地上の世界で言う大晦日未明から元旦早朝にかけ、コキュートスに珍しく雪が降った。  
 しんしんと降り積もった雪は地獄の道路を埋め、トロメアの砂漠を湿らせ、ガーゴイルを冬眠させる。  
 万魔殿があるジュデッカも例に漏れず、擬似太陽が昇った頃には城を取り囲む幹線通路はすっかりアイスバーンとなっていた。  
 そんな天気にうんざりしたのか、大広間には物置で眠っていたあるものが運び込まれた。  
 畳という敷物2枚とセットになって運び込まれたそれは、なんとも古風な練炭炬燵。どうやら、とある島国で使われていたものらしい。おそらく、珍品好きのヴァラックあたりが収集していたものなのだろう。  
 だが、そんな事は底冷えのする寒さに閉口した悪魔王たちの知ったことではない。  
 夜半まで灰色の空から白いものがちらついていたのが嘘のように、今では抜けるような青空が広がっている。  
 窓の向こうのようようと白くなっていく東の空を眺めながら、悪魔王たちは思い思いに寝そべったり、ミカンを食べたりと、思い思いに時を過ごしていた。  
「…それにしても、雪が降るなんて珍しいなぁ…」  
 肩まで炬燵布団に潜り込みながら、ビレトが通販雑誌のページを捲る。  
 そんなものを読まずとも彼女が望めばどんな物でも手に入るだろうに、彼女はソレを愛読している。  
 『見てるだけでも楽しーやん☆』というのが彼女の言い分だ。  
「地獄で雪が降るなんて珍しいモンね〜〜…」  
 一方、ビレトの横で背中を猫のように丸めながら炬燵に潜り込んでいるのはペイモンだ。  
 つい先程まで、ビレトの雑誌の付録としてついてきた貴金属の小冊子を読んでいたが、すっかり飽きてしまったのであろう。  
 今は、ストーブの上で温めていた缶入り汁粉を啜っている。  
「まったく……洗濯物が乾かんのも問題だな…」  
「だからといって、ポクチンを手伝いに借り出すとはどういうことカーっ!」  
 
 一方、ストーブの前に居座り、洗濯済みの衣装を畳んでいるのはアシュタロスとバエル夫妻。  
 アシュタロスは黙々と洗濯物にアイロンをかけ、バエルはその巨大な身体を精一杯屈めてアイロンがかけられた妻の衣装をちまちまと畳んでいる。  
 洗濯なぞ下っ端の悪魔に任せればいいだろうとは思うものの、果たして彼女が畳んでいる衣装のどれもこれもが生地が薄手のものだったり、絹や毛皮で出来ていたりする。  
 その上、彼女自身のお気に入りともなれば、他人任せにしたくないという気持ちになるのも頷ける話ではある。  
 尤も、恐怖公と名高い彼女が洗濯物にアイロンをかけている姿など、人間には到底見せられるものではないのだが。  
 そんな女性陣の華やかさとは裏腹に、だらりと脱力しながらミカンに妙な顔文字を書いているのはアスモデウスだ。一応はこれでも7大悪魔王の一人ではあるのだが…。  
「顔文字蜜柑………ラヴィ(・∀・)」  
 正直、顔ミカンで喜んでいる様子を見る限り、到底そうとは思えない…否、思いたくはない。  
 『お前たちは悪魔王としての自覚が本当にあるのかと小一時間問い詰めたい』と言いたげな声が聞こえたような気もするが、それはそれ。  
 何だかんだで、彼らは年末ギリギリまで天使の軍団と戦っていたのだ。束の間の休みくらいゴロゴロとしていたいのであろう。  
「まあまあええやん。たまーの雪も綺麗でええやんか〜」  
 そういって、ビレトが眠たげに自分の腕枕でうとうととまどろみ始めた頃、一陣の寒風を伴って、大広間のドアが大きく開け放たれた。  
 
「ぐああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………寒いっ!!」  
 冷気を体中に纏わり付かせながら部屋へと入ってきたのはベリアルだ。マフラー、イヤーマフ、手袋、ダッフルコートetc…。完全装備に身を固め、まるで動く雪だるまのように着膨れている。  
「なんや…もう帰ってきたんかいな」  
 のそりと起き上がったビレトが唇の端を吊り上げ、寒気で真っ赤になった鼻をすすり上げながらコートを脱ぐベリアルを眺める。  
「うるせぇっ!そんなセリフはテメぇもあの寒さを経験してからいいやがれ!!…つか、アスモも独りで場所取ってんじゃねーぞゴルァ!!」  
 じっとりと水気を吸った手袋をケラケラと笑うビレトに投げつけ、ごろりと寝そべっていたアスモデウスを蹴り飛ばして開いたスペースにもぐりこみながら、ベリアルが窓の外に目を向ける。  
 ソレにつられたのか、飲みかけのお汁粉を啜りながらペイモンが目をやった先にあるのは、薄手のコートを風に翻しながら一面の銀世界を飛び回るリリスの姿だった。  
「…リリスちゃん、本当に元気だモンねぇ…」  
「…そんだけ若いってことなんやろなぁ…」  
 まるで、立ち歩きをするようになった孫を見つめる祖母のような眼差しでリリスを眺めるペイモンに苦笑を漏らしながら、ビレトが立ち上がった。  
 立ったついでにお茶煎れて、ミカンちょうだい、アイロン用のノリも頼む。途端にやかましくなる仲魔達の要求を一蹴し、ビレトは給湯室からポットを持ってきた。  
「雪やこんこん 霰やこんこん 降っても降ってもまだ降り止まぬ」  
「犬は喜び庭駆け回り 猫は炬燵で丸くなる」  
 一体誰が歌い始めたことやら。どちらともなく口ずさまれた「文部省唱歌」。その歌詞に合わせて室内の悪魔王の目が室外へ、そして室内へと移動する。  
 
「つまり、炬燵で丸くなっているオレ達がネコってことか?」  
「ポクチンを猫呼ばわりするとはどういう了見カー!!」  
「まあ、ウチは人間の文献ではネコの姿で描かれとるからある意味間違いではないけど…」  
 ひとしきり自分たちの状況を確認した後、室内にいる悪魔王たちはそっと嘆息した。  
「せやけど、リリスちゃんの方が「猫」っちゅー感じやなぁ」  
「あんまり犬、っていう感じじゃないモン」  
 コートとマフラーと言う軽装で雪の中を笑顔で飛び回るリリスを、悪魔王達は半ば呆れたように眺めている。  
雪原を、縦横無尽に跳ね回り、駆け回り、時には転び、また駆け回る。つい先程まで、ベリアルはそれにつき合わされていたというわけだ。  
「いや、意外と犬っぽいような気もしなくはねぇけどな」  
「…まあ、例えるとするなら「子犬」というところか?」  
 お気に入りのショールにアイロンを当てながら、ツイとアシュタロスも中庭で駆け回るリリスに目を向けた。  
 彼らの視線に気付いていないのか、リリスはまるで生まれて初めて目にする雪に大喜びする子犬のように、嬉々として新雪に足跡をつけて回っている。  
「犬耳つけて首輪に繋がれてるリリスちゃん(;´Д`)ハァハァ」  
「…個人的にリリスに装備させるなら猫耳がいいがな…」  
「つけ耳もええけど、ウチはナースコスがええなぁ…」  
 いったい何を想像しているのかと、呆れてものも言えない男どもを横目に、コスプレ談義に華を咲かせる女性陣。  
 突然、中庭側の窓が開けられて、外の寒気が室内にどっと押し寄せてくる。  
「何か盛り上がってたみたいだケド、何の話してたの?」  
 開いた窓から、ひょっこりと顔を出したのは話題の中心になっていたリリスだ。  
 
 背伸びをしてまで窓枠にしがみつき、部屋の中を覗き込んでくる少女を眺めながら、男たちが顔を見合わせた。  
「…なあ、リリス姫。装備するなら猫耳と犬耳のどっちg…ぐあっっ!」  
「いつもの服とナース服とどっちがすk…くぁwせdrftgyふじこlp;@…」  
 最後までリリスに言葉を伝えることも出来ずに、短い悲鳴を上げてベリアルとアスモデウスが床に沈む。  
 ベリアルの後頭部にはビレトが投げつけた通販雑誌の角が。アスモデウスの背中にはアシュタロスが投げたアイロンが。それぞれ間髪いれずにヒットしたのだ。  
「ど、どうしたの、二人とも!?大丈夫!?」  
 慌てて窓際に捕まって身体を持ち上げたリリスが室内を覗き込む。  
「二人とも、一応悪魔だから大丈夫だと思うモーン」  
「それよりも、いつまで窓を開けているつもりなのカーっ!ポクチンを凍えさせる気カーっ!!」  
「今なら、お茶も蜜柑もお汁粉もあるさかい、ちょっとあったまったらどないやー?」  
 心配そうに二人を眺めるリリスにかけられるのは、何とも無責任な台詞やら逆らいがたい誘惑やら。  
 確かに、身体は十分冷え切っていて、室内の暖かい空気はさぞや心地よいだろう。しかし、中庭とはいえせっかく外にベラレ他のだから、もう少し雪の中で遊びたいような気もしている。  
 ジレンマに苛まれるリリスの心を決めさせたのはやはり彼女だった。  
「なあリリス。この寒さでは雪も融けないであろうし、また明日も遊べばいいではないか」  
 そう言って、アシュタロスは笑顔で開け放たれた窓を閉める。  
暫く、閉められた窓を呆けたように見ていたリリスだが、すぐに気を取り直したように玄関へ向かって走っていった。  
 待つこと数十秒。ガチャリと玄関のドアが開く音がして、聞こえてくるリリスの声。  
 
「ただいまー。やっぱり外の空気はよかったヨー」  
「お帰りなさいだモーン」  
「外は寒かったやろー?ほら、タオル、タオル〜〜」  
「濡れた服は脱いだほうがいいぞ。風邪をひいてしまうからな」  
 冷え切った身体を迎えてくれるのは、温かい言葉と仲魔達。  
…外遊びもいいケド、寝正月も悪くなさそう…。  
 タオルで濡れた頭をガシガシと拭かれながら、リリスはほんのり微笑んでいた。  
 
   
 それから5時間。一時は止んでいた雪が、再び大地を白く染め始めた。しかしながら、大広間の中はそんな外の寒さが嘘の様に暖かい。  
そんな静かな静かな大広間から聞こえる寝息が5つ。  
「もっと持ってこな…い、カー……っ……」  
 山のようなミカンの皮の目も前に、頭を置いてうとうとしているのがバエル。  
「…………………」  
 そんなバエルの腹を枕代わりに静かに眠っているのはアシュタロス。  
「…ぬくぬくぅ…」  
「もう、食べられない…モーン…」  
「う゛〜〜〜ん……お、重いヨぉ…暑いヨぉ……」  
 のしかかってくる腕の重さと体温に魘されているリリスに両側から抱きつき、心底幸せそうな表情で寝こけているのがビレトとペイモン。  
 そして、そんな二人を眉間に皺を寄せながら無意識にペチペチ叩いているのがリリスだ。  
 どうやら、珍しく地獄の底は平和なようだ。ある二人を除いては…。  
 
 
「言われて困るような事を話してんじゃねーぞまったくよぉっっ!!!」  
「…ベリアル、あんまり怒ると頭の血管キレますよ…」  
 あの後、アスモデウスとベリアルは、『リリスに告げ口しようとした!』と、怒り心頭の女性陣により、ある事ない事サタンに吹き込まれたらしい。  
 その結果、万魔殿の屋上で雪かきをさせられる男がここに……。  
「あんのアマ……ぜってーゆるさねぇっっ!!」  
「いい加減、心も身体も凍りそうです……」  
「お前ら〜〜〜!!喋ってないで腕を動かさんか腕をぉぉぉおオぉぉぉぉぉお!!!」  
 寒風吹き荒ぶジュデッカに、男二人の慙愧の叫びとサタンの怒鳴り声が木魂した。  
 
とんぴんぱらりのぷぅ。  
 
 
 

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