顔から火が出るような恥ずかしさと、突き上げるような喜びが同時に襲い、ガッツさんに抱擁されながら、混乱した思考が目まぐるしく頭の中を飛び交った。  
(……ガ、ガッツさんっ、いつから目を覚ましてたのっ!?……バレるとかなりヤバくて後ろ暗い私の悪戯は…、……バ、バレて…、ない、わよ…ね…?。…もしバレてたら、…私は……、おしまいよー………)  
(すごい!おまじないが、本当に、効いたんだっ!やったーっ!大成功っ!!)  
(…ガッツさんが、目を覚ましてくれた。……嬉しい…、本当に嬉しい………。……それから…、こんな風に、私を………。……死にたくないけど、死んでもいい…。…テレパシー、…通じちゃったんだ……)  
(『念話』とおまじないが、初めて挑戦したのに、いきなり成功するなんて…。…私って、……すっごーい…。もしかして、魔法使いの素質があるのかも……。  
…ひょっとしたら、シールケさんより凄い才能が眠っていたりしてっ。…つ、つけあがりすぎかしら)  
(……おとぎ話の騎士が、呪いの眠りから目が覚めて……お姫様が砂にならなかったら、目覚めた騎士と姫の間に始まった事が、……これから、私に起こるのかしら………?)  
ふっと想像にふける。  
……姫と騎士が触れあった唇を離した後、互いの瞳を見交わしてみつめあい、そっと手を握りあって、……それから…………。  
はしたない事を考えている自分が恥ずかしくなって、ガッツさんの胸板に顔を埋めた。  
顔が、熱い。…この人の前だと、私はいつでも顔を赤くしているような気がする。  
血の匂いと塗り付けた霊薬の香りに、ガッツさんの体臭が混ざり合った匂いがした。獣臭いけど、いやじゃない。…頭がくらっと痺れる。  
耳を押しつけた厚い胸板の向こうから、この人の、心臓の音が聞こえる。目を閉じて、ぼうっとその音に聞き入った。規則正しい、力強い拍動。…何故だかとても、安心する音。  
ガッツさんって、体温高いなあ、と思う。……暖かい。  
胸の奥の一番深い場所が、満ち潮の海のようにゆっくりと満たされてゆく。……深い吐息が肺から洩れた。  
この人の腕に抱かれていると、……安心する。いろんな怖いことから、守ってもらえる感じがする。  
 
……ガッツさんは、優しいけど厳しい人。一瞬だけなら私を抱き留めてくれるけど、絶対にそのまま、縋りつかせてはくれない。「自分で立て」って私に言う。  
私だって、この人の足手纏いに、なりたくない。迷惑かけて、困らせたりしたくない。邪魔になるより、少しでもこの人の役に立てる方が、嬉しい。  
……でも、時々、……抱き留めてもらえた瞬間、そのままこの人に縋りついてしまいたいと思う。……こんな風に、目を閉じて、何も彼も全部この人に預けて、………甘やかされたい…………。  
ガッツさんの温もりに浸りながら、『………お父様……』と口の中で呟いて、慌てて打ち消した。  
……ガッツさんは、私の父じゃないのに、なんでそんな言葉が出てきたんだろう…?ガッツさんが老けてるせいかしら?……それって失礼よね……。…ごめんね、ガッツさん。  
……ガッツさんは、お父様とは全然違うわ。……お父様みたいに、うわべと腹の底が全然違う人じゃない。……私の事を疎んじて遠くへ追いやろうとしたり、しない。  
……お父様は一度だって私を抱き上げたり、頭を撫でたりしてくれる事はなかった。  
家名のために私を庇っても、私自身を庇ったり、守ったりなんて絶対にしてくれなかった………。……本当は、私のこと、『いらない』って、お父様は…思ってた。  
遠い哀しみが一瞬胸をよぎり、振り払う。  
…それは、もう、ずっと昔に終わった過去の記憶。百年の歳月が流れた去ったように思えるほど、今の私とは遠く隔たった、古びて色褪せ、霞みかけた思い出。  
…物語のお姫様は、お城も父王も姫君の位も、全部後ろに捨てて来て、……今は、騎士さまの腕の中にいる。  
……私の騎士さま、と心の中でガッツさんに囁きかけた。  
……私を救い出して、守ってくれる、……私だけの、騎士さま。  
……私は、あなたのものだから。  
……甘えさせてくれる代わりに、………私を、好きに、してください……。……あなたが、したいことなら、……私は……どんなことでも……。  
抱き寄せて締めつける腕の力の強さに陶然としながら、再び吐息を洩らした時、ふと、頬に粘りつくものを感じた。  
手に触れて、ガッツさんの胸の裂傷から滲んだ血だと気付く。  
(−−いけない)  
押し流されそうな理性が、かろうじて頭の中で警告した。  
ガッツさんは、怪我人だ。それも重傷の。  
あばら骨も折れているし、縫合した傷口も塞がっていない。  
私の体の重みで圧力をかけていたら、怪我に負担が掛かる。  
ガッツさんに手を放してくれるように言って、どかなければ。  
…そう思いつつ、口の中で舌が張り付いたように動かない。  
……もう少しだけ、こうしていたい。  
あなたの鼓動を聞きながら、あなたの温もりに包まれて、あなたの腕の中で、……まどろみに、浸っていたい。  
時間が止まって、今の瞬間が永遠に続けばいいと思う。  
大きな手が肩に食い込む甘い痛みにうっとりしていると、押し殺した情熱を込めた、ガッツさんの低い囁きが耳に飛び込んだ。  
 
「…………………キャスカ……」  
…体の温度がすうっと醒めた。  
甘く込み上げていた無意味な期待が、苦く砕け、煮凝りとなって、冷えてゆく。  
(……わたしは、ばかだ………)  
ガッツさんは、キャスカさんの夢を見ているのだ。  
おとぎ話のお姫様の資格があるのは、私ではなく、キャスカさんだ。  
…私の口づけでは、なんにも意味が、ない。…私は、騎士さまに……愛されては、いないから。  
ガッツさんは、キャスカさんを守るための騎士だ。  
ガッツさんが探し求めて、救い出すために必死で戦った女性は……キャスカさん。  
この人が、ボロボロになるまで戦う理由は、いつもキャスカさんのため。  
……私じゃない。  
……私は、ただの、騎士さまのお供をする、旅の道連れ。  
私のための場所は、この人の中にはない。  
……そんな事は、わかりきっていたはずなのに。  
…なのに、どうして……。  
こんなに。  
「………ガッツ、さん、…腕を、どけて、ください」  
かろうじて喉から押し出した声が、ひどくかすれてひび割れ、耳障りに聞こえた。  
ガッツさんに聞こえた風はない。軽く右腕を叩く。…同じ。  
…やっぱり、と思いつつ、強烈な悲しみが、水中の魚に突き立てた銛のように、私の胸を抉り、心臓を引き裂いた。……疎外され続ける痛みと悲しみ。  
声をかけても聞こえない。手を握っても届かない。  
こんなに近くにいるのに、こんなに遠い。  
…あなたはいったいどこにいるの?  
心の中のどの夢をさ迷っているの?  
私はここにいて、あなたが帰ってきてくれるのを、ずうっと待ち続けているの。  
………帰ってきて、欲しい。ただの旅の道連れの一人でいいから、あなたの世界に私を入れて。私を見て。返事をして。  
……私を、締め出さないで。  
(…泣くな)  
顔を伏せ、唇を噛み締めて押し殺した時、ふいに大きな手のひらが私の頬を包んだ。  
片方しかないガッツさんの眼が、薄く開いて私の顔をみつめている。  
……でも、わかる。この人の眼は、私を見てはいない眼だ。  
ガッツさんの眼は、夢の中にいる人の眼だ。  
私の向こう側に、誰か記憶の中の別の人の面影を重ねている人の眼。……私は、この人からこんな眼で見てもらったことは一度もない。この視線が私を通り越してゆくのは何度も目にしたけれど。  
……キャスカさんを、みつめている時のと同じ、…優しい眼。  
間近で見るこの人の顔は、まるで知らない人のよう。  
きっと恋人だけにしか見せたことのない、情熱的な少年のような表情。  
……とても幸せな夢を見ているんだろうな、と思った瞬間、おとがいを持ち上げられ、唇を奪われた。  
 
視界にガッツさんの閉じた両眼が広がった。…意外だ、この人ってキスする時に眼を閉じるんだ、と思った時、急にそれが滲んでぼやけ、何も見えなくなった。  
……両目を閉じる。瞼の裏側に熱い涙があふれ、頬を伝い、転がり落ちてゆく。  
触れ合う口唇の堅さを感じながら、頬を濡らし続けた。  
…この人が、夢の中で口づけを交わしている恋人は、私ではない。  
でも、今この人の腕の中にいるのは、確かに私だ。  
悲しみと幸福感がない混ぜになり、どちらが自分の気持ちなのか、わからない。  
……ただ、涙だけがあとからあとから溢れ、流れ出してゆく。  
……代わりでもいい、と思う。  
あなたが、幸せな夢を見ているのなら。  
私が、あなたの役に立てるのなら。  
口を開いて、忍び込んでくる舌を迎え入れた。  
頬を伝う涙が口の中に流れ込み、ガッツさんの舌の感触と一緒に塩辛い味が広がった。  
……ガッツさんも、しょっぱいと思っているのかな……。  
口腔を探り回る舌の感触に、頭がぼうっと痺れて、思考と体がとろけてゆく。  
……何も、考えたくない。  
夢中で舌を絡めてガッツさんに応えた。這い回る彼の舌を吸い、お返しのように自分のを吸われ、ずきん、と体の奥に熱い衝動が走る。  
延ばした舌先がこの人の鋭い犬歯をかすめ、この牙で噛み裂かれる事を想像して体が震えた。  
溢れた唾液が開いた口の端からこぼれ、お互いの口許を濡らし合う。  
私の首の後ろを支えていた手の平が、背に落ち、服の上から体を這うのを感じた。乱暴で、荒っぽい愛撫のやり方に、酔いしれ、背中が波打つ。  
口づけの合間に洩れる、両方の呼吸の音が、少しずつ乱れ、徐々に荒くなってゆく。  
…この人の興奮が、密着した体越しに伝わって来る。……嬉しい。  
背を這う大きな手の平が、下へ下へと降りてゆくのを感じながら、身を乗り出し、馬乗りになって、両手でガッツさんの顔を挟み込み、深く口腔に舌を差し入れた。  
丈夫そうな歯列を舌でなぞりながら、ついつい私の唾液がこの人の口の中に流れ込んでしまうのを感じる。……ご、ごめんなさい、ガッツさん…。……重力の関係で、どうしてもそうなってしまうだけで……、…わざと、唾飲ませてるわけじゃ、ないのよ……。  
薄く瞼を開くと、真下に覗くガッツさんの眼と、まともに眼が合った。瞳孔に火花が飛び散ったように感じて、慌てて目を伏せる。  
目を閉じて舌を絡め合わせながら、頬に注がれる視線の熱を感じる。  
私はキャスカさん、と言い聞かせる。……今だけは、私はこの人の恋人。愛されているのは、私。……視線を注がれているのも、私。  
閉じた瞼の下で一瞬垣間見たガッツさんの眼を思い浮かべる。…欲望の炎がちらちらと燃えている眼。…自分の瞳にも、多分同じような火が点っているような気がする。…見られるのは、恥ずかしい。  
 
武骨な手の平が、太股を撫で上げ、腰に触れた。  
口づけを交わしている余裕がなくなり、息を喘がせながら、滑らかな太い首にしがみついて肩口に顔を埋め、愛撫に耐えた。  
尻の肉が万力のような力で掴まれ、こね回されて、痛烈な痛みとない混ぜになった快感が、背筋を貫いて走り、体をわななかせた。  
切れ切れに、喉の奥からせり上がって迸り出る声が、自分のものではないように感じる。  
濡れた内臓から直接絞りだされているような、……どこか媚びを含んでいる、生々しい呻き声。…私はこういう声を出すのかあ…、とぼんやり考える。  
……私は、ガッツさんの楽器。この人の手で、私の中の『女』を無理やりに引き摺り出されて、快楽の声の歌でうたわされている、かわいそうな小鳥。  
声を上げながら、ねだるように腰を振って、ガッツさんの首筋の太い腱に舌を這わせ、肩に歯を立て、力一杯齧り付いた。堅い肉の歯応えに、噛みがいがある、と思う。  
表皮から滲んだ血を舌で舐め取り、その濃密な味わいを堪能し、愉悦に耽る。  
体が熱く火照り、全身が汗でぬるぬるした。汗とガッツさんの血で濡れた頬に、髪が張りいてまとわりつく。  
大粒の汗の玉が、服の下で胸の中央を流れて滴り落ちてゆくのを感じた。  
……服が、邪魔でしょうがなかった。手と顔の、服から露出しているほんの一部でしか、この人の体に直に触れられない。  
直接、素肌をこの人の肌に擦りつけて、絡まり合いたい……。  
……脱ぎたい。  
服の釦に手を掛けかけてから、突然猛烈な羞恥が襲ってきて手を止めた。  
…この人の前で?………自分から、服を脱いで、……裸に……、なるの?  
……ガッツさんの前で、この人が何も言ってないのに、勝手に自分から服を脱ぎ出す私の姿を想像する。  
顔が、泣きそうになった。  
…………………やだー………。  
………ガッツさんの前で、そんな事したら、私は恥ずかしくて、死ぬ。自決しかない。  
絶対、絶対、絶っ対、いやっ。  
この人に呆れ果てた顔されて、「淫乱」とか「ふしだら」って思われたら、私、生きていられないっ。  
………ガッツさんは、今夢の中だから、気付かないなのかもしれないけど……でも、……それでも、嫌なのようっ。  
一回自分から全裸になって全部見られてるけど…、…でも、あれはっ、とり憑いた悪霊のやらせたことなのっ。…ぜ、全部とは言い難いかもしれないけど、でも、ほとんど全部悪霊のせいなのっ。  
第一っ、今の私は、あの頃の私とは、もう、違うのだものっ!  
本当の本当の私はっ、うぶでいじらしい、清純派純情美少女なのっ!!…色情狂は、もう卒業したのよーっ。  
……ガッツさんの前では、頬染めて恥じらう風情が愛らしい、うぶな乙女でいたいの……。  
…乙女は、自分から男の人の前で服脱いだりは、きっと絶対にしない…………。  
……ガッツさんになら…裸、見られてもいいけど…、てゆーか、触ってほしいけど、…でも、自分から脱ぐのは、……いやなのようーっ…。  
……だって、恥ずかしいもの…………。  
…………でも、服が、脱ぎたいの……………。  
…本当に涙が滲んだ。  
 
……「服を脱ぎたい」という衝動が、段々生理的欲求に近くなってきた。  
……でも、無理。ガッツさんの前で絶対そんな事できない………。  
…下着が濡れて、気持ちが悪かった。溢れた蜜の滴が下着の脇からこぼれて、太股を伝い、流れ落ちてゆく感触を、唇を噛み締めながらこらえる。  
…濡れて熱く脈打っているその場所から、ほんの僅かな位置で、この人の手がズボンの厚い布地越しに、尻の肉を掴んでこね回している。  
………直接、触って欲しくて、気が、狂いそう。  
………ガッツさん、お尻じゃなくて、違うところも触って……、なんて口が裂けても言えない………。そんなの言うなら死んだ方がましだー……。  
自分で触ろうか、と一瞬考えて慌てて打ち消す。……だってそんなの「淫乱」そのものじゃないー……。灯油被って焼身自殺モノだわ……。  
両手がおかしな事をしないように、ガッツさんの首にしっかり回し、爪を立ててしがみついた。  
厚い胸板に顔を埋めて、ひたすら耐えた。鼻先に立ち込める血の匂いが、体の奥で燃えている情欲の炎に油を注ぐ。  
下腹部で煮え滾っている欲望が、もう苦痛に近かった。とろとろと燃える熾火で、火炙りに架けられているよう。飢えに身を灼かれて、焦がれ死にしそうだと思う。  
喉から溢れる喘ぎ声と一緒に、涙がこぼれた。心の中でガッツさんに哀願する。  
………触って、欲しい、の…。…お願い………。  
この人の武骨な指で、その場所を押し広げられて、深く指を埋め込まれて、力いっぱい泣き叫びたい。  
……苦しい。  
……堪えているのが、本当に、もう、辛い。  
太い首にしがみついて、すすり泣きながらガッツさんの耳元で「お願い」と囁いた。  
お願い、お願い、と頬ずりして何度も繰り返しながら、頭のどこかで本末転倒してる…、とかすかに思う。  
「ガッツさんの役に立ちたい」という健気な自己犠牲精神の発露だったはずが…、私、今、自分の欲望の事しか考えてない。  
自分が気持ちよくなりたい、ばっかりで……、ガッツさんの事、考えてない。  
……でも、だって、……男の人が、どういう風にされたら……気持ちいいのか、って……、私、知らないし………。  
それに、こういう事って、……殿方の方が、万事何から何まですべて手取り足取り一から十までやってくれるものじゃあ、……ない…の、…かしら……?………もしかして、違うの?  
……だってっ、…だって知らないのよっ、致命的にっ。  
………男の人としたことないのに、わかるわけないじゃないのようー………。うえーんっ。  
鞭の扱い方ならこの私の右に出る者はいないっ、って自信はあるけど、…でも、そんな知識があったところで、この場合何の役にも立たないしっ。  
……もしもガッツさんにそーゆー方面の趣味があるのなら、私はいくらでもお役に立てるんだけど……。  
うう…、マニアックな趣味を極める事に心血を注ぐ余り、普通の男女の営みについての情報を「穢らわしい」の一語で切って捨ててきた報いが、こんなところで祟るとは……。  
自慢にもならないけれど、私が自慰に使った事があるのは焼死体か拷問風景だけよー。普通のは……「不潔」って思うから見たくも聞きたくもなかったわ……。  
……だって、むかーしセルピコから拒絶された時の、諸々の、後々まで引き摺るにがーい屈辱絶望劣等感自己嫌悪憎悪慟哭その他、を思い出してしまうから……。  
……だからっ、自分から服を脱ぐのは、絶っ対に、いやっ。あんな思い、もう、二度と、したく、ないっ。  
……でも、何も知らないと、……自分がその「不潔」な事をするようになる時、……すごく、困るのね……。  
………お母様に、殿方の愉しませ方を教わっておけば良かった……。  
………ガッツさん、ごめんなさい……。私、やっぱり全然役には立てないのかも……。  
……でも、……触っては、…欲しいの……。ごめんなさい、わがままで……。  
 
突然、ガッツさんが低く唸りながら上椀のない左肘を軸にして、身を起こそうとした。  
一瞬、首にすがりついていた私の上半身ごとガッツさんの肩が浮かび上がり、支え切れず、鈍い振動と共に再び寝台に沈んだ。  
同時に、ぷつん、と弓の弦の切れたような小さな音が耳に飛び込んだ。  
……煮えたぎっていた興奮が氷のように冷えた。  
……聞き覚えのあるこの音をこの前聞いたのは、確かガッツさんが『グリフィス!』と叫んで無理やり起き上がろうとした時で………。  
とても嫌な予感と共に、身を捩り、跨がっているガッツさんの身体に目を落とした。  
………嫌な予感、大的中。  
ガッツさんの腹部のあたりで、鮮やかな赤い色が小さな血溜まりを作っている。  
……傷口を、縫合していた糸が、切れたのだ。  
……しかも、私が薬を塗ってた時につい悪戯してしまった傷だ……。……もしかして、興奮して歯で縫合部を噛んで、糸が弱ってたり、……してたのかも、しれない。……記憶をまるで覚えていない自分自身が果てしなく怖い……。  
……血の気が引いた。  
……ちょっと、私、今いったい何をやってるの?  
要安静の怪我人を、興奮させて怪我を悪化させて……喜んでてどーするのよーっ!?  
気付けば私の服は、あちこち血まみれだ。…ガッツさんの体にまだ包帯も巻いてない。  
……それに、なんだかガッツさんの肩に、……歯形が……、ついているわ……。……うっすらと噛んだような覚えは……あるから、やっぱり私よね、これ……。  
………ごめんなさい、ガッツさん………。何かもう本当に申し訳なくて、どう詫びていいやら………。  
体はまだ熱く茹だっていたけれど、自責の念が頭を冷ました。  
とりあえず、跨がっているガッツさんの体の上からどこう、と思ったのだけれど、彼の腕がしっかり腰に巻きついていて離そうとしない。  
……嬉しいけど、困る。……だって私、自分の理性に自信ない……。  
……どうしよう、と思い惑っているうちに、再びガッツさんが唸りながら、気力で私を腕に抱えて身体を起こした。曲げた腹部の傷口から、また血液が溢れる。  
ガッツさんの呼吸が、ふいごのように荒かった。右腕で、軽く私をひっくり返すと、私の上にのしかかり……。  
……そして、  
「………ちょっ、…と、タンマ……」  
……と、呟いて、………力尽きたようにどさっ、と私の上にへたばった……。  
 
 <to be continue>  
 

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