雨の土曜日にホームセンターで買い物をしたコジローは、  
帰りに渋滞を避けようとして脇道に入ったところ上から下まで  
ずぶ濡れのキリノに出くわす。  
「何やってんだお前?」  
車窓を開け放し声をかけると、  
キリノは恥ずかしそうに頭をぽりぽり掻きながら笑った。  
「いやー、さとりんの家でお勉強会した後なんですけど、  
今さっき通りがかりの車に水引っかけられちゃったんですよ〜。  
上から下までびっしょりで、もうどうしたものか途方にくれてまして」  
 
「しゃあねえなぁ、車乗ってけよ。  
俺のアパート近いから服と風呂ぐらい貸してやるぞ」  
キリノは大げさに首と手を横に振る。  
「いやいやいいっすよ、  
そんなことしたらコジロー先生の愛車が泥まみれに……へっくしっ!」  
「ほら見ろ、風邪ひきそうじゃねえか」  
キリノのくしゃみにコジローは苦笑し、ビニール袋の中から  
ホームセンターのチラシを取り出し助手席に敷き詰め泥よけにする。  
 
「そんな格好じゃバスも電車も乗れねえだろう?  
俺の車この前傷つけちまったから今さら泥水ぐらい気にしないし、  
チラシ敷いたからあんま汚れねえよ」  
「いやーでも、悪いですし」  
それでも渋るキリノにコジローは業を煮やし、  
車から降りて少女の腕を引っ張る。  
「体調管理もできないようじゃ部長の肩書きが泣くぞ。  
顧問命令だ、いいからさっさと乗れって」  
「ふえ〜い」  
 
「そういやコジロー先生って生徒に告白されたことあります?」  
「ん?生徒どころか告白されたこともないけど、いきなりなんだよ」  
 
「……あたしの友達に学校の先生のこと好きになった子がいるんです。  
でも生徒と先生って関係だから、その子悩んでて。  
それで、もしコジロー先生が自分の教え子に告白されたら迷惑かどうか、  
聞いてみようかな、と」  
「うーん、俺なら生徒の気持ちに応えないな。  
茶化すなりごまかすなりしてその場を取り繕う、かな」  
 
「……もしコジロー先生がその子を好きでも、ですか?」  
「たとえ俺がその子を好きでも、だ」  
 
「……そうですよね〜。それが普通の教師の対応ってもんですよね〜」  
「まあな。でももしその子が卒業して生徒じゃなくなったなら……  
でもその子が俺のこと好きだって言うなら、  
その時にはちゃんとその子の気持ちに応える、かな」  
 
「あー、なるほど。稚魚のうちは問題あるから大きくなるまで待って、  
育った所をぱくりと食べちゃうと」  
「鮭の放流かよ!」  
 
「はいはい分かってますって。つまり女の子が大人になるまで待つと。  
でも先生、待ってる間にその子が他の人を好きになる、  
とか考えないんですか?」  
 
「そんときゃしょうがねえよ。俺がその子の気持ちを引き止められない  
魅力のない男ってだけだし。それに好きな子が他の奴に惚れたなら、  
辛くても応援するのが男ってもんさ」  
 
「ふうん、じゃあその子に伝えときます、  
卒業式まで告白するの我慢しなさいって」  
 
「あれ、俺……寝てたのか?」  
コジローは家に帰ってキリノに着替えを与えた後、  
買い物袋を机の上に置いたところで記憶が途切れていた。  
(さっきのやり取りは……春先の、  
まだ部活で俺とキリノの二人きりだったころの夢か……)  
 
コジローが口のよだれを拭うと同時に、  
背後からキリノの呆れ声が飛んでくる。  
「全く、女の子を連れ込んで先に寝ちゃうなんてひどいですねぇ」  
コジローが振り向くと、  
リボンを解き濡れた髪をドライヤーで乾かしているキリノがいた。  
「……変な言い方するな人聞きの悪い」  
「ゲームのやりすぎですか?それとも見たかった映画を夜通し見てたとか」  
 
コジローは生あくびをかみ殺す。  
「お前俺の自己管理能力を中学生並みと思ってるだろ?」  
「大食いで朝から保健室のお世話になる程度の管理能力は  
中学生より上なんですか?」  
キリノの鋭い突っ込みにコジローはぐうの音も出ない。  
 
「……近頃お隣さんがうるさくて夜ろくに眠れないんだよ」  
キリノはぽんと手を叩く。  
「ああ、例の念仏の人っすか」  
「いや、その人はまた引っ越したんだけど、入れ替わりにきた人が  
ちょっとな……ったく引越しの挨拶もせず毎晩毎晩……」  
「なんか大変そうですねぇ。あ、このタンクトップ返しときますね」  
着替えにと脱衣所へ置いていあったタンクトップを  
キリノはコジローへつき返す。  
「ああ……ってお前Tシャツ一枚かよ……!!」  
 
驚いてキリノの胸の辺りを見たコジローは絶句する。  
二つの膨らみの頂点には、二つの突起がサイズの  
大きいTシャツの上からでもうっすらと存在するのが確認できた。  
「どうしたんですか、先生?」  
キリノはコジローのいつもと違う様子に無垢な表情を傾ける。  
「いやお前、その……着ろよ、下にも!」  
見ていた場所を気づかれぬようコジローは慌てて視線を反らした。  
 
「だって梅雨の時期にこんな蒸し暑い部屋で  
2枚も服着てられませんよ〜」  
だぶだぶのTシャツをパタパタはためかせながら、  
キリノは体の表面へ風を送り込み冷やす。  
その度にサイズのいいバストが形を変えるのがシャツ越しにわかるから、  
コジローはますます目のやり場に困る。  
 
「しょうがないだろ、エアコンの効き悪いんだから!」  
「あ、下といえばこの下着も履けないんで返しときますね」  
「ああ………………………………ああ?」  
シャツやジーパンと一緒に脱衣所に置いていた  
トランクスまでつき返されたのを見てコジローは目を丸くする。  
「ちょっ……おま、……今ジーンズの下、何も履いてないのかよ!?」  
 
キリノは頬を染めてユーモラスに体をくねらせる。  
「せんせ〜、それセクハラっすよー」  
「い………………いやいやいや、この場合その、  
セクハラされてるのは俺だろう!逆セクハラだよこれ!  
むしろカウンターで威力3倍だ!!」  
予期せぬ事態に混乱しわけのわからないことを口走るコジローに、  
キリノが小さな声で説明する。  
 
「……トランクスって、女の子が履くと痛いんですよ。  
……その、デリケートな所が擦れて」  
コジローはきょとんとした顔で目をぱちくりさせる。  
「え、そ、そうなの?」  
「そうっす。ブリーフはないんですか?」  
コジローは済まなそうに呟く。  
 
「俺、トランクス派だから……」  
「そうですか〜。じゃあすいません、気持ちだけ履いときます」  
「あ……そう」  
これ以上この話題に深入りしてはいけない。  
手早くコジローはタンクトップとトランクスを受け取り机の上に置くと、  
咳払いをして強引に話題を変える。  
 
「ていうかなんだ、掃除してくれたのか?」  
床の上に散乱していたゴミは全て分別され袋の中だし、  
流しで積まれていた洗いかけの食器は全てピカピカに輝いている。  
どうやらコジローがうたた寝をしている間にキリノが片付けてくれたようだ。  
「シャツとお風呂をいただいて何もせずってのも心苦しいっすから。  
というか女の子としてこんな汚い部屋黙って見てられませんもん」  
 
「はは、吉河先生にも同じこと言われたなぁ。  
あん時もいくらかは片付けたけどすぐこうなっちまった」  
キリノはやれやれと額に手を当てる。  
「駄目ですよ、女の人をこんなカオスなお部屋に招いちゃ。  
あ、吉河先生といえばスーファミのコントローラーとソフト一式は  
押入れにしまっときました。買ってきたカップラーメンと缶詰は  
流しの下に入れときましたけどそこでいいですよね?  
洗濯物はまだ片付けてませんからちょっと待っててくださいね〜」  
 
「あ、ああ、あんがとよ」  
(まるでお袋みたいだな、こいつ)  
苦笑しながら頭をぽりぽりと掻いたコジローは、  
キリノが机の上から掴みあげた物を見て仰天する。  
「……っておいこらっ、トランクスはいいって、  
下着までたたまなくていいから!」  
 
「やだなー先生、あたしよくお父さんと弟のパンツも洗濯してるんすよ?  
大体このトランクス履けとか迫っておきながらたたむのは駄目って、  
なんか変ですよ〜」  
「俺がお前に無理矢理トランクス履かせようとしたみたいに言うな!  
どんな性癖の持ち主だよ俺!!そりゃ、家族の下着とかはいいけど、  
他人の男の下着なんて嫁入り前の女の子がたたんだり洗ったり  
するもんじゃないって!」  
 
ニヤニヤしながらキリノは慌てふためくコジローを冷やかした。  
「せんせー、考え方がおじさんくさいですよ〜。昭和のかほりがしますなぁ」  
「おじさん言うな!とにかく、  
そういうのは結婚するか好きな男ができるまでするもんじゃないの!!」  
 
そこまで叫んだコジローはキリノの目を見て息を呑む。  
 
「どうしたんですかコジロー先生?」  
キリノはいつものようににっこりと笑う。しかしその目は笑っていない。  
それは部の1年生たちやソフトボール部の友人たちにはわからない、  
コジローとサヤだけが気づけるわずかな変化。  
頬と唇を緩め笑顔にしてはいるが、その瞳には喜も楽も欠けていた。  
「あ、いや、別に……」  
そんなキリノのまなざしを、コジローは見た記憶があった。  
(キリノのお袋さんが入院した時と……  
さっき夢で見たキリノの友人の恋愛相談の時か)  
 
……だがあれは、本当に「キリノの友人」の相談だったのか?  
 
「もー、きょうちゃんのエッチー、  
家の中に入るまではそんなとこ触っちゃ駄目だってばー」  
薄い壁の向こう側から聞こえてくる扉を閉める音と緊張感のない女の声に、  
コジローは思考を邪魔され脱力した。  
「なんなんですか、このやたらイチャつくカップルの声は。  
というかこの女の人の声どっかで聞いたような……」  
 
キリノの瞳にいつもの光が戻ったのを確認し、  
コジローはホっとしながらもうんざりした様子で答える。  
「あーうん、新しく来たお隣さん」  
「もーきょうちゃん、  
お部屋に帰ったからっていきなり抱きついちゃ駄目だよ」  
キリノはふはぁーとため息を吐く。  
 
「はー、もうなんというか……  
ミヤミヤとダン君以上のラブラブっぷりじゃないですか。  
こりゃコジロー先生みたいな寂しい独り身には毒ですね」  
「うるさい、ほっとけ!」  
 
いつの間にかたたんだ洗濯物をぽんぽんとたたくと、  
キリノは目ざとく新しい片付け物を探し出す。  
「せんせー、ここにまとめて重ねてある書類、  
机の上に置いときましょうか?」  
「ん、ああ、それならいらないから燃えるゴミに入れといてくれ」  
 
「もー、きょうちゃんのエッチー、  
家の中に入るまではそんなとこ触っちゃ駄目だってばー」  
薄い壁の向こう側から聞こえてくる扉を閉める音と緊張感のない女の声に、  
コジローは思考を邪魔され脱力した。  
「なんなんですか、このやたらイチャつくカップルの声は。  
というかこの女の人の声どっかで聞いたような……」  
 
キリノの瞳にいつもの光が戻ったのを確認し、  
コジローはホっとしながらもうんざりした様子で答える。  
「あーうん、新しく来たお隣さん」  
「もーきょうちゃん、  
お部屋に帰ったからっていきなり抱きついちゃ駄目だよ」  
キリノはふはぁーとため息を吐く。  
 
「はー、もうなんというか……  
ミヤミヤとダン君以上のラブラブっぷりじゃないですか。  
こりゃコジロー先生みたいな寂しい独り身には毒ですね」  
「うるさい、ほっとけ!」  
 
いつの間にかたたんだ洗濯物をぽんぽんとたたくと、  
キリノは目ざとく新しい片付け物を探し出す。  
「せんせー、ここにまとめて重ねてある書類、  
机の上に置いときましょうか?」  
「ん、ああ、それならいらないから燃えるゴミに入れといてくれ」  
 
書類をゴミ袋に入れようとしたキリノの手がふいにぴたりと止まる。  
「先生……これ、就職活動の資料ですか?」  
「あー、この前酔っ払った先輩が勝手に置いていったんだよ。  
全く、今から無職になるって決め付けてるんだから失礼なもんだ」  
乾いた笑い声を上げるコジローはまたドキリとする。  
キリノの目がまた笑わなくなった。  
 
「コジロー先生、いつかあたしが相談した先生のこと好きになった子、  
憶えてますか?」  
「ああ…………憶えているさ、はっきりとな」  
(さっき思い出したばかりだし、な)  
「その子の好きな先生がね、  
なんか来年学校にいられなくなるかもしれないんだって」  
思わずコジローはごくりとつばを飲み込む。  
 
「………………へー、そりゃ大変だな」  
「教職の人って学校辞めさせられたら、  
同じ土地で新しい就職先とか探せるんですか?」  
コジローは視線を斜め上に漂わせながら調子はずれの声で答える。  
 
「今みたいに少子化で毎年生徒の数がつ減ってるような時代じゃ難しいかな。  
比例して教員の採用数も減少してるから、  
同じ校区の就職先なんて簡単に見つからないだろ」  
「へー、教師って大変なお仕事なんですねぇ」  
コジローは少し笑いながらおどけるように答える。  
「そうとも、だからあんまいじめずせいぜい敬ってくれよ」  
 
コジローは、キリノがいつものように  
(先生は少しも大変そうに見えませんけどね〜)  
(弁当欲しさに生徒の前で土下座しなければ少しは敬いますよ)  
などと茶化してくれることを期待していたが、  
キリノの声のトーンは低いままだった。  
 
「……でもね、あたしの友達の子も大変なんですよ?  
コジロー先生の言うこと聞いて卒業まで告白するの我慢しようと思ってたら、  
その先生卒業するころ学校にいるかどうか分からなくなって」  
キリノの突き刺さるような視線が痛くて、コジローは目を反らす。  
「それは……ま、その、お気の毒だな」  
キリノは明後日の方向を向くコジローの顔を掴み、自らのほうへ向かせる。  
 
「教えてください、コジロー先生。  
それでもその子は告白を我慢するべきなんですか?  
その子の気持ちは……先生の迷惑になるだけなんですか?」  
部屋を片付ける音が止まり、静寂が支配した。  
生徒と先生の視線が交わり、コジローの鼓動が早くなる。  
(やばい、何とか話の腰を折らないと……)  
 
すると、コジローの願いが通じたのか  
隣の部屋から上ずった女性の声が聞こえてくる。  
「やだ……きょうちゃんの指、気持ちいい……」  
切羽詰っていたコジローは夢中で話題を変えた。  
「な、何やってるんだろうな、お隣さんたち」  
最悪な方向へ。  
 
言った後しまったと思ったが、もう遅い。  
これは言い訳できない、完全なセクハラだった。  
「え、あ、あの、イチャイチャしてるんじゃないですか?」  
しかしある意味コジローの思惑は当たり、話題はすり替えられる。  
「え、あ、うん、そうだな、イチャイチャしてるんだろうな!  
いや、ほんと困ったもんだわ、近頃毎晩こんな感じでな!」  
 
「はは、それは大変で……あ、あたし帰りますね!」  
「おお、じゃ、送っていくな……おい、キリノ!?」  
急に立ち上がろうとしてバランスを崩したキリノは、  
コジローの方へ向かって倒れかかり体重を教師へ預ける。  
 
シャツの中に下着をつけていないから、  
柔らかな二つの膨らみの感触がコジローの胸部へ直に伝わる。  
キリノのシャンプーの香りと、コジローの汗臭い肌の匂いが交じり合い、  
お互いの鼻腔を刺激した。頭の中が真っ白になったコジローが  
口をパクパクしていると、キリノが口を開く。  
 
「……コジローせんせい……あたしは先生のことがす」  
キリノが何かを告げようとした刹那、コジローが素早く首を横に振る。  
「キリノ、それ以上は言うな」  
キリノは悲しそうな顔をする。もう嘘の笑顔で繕う事もしない。  
「……コジロー先生卑怯ですよ。……いつもは駄目教師のくせに、こういうときはちゃんとした大人になるんですもん」  
 
「……そりゃま、腐っても教師だからな」  
キリノは悲しそうに微笑む。  
「だから……あたしが駄目な生徒にならなきゃいけなくなるんですよ?」  
「駄目な生徒?」  
「先生を困らせる、わがままで駄目な生徒に」  
キリノは、そのまま顔を近づけ、コジローと唇を重ねる。  
コジローは目を見開き、キリノはわずかに頬を染めて顔を離す。  
 
「わがまま……か」  
わがままという言葉はキリノに縁のない言葉だ。  
他の部員が幽霊部員ばかりで独りきりだった時も、  
コジローがどれだけ適当に指導をしていた時も、  
風邪をひいて倒れるほど体調が悪い時も、家族が入院した時でさえも。  
キリノは一度も腐った素振りを見せず、  
顧問のコジローや他の部員を困らせることなど一度もなかった。  
 
(そのキリノに……こんな行動させるほど、  
俺はキリノのことを追い詰めていたのか……?)  
コジローの悩む気持ちが顔に出たのを見て、  
いきなりキリノが声色を変える。  
 
「なーんちゃって、先生、びっくりしました?」  
キリノは押し黙ったコジローを見て、  
自らの行為がコジローにとって迷惑なだけだったと思ったのだろう。  
 
無理に出した言葉は明るくても、音程は低いままだ。  
自分の心を見透かすようなコジローの視線にキリノは気づき、  
コジローとは反対のほうを向く。  
「やだなぁ、あたしがそんな、自分の部屋の掃除もできない  
駄目教師なんか誘惑するわけないじゃないですか〜」  
「ああ、分かってるさ」  
 
コジローは身を離したキリノへ近づき、背後から抱きしめる。  
「……ちょっ、先生?」  
「お前がそんなタチの悪い冗談するようなやつじゃないってことは、な」  
コジローの抱擁にキリノは顔を赤くしてジタバタと暴れる。  
「え、そ、その」  
 
「……そのさ、お前が相談してた子の話の続きだけどさ」  
コジローの言葉にキリノの動きがぴたりと止まる。  
「きっとさ、その先生は告白されても迷惑なんかじゃないと思うんだよ」  
首を捻ってコジローを視界に捉えながら、キリノは問う。  
「……じゃあいいんですか、告白しても?」  
 
「それは、そのな……先生も怖いんだよ、告白されるのが」  
「それって……学校にばれるのが、ですか」  
キリノの問いかけをコジローは笑い飛ばす。  
 
「はは、それもあるな。でも、それだけじゃねえよ」  
笑い声にキリノは少しむっとしたようにわずかに右眉を傾ける。  
「じゃあ、何を恐れてるんですか、その先生は」  
コジローは目を瞑りため息を吐く。  
「だって……対等じゃないだろう?教師と生徒なんて」  
「対等?」  
 
「もし教師の気持ちが暴走したら……  
男ってそういう時突っ走ると収まりつかないからな。  
内申ちらつかせたり、部室や教室を悪用したり……  
時々週刊誌に載るだろ、そういう事件」  
「……コジロー先生も、突っ走りそうになることあるんですか?」  
コジローのキリノを抱きしめる手に力が入る。  
「ああそうさ、教師としての権限をフルに悪用してでも  
手に入れたくなる位に、な」  
 
むー、と少しキリノは眉間に皺を寄せる。  
コジローの言葉を頭の中で反芻しているようだ。  
「……コジロー先生、ここ、学校じゃないですよね?」  
「……ああ、そうだな」  
「じゃ、今あたし達は生徒と先生じゃない……そうなりますよね?」  
「お前なぁ、そんな簡単な話じゃ」  
 
キリノは、コジローの唇に自らの唇を再度重ねる。  
「だから今のあたし達は……ただの男と女です。  
そういうことにしときましょうよ、ね?」  
まるで全力の突きを食らったかのように、コジローの足元がふらついた。  
(……ここで、必死に葛藤してる俺にキスは反則だろう……!!)  
キリノは口元を緩め、コジローの心を読んでいるかのようににま〜と笑う。  
「だって今のあたし……先生を困らせる、わがままで駄目な生徒ですから」  
 
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  
 
布団の上で横になったキリノのTシャツの上から、  
コジローの手が胸を揉みしだく。  
「や……へへ、先生触り方やらしーんだ」  
「お前だってシャツの上からでも感じてるじゃねえか」  
コジローの手がその肉の形を変えるたび、  
細く引き締まったキリノの腰がくねる。  
「だって、下着、ぁっ……着けてないですから……」  
Tシャツの上には衣服の存在意義を疑いたくなるようなはっきりとした  
二つの突起があり、これでは弄ってくれと言っているような物だろう。  
 
その先端の周りをコジローが丹念に指でなぞると、  
たまらず湿った吐息がキリノの口から漏れる。  
「おいおい、服越しにこれじゃ……」  
コジローの手がTシャツの中へ潜り込んだ瞬間、  
キリノの背中がわずかに反り上がる。  
「直に触られたらどうなるんだよ」  
 
キリノは額に汗を浮かべながらくすくすと笑った。  
「……こうなっちゃいます」  
キリノが太腿でコジローの片足を挟むと、  
コジローの足の触覚がズボンとジーパン越しに液体を感知する。  
「せっかく貸したジーパン濡らしやがって」  
「でも、こんなになったの、コジロー先生のせいですよ。  
それにあたしだけじゃないでしょ、汚しているのは」  
キリノはするりと体を折り曲げると、  
上半身を浮かしていたコジローの体の下を潜りその下半身へと手を伸ばす。  
 
「……キリノ?おいおい、そんなとこ触んなくたっていいって」  
しかしキリノは慌てるコジローの言葉を無視してズボンのジッパーを下げる。  
「いいんですよ、あたしが触りたいんですもん」  
キリノは鼻を鳴らしながら下着越しにコジローの男根の匂いを嗅ぐ。  
「こ、こらこら、匂いを嗅ぐな匂いを!臭いだけだろそんなとこ」  
「コジロー先生のなら、臭くても大丈夫ですよ。  
だってあたし、先生のことす、ひぁっ」  
コジローがジーパン越しにキリノの大事な部分を鼻でつつく。  
「ほら、別にいい匂いなんかしねぞ、こんなところ」  
 
しかしキリノはめげずにコジローのそこを嗅ぎ回す。  
「えへへ、いい匂いとじゃなくても、いいんです。  
……トランクスの先っちょ、ちょっと濡れてますよ先生?  
人のこといえないじゃないですか」  
 
「お前なぁ……下着履いてない女の子が部屋にいて、  
お隣さんはおっぱじめて、それでノーブラのまま抱きつかれて……  
そんな奇跡的なコンボ食らって性欲押さえつけれる奴は  
世界中探して5人もいないぞ。……って聞けぇ!」  
キリノはコジローの言い訳を聞かず、  
トランクスから顔を出した陰茎を指でなぞるのに夢中だった。  
 
「すいません、でも……コジロー先生のここ見てると、  
におい嗅ぎたくて嗅ぎたくてもう我慢できないんですよ」  
キリノは鼻でコジローの陰毛を掻き分けながらその匂いを貪る。  
「わ、馬鹿、んなとこ嗅ぐな、くすっぐたいだろうが!」  
「えへへ……くすぐったいだけじゃ終わらないですよ〜」  
キリノは左手でコジローの分身を掴むと、その脈打つ棒を舌で舐める。  
 
「は、ははは……やっぱくすぐったいだけだぞ、そんなんじゃ」  
「ふぁにおう、ふぁまいきな!」  
キリノは一気にコジローの全てを口の中にいれ、  
舌でその肉塊をぺろぺろと舐めるが、  
コジローはわずかに眉間に皺を寄せただけで余裕の笑みを浮かべる。  
「は、はははっ、そんな滅茶苦茶に舐めるだけじゃ、駄目だっつーの。  
愛撫ってのはな、こうするんだぞ」  
 
今度はコジローがキリノのジーパンのファスナーを下ろし、  
その中にある秘所へと口を近づける。  
「ひぁっ!?」  
ずずず、ずずずずずっ。  
ゆっくりと、キリノのそこを濡らす白みがかった液を、  
音が聞こえるようにして啜る。  
「や、音、恥ずかしぃ」  
そしてコジローは自らの唇が愛液まみれになったのを見計らい、  
二枚貝の上で膨張し始めた真珠を指で穿り出す。  
「あぁっ、ちょっと待っ」  
コジローの上唇と下唇がキリノの真珠を挟み込む。  
 
そしてビブラートを効かしながらその肉の芽を吸い始めると、  
もうキリノはフェラどころではなくなり、肉棒から口を離し喘ぎ始める。  
「やっ、そ、強く、すっちゃ、だっ……!」  
吸って止めて、吸って、止めて、また吸って、また止めて。  
単調がゆえに、その繰り返しが波紋のように  
キリノの全身へ確実に伝わってゆく。  
そして回数を重ねるたびに少しずつ吸う時間が長くなり、吸引の力も上がる。  
 
吸うタイミングに合わせて面白いようにキリノの体が跳ね、  
その体全体に剣道では流さないねっとりとした汗が浮かび始める。  
「コジロー、せんせ……これ、ちょっと、よすぎっ……」  
段々とキリノの声に余裕がなくなり、少し腰を引いて逃がれようとするが、  
その腰をコジローはがしっと掴んで逃亡を阻止する。  
唇の責めでわずかに痙攣し始めたキリノの陰核へ、  
さらに舌による圧力を加え始めた。  
「ふっ……ちょ、ゃめっ、ひぁぁぁっ」  
 
キリノはまだ気づいていない。やめて、駄目です、  
などという言葉がコジローの劣情にさらなる火をつけていることを。  
 
敏感な粘膜をつついていただけの舌先が、  
その小さな肉の塊に対し螺旋を描くようにねぶると、  
いよいよキリノの音程は悲鳴と聞き分けがつかないぐらい  
高く細くなってゆく。  
「ひあああぁぁっ、ちょ、せんせい、あぁっ」  
 
逃れようとしていた腰はもっと舐めてとねだっているように浮かび上がる。  
もうキリノの肉体は自身でコントロールできないほど乱れ、  
限界が近づいていた。  
 
コジローはゆっくりと右手の中指を秘裂へ差し込んでゆく。  
洪水のように濡れそぼったそこは呆気なく愛する者の指を飲み込んだ。  
しかし執拗なまでのクリトリス責めによがり狂わされているキリノ本人は、  
自らの膣に異物が進入していることさえ分からない。  
 
「せんせっ、もう、もうっ」  
キリノの腰周りががたがたと震えているのを見て、  
コジローは今までで一番強い力でキリノの肉真珠を舌により押しつぶす。  
「ひ」  
と同時に、キリノの内へと侵入させていた中指を折り曲げ、  
陰核の裏側に当たる壁を力強く押しあげる。  
「ぁっ」  
女性器で一番敏感な部分を舌と指でサンドイッチにされるという  
極限の責めに、キリノは意識を飛はされた。  
「ひあああああぁぁぁぁぁっっ」  
コジローの手と顔に暖かい液体を放ちながら、  
キリノは腰周りの痙攣を全身に広げ反らした背をびくびくと震わせた。  
 
「キリノ……気持ちよかったか?」  
体勢を変えたコジローがキリノの頭を撫でると、  
そんな小さな刺激でも快感に変わるのか、  
キリノは髪の毛をさすられるたびにびくびくと体を小刻みに震わす。  
「はい……よすぎ……て…………びくびくっ、  
とまらなぃ…………ですけど……」  
「そっか、ちょっと激しくしすぎたな」  
 
コジローは立ち上がると、乱れていたズボンをずり上げ  
近くに放っていたベルトを取って締めようとする。  
「先生……なんで……ベルトするんですか……?」  
そのズボンを掴んで、キリノが尋ねた。  
「……もう今日は終わりだからだ。お前ももう続けられそうもないし」  
最もそうなるようにコジローはわざと激しくしたのだが。  
(生徒と先生で関係を持つのなら、ここが限界だろう)  
「や……終わりなんて……いやです……最後まで、して……」  
コジローはゆるゆると首を左右に振る。  
「駄目だキリノ。  
……これ以上お前としたら、ほんとに俺は教師として駄目になる」  
 
それでもキリノは絶頂にひくつく体でコジローの足にすがりつく。  
「キリノ……」  
「先生が……言ってたじゃないですか……奇跡的って……  
今日みたいなこと……この先もうない……なのに……  
ここで終わったら……また普通の生徒と先生に戻っちゃう……  
そんなの…………そんなの!…………」  
コジローがベルトを緩めようとした手を離しキリノの頭をもう一度撫でる。  
「馬鹿だな、泣く奴があるか」  
「だから……今日だけでもいいから……  
最後まで……最後までしてください……」  
 
キリノのおねだりから10分ぐらい経ち、  
いい加減キリノの呼吸と痙攣も落ち着いてきた。  
「……そろそろ大丈夫か、キリノ?」  
「へへ、なんとか……そろそろいきますか?」  
(さっきまで半泣きだったのに、もう笑ってやがる)  
コジローは呆れながらキリノのジーパンを脱がそうとすると、  
その体がまだ少し震えているのに気づく。  
 
「なんだ、まだ収まってないじゃ……」  
改めてコジローがキリノを注意深く眺めると、  
キリノの顔は少しだけ強張りその手はシーツをかたく握り締めていた。  
(ああ、そうかこいつ………………初めてだったな)  
「キリノ、尻ちょっと浮かせろ」  
サイズの大きいジーパンを一気に引き抜いた後、  
コジローは最後に確認する。  
「キリノ……ほんとにいいのか?」  
 
キリノはコジローを不満げに睨む。  
「何ムードないこと言ってるんすか……むしろ、  
こんなところで止めたらビニール傘で3段突きしますよ?」  
(……ほんとは怖いくせによく言うよ)  
苦笑いするコジローは寝転ぶキリノの上に覆いかぶさり、  
キリノの白く細い両足を左右に割り開く。  
「力抜けよ」  
「はい……」  
自分の肉棒を掴みその先端をキリノの入り口に押し付け、  
半ばめり込ませてから一気に穴を押し進める。  
 
途中まではすんなりニュルニュルした肉壁を押し分けていたが、  
ある一点でその前進が止まる。  
(……キリノの純潔を、俺が散らすのか)  
感慨深くなったコジローがキリノの目を覗き込むと、  
涙をためたまま頷き、唇の端を引きつらせながら吊り上げる。  
 
(笑ってみせたつもりか?)  
でもそれは恐怖で引きつった表情にしかならなかった。  
(ま、俺も間抜けな表情してるだろうから、人のこといえないだろうけど)  
「いくぞ」  
呼吸を止め一気に腰を突き出すと、  
何かを潰す様な感触とともにコジローの肉棒が奥へ進んだ。  
 
すると生殖器を食いちぎろうとするかのような激しい締め付けに襲われ、  
コジローは顔を歪める。  
キリノも鋭く身を裂かれるような痛みで瞳にたまった涙をこぼす。  
「キリノ……辛いのなら、止めるぞ?」  
キリノは、今度こそ微笑んでみせた。  
 
「コジロー先生……あたし、辛いのなら、今までずっと耐えてきました。  
自分の思いを言えない生殺しの辛さを、  
ずっとずっと……一年以上耐えてきたんですよ。  
だからこれ位の辛さ、ぜんぜんへっちゃらなんです」  
 
思わずコジローは唇をかみ締める。  
「馬鹿だなお前……そんなセリフ言われたら、俺止まんなくなるぞ?」  
「止まっちゃいやです……ちゃんと、最後までしてください。  
もう普通の生徒と先生に戻れなくなるよう、最後まで」  
 
コジローがそのまま腰を引くと、キリノの背が反り上がる。  
そして再度腰を打ち付けると、呻くように喘いだ。  
「キリノ……まさか気持ちいいのか?」  
動きを止めてコジローが尋ねると、  
キリノは首を左右に振ってうわ言の様に呟く。  
 
「分かんな、いです……さっきイかされ、たのが……残ってて……  
動くと、痛いのと……気持ちいいのが、ぐちゃぐちゃになって……、  
もう訳わかんなくなって……」  
激痛と快感の同時攻撃にキリノの心と体は乱れる。  
コジローが動けば動くほどその混乱は強まるのか、  
まるで脅えた子供のようにコジローの背に手を回し強く抱きついてくる。  
「いたいっ、のに、……おく、きもちい、  
……もうわからな、ひぁ、あああっ」  
 
コジローは見たこともない顔で乱れるキリノにすっかり興奮し、  
最初のころの気遣いを忘れ獣のように激しく腰を打ちつけた。  
「せんせい、せんせい、あたしっ、せんせいがす…………」  
何かを伝えようとしたキリノの口をコジローが唇で塞ぐ。  
口同士の接触ですら快感になるのか、  
舌の侵入にキリノは頭を震えさせ唾液を唇の端からたらす。  
 
「せんせい……あたし、あたし、くる、なんかくるっ?!  
形のいい乳房とお尻がぶるぶると震え、  
教師の逸物を激しく締め付ける壁のひだ一枚一枚が蠕動し始めた瞬間、  
コジローは最奥まで突っ込んでいた肉刀を一気に引き抜く。  
 
「ひああああぁぁああぁぁぁぁぁっ」  
かさの部分が壁をなぞりながら高速で引き抜かれた刹那、  
キリノは瞳孔を開きながら全身を激しく痙攣させ絶叫を上げた。  
そんなキリノの腹に自らの劣情を十分にぶちまけたコジローも,  
キリノの体へ折り重なるように倒れこむ。  
そしてそのまま二人は体を重ねながら荒い呼吸を混ぜ合わせるのだった。  
 
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  
 
着替えの終わったコジローが脱衣所から出ると、  
先に2回目のお風呂と着替えを済ませていたキリノが鼻歌を歌いながら  
回転式粘着テープをコロコロと転がしていた。  
「何でまた掃除してるんだ?」  
「いやーほら、あたしの長い髪の毛とか残ってたら遊びに来た  
吉河先生に気づかれちゃうかもしれませんし。  
女の人ってそういうのよく気づきますからね〜」  
 
コジローは苦笑いをする。  
「そりゃまた……その、ありがとうございます」  
「……そんなことより、  
先生あたしに言うべき言葉があるんじゃないですか?」  
「言うべき言葉?なんだそりゃ」  
 
キリノがわずかに目を細めてにらむ。  
「分かっててとぼけてるでしょ?せんせー、あたしがす」  
「お、そろそろ雨がやんだな!キリノ、送ってくぞ」  
コジローはキリノの言葉を無理矢理遮る。  
おそらくキリノが言おうとしたのはこうだろう。  
――せんせー、あたしが好きって言おうとすると、邪魔しますよね?  
というか先生もあたしのこと好きって言ってないし――  
 
情けない話であるが、もし「好き」と口にされたら、  
あるいは口にしたらコジローは自分の気持ちを抑える自信がない。  
正直今日だって未成年相手に避妊具もつけずセックスをしたぐらいだ。  
もう、駄目教師を通り過ぎて駄目男である。  
これがキリノに耳元で「好き」だとか  
「愛してる」なんて囁かれた日には、あるいは自分で言葉にしてしまえば、  
そのままキリノの中に中出しして駄目人間まで落ちぶれていただろう。  
 
「もー、何で邪魔するかな〜」  
む〜と不満げなキリノの背中をコジローは押して無理矢理玄関へ押し出す。  
「ほら、いいから早く帰るぞ!」  
卑怯だということは重々承知している。でもこれはコジローの中のルールだ。  
自分の欲望を押さえ込む最後の防壁なのだ。  
「初めてでまだ痛いんですから、乱暴しないで下さいよ〜」  
「ああ、その、それはすまん」  
「じゃ、今靴履きますから」  
 
忙しなくドアを開けてマンションの階段を下りたコジローは、  
すぐ後ろに髪が乾ききっていない私服のキリノを連れ立った状態で  
同僚の教師と鉢合わせになってしまう。  
 
一瞬、3人の時間が止まる。  
 
「い……石田先生?その生徒は……」  
 
コジローが今まで生きてきた中で一番気まずい時間が流れる。  
「あの、今日あたし外歩いてたら車に泥ひっかけられて、  
偶然コジ……石田先生に会って着替えとお風呂を借りただけで」  
コジローはキリノの前に手をかざし教え子の苦しい言い訳を止めさせる。  
一応本当のことではあるが、着替えとお風呂を貸した『だけ』ではない。  
「……コジロー先生?」  
「もういいんだよ、キリノ。ほんとのことを言おう」  
コジローは勢いよく頭を下げる。  
 
「すいません、俺とこいつは、さっきまで俺の部屋でエッチしてました」  
あんぐりと口をあける同僚教師の前で、コジローは洗いざらいぶちまけ始めた。  
しかしその声色には開き直るような卑屈な響きはない。  
むしろ、どこか清清しくなるまっすぐな誠意のようなものが感じられた。  
「俺はこいつの……キリノとのことを本気で考えてます。  
卒業して教師と生徒じゃなくなったら、  
プロポーズしたいと思っているぐらいに。  
だから、ろくに物事の良し悪しも判断もできない  
学生であるこいつと関係を持ちました。  
そのことについては言い訳しません。  
それは全部俺が悪いですから。どんな処分も受けます」  
 
そこで一息深呼吸して、コジローは独白を続けた。  
「でも、こいつはあんまり悪くないんですよ、  
本当なら軽々しく俺と関係を結ぶような奴じゃなくって。  
……だけど俺が追い詰めたんです。  
こいつの気持ちに気づかないふりして、無駄に焦らせて。  
だから、こいつを処分するのはやめてください。  
キリノから剣道部を取り上げないでやってください」  
 
珍しくキリノは声を荒くする。  
「先生、そんなことされても、あたし全然嬉しくないよ!」  
(キリノのこんな顔見るの、外山たちが部活で女子苛めてた時以来だな)  
感情的になったキリノをコジローはたしなめる。  
「お前のためじゃない。タマやミヤ、東やユージ、それにダン達のためだ。  
俺がいなくなった後、部活動を楽しんでるあいつらをまとめるのは  
部長かつ上級生であるお前の仕事だろ?」  
 
そのセリフに、キリノは黙って俯く。  
「……先生……ずるい……」  
もちろんコジローも、  
一年生の事を出せばキリノがおとなしくなることは計算済みだ。  
「ああ、ずるいさ。……大人だからな」  
そこでコジローはいまだ唖然としたままの同僚教師へ顔を向け直す。  
「だから、そういうわけで。処分をするなら俺だけに」  
 
「きょうちゃんお待たせ〜〜、ごめんね遅れて……あれ」  
 
階段の上から聞こえてきた緊張感のない声に3人が顔を上げると、  
そこにはコジローの見知った顔がきょとんとした表情で彼らを見下していた。  
「あれ、室江の人たちだ。お久しぶりで〜〜す」  
「……君は、町戸の……」  
「浅川ですよ、浅川明美。きょうちゃん、この人たちのこと知ってるの?」  
「「きょうちゃん??」」  
 
コジローとキリノは目の前で居心地悪そうにしている  
教頭先生に向かって間抜けな声を上げる。  
「ええ、あたしの彼氏のきょうちゃん。  
大学生なのにすごく落ち着いてるんですよ〜」  
「「教頭先生が大学生?!」」  
「え、教頭先生?」  
今度は浅川が目を丸くする番だった。  
 
全ての事情を説明された浅川は教頭へ詰め寄る。  
「ひどいよきょうちゃん、あたしに嘘ついてたなんて!!  
ずっと大学生だと思ってたのに〜」  
((いないってこんな枯れた大学生))  
すまなそうに教頭は頭を下げる。  
「はは、悪かったね……だけど、ほんとの年齢を言ったら、  
こんなおじさん明美みたいなかわいい子には相手されないと思って」  
 
「もー、大好きなきょうちゃんのこと  
あたしが相手にしないわけないじゃない」  
言うやいなや浅川と教頭は呆気に取られていた  
コジローとキリノの前で熱い抱擁を交わす。  
「明美、きょうちゃんはこの人達とちょっと話があるから、  
先に行ってなさい」  
((『きょうちゃん』って自分で言っちゃったよこの人……))  
コジローとキリノが心でシンクロする中、  
浅川はつやつやした顔で手を振りながら駐車場へ去っていく。  
「じゃ、あたし先に行ってるね、室江のお二人もさよ〜なら〜」  
 
「さて、石田先生、そういうわけで……今日見たことは、  
お互い胸の中にしまっておくことにしましょう」  
呆気にとられていたコジローはコメツキバッタのように頷いた。  
「え……え、ええ、ていうか『きょうちゃん』って……」  
「はは、本名ではいろいろまずいでしょうから、  
籍を入れるまでは偽名を使ってるんです。  
お互いいろいろ大変ですが、真実の愛のためにがんばっていきましょう」  
「きょうちゃん、置いてくよ〜」  
コジローの肩をぽんと叩くと、  
教頭はメガネを光らせて顧問と部長に笑いかけ、急いで浅川の後を追った。  
「おーい、明美ちゃん、今行くよ〜」  
 
30秒は放心した後、コジローは叫ぶ。  
「いや、教師と教え子じゃん!歳めちゃくちゃ離れてるじゃん!!  
許されるのかよそんなの!!!」  
「……コジロー先生がそれ言う権利はないでしょ〜が」  
 
翌日、いつものように隣から聞こえてくるいちゃつく声に  
コジローが貧乏ゆすりを始める。  
(だけどまぁ……認めたくはないが、  
あの二人は俺らのキューピット役ってことになるんだなぁ)  
隣の部屋を隔てる壁を見ながら、コジローはため息を吐いた。  
教頭は私服のキリノをすぐに自校の生徒とわかるほど、  
生徒の顔を覚えているいい教師だ。  
コジローもあまり恨む気にはなれなかった。  
 
「だったら、多少の騒音は許しあげようか、な」  
「いやー、さすが先生心が広い」  
コジローが恨めしそうな目で声の主を見つめる。  
「……何でお前は俺の部屋にいるかな。キリノ」  
「昨日はまだカーペットのお掃除途中でしたし」  
キリノは鼻歌を歌いながら回転式粘着テープをコロコロと転がす。  
 
「お前来たらまた髪の毛落ちるだろーが。てかしょっちゅう家に  
来たら俺らの関係ばれるだろう、俺の首飛ばしたいのかお前は」  
「やだなぁ、そんな酷いことあたしがするわけないじゃないですか。  
……でも、もしばれて先生首になったら、  
あたし達生徒と先生じゃなくなっちゃいますね〜」  
「うん、まあそうだな。…………………………」  
そこでコジローは昨日教頭に放った啖呵を思い出す。  
 
――教師と生徒じゃなくなったら、  
プロポーズしたいと思っているぐらいに――  
 
「な、お前、ま、まさか……」  
キリノはにや〜と笑う。  
「ほら、この前お母さんが倒れて、うちの家も若い男手が必要かなぁ、  
みたいな話になってまして。先生、総菜屋に再就職なんてどうですか?」  
いつもは猫のようだと思っていたその笑みが、  
今のコジローには豹か虎の笑みに見えた。  
 
「お、俺はそんな策略に乗らんぞ!  
き、昨日は隣のバカップルに流されただけで、  
アレさえなければ生徒に手を出したりなんかしなかったんだからな!」  
コジローが慌てるとそのお隣から上ずった女性の声が聞こえてくる。  
「やだ、きょうちゃん、そんなの激しいよぉ」  
「きょ、きょうちゃん自重しろーー!!」  
「おやおや、取り乱しちゃって」  
 
動揺と興奮の極みにあったコジローは、  
深呼吸して少し心を落ち着けてからキリノに尋ねる。  
「……お前の友達にさあ、先生のこと好きになった子いたよな。  
……その子さ、どうなった」  
キリノはふふふと笑う。  
「なんかねー、色々うまくいったみたいですよ、先生の助言のおかげで」  
「……そのさ、その友達、実は先生のこと怒ってたりしてない?」  
「はい?」  
キリノが首をかしげる。  
「いやさ、その子が好きになった先生、優柔不断かつ手前勝手な態度で  
結構その子のこと苦しめてたんじゃないかと  
……いや、俺の勝手な想像だけどさ」  
「……別にその子はそんなこと言ってませんでしたけど?」  
「……そうか。そう言ってくれるのなら、いいんだけどな」  
 
そこでキリノはきらりと目を光らせる。  
「ああ、そういえば、どうしてもその子がコジロー先生に伝えて欲しいことがあるって言ってました」  
「……やっぱ、そうか。…………で、何なんだその子の伝えたいことって」  
キリノは声を小さくしてコジローの耳元に口を寄せる。  
「で、その伝えてほしい言葉っていうのがですね」  
「ふんふん、なんだって?」  
 
同じくキリノの近くに顔を寄せようとしたコジローの唇を  
素早くキリノが塞ぐ。たっぷり10秒は舌を絡めた後、  
口を離したキリノは唖然とする教師の耳元で笑いながら低く囁く。  
「大好きですよ、コジロー先生」  
 
 
その一言で理性のぶっちぎれたコジローがキリノを押し倒し、  
たっぷり5回は中出しして駄目人間になったのは言うまでもない。  
 
 
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  
 
 
「えへへへ、これで戻れないっすよねコジローせんせー?」  
シーツに包まったキリノは淡く染まった顔を綻ばせる。  
「俺の馬鹿……!ほんと俺って駄目人間だ」  
「大丈夫ですよ、安全日ですし」  
「……いや、そういう話以前の問題だろ」  
 
自己嫌悪に陥るコジローの耳に隣から喘ぎ声が届く。  
「ああ、きょうちゃんだめっ、それっ、からだが、  
からだがだめになっちゃうよぉ〜〜」  
コジローは目を血走らせて叫ぶ。  
「きょうちゃんいい加減自重しろ!  
あんたには教師としての葛藤ってもんがないのかっ!!」  
隣でキリノはもう一度えへへと笑い、コジローと腕を組んで彼に突っ込む。  
「だからコジロー先生にそれ言う権利ありませんってば」  
 
 
終わり  
 

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル