桑原鞘子が噴水に飛び込んだ日の放課後。
部活動を終えた中田勇次は、自分も立ち会ったその現場に戻ってきていた。
空は夜に覆われ、まばらな証明があるだけで視界は優れない。
勇次は己の心に意識を向けたまま、ゆっくりとそこかしこを歩いた。
(――桑原先輩は、一体何を思いつめていたんだろう)
白昼に入水自殺をはかるほどの悩みなど、まっすぐに育った高一男子には想像もできなかった。
入部当初欠席していた鞘子が、時折煮詰まって部活を休むことがあることは勇次も知っていた。
主将である千葉紀梨乃から、親友だからこその優しい諦め口調で話す苦労話を聞かされたこともある。
(――紀梨乃先輩に任せておけばいいなんて、他力本願な考えだったのかな)
周りが気をつけてやるんだ、と言った剣道部顧問、石田虎侍の言葉が重い。
同じ剣道部に所属し、剣道を愛する仲間同士。もっと支えあうべきだったのかもしれない。
(――俺も頑張ろう)
自戒は深くも短く、思案の最後に勇次は顔を上げて決意した。
落ち込むのではなく、あくまでも前向きに。
剣道によって培われた清廉な心身は、常に前へ上へと意識を向かわせていた。
――と、ふいに風が吹き、一枚の紙が勇次の脚に纏わりつく。
ガサガサと風に煽られる紙を拾うとなんとなしにそれを開いた。
(プリント? ――手書きの譜面?)
そして、目を見開く。
譜面の一ページ目のそれには、作詞者作曲者の記入欄があって。
「これって――!!」