「墜ちれば判るよ・・・ リリス姫 」  
男のしなやかな手はその線にそって下へ下へとむかった。  
浅いくぼみをたどるように続きやがて高い丘陵へとつながる。  
「んっ」  
ぱんと張った尻の中央、その深い谷。  
男の手はなめるようにもぐりこんだ。  
「ちょ、、、ベーやん、、、」  
リリスはさきほどまでの活発さは失い、その愛らしい目をふせた。  
男はその様子を薄ら笑いのままみつめこうささやいた。  
「花嫁の資格があるかどうか、試させてもらうよ」  
直後、リリスの顔はびくんとあがり、ささやかに開いたくちびるから声がもれた。  
 
今まで味わったことの無い感覚。  
自分に思いを寄せる若者。  
底の見えないプリースト。  
マッチョな忍者。  
氷のような美麗な男。  
太陽の匂いのする幼馴染。  
そして、奔放な魔法使い。  
 
様々な男が身近にいた。  
彼らと触れ合った時にかすかに感じた甘い広がり  
その何倍もの愉悦が今、体を這っている。  
男たちの顔は一瞬だけ浮かびそして消えた。  
全ての記憶がなくなるような衝撃。  
 
今はこの快楽に身をまかせたい。  
悪魔のようなこのしびれに食われたい。  
 
どのような動きをしているのか皆目分からない。  
それが自分の、その、お尻のあたりで行われている。  
プリンの蜜だけを吸い取るような感じ  
軟膏を体の線に沿って何重にも塗られる感じ  
イソギンチャクを手でなでて得られるここちよさ  
熱々のフライを口の中で転がす快感  
 
リリスにはそのような表現しかできなかった  
一つ最も近いであろう感覚は、まだ少女のころ  
ニンジャマスターの砦で仕向けられた罠  
その罠に最も似ている  
すきまなく押し寄せる得たいのしれない何か  
呼吸が大きくなっている  
声も大きくなっているかもしれない  
でも恥ずかしいという感覚はない  
もっと、このうねりがほしい  
 
と、いきなりその動きが止まりリリスはしばらくほうけていた  
しだいに呼吸が整えられ、声が出せるようになった  
「いや、、、」  
口をついて出たのは媚だった  
ともすれば誰であろうと手が出ていた自分が媚をふりまいている  
否定ではなくまさしく媚であった  
その証拠に目の前の男をはねとばすわけでもなく  
体の下にある手をどけるわけでもなく  
ただ、男が主導権を行使するのを待っているだけではないか  
 
どん、と押された  
倒れた体にフィットするように男はのしかかってきた  
肌と肌の絶妙な密着  
数ミリ先に男の顔がくる  
何もいわずまだ薄笑いのまま  
そしてわき腹をくすぐるような動きで手がのぼり  
やがて衣服をすりぬけて胸の輪郭にたどりつく  
ぴったりと添えられた微動だにしない両手  
しかしリリス自らの呼吸の上下と震えによってそこに遠い雷鳴のような快感が広がっていた  
 
「きれいだよ、リリス」  
男はいつのまにか衣服ははがしナマの体を見ている  
(そして、いやらしい)  
張りのある胸を見る  
自分の手の中で震えている  
愛らしい顔からは想像もできない大きさ  
もう小一時間ほど胸に手をあてたままでいる  
そろそろ次の段階に入るころだ  
手のひらに感じる突起をなでる  
優しく、優しく、何度も、何度も  
目の前でもだえる花嫁  
吐息が大きくもれている  
そろそろ、か  
いったん手を離しうすら赤くなった高みに息をかける  
そして親指で乳首を押さえつけ小刻みに揺らす  
そして大きく開いた口に舌をさしこんだ  
 
「んんんんふ、んふ、んふ、んふ」  
リリスは両手で男の三頭筋を強くつかみ、この官能にたえようとしていた。  
首を左右にふってものがれられない。  
舌が、唾液が、歯が、粘膜が、誇りが、笑顔が、思い出が、すべて奪われていく。  
 
雑巾をバケツの水につける。そしてぎゅっとしぼる。  
水に広がる澱(よど)んだ霧。リリスの脳髄にはその黒い霧が蔓延しつつあった。  
揺らせば揺らすほど、しぼればしぼるほど広がってゆく。  
もう元の清らかな水には戻らない。  
ただ、広がるだけ。そしてその霧に埋めつくされるだけ。  
 
「あ、あ、あ、ああ、あ、、、、あっ」  
胸を中心に広がる振動はあますことなく快楽のツボをついていた。  
長時間触れられていた乳房はまろやかな熱をもっており、  
今はその熱をさらなる高みにあげるべくこねられていた。  
一点からじわじわと広がるというよりは全体が均等に熱を帯びる。  
そしてそれは熱の保温力を高め、いつまでも高ぶっているに違いない。  
 
悪魔の調教をうける中、リリスは必死に自分をゆりもどそうとしていた。  
頭の中で広がる霧。そのむこうにかすかに見えた景色。  
それはこの沈殿した宮殿の景色ではなく、もっと明るく、そして懐かしかった。  
自分が直接みたものではないような気がする。  
遠い異国の絵本を読んだような感覚。  
その一瞬の景色をとりもどさなくてはならない。  
あの場所へもどろう。  
消えかかる意識の中そう聞こえたような気がした。  
 
水が一滴。  
張り詰められた水面に落ちる。  
そして男は顔を離した。  
「リリス」  
ぞくぞくっと背中が持ち上がる。  
「君はうつくしい」  
頭のてっぺんに刺激が走る。  
この男の声を聞いてはいけない。  
息を感じてはいけない。  
離れなくては。  
逃げなくては。  
力をふりしぼり男の胸板を押した。  
 
「どうしたんだい、、、?」  
男は笑みを浮かべて目の前に起き上がった愛らしい顔をのぞく。  
その顔は全力疾走の後のように激しくこわばって、肩も大きく揺れていた。  
男はさらに目を細め、涼しげな笑み、いや獲物を見定めるような冷徹な顔をしていた。  
「帰る」  
「どこへ?」  
リリスは一瞬言葉を詰まらせた。  
どこに帰るのか。それより何故そんなことを言ったのか。  
ひとつ大きな唾液を飲み込み、頭の霧を晴らす。  
「帰る、、、?ふふ、、、どこへ?」  
この男の声を聞いてはならない。ふさげ。耳を。官能を。  
滝のように流れる脳髄の流れの中から小さなヒヨドリのさえずりを探すんだ。  
確かに聞こえたあの小さなささやきを。  
 
あ、っと光が差し込みあの景色がみえた。  
あたたかくて、弾力があって、確実に生きていたあの景色が。  
そうだ、そこに帰るんだ。そして生きるんだ。  
もどろう。リリスは遠い光をみつめ立ち上がろうとした。  
「逃がさないよ」  
悪魔はリリスの腰を引き寄せ、そうささやいた。  
 
「きゃっ」  
リリスは男に覆いかぶさるようにして前のめり、やがて密着した。  
それはちょうど対面座位と呼ばれる体位に酷似していたが  
リリスにはそんな知識はなく、いやだからこそむしろこの格好を卑猥だと感じていた。  
男にぐっと尻をつかまれ、一番大事な部分を微妙な擦(こす)れが襲い  
胸の辺りに息遣いを感じ、そして一番卑猥だと感じたのは  
自らが男の頭を抱きかかえるようにしていたことである。  
 
「ん、、、くっ、、、」  
たくみな律動で腰元をゆすられる。  
今すぐこの悪魔から離れて逃げ出さなくてはならないのに  
なぜか足も腰も腕も顔も身動きがとれなかった。  
恥ずかしい穴を広げられるように尻肉を揉まれ  
そこからジンジンとまたあの悦楽が同心円をえがいてひろがる。  
波紋はリリスの体を支配しつつあった。  
 
(よわむし)  
たった先ほど誓いをたて、自分のいるべき場所に戻ろうとしたのに。  
もう男の手にほだされうつむいてしまう。  
胸の谷間を舌ですくいとられると、得もいわれぬしびれが襲う。  
指がどんどんと男の髪にからんでゆく。  
もう下半身には力が入らず男の肌に溶け合っていた。  
そして男の耳の後ろを舐めようとした時、またあの懐かしい光が舞い降りた。  
 
 
洗いざらしのような少年が立っている。  
もう20歳になろうかというのに同い年である自分より背の低い彼。  
その彼がとびこんできてペットのようにふさふさとじゃれてくる。  
その舌たらずな声と短い手足を抱き、そしていつの間にか眠っていた。  
遠くで神官である父の声がしたかと思うと雷鳴のような轟音が響き  
そして目の前には崩れ落ちた壁と血まみれの父と銀髪の男が立っていた。  
こちらに手を伸ばし不敵な笑みを浮かべ、まるで戦利品のように自分をながめていた。  
震えがとまらなかった。そして抱き合っていた少年の姿が消えていたことにもきづかなかった。  
髪をつかまれ立ち上がらせられる。舌なめずりをしつつ見下ろされた。  
やがて男の口が開いた。  
 
そして目が覚めた。  
ぐっしょりと寝汗をかきしばらく動けなかった。  
息があらい。のどがカラカラだ。  
向きを変え少年を確かめる。  
よかった。やはり夢だった。  
すこやかに寝息をたてる少年の顔をなで、微笑んだ。  
髪をかきあげてあげると気持ちよさそうな顔をする。  
しばらくそうしていると、何かの気配を感じた。  
 
一度だけ父親に嘘をついたことがある。  
それがバレた時、父の笑顔がゆっくりと表情のない顔に変わっていった。  
その時の恐怖に似た感覚に今おそわれていた。  
あたりの暗闇と湿気がゆっくりと帳(とばり)をおろすように降りていく。  
うしろに何かいる。  
首のあたりが神経痛のようにビキビキときしむ。  
少年の顔から肩へと手を動かす。  
おおいかぶさるか突き飛ばすか。  
なんにせよもしものためにはこの子を守らなくてはならない。  
それが自分に課された使命だと出会ったときから決めている。  
 
気配は動きをみせない。  
ならばと、左手で枕の下の護身用ナイフを確かめ、一気に振り向く。  
「・・・・・・」  
一瞬何か分からなかった。そしてすぐ隣で寝ている少年を確かめた。  
さらに困惑する。  
また振り向く。  
「・・・・・・」  
そこには我が少年が立っていた。  
隣で寝息を立てている彼と寸分たがわぬ形で。  
しばらくするとその少年も愛くるしい笑顔を見せ自分に寄り添ってきた。  
なにがなんだかわからないとはこのことであろう。  
 
「る、るーし、、、」  
事態は飲み込めないが、名前を呼ぶしか手立てはない。  
少年は少女の困惑を楽しむかのようにまた笑い、その口を手でふさいだ。  
まだわからないの?と言ったふうにおかしそうに笑う。  
笑顔のままの少年はさらに少女に近づき  
やがて口が開いた。  
 
「おまえは俺のものなんだよ」  
 
少年は少年のままそう言って耐え切れないといった感じで破裂するほど笑った。  
少女は口をふさがれたままその叫びのような声を聞いていた。  
水面に浮かぶ油の行方を追うように頭が朦朧としていき、ぼろぼろと涙がこぼれる。  
歯がガチガチと鳴りはじめ、想像のつかない恐怖になすすべがなかった。  
 
そして光は消えた。  
 
 
 
みはるかす景色は単色であり、そこには飢えと乾きというアクセントが加えられていた。  
別な表現をするならば、絶望というカンバスに欠乏という色が彩(いろど)られているようで、  
つまりさみしかった。  
立つ影は微塵も見られず、すべてが破滅への欲望をたずさえていた。  
今見ている景色、それが全ての答えであった。  
地獄の最下層。そう呼ばれる場所。  
 
その表現は少しおかしいように感じるかもしれない。  
地獄とは多大なる苦しみが漂うだけの一つの世界ではないのか。  
だが本来地獄とは幾層にも分かれており、下層に沈むほど瘴気(しょうき)は濃くなってゆく。  
そしてこの第九圏、つまり最下層「コキュートス」は  
よほどの大霊位のものしか存在することが許されていない。  
そこに魔王の城は鎮座する。  
そう、万魔殿(パンデモニウム)である。  
 
その、一室。  
漆黒のなめらかな生地に覆われた長椅子に、一つの裸体が横たわっていた。  
よくみれば腰元はかろうじて下着でかくされているが  
その豊満な肉体はおよそエロスを隠しきれない、香りと色彩を保っていた。  
一瞥(いちべつ)しただけでは、ただ眠りについているようにしかみえない。  
一人の紳士でも通りかかったならば、寝息をたてるこの淑女は  
シルクの一つでもかけられていたにちがいない。  
しかし残念なことに、ここは地獄なのである。  
 
「ふふふ、、、『キミ』との約束をやぶるとこだったよ」  
闇から溶け出したかのような声は、そのまま息を吐いて止まった。  
わずかな光の屈折により浮かんだその顔は  
鋭利で用心深く、それはよく訓練された狩猟犬にも似ていた。  
気配だけがゆっくりと移動する。  
光はその気配におびえるかのように、時折にしかその顔を浮かび上がらせなかった。  
やがて気配は長椅子に近づき、しばらく立ち止まった。  
「『キミ』の花嫁さんは、、、扇動的すぎる」  
そういって気配だけで笑い、腰を下ろした。  
長椅子もそれを快く迎えた。  
 
「この」  
と、指を一本立て、温かい肉体に近づける。  
くちびるを軽くなぞり、あそぶ。  
そして少しだけ粘膜にさしこみ、跡を残しつつ下に。  
鎖骨をゆっくりと描き、また下へ流れて、しばらく谷間で往復する。  
やがて両方の指先を山頂に押し当て、静かに沈める。  
 
びくん  
 
差出した両手はそのままなめらかなカーブをさがり、外側に張り出していく。  
そして角度を汚さないまま内側にすぼみ、細く、細くなっていく。  
手はこのカーブの連続を何度もさすりあげた。  
美の神が作り出した大傑作。  
曲線が曲線であるだけでどうしてこんなにも刺激的であるのか。  
 
「この、からだ」  
 
頂上までしぼりきるように乳房をつかみ、突起をつまみつつヘソにくちづけをする。  
比類なき香気がただよってくる。  
この「からだ」から発せられる、魔神すらをも魅了するエロス。  
その誘惑に負けてしまいそうになる。  
気配、ベルゼバブは、記憶すらない『母』という存在をこの匂いから感じていた。  
そして甘えるように何度もお腹に顔をこすりつけ、つぶやいた。  
「おまえを、、、俺のものにしたい、、、」  
 
息遣いは二つ。  
一つの呼吸は静かな波を、もう一つは荒ぶる波涛(はとう)を描いていた。  
伏せたままベルゼバブは、ほどなくしてリズムを整えだした。  
赤子が無意識にそうするように乳頭をいじる。  
ときおり乳房全体を握り締め、そして買うことを許されなかった玩具のように手放す。  
依然暖かい腹部に顔をこすりつけたまま、その動作を繰り返しくりかえし行っていた。  
 
焚き火を少し離れた所から観察していると、熱気という目には見えにくいものが  
ごうごうと上空に昇っているのが分かる。  
「あそこに手を差し出すと熱いだろうな」というのが一目で分かる。  
ゆがみ。大気のゆがみ。そこでは熱にあおられた大気が悲鳴をあげているのだ。  
そして今。ここにはそれとは対をなす冷気がおりはじめていた。  
深く、深く沈みゆく冷気が空間を震わせ萎縮させている。  
目にはみえいにくいものがはっきりと舞い降りていた。  
 
ここに人類が存在できていたならば、  
彼らは小指に痛烈な打撃をくらったような顔をするに違いない。  
もしくは生きたまま内臓を食われるような、深い恐怖に満ちた美貌を見せてくれるに違いない。  
存在が、いた。おかしな言葉だが、そう表現せざるをえないような  
圧迫と威厳と重厚とひずみが、この空間にあった。  
 
「『キミ』、、、か」  
ベルゼバブは地獄の王としての冷静な顔をとりもどしつつあった。  
この荒涼とした世界を見下ろす権利を有する顔に。  
「わかってるよ、、、わかってる、、、」  
王の中でも絶大なる力を有するベルゼバブ。  
その彼ですら無理な言動をも笑って受け入れなければならない存在。  
「そう、、、」  
その存在と今対峙している。  
より正確に言うと対峙というよりはまとわりついていた。  
 
「『キミ』の花嫁だよ」  
 
堕落以前より私淑していた。  
王の中の王。  
地獄の皇帝。  
それは。  
 
ベルゼバブは深く、深く息を吐いた。  
そして万騎を動かし、燭天使(セラフ)にすら恐れられる  
皇帝の参謀としての顔を今はもう完全にとりもどしていた。  
「すこし、、、とりみだしたよ」  
笑った。後悔など微塵もみせず、しょうがないなといった風に。  
長椅子に座りなおし、足を組み、もたれに手をかける。  
存在に圧倒されないよう、そうするしかなかった。  
「『キミ』に無様な姿を」  
見られたね。そういってまた笑う。  
 
中空をみつめるよう顔をあげ半目になりしばし声をおさえる。  
「そうかい、、、わかった」  
ベルゼバブは常人には理解できぬ方法で存在と交信していた。  
そして目をつぶる。それにつれ辺りの空気はうっすらと晴れてゆき  
やがて元の、とはいっても瘴気(しょうき)に満ちた、空間に戻った。  
 
「信用されてない、か」  
この調教はなんとしても終えなくてはならない。  
しかし自分は先ほどその任を、一旦は解かれた。  
裸体を横目で見やる。息をつく。  
「仕方ない」  
そしてやおら立ち上がり、何事かの準備をしはじめた。  
 
 
「『アレ』を使うのは、、、不愉快なんだけどな」  
ベルゼバブは部屋の中央から少し離れ長椅子を向き、わずかに目を閉じた。  
瞬間の青い閃光とともに長椅子は円陣を纏(まと)う。  
その中には無数の幾何学的な文様が描かれ、青白いまま蠕動(ぜんどう)していた。  
呼吸をしているかのように少しずつ成長していき、それは円から球へと変化する。  
人間にはとてつもなく不快であろう音の波が広がり  
部屋全体がゆがむほどの波紋に育ってゆく。  
ほどなくして球体全体が煮込まれているかのようにゆっくりと垂れ落ち  
そのねばいしずくが地面にたまりやがてうねうねとうごめく。  
 
その物体は偶然の産物ではなくここ地獄ではポピュラーなもので  
もちろん王たるベルゼバブが呼び込んだのだ。  
その物体の地獄での行動はまちまちだが、ほぼ統一された働きをする。  
それは地獄の瘴気に触れ朽ちていったあらゆる物事、つまり「カス」を餌とし、  
そしてカスが溜まり腐臭がただようのをふせぐという役割である。  
 
『魔界の掃除機』  
その物体はそう呼ばれる。  
しかし我々人類はその物体を般的にはこう呼んでいる。  
『スライム』、と。  
 
スライムが『魔界の掃除機』であるのなら、むろん掃除屋もいるはずである。  
「ブビーーーーーーーーッビッビッビ!!!」  
どずうううん、と地響きをたてなにごとかが降ってくる。  
 
(っと、『掃除屋』まで召喚させてしまったか)  
 
「ベルベバブばばァァァァァァァ。ぼびばびぶびべぶゥゥゥゥゥゥ」  
不思議な発音をする。パンデモニウムの暗い一室が甚大なる埃(ほこり)から  
解放されるまでしばし。その後のっそりと現れた巨大な、なにか。  
 
「ぼべべべべべべべべべべべべ」  
「、、、あいかわらずだな。『マスター』」  
『マスター』と呼ばれたのはもちろんこの巨大な、なにか、である。  
はっきりしろと言われそうだが、およそ人類の知識の幅を超えたものであり  
正確に描写することは不可能であるかと思える。  
しかしそこをあえて言葉で写生するならば、亀のような、だろうか。  
亀の甲羅より出ている頭の部分、それが象の鼻のようにのっそりと長い。  
そしてそれが前面に存在しており、その下にはイソギンチャクのように無数の  
なんとも言いがたい突起がうごめいている。  
もっと分かりやすく言うと男性器をさかさまにしたような物である。  
それが、知能を持っている。そして、濡れている。  
 
(仕方ない)  
「『マスター』、こちらを」  
とスライムの接近を許してしまっている裸体を指差し、あとは何も言葉を発さない。  
−掃除しろ−  
ということなのだろうか。  
「びべっばァァァァァァァァァァ」  
『マスター』は全体から粘液を垂らしつつ裸体に鼻(?)の先を向ける。  
そして沈黙。  
『マスター』は鼓動をはじめ、怒りに満ちたように血管をうき立たせる。  
鼻の先から色が見えそうなほど呼気を吐き、そして天を衝(つ)いた。  
(本気になったか、、、なんせこの色香だ)  
多少の不安をかかえながら、しかし『キミ』に対する軽い悪戯心もあった。  
そして嫉妬心も。  
(すこしくらいの無茶も、いいか)  
興奮する『マスター』を尻目に「あの方の花嫁サンですよ」と一応釘をさし、部屋をあとにする。  
 

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