バスタード学園の保健室には、二人の癒し手がいる。  
一人、神の薬の名を持つ保険委員の熾天使ラファエル。  
一人、介護よりも保健体育を得意分野とする女医アシュタロス。  
医務室には大体いつもこの二人が詰めていて、  
怪我をした生徒達を『優しく』癒してくれる。  
「いつも、今日くらいだといいんですけどねえ…」  
厳しい寒さも緩み、花の蕾もほころび始めた小春日和の月曜日。  
濃い蜂蜜色の紅茶をスプーンでかき混ぜながら、ラファエルがのんびりと口を開く。  
「先生はお砂糖はお幾つ入れますか?」  
「砂糖はいらん。その代わりにレモンでも入れてくれ」  
いつもはラファエルに任せきりのカルテに目を通しながら、アシュタロスが答える。  
今日は珍しく、怪我人も、病人もいない。  
オフホワイトの壁に囲まれた部屋の中。二人は、束の間の平和な時間を過ごしていた。  
しかし、平穏とは破られるためにあるようなものだ。  
「アシュ先生〜!!保険委員〜〜〜!!いるか〜〜??」  
バタバタと盛大な足音を立てて廊下を走ってきたエプロン姿のカイが、  
突然保健室に飛び込んできた。  
ここに来る間に転びでもしたのか、膝もすりむけて血が滲んでいる。  
「その……指、切っちまった……」  
その格好から察するに、調理実習中に包丁か何かで切ったのだろう。  
指から結構な量の血が流れている。  
 
「これはまたばっさり切りましたね…」  
目の前の椅子にカイを座らせ、ラファエルは治療を開始する。  
指の根元に麻酔を打ち、傷口を手早く縫い合わせる。  
その後、消毒を施してガーゼを当て、包帯を巻いたら終了だ。  
「しばらくは、部活は禁止ですよ」  
「マジかよ!?オレ、大会近いんだけど…」  
「無理をすれば傷が開いて大会どころではないですよ」  
カルテに記入しながら、抗生物質や痛み止めの処方箋を書いて持たせてやる。  
「お大事にしてくださいね」  
有無を言わさぬ笑顔を浮かべるラファエルに見送られながら、しょんぼりと肩を落  
としたカイが保健室を後にした。  
「なかなか見事な腕前だな」  
「見ていたのなら手伝ってくださればよかったのに…」  
自分が入れた紅茶を飲みながら今までの一部始終を見物していたアシュタロス。  
そんな彼女に苦笑を漏らすラファエル。  
どうも機嫌が良さそうな彼女に、ラファエルは積年の疑問をぶつけてみることにした。  
「貴女はどうして保険医になろうと思ったんですか?」  
「それを聞いてどうなるというのだ?」  
回転椅子に腰をかけ、不思議そうな顔でラファエルを見るアシュタロス。  
如才なくその端整な顔に笑みを浮かべてラファエルは答える。  
「僕の知的好奇心が満足します☆」  
ニコニコと一見人懐こそうな笑みを浮かべるラファエルを見ながら、  
アシュタロスは深くため息をつくと淡々と口を開いた。  
「保険医になればな、生徒のつまみ食いがし放題だと思ったからな」  
「…そんな不純な動機で……」  
「不純ではなかろう?生殖行動は本能の一つ。生きていく上で切り離せぬものの一つだ」  
 
ルージュを塗った唇を笑みの形に吊り上げて、アシュタロスがニンマリと微笑む。  
反対に、頭を抱えてしまったのはラファエルだ。  
そんなラファエルの顎に指をかけ、アシュタロスは彼と視線を合わせる。  
「そんな聖人君子のような顔をしても無駄だぞ、ラファエル。  
お前も、本能からは逃げられまい?」  
その発言を疑問に思う間もなく、ラファエルの唇はアシュタロスによって塞がれていた。  
「な、な、な、な、何をする気なんですか貴女は!?」  
「この所、食指が動く生徒がいなくてな。退屈していたところなのだ…」  
整った顔に淫蕩な笑みを浮かべ、白衣を脱ぎ去ったアシュタロスがラファエルを押し倒す。  
「楽しもうではないか、保険委員……」  
ガラッッッ!!!!!!  
再び唇が重なろうとしたその時、ラファエルにとっては天の助けが、  
アシュタロスにとっては邪魔者が保健室にやってきたの。  
「そこまでだ二人とも!!!!」  
入ってきたのはお堅い事で有名な風紀委員長のウリエルだ。  
顔を真っ赤にして怒鳴る今の彼なら、頭で茶が沸かせるだろう。  
「校則第29条第1項!学校内での不純異性交遊は禁止しているぞ!!」  
該当項目が書かれた生徒手帳のページを開きながら、  
ウリエルは声高に校則についての演説を始める。  
が、そんな事で怯むような彼女ではない。  
切々と校則を守る事の意義について語るウリエルの腕を取ると、  
自分のほうへと引っ張った。  
「な、何をする貴様!!」  
バランスを崩したウリエルが、ラファエルのすぐ傍の床に崩折れる。  
これから自分達の身に何が起こるのかを薄っすらと理解し始めた二人の目の前で、  
扉がぴしゃりと閉められる。  
 
「ちょうど良い所にきてくれたな、風紀委員長。  
いつか、お前の鳴き顔も見てやろうと思っていたところだ」  
そう言って、アシュタロスが身につけていた服をはらりと足元に脱ぎ去る。  
午後の日差しを浴びて白く眩しく輝く身体に、二人は一瞬息を呑んだ。  
呆けたような表情の二人を眺めつつ、アシュタロスがニンマリと微笑む。  
 
「さて……楽しませてもらうぞ、二人とも……」  
 
 
 
 
 
日も大分西に傾いた頃、控えめなノックと共に保健室の扉が静かに開けられた。  
「あの、アシュタロス先生、いらっしゃいますか?」  
扉の影から顔を覗かせるのは合唱部のシエラ。おおかた喉飴でも貰いにきたのだろう。  
返事がないのを訝しく思いながらもおずおずと入室する彼女の目の前には、  
普段ではありえない光景が広がっていた。  
 
「ああ…ボクはなんて言う事を………」  
「アムラエル……快楽に負け堕落した兄を許してくれ……」  
 
情事の後が生々しく残る備え付けのベッドに、ぐったりと裸で横たわる二人の男…。  
 
「い、い、い、イヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」  
 
保健室に来た目的も忘れ、日頃鍛えた腹筋と腹式呼吸を最大限に駆使して絶叫するシエラ。  
脇目もふらず、一心に保健室を駆け出していく。  
そんなシエラと入れ違いになるかのように、シャワー室からアシュタロスが帰ってきた。  
同伴しているのは音楽教師のビレトだ。  
 
「何や、また生徒にちょっかい出したんか?」  
「また、と言われるとは心外だな」  
「………で、具合はどないやった?」  
「さぁてな…。半刻も体力が持たぬ男と上手くない男…どう評価すれば良いものやら…」  
興味津々という態で顔を覗き込んできたビレトを一瞥しながら、  
アシュタロスもまんざらではない様子で笑みを浮かべる。  
「まあ、なかなか面白い経験ではあったがな」  
「っかー…相変わらずやなぁ」  
軽く頬を染めながら苦笑するビレトをアシュタロスは楽しげに眺めている。  
「せやせや。今日もな、男どもが飲み行く、ゆーてんねんけど、アシュはどないす  
る?」  
「どうせいつものメンバーなのであろう?今回は遠慮しておくよ」  
アフター5の計画を練りながら、女教師達は職員用のロッカールームに足を向ける。  
保健室であった惨劇など露も知らずに…。  
 
その後、動転したシエラが合唱部員に語ったことが原因で、  
学園中にラファエルとウリエル同性愛説が流れたという。  
噂を知ったアムラエルがウリエルを避け始め、  
ショックでウリエルが引き篭もり状態になったらしい。  
その結果、生徒会の人手が足りなった挙句にミカエルが過労で倒れて保健室に運ばれて、  
アシュタロスに喰われたとか喰われなかったとか…。  
 
 
バスタード学園の保健室。  
ここには、白衣の悪魔が住んでいる。  
 
「ふむ……このカル=スとやらもなかなか美味そうではあるな…」  
 
 

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