「花嫁さん」として、万魔殿に連れてこられてからわかったことが一つ。  
 自分の周りにあるものは、戦いに次ぐ戦い、陣営内部の水面下の武勲争い。裏切りと讒言、そして偽り。最初のうちは、確かにものめずらしかったが、慣れてしまえばどうということもない。  
 …ここは、彼女にとってあまりに退屈な場所だった…。  
「…ふあぁぁぁ…」  
 ここは、万魔殿の中にある大会議室。冷たい大理石の床の上。大きな羽毛クッションを敷いて、床の上に寝転がったリリスの目の前に転がっているのは、ガーネット、エメラルド、ルビー、アメジスト、琥珀、サファイヤ、ダイヤ・・・。  
 数多くの輝石をふんだんに使ったアクセサリー。  
 一見地味に見えるデザインながら、強い魔力を秘めた美しいラインを描くブレスレットを、まるで積み木のように積んでは崩したり、繊細な細工が施されたネックレスを床の上に散らし、万華鏡の様な模様を作ってみたり…。そして、また一つ大あくびを漏らす。  
「リリスちゃん?どうしたんだもーん??」  
 と、頭の上から、何とも間延びした声が降ってくる。今や、すっかりリリスのおもちゃと化している装身具の提供者、ペイモンだ。その声につられてふと顔を上げると、床一面に衣装が散乱している。どうやら、衣替えをかねたファッションショーが繰り広げられているようだ。  
「あ〜、それ、ペイモンがあげたやつ〜〜〜♪気に入ってくれたんだもん!?」  
 満面の笑みを浮かべて飛びついてきたペイモンの勢いに負け、色とりどりの布の上にダイブしてしまうリリス。そのままごろごろと床を転がり、何枚かの布地を身体にまとわりつかせてようやく停止する。  
 
「あぅ〜…ペイモンたん、痛い…」  
 転がったときに、したたかに打った後頭部をさすり、にょほほんと笑っている元凶の悪魔王を恨みがましく見つめる。  
「えへへ〜〜♪だって、大事にしててくれたのが嬉しかったんだモ〜ン☆」  
 しかし、満面の笑みを浮かべたまま、動きが鈍くなった自分にここぞとばかり擦り寄ってくるペイモンには、何を言っても無駄だということが身に染みてわかっている。  
「だって、これ、綺麗だからね〜」  
 ペイモンに抱きつかれたまま、床に散らばったアクセサリーを集め、元の宝石箱に入れる始めるリリス。  
 何をするわけでもなく輝石部分を光にすかしてみたりなど、何の気なしに取り扱っている彼女だが、今、自分が手にしている装身具一つで人間達が血みどろの争いを繰り広げるだけの価値があることを、彼女は知らない。  
「…ふぅん…リリスちゃんは、綺麗なのが好きなんだもん?じゃあ、これと、そのアクセサリー、交換して、って言ったら交換してくれるモン?」  
 そういって差し出されたペイモンの掌中には、キラキラと光を反射するカットガラスのビーズで、精巧に作られたリングや、チョーカーなど。今、リリスが整理している装身具の価値とは比べものにもならない。  
 …しかし…。  
「うん。いいよ…っていうか、これ、もともとキミのだし…」  
 何の迷いもなく、アッサリと返すリリス。物の価値がわからないというべきか、欲がないというのか…。  
 恐らく、その両方なのではないかとペイモンは思う。  
 一度、記憶を失ったリリスは子供のようなものなのだろうから…。  
 記憶がないと言うことは、自分という存在を確立する材料を失うということに等しい。  
 
「…リリスちゃん、大好きだモ〜ン…♪」  
「??????」  
 そんなことを考えているうちに、胸の奥がキュンと締め付けられるような感じがして…。ペイモンは、思わずリリスを抱きしめていた。  
「じゃーん!ちょおコレ見てや〜〜〜♪」  
 まるで、子猫たちのようにじゃれあっている二人の前に、チュールレースのドレスを着たビレトが、まるでモデルのようなポーズをつけながら姿を現す。白いレースが、彼女の小麦色の肌に映えて、不思議な色気を醸し出している。  
「「おお〜〜!」」  
 ペタンと床に座ったまま、感極まったように二人が惜しみない賞賛を送る二人の反応に気をよくしたのか、ビレトはその場でくるりと回ってみせる。  
「なあなあペイモン。これ、いつ買うたん?」  
 ビレトは、部屋の真ん中に据えた姿見に全身を映し、鼻歌を歌っている。相当ご機嫌なようだ。  
「え〜っとね…………………忘れちゃったモ〜ン」  
 ズルッ!  
 ビレトとリリスが同時にこける。何とも頼りない所有者だ。  
 
「まあええわ。…いつ買うたか忘れとったんなら、この服、ウチが貰ろてもええやろ〜?」  
「うん。いいよ〜♪」  
「あぁん!ペイモン、おーきに〜〜〜〜♪」  
 喜色満面、ビレトがペイモンに抱きつき、頬擦りを繰り返す。  
「…ん〜…せっかく新しい服も手に入ったしなあ…新しい口紅とシャドウも欲しいなあ」  
「ペイモンの春の新色欲しいモ〜ン!」  
「今年の流行は何色がくるんやろか〜?」  
「やっぱり、ピンク系だと思うモン!」  
 交渉が成立した悪魔王達の話題は、今話題のコスメの話題へと変わっていく。  
春の新色について力説するペイモン。スキンケア化粧品の批評を始めるビレト。そして、そんな二人の会話をポヘーッとした笑顔で聞いているリリス。  
日頃からメイクをしない彼女にとって、ペイモンとビレトの会話は、ほぼわけのわからない呪文のように聞こえているのだ。  
 …『こんしーらー』って何だろう??  
 頭上で交わされる古代呪文のような会話に、リリスが混乱の極みに達したとき、突然、会話がはたと止まった。  
 
…何だろう…嫌な予感がする…  
 
恐る恐る顔を上げれば、金髪童顔のおねいさんと、黒髪つり目のおねいさんの満面の笑顔。しかも、二人とも、わきわきと手をこまねいて迫ってくるではないか。  
「…え、えーと…??」  
 この状況はまずい。本能がそう告げていた。  
 
「な、何??どうしたの??」  
 乾いた笑顔を顔の表面に貼り付けて、じりじりと後ずさりながら、とりあえず聞いてみる。こんな変な笑顔のまま、ずっと顔を覗き込まれていたのでは精神が磨り減るばかりである。  
「ん〜?んふふふ…♪」  
「別になんでもないモ〜ン♪」  
 相変わらず奇妙な笑い声を上げながら、二人はスキップでもするかのような軽妙なステップで近付いてきて、リリスの前後に回り込んで…  
「きゃ〜〜〜〜っ!!」  
 後ろに回ったペイモンが、がばっとリリスを抱きすくめる。  
「ふふふ〜、逃がさないモーン♪」  
「ぺ、ペイモンたん!?な、何するのさ!?」  
 ビチビチと陸に上がった魚のように暴れるリリスをしっかりと抱きすくめたペイモンが、頬を擦り寄せ、耳に唇を押し付ける。  
「ひゃっ!」  
 途端に、リリスの頬にさっと赤みが差す。  
「赤うなった顔も可愛えなぁ♪」  
「きゃぅ…」  
 ビレトの細い指が、さわさわとリリスの喉の辺りをくすぐる。  
「あんなー、リリスに聞きたいことがあんねん」  
「あるんだモーン♪」  
 にこにこと笑いながら、二人が身体を密着させてくる。  
「な、何…?」  
「何でリリスは化粧せえへんのかなあ?思て」  
 顎の辺りを撫でていたビレトの指が、ツツーとリリス頬の輪郭を辿る。  
「だ、だって………めんどくさいんだもん…」  
 
 服の裾から忍び込み、わき腹をくすぐるペイモンの手に肩を震わせながら、リリスが身体をよじる。  
「…め、めんどくさいて…」  
「そんな理由で??」  
 リリスの身体に悪戯し放題だった二人の手が止まる。  
ここがチャンス!とばかり、ペイモンの腕から逃げ出そうと、リリスがもがいた瞬間、抱きしめていた腕がさらにきつく締め付けられた。  
「逃がさないモーン♪」  
 ニヤリ、と、ペイモンは笑い、  
「そないな理由で美の探究を怠る不届きな子にはオシオキが必要やな〜♪」  
 何かを企んでいるかのような微笑を浮かべて、ビレトはリリスの乳房に下から指で触れてくすぐるように撫で上げる。  
「ひゃっっ!!ちょ…触んないでよぅ…てか、お仕置きってなんですか!?」  
 真っ赤な顔になりながら、リリスがじたばたと暴れまわる。  
 しかし、身体を抱きしめる腕の力はさっぱり変わらない。所詮、人間と悪魔王の力の違いである。  
 
「女の子は、いつも綺麗になる努力を怠ったらダメなんだもーん♪」  
「せやせや。ペイモンの言う通りやで!女が綺麗でいることを怠るんは、これはもう犯罪やな♪」  
どこかで聞いたような理論を異口同音に並べ立てた二人が、リリスの身体への悪戯を再開する。  
ペイモンが、リリスの顔を横向けて唇を奪ったかと思えば、ビレトは黒い笑いを浮かべ、乳首には直接刺激を与えないように細心の注意を払いながら、次第に撫でる範囲を乳房全体、脇腹にまで広げていく。  
「ん…んぅ……!」  
 舌を絡め取られ口腔内を隅々まで犯されて、頭の奥から溶かしていくような長いキスに、リリスの理性が侵食され始めていく。  
「ん〜?何や…オシオキされて感じてもうたんか?」  
「か、感じてなんかないもん!」  
 長いキスから解放され、くったりとしているリリスの乳首を、ビレトは集中的に弄り始める。真っ赤なり、息を乱しながらリリスが懸命に否定する。  
 その時。服の裾から入り込んでいたペイモンの指が、少し力を込めて乳房を掴む。  
「…や…ぁ…違…!!」  
 ふるふると頭を振りながら、リリスが微かに喘ぐ。  
 …と…。  
 
「おいこらテメェら何やってんだゴ━━━━━━ルァ!!!」  
 バタン!と、勢いよく会議室の扉が開き、山の様な衣装ケースを抱えたベリアルとアスモデウスが足音荒く入ってきた。  
「おうおうおう!!テメェら、人を働かせておいて、自分らはここで女遊びか!?いいご身分だな、ゴルァ!!」  
 鼓膜が破れそうな大声で怒鳴ると、ベリアルがケースを乱暴に床に叩き付ける。  
「おお、怖。これやからガテン系の人種は好かんのや…」  
「リーちゃん…そんなにカリカリしてると、そのうち血管切れちゃうもん?」  
 リリスに縋り付くように身体を寄せ合った二人からの、冷静なツッコミを受け、ひるむベリアル。しかし、彼は意外と強かった。  
「うるせえ!誰がガテン系だ!…てか、リーちゃんって呼ぶんじゃねえ!!」  
 きしゃーっ!と、口から炎を吐きそうな勢いで食って掛かるベリアルに、ペイモンとビレトの口撃はなおも続く。  
 
「うるさいいのはこっちや!ええから、ウチとリリスの時間を邪魔せんといてや、この枝毛眉毛!!」  
「そーだモーン!女の子同士の時間を邪魔しちゃダメなんだモン!」  
「濃い顔!」  
「下睫毛!」  
「脳筋!」  
「単純!」  
「………単細胞…」  
 女性陣の口撃に、ボソリと後尻に乗るアスモデウス。  
「あー!アスモてめえ裏切ったな!!」  
「…事実、でしょう…?」  
 このなかでは、唯一の味方と思われたアスモデウスに裏切られたのが相当ショックだったのだろうか。部屋の墨で膝を抱えるベリアルを尻目に、ビレトとペイモンの二人が、再びリリスいじりに熱を上げ始める。  
「…くぅ…ん…」  
 収まりかけた体内の熱を再び煽られ、リリスは切なげに身体をくねらせる。  
「くくく…悪い子やなあ…こないにココ固くして…」  
「リリスちゃんは、オシオキされて感じちゃうんだモン?」  
 ペイモンの手が乳房を根元から搾りあげると、ビレトの指が乳首を捻り潰すように力を込める。  
 
「やっ!あ…痛い…痛いよぉ…」  
 流石に刺激が強すぎたのだろう。目じりに涙を浮かべながらリリスが手足をばたつかせて身体をよじる。しかし、両の足は、ペイモンの足で押さえつけられ、膝を閉じてしまえないようにビレトの身体が押し入れられる。  
 両手も、いつの間にか後ろ手に回され、脱がされた袖によって拘束されていた。  
「逃げようとしてもダメやでえ♪」  
「そうだモーン。これは、オシオキだモーン♪」  
 白い首筋に紅い痕を残しながら、ペイモンの唇が胸元へと下がっていき、それと平行して、ビレトが舌で涙を舐めとると爪でストッキングを切り裂く。  
「ほんまに可愛えなあ…」  
「今日は、いっぱい可愛がってあげるモーン♪」  
 二人の悪魔が、ニッコリと笑う。  
 窓の外には、紅い満月が静かに光っていた。  
 
 

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