道場の床の上に組み敷いたタマちゃんの顔を正面から見つめ、僕は固まった。  
「ユージ君……私とそういう事、したかったんだ」  
 いつもの無表情で、だけど頬だけ赤らめて呟くタマちゃんを見て、  
僕は思わず彼女を押さえつけていた腕の力を緩めてしまった。  
 だけど……タマちゃんは、ついさっきまで激しく抵抗していたはずの彼女は、  
もうそんなそぶりを見せる事はなく、それどころか――  
「……ユージ君」  
「えっ……ん!?」  
 ――僕の首に両腕をかけて抱き寄せ……いわゆる、その、キスを、してきた。  
「……ん」  
「…………」  
 彼女を押し倒して僕の物にしてやろうという邪な決意が、彼女に吸い込まれて  
いくかのように、僕の中から消えていく。  
 代わりに胸を満たしていく、驚きと……愛しさ、って言うのかな、これは?  
「タマ、ちゃん……」  
「……初めてだから、変な感じ」  
「えっ!? ……キス、するの?」  
「うん。ユージ君は?」  
「……僕も、だったり」  
「嬉しいな」  
「えっ!?」  
「ユージ君の初めて……貰っちゃった、えへ」  
 僕は驚いてばかりだった。タマちゃんに、驚かされてばかりだった。  
いつもそうだった。それは、どうやらこんな事をしている時でも、変わらないらしい。  
 あんな風に乱暴に押し倒されたっていうのに……なんで、こんなに優しいんだ?  
 邪な心に囚われていた自分が、まるで何かに操られていたかのように思えて、  
改めて本当の自分の気持ちを考えて……。  
「……ごめん」  
 気づけば、僕は謝っていた。  
「なんで謝るの、ユージ君?」  
「だって! タマちゃん、嫌だったろ!? こんな風に乱暴に、その……犯されそうに、なって」  
 
「……ううん」  
「えっ!?」  
「私だって、そういう事……したいと……思う事あるよ?」  
「タマちゃん……も?」  
「……うん、私も」  
 タマちゃんの顔に、恥じらいが浮かぶ。  
 顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら、だけどはっきりと、彼女は言った。  
「それに……その相手がユージ君だったらいいかな、って思う事も」  
 本当に、驚かされてばかりだ。  
「それって……つまり……そういう事?」  
「うん」  
 顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら、だけどはっきりと、タマちゃんは頷いた。  
「………………」  
「………………」  
 顔を見合わせて、僕らは黙った。多分、僕の顔も真っ赤になってるんだろうな。  
「……できれば、優しくして欲しい、かな」  
「え、あ?」  
「……するんでしょ、ユージ君?」  
「あ、う、うん」  
 促されるがままに、僕はタマちゃんの肩を抱いた。  
 細くて華奢なその身体を腕の中に感じながら、どうして僕はこの身体をめちゃくちゃに  
してしまいたいなんて思ったんだろうと後悔し、そうせずに済んだ事を安堵していた。  
「ユージ、君……」  
「タマちゃん……」  
 互いに互いの身体に手を伸ばし、抱き寄せ、顔が、唇が近づいて――  
「宮崎さーん、いますかー? 今日も自主れ」  
 ――いった所で、道場の入り口が勢いよく開かれる。  
「ん……っ!?」  
「あ」  
「……東、さん? あの、これは……」  
 目撃どきゅーん。  
「わ、わたしは何も見ませんでしたぁぁぁあ、お、お、お、お邪魔しましたぁあああ!!」  
「あ……」  
 東さんは、慌てて走り去って行った。こけながら。  
「あちゃー」  
「どうしよう、ユージ君?」  
「……やっぱり、ちゃんと言っとかないと駄目かもね、部長や先生にも」  
「部公認?」  
「あはは……そうだね」  
 結局、その日はそこまでで終わり――  
 その後、僕らが結ばれるまで随分と長い時間がかかることになったんだけど、  
それはまた別の話、という事になる。  
 タイミングって大事だよね……。  
 

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