「あ……ん…っ…ぁ…」  
ミミコは時折体をふるわせながら声をあげていた。  
深夜3時、と言った時間だろうか。  
部屋にはミミコとジローしか居ない。  
テーブルにはまだワインが残っているグラスが二つ。  
そばの椅子に二人は座っていた。  
ジローが席を立ち、屈みこむ様にしてミミコの首筋から血を吸っていた。  
 
血を吸われながらミミコは考えていた。  
月に一度のジローさんへの「お給料」の日。  
ジローさんと二人で飲んだいつもより少し強いお酒。  
ほんのりと酔い始めた頃軽く  
「今日は首から吸ってもいいよ」と言ってみたのがいけなかった。  
普段の指から吸われるのとは全然違う気持ちよさだ。  
おかげで三分という時間も言い出せない。  
…まあ良いかあ…気持ちいいし  
 
ってなっ 何あたし気持ち良いとか考えて…!駄目よ駄目。こんなんじゃお嫁にいけな…  
左の方をちらりと見るとジローさんの黒髪が見える  
綺麗だなあ…。  
お風呂になんか入ってないだろうけど良いにおいがする。  
今の自分の状況を忘れてあたしはくす、と微笑んだ。  
ジローさんがそれに気付いたのか、ほんの少しだけ牙を深く埋めた。  
「ふぁっ!んぁ…ん…っ」  
びくっと体をふるわせてあたしはまた声をあげた。  
 
我ながら恥ずかしい声だと思う。  
コタロウ君が起きてきちゃうかもしれないし…と何度か声を出さないように頑張ってみた。  
…が それがかえってジローさんを喜ばせているようだった。  
その度にさっきみたいに牙が深く埋められていくだけだ。  
ああもう、これじゃいい様に扱われてるだけじゃない。  
「ジローさんやめて」とでも言おうか?いや、それはいけない それじゃ今までと何も変わらない。  
色々と策を巡らせるも、その間にもジローさんはちゅー、と血を吸っていて 何だか考え事がし難い。  
とりあえずジローさんに止めてもらわない と…。  
あたしは血を吸われたままジローさんの耳元に口をよせた。  
「っはぁ… ね?も、もう終わり。時間過ぎてるんだから…っ」  
自分の声とは思えないほど甘い声が出る。  
どうしよう煽っちゃったかもしれない…。  
、と考えているとジローさんが牙を抜いてくれた。  
抜かれた痕から血がたれていく。  
「ふぅ…ジローさん吸い過」  
吸い過ぎ、と言い終わる前にジローさんがあたしを抱き締めた。  
あれ?抱き締め?…まだ吸うの?え?  
目を丸くしているとジローさんの顔が近づいて来る。  
ジローさんの唇が何か動いた気がした 何か…言った?  
聞こえなかった、と言おうとすると唇を塞がれた。  
…ジローさんの唇に。  
キス?一応礼儀として目を瞑っているとジローさんの舌があたしの口の中に入って来る。  
ほんのりと鉄…血の味がする あたしの血?  
短い間キスを受けているとジローさんが口を離す。  
あたしとジローさんの間が銀色の糸でつながる。  
ほんのり赤みも混じっている気がした。  
 
ジローさんはなんだか申し訳なさそうな顔をしていた。  
そしてもう一度、声を出さずに何か言った。  
ご、め、ん、な、さ…ごめんなさい?  
「ミミコさんすいません。勝手に…。」  
「あっうん 全然平気!首から吸っていいなんて言ったのはあたしだし…!」  
なんだか空気が重くなってしまった様だった。  
「ちょっと外の空気を吸ってきますね… 朝までには戻ります」  
そう言いジローさんは外へ出て行った。  
乙女にこんなことしておいて、といつもなら思うんだろうが、  
今日は何故かそうは思わなくあたしはまた椅子に座った。  
相手がジローさんだったから…かなあ。  
「違う違う!そんなことはない!」  
手をブンブンと振り自分相手に否定しながらあたしは考えた  
「ごめんなさい」について  
あれは確かにそう言った。  
こんなことをしてごめんなさい?だろうか…。  
まだ口内に残っている血が変な味で、水でも飲もうと立ち上がった。  
がちゃ、とドアの音がして 振り返るとそこにはコタロウ君がいた。  
「あ、おはよ〜ミミちゃん。ってあれ?まだ夜だね」  
にこにこと笑うその顔を見て ごめんなさい その意味が分かった気がした。  
 
「あ…あはは…やっぱ勝ち目なんて無い…じゃない」  
あたしとキスしてても…か…  
「ジローさんの…ばか…」  
そう呟くと涙が出てきた。手で拭うがとまらない。  
コタロウ君が駆け寄ってきて、  
ミミちゃん!?どしたの?! とオロオロしだした。  
眠れないならバウワウ卿貸すから…と差し出されたテディベアに顔を押し付け泣いた。  
「…ひくっ……うぅ…」  
コタロウ君、と言いそうになるのを堪えて立ち上がる。  
手の甲で思い切り涙を拭ってコタロウ君に向き直る。  
ありがと、と言いテディベアを返す。  
玄関、ジローさんの棺の上、窓のそばにニンニクを置く。  
「兄者と何かあったの?」  
ニンニクを置く様子を見てコタロウ君が心配そうに尋ねる。  
「うーん ちょっとね。やっぱ分かる? 敵わないなあ…」  
最後の一言は独り言に近く、わしゃわしゃとコタロウ君の頭を撫でた。  
「でも 負けないから ね。」  
 

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