また、雨だ。
濡れた髪に頬を埋めながら、外の雨音を聞いていた。
この髪の匂いには、常に雨の記憶が付き纏う。冷たく沈んだ雨。彼女の冷えた肌によく似た、指先に吸い付くような感触の記憶だ。
「何を、考えているの」
微かに振り向きながら彼女が囁く。尤も背中側から抱き締められた体勢では、髪がくしゃりと歪んだだけに過ぎなかったが。両手に包んだ乳房が手の中で僅かにたわむ。至近距離に響く呼吸は弾んでいるのに、声だけは低く端正だ。こんなところまで、彼女は冷えている。
「いや。何も」
耳元で囁き返して、また金色の髪に顔を埋める。指先で膨らみの頂点を軽く捻ると、抱き締めた腕の中の細い体が小さく跳ねた。
「変わらないのね、あなたは」
吐息のように彼女が言う。
「指の癖が?」
「全部、何もかも」
それが善いことなのか悪いことなのか、どちらの意味も滲ませない。冷静で、平板な声。
「……変わったよ。多分な」
同じように静かに、応える。
離れていた年月の分だけ、体は歳を重ね、僅かにだが確かに衰えた。腕の中の彼女も、以前より柔らかく崩れた輪郭になり、弾き返すような乳房の張りは纏わり付く緩やかさに変わっていた。
肌の冷たさだけが、変わらない。その白さに相応しい、滑らかな低温。どんなに激しく乱れても、薄い汗に塗れても、ひんやりした感触を失わない肌。
触れる度に苦しくなった、あの頃の肌のままだ。
目の前の項に唇を寄せ、丁寧に舐め上げる。薄く冷たい耳朶を噛む。雨の味、雨の匂いだ。長いこと雨の中に立っていたから、拭き取ったぐらいじゃ落ちやしない。
そうだ、さっき脱いだ服は、情事が終わるまでに乾くだろうか。
そこまで考えて、苦い笑いが込み上げた。
ああ、……どうだっていい。雨に濡れた服を乾かさなければなんて、ありふれた口実だ。
お互い分かっているのだからいい。これは儀式だ。何処へも辿り着かない階段を、駆け上るための第一歩。
「あ、」
右手を脚の付け根に潜り込ませると、彼女が小さく鳴いた。そのまま指で押し開き、緩やかに擦る。湿り気が絡み付き、雨の記憶がまた過ぎった。
「……ん、ああ、」
途切れ途切れに、息が零れる。初めはゆっくりと、次第に早く張り詰めて。それでも、声は静かに冷えている。
彼女の冷ややかな声が崩れるのは、最後の一瞬だけだ。初めての時から、ずっと。いつもとは違う、頼りなげに潤んだ細い声を、ほんの一瞬だけ漏らす。まるで、覆い隠されていた熱いものを胃の腑から吐き出すかのように。
その時だけ、彼女を本当に捕まえられた気がした。
「……あ……っ」
軽い絶頂に強張った体を支えてやりながら、その声を思い返している。
もう一度、聞きたい。注意深く隠されていた彼女の熱を。
「続けるぞ」
焦りはない。ゆっくり濡れて、沈んでいけばいい。そして霞んだ意識の中で、雨の音を聞くのだ。その時にしか聞けない、多分もう二度と聞けない、彼女の切なげな声と共に。
おわり