薄暗い部屋。カーテンの隙間からベッドに差し込む陽光が、宙を舞う埃を照らし出している。  
フェイは上体を起こし、サイドテーブルの煙草を引き寄せた。一瞬の躊躇の後、手に取った  
煙草をテーブルに戻す。指や舌や唇に残る柔肉の感触が、掻き消されてしまうと思ったからだ。  
「すわないのー?」  
甘い余韻に蕩けた声。肩越しに振り返ると、エドが鼻をヒクつかせながら笑っていた。  
さすがに嗅覚は敏感になっているらしい。  
「…ん。やめとく」  
同じベッド、何一つ身に纏わぬまま隣りに横たわっているエドに、フェイは暫し見蕩れた。  
褐色の肌は照明を落とした部屋の中では良く見えない。ただ一条差し込む光だけが、  
汗で濡れた肌を浮かび上がらせている。  
…相も変わらず平坦な身体だ。それでもここ半月、執拗に繰り返される愛撫に刺激されてか、  
まるで平地の如き様相を呈していた胸もなだらかな曲線を描きはじめている。  
エドは快感の絶頂を迎えるたび、こうして全裸のまま暫し脱力する。まるで全身を走る  
快楽の波が引いてゆくのを惜しむかのように。  
 
「フェーイー?」  
エドは顔を真っ直ぐ天井に向けたままフェイに呼びかけた。その小さな胸を荒く  
上下させていた息の乱れも、ようやく収まってきたようだ。  
「…なに?」  
「エドねぇー」  
「うん…」  
エドは顔をフェイに向けた。  
「エドはねー。すぅーっごく、しあわせー!」  
おそらくは満面の笑みなのだろう。あのビバップと名付けられた船での、かつての生活で。  
エドがいつも、そうして笑っていたように。  
あの大きな目。余りにも澄んだ瞳。直視されると、焦燥にも似た胸の高鳴りを感じさせられた。  
きっとエドは世界そのものを愛していたのだろう。フェイには望むべくも無いものだった。  
人知れずフェイの胸の底を絞め続けたあの瞳は、今はもう、無い。  
「フェイはねー、やわらかぁーくてイイにおいでー、いっしょだとしあわせー」  
「…そっか。幸せだなんて言っちゃうんだ…」  
フェイは頭を振って沈鬱する気持ちを追い払うとベッドから起き上がり、床に脱ぎ捨てておいた  
下着を拾い集めた。自分の分と、エドの分。  
「ホラホラ、いつまでもボへッとしてないで。アンタ汗っかきなんだから、ちゃんと拭かないと  
臭くなるのよー? 拭いたげるからサッサと起きて」  
そう言いつつも、フェイはエドの半開きの口を己の唇で塞いだ。  
エドとフェイの、柔らかな舌が絡み合う。始めは優しく。少しずつ強く。  
 
「ん…んー…」  
しがみつくように、エドの細長い両腕がフェイの頭を抱き込む。こうなるとエドは、  
なかなかフェイを放そうとしない。フェイの口腔を長い舌で執拗に貪る。  
こくり、こくりとエドの喉が鳴る。口内に流れ込んでくるフェイの唾液を舌を絡めながら  
飲み下すのは、エドにとって喩えようも無い愉悦だ。  
互いの舌を呑み込むかのような接吻を続けながら、フェイは閉じていた目を見開いた。  
すぐ目の前には白い色彩。エドに顔を寄せると必ず香る、消毒液の匂い。血の匂い。  
エドの両目は白い包帯に覆われている。否、包帯が覆っているのは[かつて両目があった場所]に  
過ぎない。その下にはもう、目など。  
(包帯も替えなきゃ…)  
顔をすり寄せ合う度に包帯は緩んでゆく。覆われていた傷跡が、少しずつ露呈してゆく。  
フェイはたまらず、再び目を閉じた。自分にはそれを直視する義務があるとわかっていながら。  
 
未だにフェイは夢に見る。あの日のエドを。  
苦痛に満ちた、獣のような叫び声を。  
 
忘れるはずも無い。  
エドの目を潰したのは、自分なのだから。  
 
 
フェイの記憶では、事の始めは酒の席での下らない口喧嘩だった。  
喧嘩の火種が何であったのかは思い出せない。いずれどうでも良い事だったのだろう。  
スパイクに何か、決定的な一言を言われた覚えがある。言ってはならない類の言葉だ。  
フェイは怒りに任せて銃を抜いた。のみならず、撃った。  
本気で当てるつもりは毛頭無かった。スパイクもそれは承知していただろう。  
口論をお開きにする儀式のようなものだ。現に、それまでも幾度か同じ事をしてきたのだ。  
ところが、やはりフェイは酔っていたのだろう。スパイクから狙いを外した銃口の先には  
エドがいた。  
エドは反射的に身を捻ったが間に合わず、結果、フェイの放った銃弾はエドの目を横薙ぎに  
抉ってしまったのだ。  
激痛に跳ね回るエド。それを押さえつけるスパイク。ジェットは通信機に駆け寄った。  
エドの血が飛び散る。真っ赤に染まった顔に、大きく開かれた口腔だけがポッカリと黒い。  
スパイクが何かを怒鳴っている。それが自分に何かを要求するものだとは解るのだが、  
それが何であるのかが理解できない。  
フェイの耳に響くのはただ、エドの悲鳴。苦痛に満ちた、獣のような叫び声。  
 
呆然自失のフェイが己を取り戻した時、船にはスパイクしか残っていなかった。  
リビングに飛び散った血をモップで拭き取っている。  
「………エドは…?」  
応急処置後、最寄の港に急行。ジェットが付き添って病院に担ぎ込んだとスパイクは説明した。  
その後ジェットから、命に別状は無い、と連絡が入ったと言う。  
「……あたしが撃ったのよね…?」  
見れば自分の手は銃を握り締めたままだ。どれ程の時間、こうして突っ立っていたのだろう。  
部屋で寝てろ、そうスパイクは言った。それまでに聞いた事も無い、優しい声だった。  
 
エドはそのまま船から降ろす事になった。失明しては賞金稼ぎは出来ないし、あんな船では  
養生もままならない。フェイはエドの面倒を見る為に部屋を一つ借り入れた。付きっきりで  
いなければエドは、こんな世界では生きていく事すら出来ないだろう。  
エドはフェイを一言も責めない。それどころか、失くした目など初めから無かったかのように、  
耳と鼻を頼りに今まで通りに振舞おうとした。  
憎まれるべきなのだ。  
フェイは幾度と無く繰り返した。もし誰かが戯れに撃った銃弾で自分が失明などしたら、憎んでも  
憎みきれない。それが正常な反応であろう。  
憎まれるべきなのだ。  
憎まれて。  
罵られて。  
打ち据えられて。  
お前が悪い。お前のせいだ。お前のせいでこんなにも苦しんでいる。  
重ねて呪詛を吐きつけられ、ようやくフェイの罪は確定する。あとは償えばいい。  
いずれは自分で自分を許す事もできるだろう。自分とて苦しんだのだから、と。  
しかし、エドは責めない。フェイ自身が自分を責める度、エドはフェイにすがりつき。  
 
憎いはずない。  
憎くなんてない。  
フェイは悪くない。  
こんなのただの事故。  
避けられぬ自分が悪い。  
わざと撃ったんじゃない。  
目が見えなくても困らない。  
音も聞こえるし匂いも感じる。  
フェイが一緒ならエドは楽しい。  
エドは心の底からフェイが大好き。  
大好きなフェイと一緒でとても幸せ。  
だからフェイは自分の事責めちゃ駄目。  
エドはフェイの事を悪く思って無い。  
フェイはいつも元気でなきゃ駄目。  
エドの事なんかで悩んじゃ駄目。  
いつも偉そうでなくちゃ駄目。  
いつも笑ってなくちゃ駄目。  
フェイが泣いたらエドも。  
エドだって悲しいから。  
でもフェイが笑えば。  
エドも笑えるから。  
だけどフェイが。  
エドのせいで。  
 
支離滅裂なエドの哀願。だが、フェイを案じるエドの言葉に偽りは無いだろう。  
それがより強く、より強くフェイを苦しめる。  
エドの、あの間延びした歌のような口調はもう聞けない。沈んだ声で話すようになった。  
一日中何をするでも無く、窓から差し込む陽光を避けるように部屋の隅に転がっている。  
姿の見えない世界など、既に愛せるものではないのだろうか。  
そんなエドを独りにする事は出来ない。賞金稼ぎなどは廃業、フェイは比較的安全な仕事を渡り歩いた。  
賃金などは安くてもいい。エドのいる部屋へ、必ず帰る。  
夜空は見上げるだけの場所になってしまった。もう大金やロマンスを求めて飛び回る事はないだろう。  
エドの世界が閉じられたように、フェイの世界も狭まっていく。  
 
 
深夜。フェイは、突然のエドの絶叫に跳ね起きる。  
エドは決まって、夜中に目を覚ます。フェイがいなくなった夢を見るのだという。  
見開く目を持たぬエドは、眠りから覚めても夢の中から抜け出せない。フェイ、フェイと  
呼びながら宙を掻き毟る。フェイを探しているのだ。  
フェイにきつく抱きしめられて、ようやくエドはそれが夢であった事に気付く。  
毎晩の事だ。フェイはもう慣れてしまった。しかし。  
おそらくエドは確信しているのだろう。いつしかフェイが自分を見捨て、去ってしまうと。  
そしてその日が来るのを、今か今かと慄いているのだ。  
本心を見透かされているのかも知れない。フェイは総毛立つ思いだ。  
エドを見捨てるつもりは無い。ただ、自分は今の生活に深く倦んでいる。エドはそれを  
敏感に察しているのだろう。  
どうすれば良いのか。このままでは駄目になる。  
再び寝入ったエドの髪を撫でながら、フェイは考える。一つだけ、古典的な方法を思いついた。  
エドを安心させる為にはそれも良いのかも知れない。失明した事によってエドの内面が変わって  
しまったように、心は身体に従うものなのだから。  
 
「…フェイー?」  
あくる朝。フェイにとっては久し振りの休日。いつもならフェイにピッタリ付いて来る  
エドだったが、この日は妙に距離を開けていた。  
「フェイはー、エドのこといらないー?」  
エドはフェイがいるであろう方向に顔を向けた。  
「エドはひとりでもへーきだよー? だからー…」  
見捨てられても大丈夫。これからはフェイの好きなように…と、エドは言いたかったのだろう。  
「…だから、何?」  
頭上からの声に遮られた。予想外の方向に、エドはギクリと身を堅くする。  
「何よ? 見捨ててくれてもイイって事? アンタふざっけンじゃないわよ!」  
フェイは背後からエドの頬を掴み、左右に引っ張り上げた。  
「ふぇいー、いひゃーいー!」  
「あー、ヤダヤダ! 人が頑張って世話してやってんのにいつまでもピーピー、ピーピー泣き言いって!  
自分でやっといてナンだけどね、目ェ見えないくらいで悲劇のヒロイン気取ってんじゃないわよ!」  
「ふぇ、ふぇーいー!」  
フェイは頬から手を離し、エドの身体を抱き上げた。その軽い身体をベッドまで運ぶ。  
「…ったく。人の事気にかけるなんて10年早いのよ。アンタ今そんな余裕ないでしょ?」  
仰向けのエドの頬を撫でる。服を脱ぎ、エドの小さな身体に覆い被さるように、フェイもベッドに身を預ける。  
「だいたいアンタ、人生投げるには早すぎるわ。まだ知らない事ばっかりじゃない」  
「……?」  
「身体が心の傷を埋める事もある…って、言ったって解んないわよね」  
フェイは妖しく微笑んだ。  
 
「舌、出して」  
エドの顔を両手で押さえ、フェイは顔を寄せた。エドの吐息は先程飲んだミルクの香りだ。  
「…なに…するのー?」  
「いいから、舌出して」  
エドは言われるままに舌を出した。長い舌だ。  
「いい? そのままにしてるのよ…」  
フェイはエドの舌を、ちゅるっ、と口に含んだ。驚いたエドはシャックリをするように舌を引っ込める。  
エドの頬がいっそう赤みを増した。見えなくても、何をされたか解らないはずは無い。  
「そのままって言ったでしょ? ハイ、もう一度舌出して」  
躊躇いつつ、再び舌を出すエド。フェイが吸い付き、舌を絡めあう。微かに水が撥ねるような音が響く。  
しばらくして、フェイは顔を上げた。つい、と引く唾液の糸を指で断ち切る。  
唇を半開きにして荒い息をつくエド。裸の肌を隠すのも忘れている。フェイは何か、嗜虐的な衝動が  
胸を掠めるのを感じた。  
「キスしたの、初めて?」  
「…はじめて〜……」  
「…そっか。じゃあ、ここから先も初めてよね……」  
フェイは上体を起こし、エドを見下ろす。  
 
まったくと言っていい程、ふくらみの無い胸。虫刺されの跡の如き乳頭が僅かに存在を主張している。  
視線を下げる。いつも剥き出しにしている臍を撫でる。ぴくん、とエドの身体が跳ねる。  
更に視線を下げる。と、フェイの絡みつくような視線を感じたのか、エドは膝を立てて両脚を閉じた。  
「…前はしょっちゅうネットで遊んでたんだから、まったく知らないワケじゃないんでしょ?」  
だからこそ、エドの両脚に力が入る。フェイはエドの両膝に手をかけたが、開かせようとはしない。  
そのまま肉付きの薄い腿を優しく撫でる。  
「いい? アンタはねぇ…。さっきあたしに、出てけって言ったのよ?」  
「い、いってないよー?」  
フェイの指が内腿に滑り込んだ。エドの脚が僅かに緩む。  
「言ったのよ。自分の事はほっといて、何処へでも好きなとこ行けって。そういう事でしょ?」  
手が両膝に戻る。フェイは錯乱気味な程の気の高ぶりを感じた。  
何か変だ。エドに性的快楽による肉体的な満足感を与えてやる、ただそれだけのつもりだったのに。  
「だから、二度とそんな事言えないように……直接身体に教えてあげるわ」  
グイ、と両膝を開かせる。抵抗はほとんど無かった。  
「このあたしがどれだけアンタの事、愛してるか……嫌ってほどね…!」  
 
 
(ああ、まだ一ヶ月も経ってないんだわ……)  
エドの包帯を交換しつつ、フェイは暫しの回想から覚めた。  
エドの失明。あの暗鬱な暮らし。  
捨てられる事を覚悟したエドと、それを慰めようとした自分の行為。  
その最中に見出した、思いもよらぬ自分の性癖。  
今まで、今一つ男との恋愛に本気になれなかったのは、莫大な借金を背負わされかけた  
あの苦い経験のせいかと思っていた。  
しかし、初めてエドの肉体を篭絡した日の、あの極度の興奮。結局自分はそういう性癖を  
持つ女だったのだ。  
昼夜を問わず、フェイはエドの未発達な身体を貪った。当初は確かにエドを慰める為でも  
あったのだが、最近では自らの情欲のままにエドをベッドに引きずり込む事の方が多い。。  
もうどうでもいい、そう思ったのだ。罪悪感など疾うに薄れた。エドだって悦んでいる。  
第一、エドへの愛情のようなものだって、確かに存在する。何の問題があろうや?  
そのエドはかつての自分を取り戻しつつあった。あの調子の外れた歌のような話し声も、  
今では存分に聞かせてくれる。  
「…まあ女って、愛されてるって実感があればどこまでも付け上がるもんだしねー」  
「なぁーにー?」  
「なんでもないわよ。ハイ、出来た」  
「かーんせーい!」  
包帯の扱いにも随分と慣れた。エドはパタパタと走ってベッドに倒れ込む。既にこの部屋の  
家具の配置は頭に入っているらしい。と思えば、すぐさま寝息を立て始めている。本調子だ。  
フェイは眠るエドを眺めた。なんとなく溜息が出る。  
フェイが仕事に出ている間、エドは一人、この部屋で何やら遊んでいるらしい。フェイが帰れば  
帰ったで、よく食べ、よく話し、身体をすり寄せては甘えてみせる。  
さながら盲目の子犬だ。フェイは気付いた。この関係はペットと飼い主だ。もはやフェイは、自分が  
エドを人間として扱っているのかすら自信が無い。  
 
いや、自信などを問う必要は無い。エドはペット、自分は飼い主。ペットをどう扱おうと、それは  
飼い主の自由だ。それで二人が満たされているのなら、それでいい。  
あの顔に刻まれた傷跡は、フェイが刻んだ刻印だ。この心地良い、淀んだ世界を保つ為の。  
エドの世界はこの部屋だけ。自分にとってもそうだとフェイは思う。ならばこのままでいい。  
このまま、なるようになるまで。いつかこの世界が壊れるまで……。  
 
呼び出し音が鳴り響き、フェイの意識は引き戻された。夢か現か、何かとてつもない妄想を  
していたような気がする。鳴っているのはフェイの携帯だ。  
「ハァイ、誰?」  
『おう! 俺だ! 聞こえるか、フェイ!』  
通信をかけてきたのはジェットだ。何やら酷く息巻いている。  
『最近話題の某財閥御曹司殺し……知ってるだろ?』  
「なにそれ?」  
『…知らねぇのか? まあ…無理もないな…。まあいい、とにかく大物だ』  
「ふーん…そうなの」  
久し振りに聞いたジェットの声。それに喚起されて、エドの目を奪った日の情景が蘇る。  
これだけは一生忘れられないだろう。  
「で、それがどうしたのよ」  
『…察しの悪い奴だな。捕まえたんだよ、俺とスパイクでな!』  
「へえー、やったじゃない。まあ今のあたしには縁の無い話よね」  
『…おい、フェイ。らしくねぇな。俺は今、賞金の話をしてるんだぞ?』  
賞金。懐かしい響きだ。フェイの脳裏に何かが走る。忘れていた感覚。金の芳香。  
「しょっ、賞金って、幾らよ…?」  
『大物だって言ったろ。150,000,000ウーロンだよ!』  
「いちおくごせんまん……」  
雷鳴が轟いた。  
「一億五千万ウーロン!?」  
 
エドの眼球は義体技術によって再生された。生体義体などという、フェイには良く解らない話だ。  
余った賞金で、崩壊寸前のビバップ号も多少は補修されたようだ。  
フェイとエドは再びビバップ号に乗る事になった。なるべくしてなった結果と言えるだろう。  
「…おい。なんでまた肉抜きチンジャオなんだよ!?」  
「仕方ねぇだろ! 機関部に手ぇ入れちまったんだ、賞金なんざ幾らも残らねぇんだよ!  
食えるだけでもありがたいと思え!」  
「ありがた〜い!」  
目の前の光景を、フェイは半ば呆然と眺めていた。ぼやくだけで何もしないスパイク。  
ジェットの手料理。エドは何が楽しいのか、いつでも笑顔だ。  
フェイはそっとリビングを抜け出し、部屋に戻った。自分にあてがわれた船室は、船を降りた  
その日のままに残してあった。  
夢、だったのかもしれない。フェイはそう思う事にした。  
隠された性癖。飼い主とペット。盲目の子犬との爛れた幸福。余りにも異様な日々だった。  
そう、夢であった方がいい。エドだってそう思ってくれる筈だ。  
フェイはベッドに沈み込んだ。こんなに安心できる眠りは久し振りだ。あの日のエドの、  
悲痛な絶叫も血塗れの顔も、もう浮かんで来ない。  
すべては、夢。この話はそれで終わり。  
 
 
「フェーイー?」  
誰かに揺さぶられている。  
「フェイー、おーきてー? フェーイー!」  
一瞬、絶望にも似た思いで目を覚ます。150,000,000ウーロン? そんな都合の良い話があるものか。  
もう嫌だ。こんな日々には耐えられない。エドの声が。エドの目が。  
フェイは目を開いた。エドと視線が合う。義体と言えども、以前のエドと何ら変わりは無い。  
「……なに?」  
覚醒の瞬間、何か嫌な夢を見たのかも知れない。もう全て解決したと言うのに。  
「……フェイねぼけてるー」  
「ん…どっちが夢なんだか、わかんなくなっちゃって」  
エドがベッドに這い上がって来た。  
「……?」  
エドの手がフェイの頬を挟み込む。上気した顔が寄せられる。  
「べーってしてー」  
「………」  
言われるままに、フェイは舌を突き出した。エドの唇がそれを啜り込む。  
執拗に吸い付くエド。たっぷりと時間をかけ、ようやく解放される。  
「エドはねー、メがなおったらこーしよーってきめてたよー」  
「……え?」  
「フェイがしてくれたコトぜーんぶ、オカエシー!」  
「ちょ、ちょっと待ってよ。アレはホラ、夢っていうか、あの時だけのコトで――――」  
「だーめー!」  
 
さすがに夢では、終わらない。  
 

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