エドの大きな口がサクランボを頬張る。三つ、四つを一口に。
下顎が上下左右に忙しなく動く。口の中では長い舌が舞い踊っているのだろう。
「ぅべぇ〜」
舌を突き出し、その上に乗せたサクランボの茎を見せる。一つひとつ、緩く結ばれていた。
茎をテーブルの上に吐き出し、皿に盛られたサクランボに手を伸ばす。
「…器用な奴だな」
スパイクは果実を一つ指で弄びつつ、その張りの無い表面を見つめた。
とある運輸業者の配送ミスで冷凍庫に死蔵されていた処を、ジェットが安く買い叩いたものだ。
向かいに座るエドは喜んで食べているようだが、何処とも知れぬ倉庫の片隅で15年も凍り付いて
いたものを、スパイクはどうしても口にする気になれない。
エドがまた茎を吐き出した。五本の茎が、それぞれ結び目の輪で連結されている。
「それは何か、意味があんのか?」
茎の輪を顎で指して問う。まともな返答など期待していなかったが、エドは口の中に溜め込んだ
種を吐き出しつつ言った。
「チューのれんしゅーだよー」
「ちゅう?」
何やら解らず訊き返そうとするスパイクの声を、リビングのドアのスライド音が遮った。
「エドー? あ、いたいた」
フェイだ。紙袋を抱えている。
「甘ぁーいのあるけど食べる?」
「わぁーいあまいのチョーダーイ!」
跳ね上がり、フェイに駆け寄るエド。ベッタリと貼りつき、そのまま出て行ってしまった。
「……なんだ、ありゃ」
ある種の違和感のようなものを覚えたが、そこでスパイクの興味は急激に醒めた。女同士、
仲が良ければあんなものだろう。
フェイ達と入れ替わりに、ジェットがリビングに入って来た。来るなりテーブルの上を見て
眉を顰める。
「おいおいスパイク。喰ったもんぐらい片付けろよ」
「俺じゃねえよ」
「じゃあエドか。……ん?」
ジェットがサクランボの茎の輪に気付いた。指で摘み上げる。
「…古風な事やってやがんな」
ジェットは結び目の出来た茎をスパイクの目の前に掲げて見せた。
「サクランボの茎を口の中で結ぶんだ。出来る奴はキスが巧いってな。昔から言うだろう?」
「…なんでサクランボなんだよ」
「そこまでは知らねぇよ」
「…くだらねえ」
スパイクはドサリと勢いを付けてソファに横たわった。こうなるとこの男は、もう動かない。
もはやリビングの風景だ。
「なあ、スパイク…。あいつ等、少し変じゃねぇか?」
「あいつら…って誰だよ」
「フェイとエドだよ!」
ジェットは苛立ちを声に出した。全くコイツは、気が乗らないと解りきった事を尋ねて来やがる…!
「そーかあ? 仲がいいってだけだろ」
「仲がいいどころじゃねぇぞ。エドの奴、前は階段の下とかそこらの隙間とかで寝てたってのに、
最近はずーっとフェイの部屋で一緒に寝てるみてぇだしよ」
「そこらの隙間で寝るよりずっといい」
「フェイだって何やら浮かれっ放しだ。様子が変だと思わねぇかよ?」
「……フェイと言やぁ、こないだ―――」
ようやく話題に興が乗ったのか、スパイクは身体を起こした。
「そこんとこの通路をよ、本読みながら歩いてんだ。コッチに気付きもしねえ。何をそんなに
熱心に読んでんのか見てみたら…」
スパイクの気だるい口調に嘲笑が混ざる。
「―――オンナのツボ教えます! ベッドマスター超絶秘戯88! …ってヤツでな」
「……そりゃあアレか、ソッチ方面のヤツか? 女が読むもんじゃねぇな」
「男に相手にされねえからって、女に乗り換えたんじゃねえか?」
再び横になるスパイク。ジェットは腕を組んで唸った。
チューの練習。オンナのツボ。88の超絶秘戯…。
「…あいつ等まさか、妙な事になってやしねぇだろうな……」
深刻に溜息をつくジェットに横目の一瞥をくれて、スパイクはごろりと背を向けた。
「別に珍しかねえだろ? 男にだって、男が好きって奴は多いだろ」
「そりゃそうかも知れねぇが、エドはまだ子供だぞ」
「…子供が好きってのも多いぜ?」
「だからよ! 今現在、身近な処でそういう事が…」
「だとしても、俺達には無関係な話だ。少なくとも俺には関係ねえよ」
話は終わりだ。そう言わんばかりに、スパイクは口を閉ざす。ジェットは胸に溜め込んだ息を
一気に吐き出して、己の禿頭に手をやる。
…まただ。楽しそうにしてる奴、無関係無責任を決め込む奴の中で、また自分一人が頭を悩ませている。
どうしていつも、こう振り回されてしまうのか。一銭にもならぬと言うのに。
それが全て、目の前の物事を自分一人で抱え込んでしまう己の人格によるものである事を、
いつもジェットは気付かない…。