金が足りない。それがジェットの座右の銘だ。  
いつものの事だと言えば言えるが、今月こそは限界だ。  
未払い分の各種請求は言うに及ばず、それ以前に船の維持費すら危うい。  
「あぁら。冴えない男が一人寂しくお金のやり繰り? せつないわぁ」  
いつの間にかフェイが帰って来ていたようだ。  
「…他人事じゃねえぞ。船を手放すかどうかの瀬戸際だ」  
随分と楽しげな声に、ジェットは振り向く気力も無い。背後で何やらゴソゴソと動き回る  
フェイの気配が気になるが、そんな事に構う余裕は無かった。  
かつての相棒がいなくなった今、手に負える仕事の幅も狭まった。稼ぎは減る一方だ。  
エドが船を降り、スパイクが去り。  
食費が若干浮く程度では、その損失はカバー出来ない。  
盛大に溜息を吐き出しながら、ジェットは端末のモニターから目を逸らした。  
もういい。幾ら計算を繰り返しても結果は同じだ。  
「…そういやぁ、フェイ。こないだお前が仕入れた情報だが――」  
ジェットはフェイに振り返り、ギクリと身体を強張らせた。  
フェイの顔は朱色に染まっている。目は僅かに焦点を結ばず、首を傾げるようにして  
ジェットの額辺りに曖昧な視線を投げかけていた。そして階段の手摺に背を預けたその肢体は、  
どういうつもりか何一つ身に付けぬ全裸だ。  
そこでようやくジェットは、リビング全体に漂う酒の臭気に気付いた。  
「フェイ、お前…酔ってんのか!」  
動揺を隠すために端末に向き直る。普段から扇情的な格好をしてるフェイだからその裸身は  
想像通りのものではあったが、実際目にした衝撃は大きい。見てはならないものを見た気分だ。  
何しろ日頃の無節操な変節や理不尽な言動で頭の中をかき回されている身としては、フェイは  
身近な女性というよりも日常的な災害としての意味合いが強く、そういう対象として捉えた事は無い。  
「おいおい、こんな所で脱ぐな。風呂ならアッチだぞ」  
「ねえ、さっき何言いかけたのよ」  
にじり寄ってくる気配。  
 
「仕事の話だ。酔ってちゃ出来ない話だよ。いいからとっとと服着ろよ」  
「あら、じゃ別の話でもする?」  
ジェットの肩に細い手が掛かる。酒精がいっそう強く香る。  
そのままフェイはジェットの背中に自らの身体を押し付けた。密着した張りの良い双丘が押し潰される。  
「お、おい! お前、何してんだ!?」  
「だから、別の話……。こういう話、嫌い…?」  
「俺は今そんな気分じゃ――」  
「そぉ…?」  
背後からフェイの手がジェットの硬い腹筋を撫で、そのまま下へと降りてゆく。  
「じゃあどんな気分なのよ……ココこんなにしちゃってさ」  
吐息のように囁きつつ、フェイの手がなおも進む。  
「ほぉら、こぉーんな…………。……?」  
フェイの手が止まる。当然そこにあるべき怒張が、無い。  
一瞬の空白。 ジェットはフェイの中の何かが切れた音を聞いたような気がした。  
「ア、アンタ何それ!? あたしがここまでしてあげてんのに何の反応もないワケ!?」  
「だ、だから今俺はそんな気分じゃないと…」  
「………インポ?」  
「馬鹿野郎! 違う!」  
「あー、ヤダヤダ。サイッテーの男だわ」  
ブチブチと呪いの言葉を吐きつつ、フェイは脱ぎ捨てた衣服を拾い始めた。  
さすがに罪悪感が強まる。ジェットは立ち上がり、背を向けたフェイの肩に手を置いた。  
「すまん。いや、まあ…いろいろ考えなきゃならん事があってな…」  
最低の気分ではあったし、寝不足と疲労もピークに差し掛かってはいた。  
だが正直なところ、「そんなバカな」という驚きが不意な不能の直接の原因だろう。  
酔った勢いが大半を占めるにしても、まさかフェイが自分を「男」として扱うとは。  
「…はぁ。なーんか惨めよね。取り残されたのが二人して必死こいちゃってさ、それでも  
どうにもなんないじゃない。たまに慰めあったって、バチは当たらないと思うけど?」  
「……ああ。そうだな…」  
「アンタがそんなんだから、あたしだって……」  
「…すまん」  
フェイは俯いて肩を震わしている。数瞬、沈黙が流れる中、ジェットは暫し躊躇した。  
 
背中を抱きしめてやるべきなのだろうか。きっと、そうなのだろう。  
と、フェイがくるりとジェットに向き直った。  
潤んだ瞳。青ざめた顔色。そして大きく張り詰めた、頬。  
「……おい、フェイ?」  
「…んうっ」  
「……!? おっ、おいよせ! こんなトコで吐…」  
「ヴッ、ヴぉぉえぅww(表記不能)」  
 
 
リビングには、まだ微かに吐瀉物特有の匂いが残っている。  
ジェットはいくら眠ってもスッキリしない頭を振りながらキッチンに立った。  
(冗談じゃねえぜ…)  
結局あれから。  
フェイは胃液とアルコールのカクテルをたっぷりと吐き出し、それでも吐き足らなかったのか  
バスルームへと逃げ込んだ。呆然もつかの間、ジェットはすぐさま後を追ったが、空の湯船に  
突っ伏したままフェイは安らかな寝息を立てていた。  
ジェットはリビングの掃除を済ませ、どうにでもなれとばかりベッドに倒れこんだ。  
目覚ましのアラームは解除しておいた。惰眠を貪る暇は無いと解ってはいるが、身体の欲するまま  
盛大に眠った。数字と裸の女の夢を見たような気がする。  
ぼやきながらでっちあげたチンジャオロースをリビングに運ぶと、バスローブ姿のフェイが呑気に  
氷水など飲んでいた。バスルームで目覚めたついでに一風呂浴びたらしい。  
 
「おはよ」  
「んん。…食うか?」  
「…相変わらず肉抜きなのね」  
「そのうちピーマンとタケノコも抜きになるぞ」  
あれだけ深酒をしておきながら、妙にサッパリした風なフェイ。ジェットは素面でいながら宿酔いの  
ように疼く頭をつるりと撫で上げた。この差は何なのだ。  
「ねえジェット。昨日さあ…」  
「…んん?」  
「昨日さあ…飲みすぎてなーんにも覚えてないんだけど、帰って来てあたし…何かした?」  
「………」  
ジェットはフェイの顔を盗み見た。そこに、いつもの不遜な表情は無い。  
覚えていないのなら、それでいい。ジェットは何か、救われたような思いだ。  
「大変だったんだぞ? 帰って来ていきなりここでゲロぶちまけたと思えば、それ放ったらかしにして  
風呂場で寝ちまうしよ。是非ともクリーニング代を請求したいところだね」  
「…それだけ?」  
フェイはジェットの顔を凝視した。何か言いたそうな表情がジェットの神経を逆撫でする。  
「それだけたぁ何だ。充分だろ。人が吐いたもんを片付ける身にもなれよ!」  
「…アンタってやっぱり損な性格ね」  
「何がだよ?」  
「ナンでもないわよ」  
フェイは立ち上がり、得意げな表情でジェットを見下ろした。  
 
「それより、アンタの口座にお金振り込んどいたから。ありがたく頂戴しなさい?」  
「え、本当か!」  
ジェットは慌てて端末のキーを叩く。自分の口座を確認すると、確かに残高が増えていた。  
フェイが独自に追っていた首の賞金全額だ。  
「おい、いいのか? お前一人で捕まえたんだ、全額お前の…」  
「いいわよ、別に。今回は預けとくわ。この船がないと困るもの」  
フェイはジェットの頬を両手で挟みこみ、顔を寄せた。  
「な、なんだよ」  
「この船はあたしの家なんだしね」  
「俺の船だぞ?」  
「だから、でしょ?」  
フェイの唇がニィッと笑みをかたどる。ある種の肉食獣を思わせる、魅惑的な微笑み。  
「昨日の続き…」  
「フェイ、お前やっぱり――」  
覚えてたのか、と言いかけたジェットの口を、フェイの柔らかな唇が覆う。舌が執拗に絡みつく。  
 
ピーマンの香りがした。  
 

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