薔薇と百合の狭間  
セルピコは早咲きの白い薔薇を一本一本注意深く  
しかし無心に切っていた。  
ヴァンディミオン家の庭園内、数ある薔薇の中でも  
最も香り高い白い薔薇をファルネーゼの部屋に飾る為に  
本来なら庭師に任せるべき仕事だが  
着替え以外のファルネーゼの世話は事実上、セルピコがやっていると言っていい。  
他の使用人達はファルネーゼの気性を怖れて  
今だ近づきたがらないのだ  
 
むせる様な香りの白い薔薇は、トゲが鋭い。  
セルピコはその薔薇のトゲを切り落としていく。  
 
「痛っ」  
 
らしからぬ手違いでトゲで指を傷つけた。  
ぱたりと落ちた一滴の赤い血が薔薇の花弁を汚す。  
吸った自分の血の味は、鉄さびの味がした。  
 
含んだ己の血の味を、ファルネーゼも知っている筈だ。  
セルピコはふとファルネーゼの血の味を思う。  
機会があれば味わってみたいと漠然と思った。  
同じ様な味である筈だ。  
半分ずつ繋がるヴァンディミオンの血。  
 
次からは細心の注意をはらって薔薇をつむ。  
いつしかセルピコの片腕で抱えきれない程の薔薇の花束が出来た。  
この時期、紫のラヴァンドの花も慎ましく香り高かったが  
貴族の部屋に飾るには野趣すぎた。  
ラヴァンドはリネンに移す生活の香りなのだ。  
洗われた清潔な布の香り  
乾かした布の太陽の香り  
そんな部類の花だった  
 
「ファルネーゼ様、セルピコです。お部屋に飾る花をお持ちしました」  
セルピコは、両腕で抱える程の白い薔薇の花束をもって  
ファルネーゼの部屋の戸をやっとの事で叩いた。  
「入って」  
ファルネーゼの許しを得て彼女の部屋に入る。  
戸を閉めると、今まで椅子に座っていたファルネーゼは  
顔を隠さんばかりに薔薇を抱えたセルピコに駆け寄ってきた。  
「お前を待っていたわ」  
「早咲きの薔薇です。部屋にお飾りしようとお持ちしました」  
「綺麗、とてもいい香り‥‥。でも今は薔薇はいいの」  
 薔薇の花束が床に落ちた。  
「‥寝室へ連れていって‥‥」  
花を抱くよりも、自分を抱いて欲しいとファルネーゼは  
セルピコの胸に身を寄せるのだ。  
「お言葉のままに‥‥」  
まだ陽は高かった。  
 
‥‥これが女性の肌に溺れるという事なのかと、セルピコは思った。  
彼しか知らない、白くきめ細やかなファルネーゼの肌の熱さ  
甘やかな香りのプラチナブロンドの髪に顔を埋め  
その柔らかい身体を力を込めて抱きしめた。  
「‥‥あ‥‥」  
ファルネーゼは微かに呻いてセルピコの金色の頭を抱く。  
自分の腰に、ファルネーゼの片足が絡みついてくるのを感じた。  
名残惜しく重ねた唇を離し、セルピコは口づけを  
ファルネーゼの耳元へ、首筋へと移していった。  
セルピコの腕の中のファルネーゼの身体がビクンとはねる。  
彼がまろやかなファルネーゼ肩に、甘く歯を立てたからだ。  
「‥‥痛かったですか?‥‥」  
ファルネーゼは即座に首を横にふった。  
「続けて‥‥」  
潤んだ碧の瞳がセルピコを見上げる。  
「‥もっと強く噛んで。昔、私がお前をむち打った様に、私を傷つけて‥‥」  
 
「‥‥‥」  
セルピコは甘く噛んだその痕を指でなぞり  
くちづけ、促されるまま歯を立てた。  
「いいの、もっと強く噛んで!」  
肌に傷をつけぬよう力を加減するセルピコの愛撫に  
ファルネーゼは苛立ち、彼の身体に肌を押しつけてきた。  
 
「‥‥は‥あぁ‥‥」  
細く、甲高い女の悲鳴があがる。  
華奢な女性の腰をきつく抱きしめて  
セルピコはファルネーゼの肩を噛んだ。  
「‥‥っ!」  
ファルネーゼの血の味がセルピコの口腔へ広がるのと同時に  
彼女は達した。  
ファルネーゼはがっくりと全身の力を抜いて  
セルピコの腕に身体をあずけてきた。  
荒い息を吐いてセルピコを見つめる潤んだ瞳。  
まだ身体すら繋げていなかった。  
それでもセルピコはファルネーゼの身体を優しく抱きしめる。  
愛おしかった。  
 
 
 
微風がカーテンを揺らしていた。  
まだ陽は影っていなかった。  
   
「私は、お前がいないと生きていけない」  
セルピコの胸に顔を寄せファルネーゼは囁く。  
「私も、あの雪の日から、貴女が私の全てです‥‥」  
手折られた、白い百合の花束の様なファルネーゼを  
胸に抱いてセルピコも返した。  
「そう言ってくれるのね‥」  
 
「お兄様‥‥」  
 
ぽつりとファルネーゼは呟いた。  
 
 
終  
 

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