かりっ。
「彼」の口が、骨をかじる音が薄暗い塔の中に響いた。「彼」の口の中に
骨独特の乾いた感触と、それに加えてこの骨特有の、吐き出したくなるような
不快で、それでいて今この世界に残っているどんな食べ物よりも甘い味が、
「彼」の口の中に広がった。
どくん。
次の瞬間、「彼」の心臓が激しく跳ね上がる。「彼」の瞳孔が開き、
口元はだらしなく開かれ、うっすらと額に汗が浮かぶ。そして……
「彼」の男性器が、その存在を力一杯主張した。
「…………」
「彼」は言葉を口にすることが出来ない。そして、「彼」には記憶がない。
生きる希望も、夢もなく、ただ罪の意識にのみ突き動かされ塔に潜る日々。
だが、「彼」にも一つの動物としての本能は残っていた。
人間の三大欲求のうち、睡眠欲は、「彼」に施された特殊な「処置」のため、
体力がある限り、「彼」はずっと起きていることができた。食欲は、塔内に転がる
肉や心臓を口にしたり、あるいは少々味気はないが、ある種の注入液を体内に
注入したり、最悪の場合骨をかじったりして満たすことができた。
だが、性欲はそうはいかなかった。
骨をかじった「彼」は、その熱におかされたような顔と、硬直した男性器を
ともなったまま、塔内のある部屋に入った。その部屋はただ殺風景な塔内の
他の部屋とは異なり、部屋の中央に石でできた池があり、その中には
澄んだ水がたまっていた。池の周囲には鉄の柱が天井に向けて突っ立っている。
そして、天井には緑色の得体の知れない巨大な球体がぶら下がっていた。
これには「感覚球」という呼び名がついていたが、「彼」にとっては
名前などどうでもよかった。
「彼」は息を荒くしながら、すがるような目でその池の中を覗き込んだ。
それに答えるように、少女が突然池の中から音もなく浮かび上がってきた。
水中から現れたショートカットの少女は緑色のワンピースをまとっている。
そして、少女は、どんな力を持っているのか、池の水面の上に浮遊している。
それは「彼」にとってはもう既に見なれた光景になっていた。
「また来たんだね・・・そんないやらしい顔をして!」
突然、少女が「彼」を罵倒した。だが、「彼」は怒りの表情を
浮かべるでもなく、悲しみの涙を見せるわけでもなく、ただただ彼女の体を
見つめるだけだった。
「きみの視線がぼくのどこに向いてるのかぼくにはわかってるんだよ。
なに? その顔? わかってないとでも思ってたの?」
少女の言葉の通り、「彼」の視線は、少女のワンピースのスカートの
スリットに釘付けになっていた。だが、少女に指摘されても、「彼」は
そこから視線を離そうとはしない。
「どうせぼくが嫌だと言ってもするんでしょ! いいよ、しても。
きみがぼくをなぐったり殺したりするかわりにそれをしたいんなら
きみの好きにすればいいよ!」
まともな感覚を持っているものがもしこの場にいたとすれば、少女の言葉は
少女が自棄をおこしたために発せられたものと感じ、戸惑うだろう。だが、
そんなことをいっこうに気にするふうもなく、欲望にだけ導かれて「彼」は
少女の太ももに触れた。
「・・・」
無言のまま「彼」は太ももから、少女のスカートの中に左手を伸ばす。
尻の部分に手のひらを当て、そっとさすり始めた。少女の顔にあきらかに
嫌悪の情が浮かぶ。
「きみの目がふだんとは全然違うね。いやらしい! 気持ち悪い!
みっともない! そういう目だよ! でも最近はぼくはきみのこの目しか
見ていないよ。そんなにこれがいいの? あんなに上級天使の言いなりに
なってたきみが最近はこんなことばっかりしている! いやらしいことが
こんなに好きなの?!」
上級天使と聞いて、「彼」の背中がぴくっと震えた。だが、「彼」は
また骨を取り出してかじった。上級天使を忘れたいがために。
「彼」の顔が一段と朱に染まり、性器にはさらに力がみなぎった。
「彼」は右手で少女の背中を抱くと、少女を床に寝かせ自分は上から
おおいかぶさり、小さな胸に顔を埋めた。
左手をスカートの中から取り出し、彼女の胸をはだけた。そして、
自らの唇を少女の乳首に吸い付かせる。
「・・・っ」
少女の口から小さく声があがり、少女の目が閉じられた。しかしそれは
一瞬のことで、再び少女は「彼」を見つめた。だがその瞳は先ほどまでのような
「彼」を詰る視線だけではなく、人間が雌として雄を見るような視線が
混ざっていた。それを見て取った「彼」はみだらな欲望に取り憑かれた表情を
より深めて、少女の胸を責める。乳房全体を手のひらでまさぐる。乳首を指でつつき、
舌でこね、歯でつまむ。
「・・・きみが・・・なぜ、んっ・・・こんなことがしたいのか・・・
はっ、ああっ・・・最近・・・ふうっ・・・やっとわかってきた気がする
・・・はぁ、はぁ・・・ひとつに・・・ひとつになったような気分になれるんだね」
小さく喘ぎながら言葉を紡ぐ彼女の顔も、すでに色欲に冒されてしまっていた。
ほほは桃色に染まり、ため息のような吐息が上がっている。
「でも・・・気がするだけ。うっ、ん・・・本当はひとつになってなんか
いないんだよ・・・あっ、はあっ、いやぁっ!」
「彼」に向かって話し続けていた少女の口から突然せっぱ詰まったような大声が
飛び出した。「彼」が自身のひざを少女の股間に押しあて、ぐりぐりと股間を
圧迫していた。
「こんどは、ひとつになれるのかな・・・たぶん、無理だけど・・・」
そういいながら、背中を反らせて耐えていた少女が、「彼」の首に腕を絡ませ
「彼」を抱きしめる。
「ふぅっ、うん・・・」
「彼」が少女のスカートの中に再び手をつっこんで、今度は少女の性器に
手を触れた。もっとも、少女のその部分を本当に性器と呼んでいいかどうかは
誰にも分からない。ただ、「彼」にとっては自分の欲望を満たしてくれれば
なんでもかまわなかった。
「・・・また、これを入れるんだね?」
少女が「彼」の股間に手を伸ばした。服の上からでも、「彼」の股間が
十分に準備ができていることはわかった。
「でも、これを入れたってひとつには・・・ああっ!」
少女の股間には排泄のための器官はなかった。ただ、人間の性器を模したような
器官が存在するだけであった。その器官の、人間で言うクリトリスの部分を
「彼」は優しく指でさすった。そのさする指を、「彼」はどんどん速めていく。
「いやっ! いやぁっ! 狂ってる、狂ってるぼくが、んんっ、ぼくが、
別の、ちがぅんああっ! 違う狂い方をしそうだよっ! はぁ、あっ!」
少女の背中がびくびくと震え、絶頂に達したように見えた。本当は人間でない
彼女の、絶頂と言う感覚が人間のものと同一である保証はないが。それでも、
少女はさっきまで詰っていた「彼」と同じような、いやそれよりも激しい、
劣情ととれる表情を顔いっぱいに浮かべていた。人間でない少女の表情は、
まさに人間の女が達した時の表情だった。
「はぁっ、はぁっ・・・ぼくはいろんな感情が欠落しているけど、はぁっ、はぁっ、
・・・こんな感情はあるんだね・・・きみからもらったのかな」
少女の問いには答えず、いや、記憶と言葉を失った「彼」には答えることなど
できず、ただ性器を少女の股間にあてがった。
「イライザは、イライザはこんなことできないんだよ。イライザは、
もっと不完全な形だから・・・。ぼくだけなんでこんな形なんだろう。
狂ったぼくたちはぼくたちの形を、ふっ、んっ・・・はあ、ああっ、入った・・・」
少女が下からわき上がる感覚にわなないているようなのを見て取ると、「彼」は
ゆっくりと腰を動かし始めた。少女とは違い、単純に本能を、欲望を満たすために。
「・・・」
無言であったが、「彼」の表情には明らかに欲情に加えて歓喜の表情が
浮かび上がった。「彼」の性器を少女が暖かく包み、からみつき、
溶け合おうとする。
「ふ、んっ・・・あ、あっ、ふぁっ、ああっ、はんっ・・・」
次第に激しくなる少女の声と、とろけていく少女の顔。それを感じた「彼」の
脳も、熱く溶かされていく。罪の意識も、使命も、死の恐怖も、全て
快楽の中に融けていく。
「・・・!」
不意に、「彼」の頭の中に、「兄」の顔が現れた。
「どちらが死ぬ?」
幾度となく繰り返されたその問い。だが、「彼」は今はもうその問いを
考えることをしたくなかった。邪魔する「兄」に、殺意を覚えた。
意識の中で、「彼」は叫んだ。
「・・・死ぬのは、兄さんだ!」
正気であれば、「彼」が決して考えないこと。だが、今の「彼」は情欲に
溺れている。目の前の少女で欲望を果たすことしか考えられないのだ。
それ以前に、この世界に、もはや正気などどこにも残っていないのだが。
「はぁっ、ああっ! なんで! まえよりも、つよ・・・だめ、耐えきれない!
く、狂う・・・いま、よりも・・・あぁぁっ! 狂う、狂っちゃうっ!」
「兄」を振払うために、「彼」がやっきになりめちゃくちゃに腰を振りはじめた。
「彼」の性器が、少女の一番深いところを叩き、入り口の肉を削ぎ、
突起を押しつぶす。少女の圧力がぐっと高まり、「彼」の腰から頭までを
快感が刺し貫いた。「彼」の頭の中には快楽しか残っていない。
「ひぃっ、あぁぁぁっ! 狂いたくない! ひとつに、ひとつになりたいよ!
あっ、だめっ、もう狂う! あくっ、うあっ、あああああっ!」
少女の全身が跳ね、断末魔のような金切り声が上がる。同時に、「彼」が
快楽に屈し、劣情を一気に吐き出した。
「あっ、ああっ、あつい・・・あつくて・・・融けあえばひとつに、
なれるのに・・・」
「彼」と少女はそのまま動かなくなった。
どれくらいの時がたったのだろうか。少女がすくっと立ち上がった。
床に倒れたままの「彼」を見下ろす。「彼」の命がつきていることは
少女には分かっていた。
「活力が尽きたんだね」
そう言うと、少女はふわっと飛び上がり、池の上に浮遊した。
「きみとは、ひとつになりたいのに、こんなことではひとつになれないんだ。
でもきみは自分の感情をみたしたいだけ。そのためだけにぼくに会うんだ。
違うんだよ、こんなことは。さいしょから食い違っているんだ。でも・・・」
少女は、池の中へとゆっくりと沈んでいく。
「きみとこんなことをしていると、なんだか苦しいような、切ないような
気がするんだ。そんなことを感じる感覚は失われたはずなのに・・・」
そう言い残して、少女は池の中に消えた。
(終)