地獄帝国にも、遅まきながら夏がやってきた。  
燦々と照りつける夏の擬似太陽。ただ今の気温はなんと32℃。  
暑さが苦手なビレトは、クーラーの効いた自室の床でへばっている。  
焼け付くような暑さを歯牙にもかけず、  
屋上でアシュタロスの洗濯物を干しているバエルとは対照的だ。  
そして、そんな中。  
地獄の底の花嫁さんは、風のよく通る食堂でカップアイスを堪能していた。  
 
「夏の楽しみはアイスだよネ〜〜〜〜〜〜〜〜〜☆」  
 
だが、彼女は気がつくべきだったのだ。  
 
そのアイスが、一体誰のものかという事に…………………。  
   
   
   
 
「うへぁ………あ゛づい゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜………」  
「あ。お帰り、ベリアル君〜〜〜〜」  
 
うだるような外の気温を纏わりつかせ、額に汗を浮かべたベリアルが大広間に入ってきた。  
両手には、これでもか!と言うほどの量の書類が載っている。  
おそらく、アスモデウスあたりが溜め込んでいた書類が回されてきたのだろう。  
 
書類をその辺のテーブルに置き、部屋の隅に設置された冷蔵庫に向かうベリアルを見ながら、  
リリスは溶けかけたアイスを口に運んでいた。  
その冷たさで舌の感覚が麻痺しているにもかかわらず、  
ねっとりとした甘さが口の中一杯に広がり、脳髄を痺れさせる。  
そんなリリスの目の前で、ベリアルが、冷凍庫のドアを開けて……………………。  
 
「俺のチョコアイスがない〜〜〜〜〜〜!!!!!」  
 
ベリアルが叫んだ。  
そりゃあもう大きな声で、だ。  
その声で、うたた寝していたビレトが飛び起き、バエルが干していた洗濯物を落とし、  
リリスが思わず耳を塞ぐくらいの大声だ。  
冷凍庫の扉を開けたまま、その場に崩折れるベリアル。  
そんな彼の背中には、なんとも言いようのない哀愁が漂っている。  
 
「クソッッ…………書類整理が終わったら、あのチョコアイスを食べる計画が……っっっ…!!」  
 
地獄の中心で、チョコアイスがない!と叫びそうな勢いで、ベリアルが男泣きに泣き崩れた。  
そんなベリアルを横目に、リリスはCM明けの地獄ワイドショーに視線を戻そうとする。  
………が。  
首が回らない。いや……回らないなんてもんじゃない。  
むしろ動かせない。  
仕方なく、視線だけを上に動かせば、すぐ間近にベリアルの顔があった。  
その顔には、そりゃあもうイイ笑顔が浮かんでいる。  
 
「…ところでな、リリス姫……お前が食ってるそのチョコアイスはいったい誰のなんだろうな……?」  
 
ああ…そういえば、チョコ味のアイスだったなぁ……。  
なんて思いながら、リリスはふとカップの底に視線を走らせて……。  
 
……彼女は見てしまったのだ……。  
 
‘このアイス俺のモノにつき、喰ったら7代先まで祟ってやる’  
という、カップの底にでかでかと書かれたなんとも彼らしい文字を……。  
 
食堂を重い沈黙が支配する。ベリアルはリリスの頭をがっしりと掴んだまま離さない。  
リリスは頭を掴まれながらも、テーブルの上に転がっていたペンを手に取り、カップの底に何事かを書き込み始めた。  
ベリアルの文を棒線で消し、その上に、自分の名前を上書きするリリス。  
数十秒後。  
アイスのカップに記されたのは、‘リリスのアイス’の文字。  
 
「…これで良し!!」  
「良くねぇよっっっっ!!!!!」  
 
満面の笑顔で大きく頷いたリリスの頭を、ベリアルが掌ではたく。  
その結果……  
 
「痛いヨ〜〜〜〜〜……ベリアル君がぶったぁ〜〜〜〜〜〜〜……」  
「アイス……リリス姫が俺のアイス食った………」  
 
万魔殿の食堂に出現した、後頭部を押さえて唸る花嫁さんと、殆ど空になったアイスのカップを眺めて泣き崩れる7大悪魔王の姿…。  
何とも奇妙な光景である。  
と。目尻に涙を浮かばせながらのた打ち回るリリスを横目に、ベリアルがすっくと立ち上がった。  
どうやら、ショックの波はひと段落してきたらしい。  
未だ後頭部を押さえて呻くリリスを一瞥すると、ベリアルはそのまま食堂を後にした。  
 
そして…5分後。  
図書室あたりから持ってきたのであろう、黄色く変色してしまっている、古く分厚い本を小脇に抱えたベリアルが、足音も高らかに食堂に帰還する。  
ベリアルのその足は冷凍庫に向かい、イチゴのカップアイスを持ち出してきた。  
 
「………今日はチョコの気分だったのに…………」  
 
いつかリベンジしてやる!と決意を固めながら、ベリアルが椅子に腰を下す。  
本をテーブルの上に広げ、イチゴのアイスを口に運びながらページを捲るベリアル。  
 
「ねぇ、ベリアル君………その本…………ナニ……?」  
「ああ、アイスのカップに書いてあっただろ?‘食べたら祟る’って」  
 
恐る恐る尋ねるリリスに、極上の笑顔で本の表紙を見せつけるベリアル。  
その本の表紙に躍る文字。それは…………【古今東西呪術大全】……………。  
 
「えぇぇぇぇぇぇっっっっっ!?!?アレ、本気だったノ〜〜〜〜〜!?」  
「当たり前だろ!本気と書いて、マジと読む!!食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ!!  
例えリリス姫相手でも譲れねぇからな!!!」  
 
一気に青ざめるリリスを抱き寄せて、、  
ベリアルは‘藁人形と泥人形のドッチがイイ?’等と、それはそれは楽しげに笑っている。  
 
だが、ベリアルもまた気がつくべきだったのであろう。  
    
彼が満足げに食べているそのイチゴアイスが、一体誰のものかという事に…………………。  
    
   
突然、文字を追っていた視界が闇に包まれる。  
視界を遮るソレが人の掌だと気付くのに、そう時間はかからなかった。  
夏だと言うのに、身も凍りそうに冷たい肌。白くしなやかな腕。仄かに香るコロン。  
 
「アシュタロスかよ………………いきなりアイアンクローかますのはやめろよな…」  
「いいではないか、この程度……  
それに…今、貴様が食べているその氷菓子の所有者は誰だと思う、ベリアル…?」  
 
笑顔のアシュタロスにギリギリと頭を締め付けられながら、カップの底に目を向けるベリアル。  
流暢な筆記体で記された幾許かの文章。………。  
 
「……………見えるが、読めん………何語だ…?」  
「古代ヒッタイト語だ。‘此を食す者に永久の呪いあれ’と書いておいたはずだが…?」  
 
アシュタロスの顔に浮かぶ笑みと、ベリアルの頭を締め付ける指の力がどんどん増していく。  
ベリアルは、彼岸へとトリップしていきそうな意識を懸命に此岸に繋ぎとめる。  
 
「〜〜〜っっ!!明日!明日、イチゴアイス買ってやるから、いい加減に離しやがれっっっっっ!!!」  
「いや。買いなおす必要などないぞ、ベリアル…」  
 
息も絶え絶えに言葉を紡ぐベリアル。  
その言葉に、ふっと頭を締め付けていた力が緩む。  
解放されたかと思い、ベリアルは大きく安堵のため息をつく。  
だが、汗を拭いつつ上げた顔の向こうには、さも楽しげに微笑むアシュタロスの顔があった。  
 
「‘食べ物の恨みは恐ろしい’のだろう、ベリアル……?  
 大人しく永久の呪いを受けることだな………」  
 
嗚呼、笑顔が眩しいですアシュ姐サマ……。  
 
「ベリアル………貴様…私のアイスを食べた罪は重いぞ!!!!!」  
「〜〜〜〜〜っっっ!!いいじゃねぇかアイスの一つや二つ!!  
 目くじら立てるのは大人気ねぇぞ!?」  
「な……最初に、アイスのことで怒ったのはベリアル君じゃないか〜〜〜〜〜〜っっっ!?」  
 
 
 
夏の暑い日。クーラーの効いた部屋で過ごすのもイイけど、  
たまにはこんな馬鹿騒ぎで暑気払い、って言うのもいいんじゃないの?  
   
   
   
「…………それでは、教育してやろう……………7大悪魔王の闘争と言うものを…!!!」  
「………っっっっ!!………………面白ぇじゃねぇか…相手になってやるぜ!!!!」  
「ちょ…………………ふ、二人とも!?何で暗黒体なんか召喚してるの〜〜〜!?!?!?」  
   
   
   
それから間もなくして…。  
食堂からは、ベリアルの叫びとアシュタロスの怒声、リリスの絶叫が聞こえてきた。  
どたんばたんと、厨房まで聞こえてくる物音と、時折聞こえる悲鳴と怒声…。  
恐らくは、しっちゃかめっちゃかになっているであろう食堂の掃除を誰に頼むべきかを考えながら、  
万魔殿の食堂主任ニスロクは、最後のニンジンの皮を剥き終えた。  
   
 
 
   
    
I scream, you scream, we all scream for ice cream!!  
 
 

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