冷たい沈黙と闇が支配する荒れ野の一角で、一人の男が疲れきった身を横たえていた。  
「……そういえば一人で考え事をするなど、あの変異以来絶えて無かったな」  
投げやりな笑みと独り言を漏らして男―― マカパイン ――は両手で顔を覆った。  
 
 あの日、最後の審判と称して神の眷属たる天使の軍団が天を蓋いつくし、大地を破壊し尽くした。  
一方、時同じくしてマカパインの全く与り知らぬ所で(もっとも、彼の知り合いが関与していたが)  
地獄の蓋が唐突に開いてしまい、今まで見たこともない地獄の住人が堂々と地上を闊歩するようになった。  
天使と悪魔が互いの覇権を賭けて最後の闘争を繰り広げる。  
地上は光と闇の勢力争いの場と成り果てて、人類の安住の地など、どこにも残されてはいなかった。  
 
「こんな筈ではなかったんだ。こんな筈では…そうでしょ? カル様…」  
 マカパインの涙腺はいつの間にか緩みだし、熱い涙が際限なくほとばしり始めた。  
彼は、疲れていた。もう、どうとでもなれ! と自棄になるほど。  
彼は、唯一敬慕し、忠誠を誓う対象であった氷の至高王カル=スに付き従い、その理想を成就せんと戦った。  
目的の崇高さのために、これを達成するために、彼は自ら進んで汚れ役となり汚い手段を用いて闘った。  
今でもその目的の正しさについて、一欠けらの疑念も無い。だが……  
「どこで我らは間違えてしまったのでしょう、カル様」  
 結末は最悪を極めた。  
今彼は辛うじて生き残った三人の仲間と共に、あの日の災厄から生き残った人々を守りながら旅を続ける。  
何人も差別されることの無い、平等で、豊かな理想郷。彼と彼の主君の理想。  
夢の王国は悪夢で終わり、現実は日々を生きること、ただそれだけを目標に当所も無く歩き続ける。  
 
 つい先程も下級の天使数体に追い回されて、多数の犠牲者を出したばかりであった。  
彼ら旧魔戦将軍等の活躍でなんとか天使たちは撃破したものの、  
度重なる人に非ざりし者達との戦いは精神を極限まで追い詰めていく。  
マカパインは仲間達に一言も告げることなく、ただ一人でふらふらと荒れ野に彷徨い出た。  
それがどれだけ自他を危険に追い込む行為かは、頭では分かっている。  
だが、精神の疲労と飢えが、もはや意思の力では如何ともし難いほどに彼を狂わせていた。  
 
 突如夜気を切り裂く翼の羽ばたく音がマカパインの鼓膜を叩いた。  
「天使か!?」  
彼は慌てて起き上がり、崩れた一軒家の物陰に隠れて辺りを窺う。  
かつてはこの家で平凡な家族が極平凡に暮らしていたのだろう、  
そう思うとマカパインは危機の最中にも拘らず、たまらなく物悲しくなってきた。  
幸いにも、天使達はマカパイン一行からある程度離れた場所に降り立つ。  
だが、マカパインが監視する中、キィキィと耳障りな声で鳴いて騒いでいた天使達が唐突にバラバラに崩れ落ちた。  
「なッ 何事だ一体!?」  
思わず身を乗り出し、その信じられない光景を呆けた表情で見つめる。  
天使といっても、最下級であればまだ人間にも対処することは出来る。  
実際、マカパイン達はまだ生き残っているのだから。  
だが、人の身で、あの異界の者達を瞬時に滅殺出来る力を有する者がいるとすれば……  
 
 マカパインは無我夢中でその現場に向って駆け出していた。  
本来ならば急いで仲間の元に駆け戻り、さっさとこの場を逃げ出すべきであったろう。  
しかし、今、彼の脳裏を占めているものは全く別の事であった。  
(カル様だ! あそこに、カル様がいる!! すぐにお迎えせねば)  
 生き残りを賭けた闘争の日々に悩乱しきった彼は、いつしか現実と願望の区別が出来なくなり始めていたのだ。  
そこに待っている者が、必ずしも「人」とは限らないのだが。  
 
「これは…惨い」  
 天使に同情などすることがあると、正直思ってもいなかった。  
辺り一面に天使達の翼の羽と肉塊が散乱している。それは内側から爆ぜて飛び散ったとしか思えない惨状だった。  
その惨劇の場の中心にマカパインは信じられないものを見つけた。  
 少女。紛う方無き少女が彼に背を向けて一人佇んでいた。  
辺りには彼と、少女と、傷つき倒れ伏した天使達しかいない。少なくとも、まともな形で生ある者は彼と彼女だけだろう。  
望んだ者がいなかったことに落胆はしたが、しかしマカパインは目の前の光景を黙って見過ごすことはしなかった。  
彼は少女に声を掛けようと歩を進める。それは残り少ない人類を一人でも助け出すのが彼の使命だったからだが、  
後々の事を考えると、それは大いなる錯誤とお節介と言わざるおえなかった。  
 
 死人のように蒼ざめた満月の光に照らし出された少女は、不意に背後から声を掛けられ振り向いた。  
「大丈夫か!? 怪我はないか? …他に誰かいないのか!?」  
彼女は自分を呼ぶ者の正体を確かめて、その現実離れした設問に呆れ返ると共に妙な好奇心が湧いてきた。  
「ほう、まだ生き残っていたのか、人間は」  
尋常ならざる答えにマカパインはその歩みを止める。背筋に冷たいものが走り始める。  
 彼の腰に届くかどうかの背丈の少女の装いは、余りお目にかかったことの無いデザインであった。  
ぴったりと腰を覆うタイトのミニスカート、その背には尻尾なのか羽なのかよく分からない飾り、  
華奢な体のそこかしこに身につけられた、見ただけで分かる高い魔力を秘めた美々しい装飾具。  
月明かりに照らされた顔の造作は、年相応の幼さを伴った可愛らしいものだったが、  
闇夜にも爛々と光る瞳は年月を超越したものにも思われた。  
 マカパインを躊躇させたのはそれらではない。  
少女の少し癖のある髪の合間から生えている二本の雄羊の角と、  
その彼女の右足の下でのた打ち回っている血塗れの天使の姿であった。  
 彼は、人間が踏み込んではならない領域に自ら進んで突入してしまい、慄然として立ち尽くした。  
 
「忌まわしき神の飼い犬よ」  
少女は侮蔑しきった笑みを浮べて虫の息の天使の横顔を踏みつけながら語りかける。  
「なんとお前達は無能なのだ。自ら滅ぼすと決めた人間達を滅ぼす事も敵わず、  
 その騒ぎの間にまんまと我らに復活を許してしまう。  
 もはや、貴様らの無能さは犯罪のレベルに達している。天上で惰眠を貪る神も、さぞ嘆いていることだろうよ」  
地面を舐めさせられている天使の顔は、マカパインの目から見ても明らかに死期が近づいていた。  
「そなたらとの戯れは程々に愉快ではあったが、今や別の遊び相手が参った。今宵はここまでにしようぞ」  
もがき苦しむ天使が急にその動きを止めたかと思った瞬間、粉々に砕け散り、辺りに白い羽を撒き散らした。  
「さてと…待たせたのう、いと弱き人間よ。これより何をして遊ぶとしようか?」  
人の形をした、人ならざる少女はマカパインの方に向き直り、無邪気に微笑んだ。  
だがマカパインの心臓は、否、細胞の一つ一つが固形化した恐怖に悲鳴をあげていた。  
 
 同じ殺されるのであれば、相手の正体を全く理解することの出来ない愚か者であれば良かったと思った。  
そうであれば、何も恐れず悩まず華々しく闘って散るだけだったのだから。  
だが不幸にして彼には少女の、極片鱗にせよ力を感知することが出来てしまったのだ。  
そこから導き出された答えは、確実な死。抵抗することも出来ない完全な敗北と、避けようの無い死。  
 
「人間よ、そなたの名は?」  
 恐怖に圧倒されて蒼ざめ、迫り来る最後の時をなす術も無く迎えようとする男の挙動に、少女は満足して問いかけた。  
「マ、マ、マカパイン …氷の至高王カル・ス様の配下、12魔戦将軍の一人だ!!」  
最初こそ声が震えてしまったが、最後は彼の誇りと精神力を総動員して名乗りを上げた。  
そんな彼の名乗りにある種の趣を感じたのか、彼女は機嫌よく言葉を紡いだ。  
「マカパイン、良き名だ。そなたの礼に適った名乗りに応じて、私もまた名乗ろう。  
 我が名はアシュタロス。地獄を統べる悪魔王が一人、地獄の西方を領する大公爵。  
 まあ、短い付き合いになるであろうが見知りおくがよかろう」  
彼女の名を耳にして、マカパインは全身の力が抜けてその場に崩れ落ちた。  
 
 悪魔王アシュタロス  
 その名を彼はかつて同じ魔戦将軍の同輩であったイダ・ディースナから聞いていた。  
召喚師であるイダにとっては上級魔族についての知識は不可欠なものだったろう。  
彼によれば、アシュタロスは別名をアスタロートともアスタロトとも呼ばれ、  
伝承では、全身黒ずくめの天使の姿、もしくはコウモリの翼に爬虫類の手足をしていると言われ、  
共通する要素としては龍の様な地獄の獣に乗り、右手にマムシを掴んでいる姿だとされる。  
過去と未来を見通し、天界の創造・過ち・失墜の全てを網羅していて、人を自由学科の専門家にすることも出来ると聞いていた。  
40の悪魔の軍団を率い、怠惰とものぐさを持って人間を誘惑するとも言われる。  
 ただ、イダはこうも言った。  
「実際にこいつの姿を見た者など本当にいるのか実に疑わしいですね」  
存在そのものに疑問を呈していた様だが、マカパインは彼に別の意味で賛同した。  
アシュタロスは、今、目の前に実在している。  
ただ、伝承の姿とは似ても似つかないのはどういう了見なのだと、誰と無しに抗議したかった。  
 
 乾いた大地の上で力なく座り込んでしまったマカパインは、  
ただただ自分の背丈の半分も無い悪魔王の顔を見つめた。  
地獄の支配者の一人が、一体全体、何用で地上を徘徊しているのだ?  
「何、大した用事ではない。散歩だ、言うなればな」  
マカパインは驚愕した。考えが、読めるのだろうか?  
「久しく地上を見ておらぬ故、煉獄の封印が緩んだ今、微行して楽しき一夜を過ごしておった。  
 図らずも神の眷属と出くわしたので、適当にあしらって戯れていた際にお前がやって来たというところだ」  
運が悪いというのは、こういう事を言うのだろう。マカパインは半ば諦めにも似た心境で彼女の話を拝聴していた。  
 
「ああマカパイン、マカパイン。そんなに怯えることは無いではないか。  
 私の下僕の中には、人間より流れ出る赤き血をこの上なき物とする者もいる。  
 だが私の考えは違う。神が己の似姿に創ったという、そちら人間を味わう術は何も傷つけるだけではないのだ」  
 ロングブーツのつま先で転がして遊んでいた天使の生首を軽く蹴飛ばして、アシュタロスは彼に向って歩を進める。  
彼女の存在感に圧倒され、自然な形で跪いているため自分の目線より下にある男の顔を見下ろし、  
両手を差し出して冷たい汗で濡れた男の頬を優雅に包み込む。  
「疲れておるようだなマカパイン。だが、その瞳の奥にまだ意思の光が灯ってもいる。  
 何を求めて戦っている? 誰がために戦っている?  
 足掻いても、足掻いても、お前たち人類には滅びしかないのに。  
 よいではないか、他人の運命など。楽になれ、全てのしがらみを捨ててしまえ。  
 暗き闇の中で真の自由を得るのだ」  
赤子のごとき無垢の表情で彼女の声に聞き入っていたマカパインの、  
半ば力なく開いていた唇に悪魔王の唇が重なる。  
「夜はまだまだ続く。これも何かの縁というものだ、私がそなたを癒してつかわすとしよう。  
 恐縮することはないぞ。私も久しく人と交ざわらず、いささか喜びを忘れ果ててしまうところだったのだから」  
 
 どうやら怠惰の大罪を体現する魔性の王は、眼前の疲れた男を堕落させることで無聊を慰めることにしたらしい。  
不意にマカパインの五体を縛る恐怖の荒縄が消え失せ、気だるい脱力感と、その対極の熱い高揚感に満たされ始めた。  
 
 アシュタロスが指を鳴らすと、マカパインの背後にどこからともなく天蓋付の豪奢な寝台が忽然と現れた。  
悪魔王が演出した奇跡に驚愕していると、その背中を小さな手が軽く押す。  
すると、決して軽くはないはずの彼の体がふわりと宙を舞い、柔らかい羽毛布団の中央に静かに着地した。  
「我が館のものを用意したのだ。どうだ、立派であろう?」  
彼女は呆気に取られたマカパインに得意気に話す。自分でロングブーツを脱ぎ、彼女もベッドに上がる。  
「なッ 何を、するつもりだ」  
「種族は違えど、男と女が床を同じくすればすることは一つであろう?」  
「悪いが俺に幼女愛好趣味はない、他を当たれ。用が済んだらさっさと殺せ!」  
少女の姿をした悪魔に突き崩され始めた理性を再構築して、必死の抵抗を試みる。  
「生憎この姿は数あるうちの一つでな、日を改めてくれれば要望の大人の女にもなれるが、  
 今宵は忍び出たる私的な散策、余り目立つ姿では表を歩けぬ身なのだ。  
 まあ、我ら悪魔の覇権が確立してしまえばそんな手間暇も無用だが」  
アシュタロスの右手がかざされるとマカパインの鎧はあっさりと脱がされ、ベッド上から除かれる。  
「私は、人間が嫌いではない。愛してもいないが、これ程からかい甲斐のある生き物もいない。  
 つまりだ、『やめろ』と言われると、余計にイジメたくなるものなのだよ坊や」  
薄く笑ってアシュタロスは、その見せかけだけは小さく華奢な体を男のひざの上に乗せた。  
 
 少女のなめらかで暖かな赤い舌がマカパインの引き締まった頬を這う。  
ゆっくりと、労わる様に、あるいは嬲る様に硬い肌を吸う。  
マカパインは身動きも取れず、両目を大きく見開いて  
(もっとも彼の右目は前髪に隠れていたが)悪魔王の為し様を見守る以外術がなかった。  
「どうした? 鼻息が荒くなっているぞ? 幼児に嬲られて感じておるのか」  
首筋に抱きつきマカパインの耳元でアシュタロスが密やかに囁き、その耳の穴にも舌を滑り込ませる。  
マカパインの耳元からゾクッとする快感の感触が止めど無く湧きで、  
そのウェーブのかかった髪から香る甘い匂いが蠱惑的に彼の鼻腔をくすぐる。  
 いつしか彼の誇りが、尊厳が、矜持が、音もなく崩壊し、  
悪魔王の愛撫に埋没しようとする自分を蔑むのが唯一の抵抗らしい抵抗となった。  
 
 マカパインの首筋に巻きついていたアシュタロスの両腕が解かれ、白い小さな手が彼の上着のボタンを外す。  
「ふふっ 何とまあたくましい… 顔も、人間としてはまあまあだし、一体何人の女を泣かしてきたのだ?」  
「な、泣かしてなど!」  
自分の胸元で自分を愚弄する声に、向きになって否定する。  
「左様か? ハハッ では男色の気でもあるのか?」  
そう言ってアシュタロスは股間に手を伸ばす。  
「ふむ… 硬い、硬いのう。そちの男根は私に敢然と挑むつもりのようだ。  
 どうやらただ単に機会に恵まれなかっただけのようだな。 ハハハッ」  
自分の諧謔に自分で受けてクスクスと忍び笑った。  
 言われてみれば、マカパイン自身、恋愛沙汰に現を抜かしていたことなど無いことに気付いた。  
別に、童貞ではない。悪友バ・ソリーに半ば無理矢理連れられて商売女を幾度か抱いたことはある。  
それ以外の時間の記憶は、己の身体と技を磨くか、  
さもなくば、主君の覇業を成就せんと働いているかぐらいだった。  
 
 ひとしきり一人で可笑しそうに笑っていたアシュタロスは、満足するまで笑い終わると再び眼前の男の体を鑑賞する。  
がっしりとして厚い胸板、割れた腹筋、均衡の取れた体格。  
その全身を、縒り合わせた鋼鉄の鞭のようにしなやかでいて強靭な筋肉が被う。  
その肉体から繰り出される力は凄まじいものであろう。もっとも、それは「人間としては」という保留付だが。  
いかに極限まで鍛え上げようとも、悪魔には実に可愛げのある愛玩動物であって脅威にもならない。  
 だが、見てくれがいいことはあえて否定しない。  
その厚い胸板の上を悪魔王の手が軽やかに撫でる。  
ハープの弦でもかき鳴らすがごとく愛撫して、  
存分にその筋肉の張り具合を楽しんだアシュタロスの指が黒ずんだ乳首にあてがわれる。  
瞬間、マカパインの上半身がピクリと痙攣し、先程からアシュタロスの小さな尻を  
スカート越しに突いているズボンの下に隠された肉の槍がまた一段と硬度を増した。  
彼の反応に気を良くしたアシュタロスの秀麗な顔が、胸板に触れ合わんばかりに近づく。  
彼女の小さく薄い唇がマカパインの乳首を含み、口中で舌がそれをコロコロと転がした。  
 マカパインは自分の息が、どうしようもなく熱くなっていくのを自覚せざるおえなかった。  
 
 アシュタロスはそのモノを見て感嘆の声を上げた。  
「素晴らしい! 実に雄々しいのう、そちのモノは! そんなに私の愛撫は心地良かったか?」  
あどけなく問うアシュタロスの顔を、マカパインはまともに見る事が出来なかった。  
ズボンのジッパーは情け容赦無く下ろされ、そこから赤黒く硬い男根がそそり立っていた。  
「誰でも、ああもされたら反応せずにはいられない!!」  
マカパインは精一杯の皮肉を叩きつけて反撃するが、興奮した悪魔王は軽く聞き流す。  
「真に男という生き物は悪魔も人間も問わず難儀なものよ。どれ、始めるとするか」  
 
 少女の両手が赤黒い肉棒を鷲掴みにする。手の平から脈打つ血流が伝わり、それがさらに興奮させる。  
その手の平で亀頭を円を描くように撫でる。緩急をつけて撫でる。  
「始めは、優しくしてやるゆえ安心するがよい」  
涼しい微笑を浮べてそう言うと、アシュタロスは男根をシュッシュッと擦り始めた。  
「くっ…」  
 マカパインは自分のひざに乗って、股間のモノをいじりまわすアシュタロスから目をそむけて天を仰いだ。  
熱く煮えたぎる男根を握られているので、その掌が冷ややかなのが彼にはよく分かる。  
その手が徐々に加速して擦るので、ますます男根は硬度を増していく。  
「フフッ マカパイン、目を逸らすでない。そなた、撫してやる度にいよいよもって反り返り、熱くなっていくぞ」  
恐る恐る視線を下半身に移す目に、  
彼に腰掛け、彼に背を向けながらも手を止めようとしないアシュタロスが写った。  
ふり向いたアシュタロスの横顔は艶然と輝き、すでに10代前半の少女からかけ離れた色香を振りまく。  
「卑しいのう、実に卑しい。このいやらしい体液はなんだ?」  
目があったアシュタロスは苦笑して、左の人差し指の先を男根の尖端、小さく開いた口に沿わせる。  
その指先に透明な、しかし粘性の強い体液が付着した。マカパインは赤面して目線を指先から外す。  
「先走るのはよいが今少し耐えよ、私を楽しませるのだ。  
 それに悪魔王を抱くなど、普通では考えられない幸運なのだぞ? もう少しそなたも楽しんだらどうだ?」  
 
 アシュタロスのその誘惑に、遂にマカパインの最後の理性も堕ちてしまった。  
今まで自分の上半身を支えていた両腕が、絹の肌触りの羽毛布団から静かに離れていく。  
 
 再びマカパインに背を向け、猛り狂う男根を擦り、愛でることに夢中になっていたアシュタロスの胸元を、  
マカパインのいささか無骨な掌が抱きすくめる。その指が悪魔王の露出度の高い服の隙間から中に侵入する。  
「んんっ?」  
 不意の触感にアシュタロスは少々面喰ったが、事態を悟ると鷹揚に人間の男の欲求を許してやった。  
「ようやくその気になったか。よかろう、許してつかわす」  
彼女はマカパインの体に背を預けて手を伸ばし彼の首筋を引き寄せる。  
マカパインは見かけ上は完璧に少女のものである薄く形のよい唇に己の唇を重ね、それを吸い、舌で嘗め回した。  
「中の味見はせずともよいのか?」  
嘲弄交じりのアシュタロスの挑発の最後はマカパインの口中に消える。  
彼の舌が彼女の口腔に割り込み、内部を犯す。  
唇に比例して小さいアシュタロスの舌を弄び、自分の口腔にそれを引きずり込み、それに伴って唾液も吸った。  
 
 そうこうするうちにも彼の手は止まることなくアシュタロスの胸元をまさぐる。  
ほのかな膨らみで辛うじて少年のではなく少女のものと認識できる薄い胸を、マカパインの掌が覆い尽くす。  
桜色のアシュタロスの小さな両の乳首を、マカパインの普段は鋼斬糸を操る指先が愛撫する。  
途端にマカパインのひざの上のアシュタロスが嬌声をあげて小刻みに震えた。  
「ふあぁ あふっ ウフフフッ そなたにとってこの胸のサイズは不本意かもしれんがな…」  
先ほど自分がマカパインにしたように自分も彼に首筋に舌を這わされ、  
艶めいた喘ぎ声をあげながらアシュタロスは歌うように囁いた。  
「アハッ アハハハッ はぁはぁ 私にとっては、この大きさが楽でよい。体が軽いからな。  
 それに、そなたの指先の感触をより直に感じることができる。んんんっ 何とも心地よいぞマカパイン…」  
 
 そうこうしている間も別にアシュタロスの遊戯が途絶えているわけではない。  
マカパインの股間から離れた彼女の両手は、今は彼の髪をクシャクシャに掻き撫でているが、  
その代わりと言わんがばかりに彼の男根をアシュタロスの白い柔肌の内股が挟み込む。  
手の平とはまた違った感触にマカパインは何度も何度も限界が来ていることを訴える。  
だが、優雅に冷酷で淫乱な悪魔王は彼に絶頂に達することを決して許可しようとしなかった。  
 
 どうにも堪えきれなくなり始めたマカパインはアシュタロスの背に覆い被さり、息も絶え絶えに懇願する。  
「ダメなんだ、ホッ本当にっ でっ出る!」  
「ダメだと言っておるではないか。そなたも存外物分りの悪い男よのう。  
 それにしてもどれだけ『ダメ』なのだ? もっとよく私に見せるのだ」  
 憫笑しながらアシュタロスは縋りつくマカパインの腕を振り払い、  
ムッチリとした内股を開放し、そこにそそり立つモノを確認するべく顔を近づけた。  
「おやおや… これはこれは… ハハハ!」  
 彼女が目にしたものは哀れなまでに赤黒く腫れ上がり、  
硬く反り返っりながらも時折別の生物のように痙攣するマカパインの男根だった。  
少々情けないうわ言を繰り返す彼を無視して、アシュタロスが再び小さな手を添え、しごく。  
脈打ち、猛り狂いながら奔流する血流の熱さと、その中を込み上げ漏れ出る精の淫靡な匂いがアシュタロスを狂気させた。  
 が、終焉はあっけなく来た。  
懸命に耐え忍んできたものが悪魔王の手淫により脆くも崩壊し、  
マカパインは自らの内から溢れ出る灼熱したほとばしる流れを留めることが不可能になった。  
「あッ アアアアアァァァッッ」  
短くも獣じみた咆哮をあげながら、彼は背後からアシュタロスを羽交い絞めにして  
存分に込み上げたものを開放してしまった。  
「なッ あっ あああぁぁー!?」  
 好奇心で覗き込む形になっていたアシュタロスは不意を突かれ、  
真正面から彼の飛び散る白濁した精を浴びる結果になってしまった。  
 
 奔流のような射精感も徐々に引いていき一息ついたマカパインは、  
自分の腕の中で硬直した悪魔王を見い出してしまった。  
「あっ アノ…」  
「……やってくれたのう、マカパイン。私も今までかかる目にあったことなど一度も無い」  
 アシュタロスはマカパインのひざから立ち上がり、数歩先に腰を下ろしてから彼と向き直った。  
マカパインは少女の姿の悪魔王を見て胴震いし、息を呑んだ。  
処女雪のごとき白い肌の細い腰、柔らかそうな腹部と薄い胸、そして幼い造作の顔を多量の精液が汚している。  
自分が仕出かしてしまった事に驚愕し、光悦とした幸福感など瞬く間に凍結し吹き散らされてしまった。  
 
 太古の白い大理石の神像のような表情でアシュタロスは自分にぶちまけられた白濁液を観察した。  
ヌルヌルした液体は生暖かく、特有の臭気を放つ。  
それがなんなのか、見たことの無いアシュタロスではないが、それを身に浴びたことなどなかったのだ。  
 それにしても多すぎる。ドロドロにされた顔から精液が首筋を経由して彼女の胸元へと滴り落ちる。  
よほど、溜まっていたのだろう。何分あの日以来悪魔も天使も人間も、それぞれの理由で忙しかったのだから。  
自分の頬についたそれを指で一撫でし、アシュタロスはそっと口に含んだ。  
口一杯に広がる珍妙な味覚と、自分の目の前で縮こまっている男が彼女を苦笑させた。  
「あまり美味いものではないなあマカパイン。本来であれば罰するところであるが、今宵は実に愉快だ。  
 許してつかわすゆえ、もう震え上がるのはやめよ。次はそなたが私に奉仕する番だ」  
そう言って、アシュタロスは彼に向って短いタイトスカートの裾を捲ってみせる。  
全身から力を抜いたマカパインは額の冷たい汗をぬぐい、両の手で彼女の細い腰を掴み寄せた。  
 
「どうした? 何をそんなにジロジロと見ておる?」  
 スカートをたくしあげたマカパインはマジマジと彼女の下腹部に見入っていた。  
下着が取り払われたそこが、見知っているものとは若干違っていたのだ。  
 本来、その陰部を守るべく生え揃っているはずの毛が、ない。  
白い肌に小さな裂け目があり、奥には鮮やかな赤色の秘肉がテラテラと光沢を放つまでに潤っている。  
裂け目の上部では陰核が赤く腫れ上がっていた。  
「そなたの見慣れたものと少し違うか。だがまあ、我慢せよ。ほれ、早くせぬか。早々に舐めるのだ」  
左手で自分の性器の口を広げながらアシュタロスは催促した。  
「濡れているであろう? それもそのはず、先にそなたと戯れている最中にも私も体が疼いていたのだ」  
 右の手でツルツルしていそうな部分を撫でながら彼女は説明する。  
マカパインの顔は花に集う蜜蜂のように、その刺激臭を漂わせる秘部に引き寄せられる。  
股の間に顔を埋め、欲望に赤く濡れた舌で白い柔肌を舐め、情欲で火照った内部をねぶった。  
 ベッドに寝転んだアシュタロスは自分の下腹部をまさぐり、  
女性器を執拗に愛撫する男の様子を目を細めて眺めていた。  
 
 優美に細くしなやかなアシュタロスの四肢が絹のシーツの上を這い、  
衣擦れの音が彼女の喘ぎ声を伴って夜気を切り裂いた。  
「ハ… ハハ… よ よいぞマカパイン。そなたの舌は真に心地よいぞ」  
額にかかった髪をかき上げながらアシュタロスは御機嫌であった。  
マカパインの生暖かい舌が別の生き物のようにアシュタロスの股の間で蠢き、  
彼女のすべすべとした肌の上を這い回った。  
彼の舌が動く度にアシュタロスの秘部の内粘膜がヒクヒクと痙攣し、  
止め処なく彼女とマカパインを濡らした。  
「アッ アッ あああっ!? そこは そっそこっ そこはッ あうっ あううぅんん!」  
 アシュタロスの細い腰が跳ね上がり、シーツを握り締めた手に力が入る。  
彼女の腫れた陰核を、マカパインが強めに吸い込んだのだ。  
幼い顔を左右に振るアシュタロスの脳裏に電流にも似た刺激が走り、  
そのまま彼女はその刺激に押し倒されて四肢をバタつかせたまま不覚にも絶頂を迎えてしまった。  
「ハア… ハア… わ、私もそなたのことは言えた義理ではないな」  
 失笑するアシュタロスは頬を朱に染めてながら、左腕を額に当てて一息つこうとした。  
ただ、熱病にうなされたように瞳が濁ったマカパインがそれを許さなかった。  
 
 マカパインの真っ赤な口蓋がアシュタロスの目に飛び込んできた。  
何をするつもりかと訝しんでいた彼女は、次の瞬間信じられない光景を目の当たりにした。  
「ひっ 一口ッ!?」  
大きく開けられたマカパインの口中にそのままアシュタロスの小さな、幼い秘部が飲み込まれてしまったのだ。  
「ぬああっ こ これっ そんなこと… あ あ そんな所に指を入れるでない!」  
少女の性器を上下の唇の間に収め、その内部で舌が荒れ狂い秘肉を弄びながらも、  
マカパインは空いた右の人差し指を彼女のアヌスに挿し入れる。  
腸内で指をぐるりと一回しされ、指の根元まで挿し込まれた時、  
悪魔王は思わず悲鳴とも嬌声ともつかぬ声をあげてしまった。  
 後は、アシュタロスは言葉にもならない声を半開きになった口から漏らしながら、  
自分より下等なはずの人間の為しように身を委ね、髪を振り乱しながら悶えるだけであった。  
 
 先程よりマカパインののどがごくごくと音を立てて鳴らされる。  
アシュタロスの秘部から垂れ流される愛液を文字通り吸い込んでいるのだ。  
その際彼の脳裏に、悪魔の愛液なんぞ飲み込んで大丈夫なのかといったような配慮など毛ほども浮かばない。  
対するアシュタロスは強く性器全体を吸い込まれる度に熱い呼気を漏らし、身悶えしていた。  
グリグリと尻穴をいじられるとその感触が脊髄をゆっくりと這う様に伝わり、腰が自然に動き出す。  
彼の舌が膣内を陰核に向けて移動しまたぞろ吸い込まれたとき、どうしようもない衝動がアシュタロスを襲った。  
彼女の内側から何かが溢れて流れ落ち、出口を求めて勢いよく噴出するのを彼女自身止めることが出来ない。  
「んんんあああっあぅ あぅぅ んんんん もう… でっ ああ!?」  
湧き出したアシュタロスの飛沫がマカパインの口一杯に広がり、瞬間彼女の意識がとんだ。  
 
「素敵であったぞマカパイン。愛い奴だそなたは…」  
 ご満悦の心情を隠そうともせずに悪魔王は男を賞賛してその彼の頭を胸に押し抱いた。  
その薄く小さな胸の中で虚ろな瞳を細めてマカパインは頷く。  
「そうよのう、どちらかと言うと今度はそなたの方が収支が赤字のようだな」  
アシュタロスは彼の頭を放し、その胸板を押して彼を仰向けに寝転ばせた。  
「いささか前菜に時間を掛け過ぎたかもしれぬな。だが、そろそろ…  一つになる刻が来たな」  
再びマカパインの上に少女の(見かけだけは)華奢な体が乗る。  
 
 時を置き、再度硬度を増した彼の男根に手を添え、アシュタロスは自らの秘裂に宛がう。  
焦らすがごとくその濡れた下の唇で歪な肉棒を愛撫し、内股の間に挟んで揺すった。  
「ああ… アシュタロス様… お願いです、貴女の、貴方の中に挿入させて下さい…」  
上擦った声で嘆願するマカパインの有様にひどく満足し、悪魔王は歓喜した。  
「それでは存分に私を味わうがよい。私もまたそなたを賞味することにしよう」  
 薄く笑ったアシュタロスは緩慢に腰を下ろし淫槍を体内に飲み込んでいった。  
明らかにサイズが違うそのマカパインの男根は窮屈そうに彼女の肉を掻き分け突き進む。  
熱い体液に満ちた内部で、彼の肉棒は彼女の肉ひだに早々に絡めとられ、  
アシュタロスの体内で際限なく硬くなっていった。  
 
 頑健なマカパインに馬乗りになり、アシュタロスは微笑しながら息を弾ませ腰を振った。  
彼も無我夢中で腰を動かす。外れないように両手は細い彼女の腰を押さえる。  
「きっ キツイ! 内部で締め上げられて… あうっ そんなに動かれてはッ」  
「まだ始まったばかりぞ、今少し辛抱せい」  
 そう言いながらアシュタロスは腰の動きを深く大きくしながら、下腹部に力を入れて彼をしっかりと咥える。  
空高く昇った月に照らし出されたスレンダーな乳白色の体が男の上で跳ねている。  
「そう! もっと、もっと私の中を掻き混ぜよ! そなたの猛る肉棒で私の内をグチャグチャにッ」  
そう命じるアシュタロスの言に呼応してマカパインは彼女の腰に己の腰を摺り寄せ、より深くに彼のモノを捻り込んだ。  
「ふああ!? 奥にっ 奥に当たっている。アア… 奥にぃ…」  
 まともな言語活動にならなくなり始めているにもかかわらず、アシュタロスは口を動かすのをやめようとしない。  
元から「規格」が違うため、猛る男根は容易にアシュタロスの子宮を押し上げる位置まで到達しうる。  
本来それは度を越せば女体にとって必ずしも芳しいことではなかったが、  
快楽を貪ること以外眼中にない悪魔の少女と人間の男にとって埒外なことであった。  
 
 ふぁ あうぅ うんん… はぅ はぁはぁ…  
 夜の帳が辺りを覆う中、一組の男女の喘ぎ声が秘めやかに鳴り響いた。  
だがそれもどうやら終焉に向けって疾走を開始したように見受けられた。  
「ふああぁっ ……もう我も辛抱できぬぅ さあ、そなたの熱い欲望を中に解き放て。  
 えっ 遠慮することはないぞ 早ようっ 中に早ようっ!」  
マカパインは短く雄叫びをあげて今度はアシュタロスの体内に白濁液を注ぎ込んだ。  
灼熱した男の体液が、熟れて熱くなった少女の肉に絡まりながらも、元よりの狭さゆえ外に溢れ出す。  
「ハハ… 脈打っておる… 中で、脈打っておる…」  
 アシュタロスの体の中で、マカパインの肉棒は射精しつつピクピクと痙攣し、なお内より彼女を刺激していた。  
 
 マカパインの胸に倒れ伏したアシュタロスが甘ったるい声で囁く。  
「フフ… 夜は、まだなお続くぞマカパイン… まだなお続けるか?」  
悪魔王の誘惑に、彼は虚ろに頷いた。その瞳は、もはや誇り高き魔戦将軍のものではない。  
 
 7人の悪魔王の一人、地獄の西方の大公爵、怠惰の大罪を司る彼女アシュタロスは、  
今宵実に素敵な一時を過ごすことが出来て幸せ(悪魔が「幸せ」というのも妙だが)だった。  
 永い、人間など想像も出来ないほど永い時を生きる彼女にとって、もっとも苦痛なのは「暇」であった。  
先の大戦で熾天使ガブリエルを捕囚に追い込むことが叶ったとて、肝心の煉獄の扉を打ち破ること叶わず、  
永きに渡り殺風景な地獄の底で時を待っていた彼女にとって甘美な時間であったろう。  
 その彼女の喜びは、今彼女を抱かかえて一心不乱に腰を振る、  
このマカパインの魂を地獄に引き摺り込むことで完遂する。  
九分九厘、彼の魂はアシュタロスの美と肉と魔力に絡めとられて堕落の淵に叩き込まれる寸前であった。  
後は、もう一押しするだけで大公爵殿の夜の散歩は華麗な結末を迎えるはず、であった。  
 
 だが、招かれざる闖入者のお陰で全てがご破算になってしまった。  
 
「んん… 誰ぞ? 隠れていないでここに参れ」  
アシュタロスは右手を不埒な覗き魔の隠れる辺りにかざす。  
「キャアッ!?」  
 少し離れた岩陰から女の奇声があがったかと思った瞬間、  
アシュタロスの寝台の横にドサリと音を立てて人間の女が落ちて来た。  
アシュタロスとは対照的に、その彼女は20代前半の年代で、  
長くストレートの黒髪が艶やかで美しく、凛とした印象の美女であった。  
悪魔王の、見えざる力で隠れ場から引っ張り出されたのであろう。  
「アタタタ… マカパインを マカパインを今すぐ開放しなさい! さもないと…」  
打ちつけたお尻を撫でながら凄んでみせる女の言い様にウンザリしながらアシュタロスは眉間にしわを寄せた。  
「私の名は、シェラ・イー・リー。12魔戦将軍が一人! マカパインを放しなさい」  
「ほう、マカパインの同胞か。されど別にそなたの名など興味はない。さもないと、何だというのだ?」  
嘲笑の笑みを浮べて、アシュタロスは吐き捨てた。基本的に、彼女は同性に冷淡なのだ。特に美しい女には。  
 ヒュォオっと空を裂く音がして水鳥の羽が当たり一面に散乱した。  
シェラの手から伸びた爪が一閃され、悪魔王の寝台を切り裂く。  
が、肝心のアシュタロスその人はまぐわっている最中のマカパインごとその地点から掻き消えていた。  
 
 シェラの背筋に冷たいものが走り、慌てて辺りを見回した。  
「どこを見ておる。ここだ、ここ。阿呆め、そこに直るがよい」  
声をあげる間も無く再び見えざる力に掴まれ、シェラの体が宙を舞った。  
シェラから見て死角になっていたところに、アシュタロスはマカパインの腰の上に踏ん反り返っていた。  
力に押し潰され、シェラは寝台にうつ伏せで突っ伏していた。身動きは、とれない。  
「無知とは恐ろしいものだな。我を知らぬとはいえ少々お痛が過ぎぬか娘よ?」  
「知っている! 私はおまえが何者か知っている!!  
 悪魔王アシュタロスよ、マカパインをどうするつもりだ!?」  
「知れたことよ娘、悪魔が誘惑した人間の魂をいかに遇するか。我の名を知るそちであれば分かろうというもの」  
 嘲笑はやめなかったが、アシュタロスの中でシェラに対する好奇心が芽生え始めた。  
タダの人間の分際で、悪魔王に正面から挑んだのだ。  
「マカパインの肉体は真に私と相性がいいらしい。  
 そこで魂を我が虜とし、地獄へと連れて行き永久に我が奴隷とする。なかなかにイカシておろう?」  
本当は別の理由があったが、そこまで人間の小娘に語ってやる必要など無い。  
 
 不意にアシュタロスの手が伸びてシェラの顎を掴み、引き上げた。  
「次は、私が問いかける番だ。娘よ、何ゆえ悪魔王と知って私に挑んだ?  
 『仲間を救う為』ではいささか説得力に欠けると私などは思うのだがなぁ」  
ニヤニヤした笑みを浮べる悪魔王から視線を逸らし、シェラは怒鳴りつけた。  
「人間は、ときに負けると分かっている勝負も避けることなく挑まねばならないときがある。  
 勇気とは、そういう心根のことをいう。おまえたち悪魔には到底理解できないであろうが」  
「言葉には気をつけよ娘。そなたのは勇気とは言わず無謀と言うのだ。それに…そなたは嘘をついている」  
悪意に満ちた瞳でシェラの顔を覗き込んだアシュタロスは弾劾する。  
「そなた、何故にもっと早く助けの手を出さぬ。覗いておったのであろう?  
 私とマカパインが契りおうている様を目の当たりにしてそなたも興奮していたのであろう?」  
「違う!」「違わぬ」  
そこに、全身が鉛のように重たくなったシェラの体を引き寄せ、アシュタロスの右手が彼女下半身へと伸びた。  
 
 服の布地越しにシェラの下腹部をアシュタロスの右手が撫でる。  
「火がついたのであろう。情欲の炎がそなたを舐め尽くし、マカパインのモノが欲しくなったのであろう?」  
男根を根元まで咥え込んでいる自分の無毛の性器を掻き撫でながらアシュタロスは嘲笑った。  
「愚弄するな! 私はおまえのような淫売ではない んんんっ!? 何をする!」  
 魔力で体の自由を奪われ、辱めを受けながらもなお屈しようとしないシェラに  
手を焼いた悪魔王は強行手段に打って出た。  
囀ることをやめようとしないシェラの唇を、アシュタロスの唇が一瞬塞いだのだ。一瞬、であったが。  
途端にシェラの体中が気だるく重くなり、反面火がついたように熱くなり体温が上昇した。  
 
「五月蝿い処女だ。鳥も鳴かずばうたれぬものを、何を好き好んで飛び出すか。  
 さあ、くだらぬ世迷言を口にする暇があれば私に懇願せよ、跪け。  
 『処女のくせに実は淫乱な私にマカパインの太くて長くてたくましい肉棒を分け与えてください』と」  
そう言ってアシュタロスはシェラを突き放し、引き据えた。  
また寝台に突っ伏したシェラの眼前に、悪魔王とマカパインの結合された性器が縦に並ぶ。  
シェラが目にしたそれはとてつもなく淫靡なものであった。  
二人の股座は所々に精液と愛液が飛び散り、それが生乾きで後になって残っていた。  
アシュタロスのはともかく、マカパインの、一度も見た事のない醜悪な(シェラにはそう見える)  
男性器から目を背けようとするが、何故か体がいうことをきかずに食い入る様に見つめ続ける。  
「処女など守って何ほどの価値などがある。さあ、早く楽になるのだ。  
 マカパインのこの胸に抱かれたいのであろう? この逃避行は辛いのであろう?  
 さあ、全てを投げ捨て、快楽にその身を委ねてしまうのだ」  
自分の頭上より降ってくる誘惑の言葉に、次第にシェラの意識が朦朧としてくる。  
そのままでいれば、自分もまた淫欲に屈し、捕囚になることが目に見えている。  
その証拠に、今彼女は自分の服を脱ぎ捨てようともがいている。  
そして彼のそそり立つモノを手にし、頬擦りしたいと思い始めているのである。  
「いけない…… このままでは… 」  
シェラは残された気力を振り絞り、最後の賭けに打って出ることにした。正直、それ以外手がないのだが。  
 
「やれやれ、実にしぶとい奴だな。我が口付けをもってしてもその鉄腸を蕩かすには時間がかかるか」  
 苦々しくアシュタロスは慨嘆したが、さりとて自分が敗北するなど微塵も思ってはいなかった。  
そんな彼女の耳に、シェラの含み笑いが跳び込んで来た。顔をあげ、軽蔑の眼差しでアシュタロスを射る。  
不快感が込み上げてきた悪魔王は衝動的に彼女を殺してやろうかと思ったが、  
しかし自分のお気に入りの寝台の上で四散させるのは寝台が汚れるので気が引ける。  
「何が可笑しいのだ娘よ。私はそなたに笑うことなど許してはおらぬぞ」  
「知りたいの? 知らない方が貴女の身の為だと思うけど」  
ことさらにシェラは挑発する。予想通りプライドを刺激された悪魔王はこの挑発に乗った。  
「構わぬ、どうせくだらぬことであろうが。そちの遺言と思って聞き届けてやろう」  
 
口の端を綻ばせてシェラは語った。しかし、外面と違い、内心彼女は縮み上がる思いだったのだが。  
「ばらしてやる… みんなにお前の事をバラシテヤル!」  
「なっ 何を当然言い出すのだお前は? 恐怖のあまりに狂ったか?」  
呆気にとられた反問にシェラは平然と答えた。  
「お前の為し様を私に従う精霊たちを使って世界中に触れ回ってやると言ってるのよ。  
 『太古の昔、神々と人間がまだ近しい間柄であった時代、美と愛の女神と呼ばれ尊崇された者が、  
 今は矮小な幼女の姿で行きずりの男とまぐわっている。隠れて、コソコソと』とね!」  
「ダッ 黙れ、ヘボ詩人! そんなふざけた話に誰が耳を傾けようか!」  
過去の一部を暴露され、頭から真っ赤になってアシュタロスが怒り狂う。  
「別に世界中の人々……悪魔や天使に知ってもらう必要はないわ。  
 私がその耳に吹き込みたいのは唯一人。何処にいるのか私には知る術がない貴女の御亭主よ!!」  
「……貴様、この私を脅迫しているつもりか? この場で始末して」  
「この場で私を始末したら、私自身を贄にして精霊たちに歌ってもらうだけのこと。  
 そのための準備は済ませてから貴女に挑んだのよ。決して覗いていた訳じゃないわ」  
「あやつを恐れる私と思うてか! 殺してやる! 貴様の魂を地獄の業火で焼き尽くしてやる!」  
「なら、そうすれば?」  
歯噛みして憤るアシュタロスを、シェラは涼しげにいなした。  
 
 シェラの目から見ても明らかにアシュタロスは動揺していた。  
目が左右に泳ぎ、頭をフル回転させて権謀の数々を練っているのであろうが、  
眼前の忌々しい吟遊詩人の意思は少々の恫喝や誘惑では小揺るぎもしそうに無い。  
質が悪いのは、彼女が昔の自分の名前と過去を知っていることだった。  
いまさら過去の輝かしい栄光の名残りを列挙されたとて痛くも痒くもないが、  
夫に黙って地上に遊びに出かけ、あろうことか人間の男と浮気してました、  
ということが露見するのは確かに面倒なことになるであろう。  
「生意気で向こう見ずなヘボ詩人め、私に何を望むというのだ?」  
「マカパインを開放して。そして一人で地獄に帰ってちょうだい。  
 私が望むのはそれだけよ、そうすれば私は何もしない。約束する、貴女の名に懸けて…女神イシュタルよ」  
「遠い昔に剥奪された名前だ、もう口にするのは許さん。  
 それよりそなたの要望を聞き入れないでもないが、分かっているであろうな?  
 約を違えれば文字通り地獄の果てまで追い詰めてそなたの仲間諸共虐殺してくれるぞ」  
シェラは無言で頷き、その契約を了承した。  
 
 名残惜しそうにアシュタロスは、背後で無心に腰を振り続けるマカパインの頬を撫でた。  
「いつまでそうしているつもり!? さあ、約束した以上すぐに彼から離れてちょうだい!」  
「そう言うな、今終わらせれば私もこれも不満が残るというもの。  
 早々に終わらせるゆえそこにて待つがよい。何であればそちも交ざるか?」  
喜々とした声にシェラは耳を背ける。しかし彼女は目を背けることまではしなかった。  
好き心というよりは、アシュタロスを警戒するためであったが、だからといって好奇心や性的興奮が皆無なわけではない。  
 両膝そろえて座り込み、頬を赤く染めてチラチラと目線を送るシェラをよそに、  
アシュタロスは今は性交に意識を集中して快楽を貪っていた。  
寝台に両手をついて体を支え、後ろから突いてくる動きに合わせて己が腰を振り、息を継ぐ。  
ぐちゃぐちゃに撹拌され、突き混ぜられた秘部から徐々に頭の芯まで快感が溢れかえる。  
「かっ 開放してやるぞマカパイン、そなたを解放してやる!」  
そう短く叫んだ後、アシュタロスは堪えきれずに倒れ伏して熱い呼気を漏らしながら快楽の余韻に耽った。  
 
 四肢を痙攣させながらうつ伏せになったアシュタロスの姿に当初は戸惑ったシェラも、  
頭を掻きながら気を取り直し、口を尖らして催促した。  
「もう、十分楽しんだでしょう? もう夜も明けるから、さっさとマカパインを開放して帰って頂戴」  
「……真に無粋者だなぁそちも。まあ、処女であれば是非もないか…  
 案ずるな。もう術は解けておる。早々に目も覚めるであろう」  
汗ばんだ額にかかった髪をかき上げながら、アシュタロスは身をのそのそと起こそうとする。  
 
 この瞬間、アシュタロスにとって今日二度目の、シェラにとっては人生始まって以来の不幸が襲い掛かった。  
 
(……ここは、ええと、俺は今何を… さっきから股間がムズムズしてたまらんのだが)  
頭に蜘蛛の巣が張ったようなぼんやりとした気怠い意識が急速に澄み渡る。  
それに呼応して目の焦点もだんだんと合ってきた。  
(……? ?? !? !!)  
 正気を取り戻したマカパインの目にしたものは、素っ裸の自分とその自分のモノを咥え込んだ少女の姿の悪魔王と、  
顔を真っ赤にさせながらこちらを注視するシェラの姿だった。  
「なっ お おおおおおぉぉぉぉッッッッッッ」  
奇声をあげてマカパインは立ち上がる。  
「ぬおおぉ!? これッ そんな急に放すでない!」  
突き飛ばされる格好になったアシュタロスは思わず目の前にいたシェラの胸元にしがみつき体を支える。  
「アッ アッ アアアーーーッ」  
勢い余って後ろに倒れこんだマカパインの股間から大量の精液が、  
白い曲線を描いて座り込んだシェラとアシュタロスの顔面におもむろに降りかかった。  
自我の無かったマカパインに自覚は無かったが、実のところ我慢は限界に達する寸前だったのだ。  
「ううぅっ なんで私がこんな酷い目に遭わなくちゃ……」  
「ちっ 違うんだシェラ!! 違うッ これには訳が…」  
ドロドロに汚された面を上げてシェラは溜息交じりに嘆くと、マカパインは必死になって弁明した。  
 
 ハ… ハッハッハッハッ! アハハハハッ ハ ――― ハッハッハッ  
 月が大分傾き、当方の空が白み始める大地に悪魔王の明るい笑い声が鳴り響いた。  
先程からアシュタロスはシェラを放そうとせず、その胸の中で笑い興じる。  
そんな彼女の姿をシェラもマカパインも少しばかり困惑して見守る以外なかった。  
五分ばかり経った頃だろうか、アシュタロスは満足したのかやっとシェラを開放し、その場に寝転んだ。  
「勝負は痛み分けといったところかのぉシェラよ。いや、どちらかと言えば処女にも拘らず、  
 助けてやった僚将に顔射されたそなたの方が美味しい役回りといえなくも無いが」  
「が がん!? ば 馬鹿にするなッ それに知りもしないで人を処女処女と…」  
 向きになって怒鳴りながらシェラは澄ました顔のアシュタロスに食って掛かる。  
アシュタロスはそんなシェラにお構い無しに、どこから出したのか不明な綿の布地を放り投げて与えた。  
見れば同じもので自分の体のそこかしこを拭っている。おまえも、とりあえず顔を拭け、ということだろう。  
「私が幾年月この世界にあり続けていると思っているのだ、娘よ。そんなもの見ただけで分かるわ」  
奇妙なことになぜかアシュタロスの言動に悪意も害意もなく、それどころか不気味なまでに愛想が良い。  
忌々しいまでにベタついて臭う顔を丁寧に拭いながらも、シェラは悪魔王のこの急な変貌振りに戸惑いを感じた。  
 
 寒々とした夜の帳があげられ、荒れた大地にまた太陽の光が満ち溢れだした。  
「あぁ面白かった。かくも愉快な夜は久方ぶりだ。そうよのう、新婚の夜の時以来か?」  
「あ、あんた既婚者だったのか!?」  
のろのろと衣装を身につけながら語るアシュタロスに思わずマカパインが突っ込んだ。  
「ああそうだ。私は人妻 ―― いや、人ではないから悪魔妻か。ともかく亭主はいる。  
 詳しい話が聞きたければそこにいる物知り処女に訊ねるがよい」  
「……既婚者が夜遊びなどしていいと思っているの」  
苦虫を噛み潰した表情で詰問するシェラに、着替え終わったアシュタロスは背伸びをしながら答えた。  
「悪魔に貞節だの清純だのといった美徳を求められてもな。その、なんだ、困る」  
 
 朝日に照らし出された悪魔王の秀麗な顔は、悪戯をとがめられたおませな女の子のそれであった。  
 
「さて、私はこれより地獄に帰る。約束であるから一人で帰ることにしよう。  
 ああそうだ、この私に付き合い遊んでくれたそなたらに礼をしよう。  
 一昼夜の間この寝台を貸してやる。二人で好きに使うがいい。どう使うかは知らんがな」  
含み笑いを残してアシュタロスは寝台より下りる。  
日の光の下で見れば呆れるほど巨大で豪奢な寝台にはシェラとマカパインだけが取り残された。  
「あ、あの……」  
「悪魔にも天使にも手出しの出来ないように結界も張っておいてやる。これで安心できるであろう?  
 もっとも、明日の今頃に我が手の者にこれを回収に来させるから、  
 それまでに立ち去っていないと命の保証は出来ないが。  
 誰も彼もが私の様に強く美しく慈悲深いわけではないのだ」  
「はあ… そうですか…」  
胸を張り親切を押し売りし、自画自賛する悪魔王にあえてシェラもマカパインも抗弁しなかった。  
二人の願いは唯一つ、この危険極まりない少女(のように見える者)に機嫌よくお帰り願う事だけだった。  
「それではさらばだ。また縁があれば遊んでやるぞ、二人とも」  
言いたいことを言って悪魔王アシュタロスの小さな体が地面に吸い込まれるように消えていく。  
 げんなりとした人間の男女を尻目に、まるで彼女を追うかの如く寝台の隅より丸々と太った一匹の蝿が飛び立った。  
 
「あっ あのシェラ… その 俺…」  
「……まあ、何でもいいから服を着てくれない? 目のやり場に困るし」  
 人騒がせな悪魔王が立ち去った後、残されたシェラとマカパインが交わした最初の会話だった。  
「ごめん… 俺、その、あの、俺のせいで」  
 寝台の上に散らばった服を急いで身にまといながらマカパインはシェラに語りかける。  
緊張の糸が切れたのかシェラは寝台に横たわり、目頭を押さえて休んでいた。  
「いいのよ、気にしないで。仕方が無いわよ、相手はあの悪魔王アシュタロスよ?  
 命があるだけ幸運というものよ。……顔にかけられたのは気分悪いけど」  
「ごっ ごめん! 本当に!!」  
「嘘よ。嘘」  
シェラは彼に振り返り屈託無く微笑んだ。それを目にしてやっとマカパインは肩の荷が下りた。  
 
「なあシェラ。どう思う? あいつの言うことを信じて大丈夫か?」  
 眠そうに目をこするシェラにマカパインは恐る恐る声を掛ける。  
「え? ええ、多分大丈夫よ。悪魔は契約を結べば必ず守るものなの。特に高位の身分になればなるほどにね。  
 悪魔王ほどの者が人間程度との約も満足に果たせなかったら、自分の威勢に傷がつくだけだし…」  
身の置き所が無いのか、強張った表情で寝台中央に座り込んだ僚将に彼女は微笑む。  
「それに、彼女、結構あなたに未練タラタラだったようだし、問題ないでしょう」  
「シ シェラ! お 俺はそんなつもりじゃ」  
「冗談よ。じゃあ、私はこれからここで寝るから後はよろしく。  
 一晩中起きていたから眠たくて眠たくて仕方ないのよ……おやすみなさい…」  
そう言い残してシェラは瞬く間に寝息を立て始めてしまった。  
 
 一人取り残されたマカパインは頭を掻きながら途方に暮れたが、  
とりあえず自分の命を救ってくれた彼女に備え付けの羽根布団を掛けてやる。  
その寝顔は、悪魔王との息詰まる攻防(があったと彼は信じている)によるものか、  
はたまた、今日までの闘争によるものかの判別がつかないほどに疲れきったものだった。  
「ごめん、シェラ… 俺の軽挙でお前まで危険に晒してしまった」  
疲れ果てていたのは自分だけではなかった。こんな当たり前のことに、今更ながらに気付く。  
「もう、心配を掛けるようなことはしない、約束するよシェラ。  
 だから、バ・ソリーと三人で……いや、12魔戦将軍全員揃ってカル様をお迎えするその日まで生き抜こう…」  
シェラの首筋に絡まった艶やかな黒髪を指先で梳きながら呟く。  
そうして彼も彼女の横に寝そべり眠りへと落ちていった。  
彼も、悪魔王に一晩中付き合わされて一睡もしていなかった。  
 
 余談だが、彼らは半日後に有志数名と共に捜索にでたバ・ソリーに発見された。  
馬鹿デカイ寝台に寄り添うように並んで寝入っていた二人を起こし、バ・ソリーは叫んだ。  
「やったのか!? やっちまったのかよ!? いいって! 気にすんな! 俺には分かる。言わんでも分かるって!  
 でもよ〜心配するからこれからは一言声掛けてからにしてくれや、なあ?」  
二人は言葉を尽くして誤解だと訴えたが、バ・ソリーは全く聞く耳を持たなかったという。  
 
 マカパインとシェラが仲間に苦しい言い訳?をしている最中、  
地獄の奥底でお世辞にも友好的とは言い難い会話が交わされていた。  
「さても呆れ果てたものだ。一晩中虫ケラに姿を変えて覗いておったというのか?  
 存外暇を持て余しているようだな貴様も」  
口元に冷笑を浮べて悪魔王アシュタロスは目の前の男を面詰する。  
「虫ケラはちょっと酷いなぁアシュタロス。僕は『蝿の王』だよ?  
 地上をお忍びで視察する際は極当然の選択であり行為だと思うんだけどねぇ」  
「では覗きがおまえの仕事か? サタン様は覗きの才を買っておまえを地獄の宰相に据えたということか?  
 私が問題にしているのは、おまえが私の楽しみを台無しにしてくれたということなのだ、ベルゼバブ!」  
「何をそんなにカリカリしているのかな? 僕はそんなに気に触ることをしたかい?」  
褐色の肌に取り澄ました顔でその男 ― 悪魔王ベルゼバブ ― はせせら笑って受け流した。  
 
「悪いけど、別に君の後を尾行していた訳ではないよ。勘違いは困るなあ。  
 僕がその目的としていたのはあの人間達なんだよ」  
「人間? 私を本気で謀るつもりであれば今少しマシな嘘をつけ」  
「嘘ではないよ。君が知らないのは無理も無いが、あの者達は僕ら共通の友人の知り合いなんだ」  
アシュタロスを鼻であしらい、ベルゼバブは意味有り気に言葉を切った。  
「ねえ、誰だと思う? 教えて欲しい?」  
「知らん。興味も無い。馬鹿馬鹿しくなったので今日はこれくらいにしてやる。眠いので私は帰るぞ」  
冷めた無表情に戻ってその場を後にしようとした悪魔王を、同じ悪魔王が慌てて引き止める。  
「つれないなぁ いいよ、大サービスで教えてあげるよ、君だけにね。  
 我らの親愛なる『暗黒のアダム』さ!! 君には忘れることも出来ないダーク・シュナイダー君だよ!!」  
「ほほう ……それはそれは」  
 期待したような反応が返ってこなかったのは少々残念だが、これは仕方があるまい。  
直情型のベリアルやビレトであれば掴み掛からんばかりの勢いだったであろうが、  
相手は7大悪魔王中でも冷徹さでは定評があるアシュタロス。  
それでも彼女に好戦的な笑みを浮かべさせ、瞳が興味と復讐心で光彩が強まったのは『彼』の人徳のなせる業か?  
ベルゼバブは彼女の反応に多少は満足した。  
 
「それで? 何をするつもりで虫に身をやつしておった?」  
探る目つきでアシュタロスは地獄の宰相の浅黒い顔を伺う。  
「んん? 悪いけど、それはまだ内緒だよ。まあ楽しみにしておくことだね」  
「策士め、リリスの事といい、またよからぬことを企てておるな」  
ベルゼバブは肩を竦めるだけでその問いには答えようとしない。  
「私はおまえのそういう秘密主義が大嫌いだ。昔からな」  
「気を悪くしないで欲しいね。事に臨んで慎重を期するほどに重大なことなのさ、これは。  
 ところで、僕も一つ聞いていいかな? 君のあの人間達に対する感情・行動、  
 基本的に僕の計画にも都合がよかったんで黙認するけど、少々気前が良過ぎるんじゃないかな?」  
彼女の返答は生あくびを主旋律に、ぞんざいに展開した。  
「あの場で覗き見し、盗み聞きすれば分かるというものだろう、気紛れだ。暇潰しのな」  
「そう、ならばいいけど。僕はてっきり人間達に崇め奉られた昔を思い出していたと思ったよ、ヴィーナス殿」  
 その言葉が紡がれた瞬間、アシュタロスの柳眉が見る見る急角度になっていく。  
その一言が、彼女の古傷に塩を摺り込むのに似た行いであったのが一目瞭然であった。  
「ゴメン、ゴメン! 僕の勘違いだったかな?」  
 乾いた愛想笑いで彼は場を取り繕おうとする。今、彼女にへそを曲げられると何かと不都合な彼だった。  
 
「何にせよ、この一件は『彼』には内緒にしておくよ。  
 反創世記が目前に迫っている中、悪魔王どうしが互いに反目し、争うのも愚かだからね」  
「それで私に恩を売ったつもりか? ならば見当違いもはなはだしいぞ」  
「いやいや、マダム。犬も喰わぬ夫婦喧嘩を拝聴させられるのが嫌なだけさ。  
 『ポクチンという者がありながら、人間相手に何をしていたかー!』って訴えられる方は堪ったものではない。  
 地獄での揉め事を調停するのも、サタン様から託された僕の仕事だからねェ」  
含み笑いをしながらそれだけを言い残し、ベルゼバブの姿は文字通り掻き消えた。  
 
 足元の石ころを蹴飛ばし、アシュタロスは毒づいた。  
「ふんっ 道化め…… 何を目論むかは知らんが、そう易々と独断専行を続けられると思ったら大間違いだ」  
 しかし、その言葉にどこか楽しげな音色を滲ませずにはいられなかった。  
「暇潰し」の代償が思いのほか高くつき、同類の悪魔王と人間の小娘に振り回されたのは愉快でないが、  
今や天軍の熾天使達以上に好奇心と復讐心の双方を掻き立ててくれるあの男、  
ダーク・シュナイダーの存在が彼女の虚ろで退屈な日々を打ち破ってくれると思うだけで鬱も散じる。  
「二度目があると思うでないぞ、暗黒のアダムめ」  
口元を歪めてアシュタロスはそう呟いた。  
今の彼女の脳裏からは、マカパインもシェラも、ベルゼバブさえも綺麗に消し飛んでいた。  
 
 だが、アシュタロスは自分の宮殿に帰り着き、その門扉をくぐった際に、  
再びあの人間男女二人を思い出さずにはいられない事態に気付いた。  
二人に鷹揚に寝台を貸し与えたのはよいが、同居者の了解を得るのを忘れていたのを思い出したのだ。  
「……今さら取りに戻るのも間の抜けた話だし、アレには修理に出したとでも言い繕うか…」  
 
 もちろんそんな底の浅い偽りが通用するはずも無く、数日の間地獄では、  
悪魔王二人による壮絶な夫婦喧嘩が巷の野次馬達の耳目を賑わせたという。  
 
 
―― エンド ――  
 
 

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