「……なんで、こんな気持ちになるんだろう」
大きな帽子の鍔を弄びながら、シールケが呟く。
その前でふわふわ浮いていたイバレラが、左手を腰に当て、右手をシールケに突き出した。
「それは、すばり――恋よ!」
「〜〜〜〜!」
ズバ恋を指摘されたシールケは、イバレラを帽子で捕まえ、きょろきょろと辺りを見渡す。
ここは静かな海岸線。
お馬鹿なイシドロが波に向かって突進し、あえなく押し返されている。他の皆は思い思いの場所で休憩しており、ガッツはひとり、岩陰の方へ向かっていた。
その逞しい後ろ姿を見送りながら、シールケは唇を噛む。
(どうして、あの人に……)
こうも惹かれてしまうのか。
年齢も違う。住んでいる世界も違う。
ガッツは平穏の対極に位置する危険な男だった。人間の身でありながら、幽界〈かくりょ〉の暗部に半身を宿し、それでも生きながらえている。
限界まで鍛え抜かれた鋼の身体。
揺るぎのない精神。
そして、おどろおどろしい武具の数々。
自分に対しても他人に対しても厳しいが、時おり――本当に稀ではあるが――優しさを見せてくれることもある。
自分の心の奥底に芽生えた気持ちに対して、シールケは嘘をつけなかった。
(確かめてみよう。あの人と向き合って)
イバレラを帽子の中に残したまま、シールケは駆け出した。
「いいもんだな、こういうのも……」
シールケの気配を察したのか、ガッツは振り返りもせずに言った。手ごろな岩に腰をかけ、穏やかな海岸線を何とはなしに眺めている。
乱れた呼吸を整えながら、シールケはガッツが座っている岩の正面に回り込んだ。
「あの、ガッツさん……」
口に出した途端、次の言葉を失った。
確かめる? どうやって?
相手の気持ちはこちらに向いてはいない。不本意ながら、子供だと思われているだろう。こんな状態で、何を確かめるというのだろうか。
「どうした?」
「え、いえ……その……」
シールケは極度の緊張から顔を赤らめ、もじもじと杖を弄んでいる。
その様子を見て、ガッツは我が意得たりと頷いた。
「分かったよ。この場所は譲ってやる。岩に囲まれて、ちょうどいいからな」
「? 何のことですか」
「便所だろう? 砂を掘って埋めちまえ」
……便所? 埋める?
「――ち、違いますっっっ!」
シールケは絶叫しながら杖を突き出した。
ゴチン!
確かに、旅の途中で用を足すことは――特に女性にとっては大きな問題である。ここは海岸線で、身を隠す場所も少ない。ガッツの言う通り、ちょうどいい場所ではあるだろう。だからといって、こんなデリカシーのないことを面と向かって言われるとは思わなかった。
「わたしは! そのっ! あなたとお話がしたかっただけで――!」
恥ずかしさのあまり涙を浮かべてしまったシールケだが、はっと気付いた。
岩に腰をかけているガッツが、虚ろな眼をしている。
「あっ!」
しまった。とっさのことで魔術を使ってしまった。
シールケには人の精神を混乱させる力がある。といってもごく微弱なもので、すぐに解けてしまうのだが。
「あの……ガッツさん?」
「なんだ?」
ガッツは力なく答える。相変わらず虚ろな瞳で、気だるそうだ。
シールケはごくりと唾を飲み込んだ。
今のガッツは、自分の言葉に逆らうことができない。