物体、マスターは、扉の向こうのベルゼバブの気配をうかがっていた。  
そして気配が消えたのを確かめると相好を崩したかのように裸体に向いた。  
しかしその先にある裸体には緑の物体がからみつつあり  
獲物をとられまいという本能が一瞬働いたが、  
それよりもかろうじて知性が上回り、なんとか逸る気持ちを押しとどめた。  
そして外見からではおよそ量ることの出来ない大脳が  
この久々のショーを楽しもうという淫蕩(いんとう)な回転をしはじめた。  
 
「ぶべべ」  
マスターの下部に存在する突起が、壷から伸びるタコの足のように不気味に進んでいった。  
まるで重力を無視したかのようなその動きは高速動画で見る四季の変化ようになめらかで  
地を這う変温動物のように獲物に突き進みつつあった。  
そしてもぞもぞとうごめくスライムをかきだすかのように裸体を整地しはじめる。  
スライムと突起による愛撫のコラボレーション。  
やがて突起に均(なら)されたスライムがローションのように体のラインを覆い  
ぬらぬらと照らされていくその様は、極上の素材の下ごしらえかのように見えた。  
やがて始まり来る官能の調理。  
その調理師はイタリア製のスーツを脱ぐかのようにゆっくりと食材に近づき、  
気合を入れるかのように息を吐いた。  
 
とつぜん、といってよいか、突起はリリスの両足を持ち上げ、開いた。  
そしてマスターの長い亀頭、いや頭がその狭間に近づき  
 
ぶちゅううううううう  
 
と音をたてた。  
 
ちゅうう、ちゅうう、ちゅうううううう  
「、、、、、、、ぁ」  
まだ鼻は離れない。離さない。  
小刻みに揺れるリリスの声帯にも我関せず、蜜を吸うような音を続けた。  
 
「ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁぁ」  
 
ぶちゅうううううう、ちゅう、ちゅう、ちゅぱ、ちゅうううぱっ、ちゅ  
ちゅば、ちゅば、ちゅば、ちゅぅぅぅぅぅ、ぶば、ぼばぼぼぼぼ  
 
「ぷはああ」  
頭がようやくもちあがり大きく息をついた。  
「生き返るぅぅぅぅぅぅ」  
なんと、マスターの頭の一番先、陰茎で言うと尿道があるあたりに顔が浮かび上がっているではないか。  
そしてさきほどよりもあきらかにカツゼツのよい声が通りだした。  
「うっひっひっひっひ。極上じゃわい」  
 
マスターの思わぬ変化に、リリスは気づいていない。そしてそれは幸いだった。  
人間界では想像もできぬような姿かたちをした化け物、その一部に人間そっくりの顔があらわれている。  
その顔は柔和さが前面に押し出されるがしかし、隠しきれない老獪さと好色さが皺の隙間にただよっている。  
摩天楼に鎮座するマファイアのドンのようであり、  
孫を送り迎えする温厚な紳士のようであり、  
広大な地下室に女体を監禁する性的交錯者のようでもあり、  
つまり魅力的であった。  
力士の脂肪のように堅太りしたマスターの全身に一点、知性が浮かび上がる。  
それは言いようもなく詩的であった。  
 
「さて」  
と一言、マスターは舌なめずりをして人面を硬直させた。  
さきほど「存在」が降臨した時ほどではないが、ある種の気の流れが部屋を支配しだした。  
「この姿をあまりここではしたくはないのだが」  
最高の舞台の終焉に始まるスタンディングオベーション。  
その雨後の筍(たけのこ)のように沸き立つ大気の喝采。  
「仕方ない」  
じょじょに人面は持ち上がっている。  
否、流れ出でる溶岩のように人面の「周り」がめくれはじめている。  
あまりのスピードのため人面が持ち上がっているようにみえる。  
「いそ、、、ガ、、、ないト、、、」  
どんどんどんどん、めくれていく。  
どんどんどんどん、たれていく。  
ドク、ドク、ドク、ドク、ドク、ドク、ドク  
 
もういまやマスターは人面を残し、そこから下はパレットの絵の具のようにドロドロのかたまりに成り果てていた。  
そして、さらに大気は震えだす。  
部屋全体がズドン、ズドン、と大きく二回揺れ、壁や天井からその組織がバラバラとはがれる。  
しばらく、そして静寂。  
おびただしい塵芥がおさまるころ、一つの影があった。  
異形の化け物の姿ではなく、その影は人型であった。  
やがて現れる真実。  
そこにはまさしく仕立てのいいスーツを着た老紳士が一人、立っていた。  
いまにも紅茶でもすすりそうな、柔和な顔が。  
 
「さて」  
 
 
一方ベルゼバブは部屋を退出後、しばらく気配を消したまま中の様子を伺っていたが  
頃合良しとばかりにパンデモニウム最上階にある【王の間】に足を向けた。  
ふさぎこんでいない、といえば嘘になるが、それは数回の苦笑で消え去るほどの出来事でしかない。  
あやうくも至上命令と自律を失いかけていた。  
「花嫁の資格」を失うことよりも、皇帝の花嫁の色香に騙されたという  
聞こえの悪い烙印を消す方を優先してくれたのだ。  
だから任を一旦は解かれたのだ。そう思いたい。  
 
その証拠にあの『掃除屋』には何も下達がない。  
あんな下品で粗野で知性のかけらもないような化け物でも許されている。  
堕天のころよりの友である自分への気遣いなのだ。  
『ゆるせ友よ。しかしあのようなことはあのような者にまかせておけばよい。  
 そうではないか。なぁ、友よ』  
そういうことなのだ。花嫁よりも友を優先してくれたのだ。そうに違いない。  
しかし、また同じ命令を下されれば、その時は冷徹な意志を持って命令を遂行する自信もある。  
そしてそれをささやかながら望む自分もいる。  
もう一度、あの色香に包まれたい。  
ああ駄目だ。また失いそうになる。  
もう一度、、、もう一度、、、。  
 
(ん?)  
異様な魔力の存在。  
思考は中断され新たな情報を解読する参謀としての回路が復活する。  
(ベリアル?アスモデウス?、、、?いや、、、)  
ベルゼバブとともに『7大悪魔王』と並び称せられる魔界での君臨者たち。  
ベルゼバブ、ベリアル、アスモデウス、ペイモン、アシュタロス、ビエル、ビレト。  
彼らに匹敵するほどの魔力が瞬時にこの魔王の居城に広がっていた。  
すぐさまパンデモニウム中枢にある管理システム『マザー』より、  
詳細なデータがベルゼバブの脳髄に送られてくる。  
 
ピ、ピ、ピ、ピ、ピピ、ピ、ピ  
 
ピピピピピピピピピピピピピピピ  
 
発信源は【漆黒の間】。  
さきほどまで自分がいた場所だ。  
いまは『掃除中』のはずだ。  
その魔力は、  
 
ガガガガガガガガガガガガガガ  
ガガガガガガガガガガガガガガ  
 
巨大なパワーは自分を除く悪魔王たちを凌駕し、まだ膨れ上がっている。  
信じられない。己と『あの御方』以外にこれほどまでの力が存在するとは。  
それはあってはならない事態であり、現実だとすれば急遽その存在を消さなければならない。  
なんとしても。どんな手を使っても。  
 
(何者だ!)  
 
狩猟犬のように研ぎ澄まされた顔つきは、その犬歯の残影を残したまま中空に消え去った。  
 
「さて」  
紳士は顎を少しだけ上げ、神経質そうにタイを締める。  
濡れひかる裸体を一往復。  
その視線だけで少し体に赤みが増したような気がする。  
「急がんと、駄目じゃわい」  
高潔な装いとは違い口調はなんとも古めかしいものであった。  
そして左胸に咲いていた真紅のチーフを抜いてしゃがみ、裸体をまじまじと見る。  
「これは、楽しみじゃわい。ぬふ」  
乳房をやわやわと揉み、おもちゃを得た子供のように乳首をつまみあげる。  
「、、、ぁ」  
裸体のそのあどけない発音にむふ、むふふと息をもらし乳首いじりに夢中になる。  
底に水がたまった風船のようになるまでもちあげ、ぱっと指を離す。  
ひねったり、はじいたり、こねたり、乳首に異常に執着をもっていた。  
「やはりおなごのスイッチはここよ」  
といわんばかりに押し揉み、ひねりあげ、つまみ回し、さんざんにもてあそんだ。  
 
「しまったわい」  
紳士、マスターのその声はあいかわらず乳首いじりをしながらのものであった。  
大きな背中が裸体にひざまずき、その舌でなぶっている。  
乳首を口にふくみながらもカツゼツのよい声がでたのはなんとも不思議なことではあるが  
常識では考えられぬ変化を遂げた彼ならそのくらいはなんとでもないのだろう。  
「、、、何者だ」  
その声はマスターの背中より数歩後ろ。鉄面皮をした男から発せられた。  
静かなる立ち居にも警戒と怒気と観察と殺意がまじっていた。  
「もう一度聞こう。何者だ」  
漆黒の部屋の中で裸体にからみつく老紳士。  
真夜中の路地裏のような静寂が続く中、唾液の音だけがひびく。  
その光景を見ているベルゼバブは刹那、吸血魔の存在を脳裏に浮かべた。  
 
二度の質問という名の警告の後、ベルゼバブは波動を発した。  
剛健な素材で彩られたこの部屋のあらゆる物質がゆがむ。  
低音の長い波紋が形を崩しつつ広がり、どういう現象か分からないが部屋が緑色に染まった。  
と同時に裸体のあった場所に移動していたベルゼバブは目の玉だけを左右に動かせた。  
(なに、、、)  
消えた。  
自分の目に捉えられないものなどない。  
スピードにおいてはなにびとにも負けることはない。  
それは「誰であっても」だ。  
そこには蠅の王たる自負があった。  
その自信に驚異という調味料がからみ、胸の奥に小さな種を生んだ。  
その種は「あせり」という芽を生やした。  
完全に目標を見失った。気配すら感じられない。  
逃げられた。相手の正体もつかめぬまま、逃がしてしまった。  
リリスとともに。  
鼻のつけ根に皺が寄る。  
失態であった。  
 
白を基調とした彩りに赤い絨毯が映える。  
その上に乗せられた天蓋ベッドがこの部屋の豪奢さを語り、  
そして真紅の寝具に横たわった白い裸体が隠微さを増幅させていた。  
裸体の上半身は寝具の上で「小の字」を成していたが、  
世界中のどの筆で書いたその字よりも、美を表現していた。  
直線よりも曲線のなめらかさに目を奪われ、太古のかなたより賞賛され、  
また地上の半数が絶賛する「女性の美」そのものであった。  
 
小さな頭部から鋭利な坂を下り、豊かな丘を上りきってなだらかな浜辺へと続く。  
海草に似た茂みをくぐり、そしてそこからどこか工業的な音が聞こえてくる。  
 
「んちょ。ずちょ。ぬちょ。ずちょ」  
 
その神秘の溝に顔を埋め、その視線はそこより見える豊かな丘を抜け鋭利な坂をさしていた。  
やや年老いた風貌。しかし体格はがっしりとしており、背中が厚い。男だ。  
男は女の股間にもぐり込み膝を立てさせ、一定の部分を吸い取っていた。  
夢中であった。  
両手は横に張った腰から伸びる太ももをがっしりとつかんでいた。  
時たま顔を上下に震わせその反動であるかのように横に振動させた。犬のように。  
茂みに近い部分へ口を押しつけたかと思うと、女の腰がぐっとせりあがった。  
 
「あ、、、、、ああぁん、、、、あっ」  
 
男の鼻から勢いよく息が漏れ同じ勢いで吸った。  
逃すまいとばかりに腰の動きに合わせて吸い付く。  
この部屋は、まさに官能のさなかであった。  
 
「え、ちょ、ちょっと! 」  
女の声がやや低くかすれがちに響く。  
並んでいた列に割り込まれたかのような驚きを含んでいた。  
「気づかれたかい。花嫁さん」  
男の声にはあきらかに嘲笑がまじっており、  
ようやく官能に気づいたか、といった物言いであった。  
「や、やめ、、、こ、ここは、、、」  
「花嫁」と呼ばれた女はシーツをたぐりよせ上体を起こす。  
男はその動きでやや口を離せざるをえなくなったが、手はいまだ柔らかな肌にからみついていた。  
「よいではないか。どこでも。さ、続きをしようじゃないかね」  
飄々(ひょうひょう)とした口調のまま男は言い、にんまりとして視線の先の神秘をのぞいた。  
「ここは、もう待ちきれんようじゃぞ」  
と長い舌で舐めすくった。  
 
「あっ」  
片手で男の頭を押さえる。やや間があって息が漏れる。  
小指を痛打した時のように。辛口料理を食べた時のように。  
神経が過敏になっている。そこだけが過敏になっている。  
「ずうううううううっと」  
ほれ、と男が舌をだす。左右に速く動かす。そしてまた、にんまりと。  
女は手に力を込め、そのおぞましい頭部を離そうとする。男はあざ笑うかのようにまた舌を出し動かす。  
男の肩と背中の筋肉が盛り上がると、じょじょに頭部が前進する。  
離す女。近づく男。女の足は次第に持ち上がりそのため重心が後ろへずれていく。  
男は遊んでいる。一気にはいかない。女の甲高い声を心地よく聞いている。  
やがて女の丸まった背中は押し倒される。一瞬シルクのひんやりとした感触が伝わった。  
と思う間もなく股間に熱くねばい感触が広がった。  
 
膝の裏を厚い手で押さえられている。  
太ももが胸に当たる、胸が太ももに当たる。  
どちらか分からないが、どちらにせよ今までにしたことのない体勢だ。  
そしてその体勢のまま男に吸いつかれている。  
「やああああああ!ああああ」  
声は非難と罵声と拒否で組成されていたが、そこに官能が割り当てられるまでにそう時間はかからなかった。  
「やあ、、、やっ」  
男の動きは緩急をこころえており、その名札ほどでしかない粘膜にすべてを支配されていた。  
 
「くっ、、、、このクソジジイ!いいかげんに」  
しろ、とばかりに男の頭を小突く。いやドツク。  
女、リリスの反り返らされた下半身はまた寝具に着地し、その股の間で男が頭をおさえる。  
「イテテテテじゃ、、、いたいのぅ、お嬢さん」  
男、マスターは案外情けない声をだしリリスに非難の声をあげる。  
「ちょっとしたイタズラじゃて」  
「この変態じじい! 」  
まったくいやらしい、とリリスは続ける。  
 
リリスはふと我にかえる。  
なんだろう。この懐かしい感じは。  
そう、パンデモニウムで見たあの水晶球。  
そこにうつる下品な魔法使い。  
記憶の片隅にもないはずのあの男に感じた感情に似ている。  
蠅の王に辱めを受けた時に見た遠い記憶とも。  
あのカゲロウにも似たこの感情。  
 
「さて、お嬢さん。いやリリス姫。  
 それとも暗黒の花嫁と呼んだほうがふさわしいですか」  
と老紳士は言いながらネクタイをはずしスーツを脱ぐ。  
「ちょ、ちょっと!何かんがえてんのよ! 」  
リリスは抗議の声をあげるが男は意に介さず、老いながらもひきしまった裸体になる。  
そしてそれが振動する。  
 
ムゥイィィィィィィン  
ムゥイ、ムゥイ、ムゥイ  
 
リリスはあっけにとられる。  
マスターの体が真ん中から割れているのだ。  
そしてその中からアゴの突出した無愛想な男があらわれる。  
 
「きゃああああああああああああああ!!!!!!!!!」  
「お待ちください、リリス姫。記憶をなくされて分かりませんでしょうが、  
 私は貴女の味方です」  
片膝をつきリリスの前で待ってくれといわんばかりに手を出す。  
「き、き、き、きもーーーーーーーーーーーーーい」  
たしかにパンデモニウムでの亀頭状態の元マスターや、  
それからの変化を知らないリリスにしてみれば、普通の人間が割れたというのは衝撃であろう。  
ましてその中から顔の大きないかにも怪しげな男が現れたのだから。  
 
「私の名はアビゲイル。DSの四天王にしてエデン十賢者の一人です」  
「、、、そのダークなんとかのなんとかでエデンのナントカさんが、  
 なんでボクの体に、、、いやらしいことしてるのさ」  
「そ、それは、、、その、魔界の瘴気を吸いすぎたせいとでも申しましょうか、、、」  
「ふーーーーーーーーんんんんんんんん」  
軽蔑の目をなげるリリス。しかしどこか心が軽やかになる。  
真面目な顔でしょげているアビゲイルを見て、  
当たり前に繰り返されてきた日常の一端を取り戻したような気持ち。  
言葉で説明される幸せよりも、目の前にポンとだされた現実が心の鍵を開いてくれるように。  
 
「さて、お嬢さ、、、いや、リリス姫」  
「んー、お嬢さんでいいよ」  
「では、お嬢さん。簡単に説明をします。貴女をこの魔界から連れ去ります」  
「、、、『卒業』みたい」  
「また旧世界の古い映画をよくご存知で。  
 しかしダスティンホフマンは私には荷が重過ぎますね。  
 その役目のお方は今手が離せないようですし」  
「、、、」  
「とりあえずですね、ここを抜け出し『エデン』に向かいます」  
 

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