそうだし。  
それにガッツさん、片方しか手がないのって、何かと不便だろうから…、殿方のプライドを傷つけないように、控え目にさりげなく手助けする事が…、婦徳の嗜み、とゆーものじゃないかしら。  
『恥じらい』とう単語が一瞬頭をかすめる。…でも、恥じらってたら、ガッツさんに服ボロボロにされる可能性大。…それは、絶対に困る。着れる服がなくなったら、もっと恥ずかしい目に会うのは私だっ。  
 
シャツの釦を外す途中で、ガッツさんの右手と私の手がぶつかった。  
一瞬どきっとする。……どう、思われちゃったろう…。『淫乱』とか『ふしだら』って…思ったかしら?…ガッツさんの顔が、下向いてるせいで、よくわからない。  
たいして気に留めた風もなく、ガッツさんの右手が前の開いた服の下に潜り込んだ。  
薄い乳房を大きな手の平で直接握り締められ、触れられた皮膚の上から、体の奥に電流が流れたような気がした。親指の腹で乳頭をこすられて鋭い快感が走る。  
甘い悲鳴が喉から転がり出た。私の胸元に顔を降ろすガッツさんの頭を、すがりつくように両腕に掻き抱き、目を閉じて身体をしならせ、与えられる痛みと快感に耐える。  
…この人のやり方って、乱暴で…痛くて…、……痛いことされるのが、……私って、やっぱり好きなんだなあ…と、なんだか改めて確認してしまう。  
歌うように悲鳴を上げながら、『……なにか、なし崩し的に、流されていってない、私?』、とゆう疑問が頭をかすめた。ガッツさんを止めなきゃいけないんだけど……、なんだか段々どうでもよくなりつつあるような…。  
…どうでもいい、とゆうのはとてもマズイと思うんだけど。真面目に看護する人として。  
…でもガッツさん、いつも流血沙汰に慣れてる人だし…、少しぐらいの間なら、なんとかなるんじゃないかしらー、という後ろめたい自己正当化の声が頭の片隅で囁く。  
終わった後で、すぐにシールケさんを呼びに行けばいいんだし……。  
え?何が終わった後かって?……それは、その……、つまり…、いろいろと……。  
…えっと、私は頬染めて恥じらう清純派乙女だから、そーゆー事って、言いにくいなあ……。えへへ。  
…だって、ガッツさんが私の事離してくれないんだし……。せっかく無理してまで起きて、『ちゃんとしてやる』て言って下さってる好意を無にするのも悪いし……。  
…………ガッツさんの『ちゃんと』って……どんなのかな……。……濃そう。体力持つかな、この人。私のために、ちょっとの間だけ倒れずに頑張ってくれると嬉しいな……。  
…訂正。今のはなし。  
…私はうぶで奥手で何も知らない、いたいけな純情清純派(美)少女っ。  
…だって、しょうがないじゃない、とガッツさんの髪を撫でながら、自分で自分に言い聞かせる。  
言っても聞こえないんだし、この人を押し退けるような力なんて私にはないのだし。抵抗は…全然せずに、ちょっと協力しちゃってる気もしないでもないけど、どうせ私の腕力じゃ、ガッツさんに抗うだけ無駄だろうし……。  
…だから、やめさせたくても、やめさせようがないのよ、しょうがないの……。  
私が嫌がってるのに、ガッツさんが『どうしても』って言って、無理やり強引に……。  
 
…………嘘。  
……ごめんなさい、嘘です。一度でいいから、ちょっと言ってみたかったの、「ガッツさんが、嫌がる私を無理やり強引に…」って。  
私のことが、好きで好きでしょうがなくって、無理やり、私の体を強引に求めるガッツさん、が……いたら、いいなあ、って、ずーっと思ってたから。  
ごめんね、ガッツさん、私は全然イヤじゃないからね、頭、撫でてあげるから、許してね。  
私に捕縛されたガッツさんが脱走した時、人質に私を連れて拉ったのは…、本当の本当は、私に一目惚れをして、自分のものにしたかったから、…あなたは私を腕に抱いて拉って行ったんだ…って、思いたかったの。…昔、初恋の男に頼んでも、やってはくれなかった事。  
…本当は、私、あそこに…居場所、なかった。部下はみんな、私の事嫌って、陰でこそこそ悪口言ってた。「お飾りの癖に偉そう」「女のくせに」って。  
「無理がある」ってガッツさんから言われたけど、…私、無理してた。…辛かった。  
…だから、ガッツさんは、そんな嫌な場所に私を置き去りにするのが忍びなかったの。  
…それから、尋問の途中で私に起こりかけてた感情を、嗅ぎ取って、……あなたも、私に欲望を覚えた。…誰も邪魔の入らない場所で、私と続きがしたくて……拉った。  
…そういう、私に都合のいい夢想に、時々、こっそり耽ってた。  
何故ってその時の、あなたとの悪夢と恐怖の一夜が、…最初に、私の心を奪ったから。  
あの時、暗闇から襲いかかって来るどんな怪物よりも、…私は、あなたが一番恐ろしかった。  
尋問であなたを鞭打っていた時、私は、あなたを、服従させたかった。…途中から、取り調べの事なんて、どうでもよくなった。どちらが強者でどちらが弱者かを、あなたに分からせる事の方が私には重大になって、…必死になった。  
…あなたは、私に、仕返しに同じ事をしたかっただけ…、じゃなかったのかしら。  
あなたが私を連れ拉ったのは、私があなたを追う理由を聞きたいからだ、ってあなたは言ってたけど…、…それ、ただの言い訳、だと思う。  
…だって、私が喋らなくても、あなたは無理に聞き出そうとはまるでしなかったから。…本当に聞きたい事がある時は、ガッツさんは、人の口にナイフ突っ込んで質問する人です。  
……あなたは、尋ねたい事よりも、むしろ、私の意志を、あなたの意志で叩き折る事の方に熱心だったと思う。  
私が無力な弱者で、あなたが強者だと、…私は、あなたに叩き込まれ、教え込まれた。  
…私の心は、あなたに打ちのめされ、無理やりに、あなたに従わさせられた。…あなたは、逃げ出そうとする私を決して許さず、おぞましい悪夢を見せつけるように、嫌がる私の目の前にそれらを突き付けて、正視させた。  
あなたは冷笑しながら、恐怖という武器で私を怯えさせ、私の信仰を嘲笑し、プライドをへし折り、屈伏させるのを……好きで楽しんでやってるようにしか、見えなかった。  
私の身体には、あなたは、何一つ淫らな真似はしなかったけれど……、あなたの存在に力尽くでねじ伏せられ、服従させられ、あなたの意志を押しつけられて……私の精神は、確かにその時、……あなたの心に侵され、凌辱されていた。  
……そういう仕打ちを私に与えるあなたに……私は慄き、恐れて怯え、思考が麻痺して血が凍りつき、恐怖で心に亀裂が走り、…自分が二つに引き裂かれるような気がした。  
そして、朝の曙光の射す空の下で、……私を凌辱し終わって、獣のように息を荒げて空を仰ぐあなたの姿に……私は、………魅了されていた。  
圧倒的な強者のあなたの前に、弱者として跪いて地にひれ伏し敗北する、たとえようもない恍惚感が、私を満たし、……打ち砕いた。  
引き裂かれた私の心の半分は、あなたを恐れて、あなたから逃げ出したいと願った。  
……もう半分は、……あなたから、愛されたい、と震えながら願った。  
返り血に染まったあなたの姿は、私の瞳に、魅力的な異性の姿として映り……体の奥に、欲望の疼きを感じた。  
……もう一度、あなたから、同じ仕打ちを与えられたいと思った。  
……心だけでなく、肉体も、あなたの剣に引き裂かれたいと願った。  
………心は、もう、あなたの剣で引き裂かれて二つに別れ、以前の私とは同じではなかったから。  
 
片方は私の信仰と秩序、もう片方は私の肉欲。  
その二つは、今までは捩れて寄り合わせた綱のように、私の中では同じ一つのものだった。  
でも、私を纏めていたその綱は、あなたの剣で二つに断ち切られ、私の中で、分離した。  
私の信仰と、私の肉欲が、互いが互いを罵倒し、否定し合う喧しい声が私の頭の中を反響し…、その喧騒の擾乱は、堪え難い程に私を苦しめた。  
私の信仰は、あなたに怯え、逃げて隠れたいと願い…、私の肉欲は、……まっすぐに、あなたを……求めた。  
あなたの暴力で身体の隅々まで支配され、有無を言わせない強い力で、乱暴に手荒く扱われ、痺れるような恐怖を感じながら無理やりに屈伏させられる、……その快楽を、あなたの肉体と私の肉体を繋げて、……共に、別ち合いたいと、その時、願った。  
あなたが私から去った後、…私は、すべて忘れようとした。  
あなたの存在も、あの時の怪異も、すべて現実ではない、幻だと、思い込もうとした。  
正気を疑いたくなるような自分自身の姿を、……一番忘れたかった。……記憶から消滅させて、最初から存在しなかった出来事だと、…そう、思いたかった。  
夜毎、あなたの夢を見た。……うっとりするほど、おぞましくて恐ろしい悪夢。  
…悪夢の中で、逃げ惑う私を捕らえ、押さえつけ、伸し掛かって来る暗闇の怪物は…あなただった。……あなたに力尽くで体を犯され、息絶えるような思いを嘗めさせられる昏い夢に、……夜毎、私は…、焦がされ、身を灼かれ、………溺れた。  
私の夢を訪れるあなたを、骨の髄まで恐怖して怯え、暗闇の中を、追いかけるあなたから必死で逃げようと走りながら、鼓動が…、熱く高鳴るのを覚えた。  
……夢でしか会えないあなたが遂に私に追いつき、私の腕を掴んであなたの逞しい肉体に抱き寄せて……、引き裂かれる苦痛と屈辱と抱擁と接吻に、…恐怖は溶けて崩れて陶酔へと変り、私の心を満たして征服し……、  
快楽の声ですすり泣きながら、私はあなたに許しを乞い、縋りついて哀願する事に、……幸福を、感じた。  
…目覚めて、あなたの抱擁が夢だと知ると、滲んだ汗を拭い、どっと安堵すると同時に、……熱い涙が溢れて頬を濡らし、言いようのない寂しさと悲しみと痛みを覚えた。  
…心の深い場所で、現実のあなたに、また、もう一度会いたい、と……胸が壊れそうな程、強く願っている私が、…そこにいた。  
…もしも、あの時のあなたが、私に欲望を覚えたから辱めて、…私を力尽くで服従させる事が、あなたの愛し方だったのではないか、と夢想すると……、…息が止まりそうなほど甘美で、激しい情熱の奮りと、恐怖が……、私の胸を灼き尽くして炎上した。  
……あなたが怖かった。  
…私を、まるで私の知らない私に、造り変えてしまう力を持ったあなたを、私は恐れて逃げ出して隠れたいと願い…、同時に亀裂の入った心の奥底で、私を変えて欲しいと切実に祈っていた。  
最初に出会ったあなたは、私に暗闇を突きつけ、…次に再会した時は、暗闇を照らす炬火を、私に与えてくれた。  
死にたくないなら、自分で戦え、と…あなたは私に言った。  
……何故、この男は、…私に言葉をくれるのだろう、と座り込んであなたを見上げながら思っていた。何故、守る理由も縁もまるでない私に、襲いかかった怪物を、あなたはその大剣で守ったのだろうか、と。  
……私に向けて放たれた、あなたの言葉。  
「生き残るぞ」とあなたは私に言った。  
それでは、あなたの中に私の存在は、あるのだろうか、と思った。  
それが、例え僅かなかけらであっても、生きようが死のうがどうでもいい、無関心な存在ではなく、私は……あなたにとって、共に、生き残りたいと、思える存在なのか、と。  
……私は、生き延びたかった。  
 
塔が崩れて何も彼もが崩壊して。  
私の手の届かない所へ遠く去って行ってしまうあなたを見た時、「追わなければ」という衝動が私を突き動かした。  
…その衝動が、あんなにも私の心を縛り付けていた、家名の重荷と…父に、称賛され、認められたいという無駄な願いを、…投げ捨てさせた。  
聖なる鉄の鎖に縛りつけられた、聖なる乙女。……お飾りのお人形さんの、騎士団長。  
…私を、その場所に置いて据えたのは、父だった。  
流刑地の修道院から呼び戻され、父と家に貢献する役割を与えられた時、……父に、もう二度と見捨てられたくなくて、私は…必死だった。  
……父から見捨てられ、その庇護を失えば、私は、生きてはいけないと……心の何処かで思っていた。  
髪をきりきりと引き結び、慣れぬ男言葉を口にして、剣を手にし、鎧兜に身を包んで。  
…それは、私が父に認められて、その愛情を得たくて、必死で身に纏い、着こなそうとしていた、鉄の鎖に覆われた、私の自由を許さない、……拘束具としての鎧だった。  
……私の鎖を断ち切ったのは、あなたが振るった剣。  
あなたの跡を追う、と決めた時、私が最初に捨てたのは、その鎧だった。  
ヴァンデミオン家の紋章で飾られた鎧。…それは、私には、もう、いらないものだったから。  
父の庇護と支配がなくても、生き延びられる者に、……私は、なりたかった。  
あなたから貰った灯は、かすれそうな程小さかったけれど、確かに私の胸のなかで揺れていた。その灯をたよりに、私はあなたの跡を追ったの。  
……あなたが去るのなら、私から、あなたの場所へ辿り着こうと思った。  
どこまででも、地の果てまでも、あなたを追いかけて、あなたについて行こう、と。  
一人、暗闇に立ち向かうあなたの後ろ姿は、…私には、孤高の存在に思えた。  
私が想い焦がれるあなたは、…名前や、しがらみや、弱さを……持たない人だった。  
あなたを追って旅をする間、…無意味な夢と知りつつ、どこかで私は夢見てた。  
……私の事を、本当は心の底のどこかで愛している……孤独な「黒い剣士」。  
……でも、そんな人は、…いない。  
「黒い剣士」は、あなたの一面の顔であっても、総てではない。あなたには、名前もあれば、過去と現在のしがらみもあり……、弱さも、やっぱり持っている。…私の事も、愛してないし。  
……いるのは、キャスカさんの事が、好きでしょうがない、……ガッツさん。  
胸の谷間、と呼ぶにはかなり微妙な私の谷間を、ガッツさんの鼻先がくすぐる。…くすぐったい。  
ガッツさんの頭髪を両手で梳いて撫でながら、「もっと」と小さく呟いた。この人の舌がもう片方の乳房を這う、濡れた熱い感触を、目を閉じて震えながら味わう。あなたの額から落ちた汗の滴が、私の乳房の上に滴り落ちる。  
ガッツさんに、こういう風に身体を触られるのは、…嬉しい。ただ単に、ひたすら、無条件に嬉しい。泣きたくなるぐらいに。  
ガッツさんが今考えてるのはキャスカさんの事だと思うけど、…じゃあガッツさんも心の中で、今嬉しいだろうなあ、って思うと、やっぱり嬉しい。  
……好きな人の身体と触れ合って、相手が喜んでくれる事は、…涙がこぼれるくらいに嬉しい。  
嬉しい理由は……好きだから。ただそれだけ。  
キャスカさんのことが好きな、そのままのあなたが、…私は好き。  
……だから、一度くらいは、私のわがまま…聞いて欲しいな、って思うの。  
          
  <to be continue>  
 

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