「おーし、んじゃかかり稽古はじめんぞー」
ドン!!と力強い太鼓の音と共に部員達が思い思いに組んだ相手に打ち込み始めると、コジローもそれに
混ざる。でないと相手のいないものが出てしまうためだった。
「めえぇぇぇぇん!!」
バシン!
「っ小手ぇぇぇぇぇっ!!」
パーン!
「胴ぉぉぉぉぉぉ!!」
ズバーン!
乾いた竹刀の軽い音と道場の床を叩く踏み込みの重い音、そして気迫のこもった掛け声が合わさって放課
後の学校の雑音を吹き飛ばして余りある音が剣道場に響く。しばらくしてコジローがそれに負けないように
声を張り上げる。
「よし!交代だ!」
部員達が手を止めた束の間の静寂の後、再び道場内が音に包まれる。その中に一際高く鋭い音が混ざった。
言うまでもなくタマキの打ち込みの音である。他のメンバーと比べて別格の実力を持つ故であるが、この日
はさらに迫力が増しているように思えた。それから何度か相手を変えつつ交代し、コジローが部員達に休憩
を告げると、それぞれが面を外し道場の床に座り込んだりしてお茶などを飲み始める。その中でタマキは一
人、竹刀を傍らに置いて正座していた。それを見てコジローはふむ、と頷くと休んでいるユージを呼んだ。
「休憩が終わったらタマの相手してやってくれ」
「えーっと……僕がですか?」
「何だ?いつもやってるだろ?……なんかあったか?」
いつになく歯切れの悪いユージの態度に、コジローが眉をひそめた。声のトーンを落として尋ねてみたが
ユージは首を振る。
「いえ、なんでも……」
「そうか?まぁいいや。あと、今回は見せ稽古にするからそのつもりでな」
「へ?」
上級者同士の試合や稽古はその動きから駆け引き、技に至るまで学ぶべきことが多く、技量の低い者など
にとってはそれを『見る』こと自体が稽古にも繋がる。つまり今回はユージとタマキの互角稽古を他の部員
達が観戦する、と言うことだ。
「いやまぁ……それは良いんですけど、どうしてですか?」
「なーんか知らんが、今日はタマのやつえらく気合入ってるからな。あいつの集中力なら関係ないのかも
知れんが、こんな時ぐらい場を整えてやろうと思ってさ」
そしてちらりとユージのほうへ振り返り、
「いつもと違うのはお前もだぞ、ユージ。期待してるからな」
そう言うとコジローはキリノ達の方へ行ってしまった。この後のことを説明するつもりなのだろう、その
背中を見てからユージはタマキを見た。緊張を切らさないためか相変わらず正座を崩していない。もっとも、
彼女には休憩など必要ですらないのかもしれなかったが。
ユージは小さくため息をついた。それにしても先生は何だかんだで生徒のこと見てるんだなぁ……。詮索
しないでくれるのは有難いし、俺もがんばらなきゃな。
とは言え……
お互いに一礼して開始線まで歩み寄って蹲踞(そんきょ)、と一連の作法を形式通りに済ませ構えるが……
やっぱりやりにくいよ……。そう考えるのはタマキも同じらしく、普段見ることのない動揺が伝わってく
る。しかし、見せ稽古である以上そんなこと言ってるわけにもいかない。だめだ、今は集中しなきゃ……集
中……
「始めッ!」
コジローの鋭い声が飛ぶと同時に部員達から歓声が上がる。
「思いっきりやっちゃえタマちゃん!」
「たまには一本くらい取れよユージぃ」
それらを意識から締め出すように二人は息を吸った。
「っせああああぁぁぁぁっっ!!!」
「やああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
比喩でなく、道場全体が震えた。気圧されて誰もが言葉を失い、道場内が静まり返る。その中で研ぎ澄ま
された二人の意識は完全に目の前の相手に絞られ、張り詰めた空気が場を満たしていた。
ぴくり、とユージの剣先が動く。
それに合図に竹刀を小さく弾きつつタマキが仕掛けた。その動きを見越して放たれたユージの出小手を最
小の動きで難なく払うと、上段に振り上げ神速の面を打つ。
カシィッ!
硬い音を立て竹刀が交錯した。タマキの面をユージの体当たりが強引に押さえ込む。
ユージの勝っているところは精々がその体格と腕力だけである。よって鍔迫り合いから力ずくで体勢を崩
しにいくのは定石の一つであり、案の定ほとんど密着状態にありながらユージがさらに踏み込んで圧力をか
けた。それに負けじとタマキが踏ん張りを利かせた瞬間、スッと手応えが消える。前方へ体の泳いだタマキ
の面に竹刀が振り下ろされる。
スパンッ!
鍔迫り合いをフェイントに流れるような動きで繰り出したユージの引き面を、寸でのところで身をよじっ
て肩で受ける。そのまま引いたユージに合わせてタマキも大きく引いて距離を取った。
「りゃああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
再び二人は吼えると直後に激突し、打ち合いは更に激しさを増す。あまりの苛烈さに誰も声を出すことが
できないでいた。
結局、コジローの「それまで!」の声と共に二人が手を止めるまで、二人を除いて誰一人言葉を挟む事が
できなかった。
「せんせーさようならー!」
「おう、またな!」
「先生また明日ー!」
「ちゃんと前見て帰れよ!」
「失礼します」
「またなーせんせー」
「たまにゃ敬語くらい使えよダン」
「お疲れ様でした」
「ほいお疲れさん」
部活が終わり、掃除と着替えを終えた部員達がそれぞれ帰路に着くのをコジローが見送る。
「お疲れ様です」
「お疲れ様でしたー」
「お前らもお疲れ。今日はゆっくり休めよ!」
結果から言えば、普段より善戦したと言えいつも通りユージの惨敗であった。しかしながらこの数分に満
たない試合の後、面を外したタマキが僅かながら汗ばんでいたことは僥倖に値すると言えよう。例えその時
のユージが緊張の糸が切れた瞬間に崩れ落ち、立ち上がれないほどに憔悴していたとしても。
「にしても、今日はお前ら凄かったぞ。……ほんとに何もないのか?」
「いえ別に」
「い、いえ。何にも……」
もう何度目か分からない質問に、試合の直後キリノ達から散々問い詰められたときと同様二人は揃って否
定すると、剣道場を後にした。
それにしても……と、皆から少し遅れてタマキと駐輪場へ歩きながらユージは考える。いつまでもこんな
調子では流石に体がもたない。そうだ、考え方を変えよう。あんな事は誰だっていつかは知ることで、形は
どうあれタマキは知るべくして知ったのだ。恐らくは誰もがためらうであろう大役を、成り行きとは言え自
分が請け負うことになっただけである。ちょっと早いが子を持つ親の悩みを味わったとでも思えばいい……
――先日自分に言い聞かせたことを繰り返したに近かったが、それでも何とか気持ちの整理には一役買った
ようで、自転車の前に立つころにはユージの気分も随分晴れやかになっていた。
「あの……ユージ君?」
そんなユージにタマキが話しかけたのは、ちょうど鍵を取り出した時だった。タマキの自転車が少し離れ
たところに置いてあるのを確認し、少し驚きながらもユージは答えた。
「どうしたのタマちゃん?」
「うん、あの……」
ためらいがちに話し出すタマキ。しかしその昨日の繰り返しとも言うべき光景に、ユージは肩の荷が下り
たような安心感から背を向け、何ら既視感や危機感を感じることなく自転車の鍵を差し込もうとしていた。
「昨日家に帰ってから、してみた……」
「うん、何を?」
「……オナニー」
カシャン
ロッキングバーが外れる軽い金属音。その一拍を置いてユージは勢い良く振り返り、視界に両手を胸の前
でモジモジさせながら恥ずかしさに頬を染めて俯くタマキを捉える。
しまっ……た……!!
ユージは自分の迂闊さを呪った。まずい、まずいぞ……何でこんなことに……いや違う!まずはどうする
かだ。どうする……何か、なにか早く返さないと、どうにか会話を続けないと……この沈黙は長引かせるだ
け辛くなるっ……!
「そ、それで?」
ちっがああああぁぁぁぁう!!何続きを促してるんだ俺!そうじゃないだろもっと他になかったのかよ何
でよりによってそれなんだよああもうだめだ何とかしてこの話を終わらせてないと……
「その……凄かった」
ガン
気が付けば自転車に頭をぶつけていた。チリン、とベルが鳴る。……してない、してないぞ俺は!タマち
ゃんがしてるところを想像なんかしてない!だったら何でこんなことやってるんだ俺は!……違う、だから
違う!やってない!!
「それでね……」
と、赤みの増した顔をタマキが上げた。その何かを決意したような目に射すくめられ、うっ……と呻きな
がらユージはあとずさる。それを追い詰めるようにタマキもまた、一歩を踏み出す。
「ユージ君は……せっくすしたことある……?」
「は?」
――なにいってるのたまちゃん?いってるいみがよくわからないよ?――
「ない……けど」
あまりに突飛なタマキの言葉に、混乱の度合いを一層深めながらもユージは反射的に答えていた。
「そっか……」
何故か残念そうな顔をするタマキ。一方でユージはその表情の変化にいよいよ頭が使い物にならなくなっ
ていく。それでも本能的な何かが体をさらに後ろへ下がらせた。
「でも……あのね、私……してみたい」
ゴワン!!
いきなり鉄柱が重い音を立てた。
「ゆ、ユージ君!?」
当然の奇行に慌てて駆け寄ったタマキだったが、ゆらりと振り向いたユージに両肩をがっしと掴まれ、思
わず飛び上がりそうなくらいに驚いた。
「タマちゃん……」
「は、はい!」
思い切り叩き付けたユージの額からは血がにじんでいる。だが、その下のユージの目は真剣にタマキを見
据えていた。
「他の人は何て言ってるか知らないけど、僕は女の子の初めてはやっぱり大事にしなきゃいけないものだ
と思ってる。一生に一度きりの大切なことなんだから、自分の身体を許しても良いような人をきちんと選ぶ
べきだ。だからそんな簡単にしてみたいとか言うものじゃないよ」
それまでのうろたえっぷりが嘘の様に力強い語調。頭の中も持ち前の道徳観や正義感のようなもので今は
不思議なほどクリアだった。
「分かった?」
タマキは力なくコクンと頷いた。ふぅ……何とか今度は納得してくれたみたいだ。……ちょっと可哀想だ
ったかもしれないけど、タマちゃんには興味本位とかで処女をなくして欲しくないしね。
「でも……」
「どうしたの?」
頬を赤らめながら、タマキは上目遣いでユージを見上げて言った。
「私、ユージ君が初めてならそれでもいいかな……って」
プツン
何かが弾ける音が頭の中で響く。他の誰にも聞こえはしないが、ユージは確かにそれを感じた。その小さ
な衝撃はユージの中の理性といったものを一瞬の内に霧散させていくが、それでもその残滓がユージの口か
ら零れた。
「……いいの?」
「うん……少なくとも今は、そう思ってる」
そういいながらタマキは耳まで赤くしながら下を向く。反対に、ユージは静かに空を見上げた。放課後独
特のざわめきも今は遠く、ただゆっくりと夕日に照らされだした雲が流れて行くのを見送った。
「あの、ユージ君?」
不安気に声をかけたタマキの肩に今度は優しく手を置くと、
「いいよ。じゃあ……しようか」
爽やかな笑顔でそう言い切ってタマキの手を取り校舎の方へ歩き出した。
「え、ええっ!?い……今から?」
引きずられるように歩き出したタマキがユージの豹変に慌てて問いかける。
「うん、そう」
その答え方もどこか自信に溢れていた。
「でもそんな、どこで……」
「大丈夫だよ」
既に現段階で最適と思われる場所は頭の中で検索済み。
「あ、あの、でも避妊とか……」
「心配ないから」
経緯は兎も角、必要なモノは持っている。
「それに……こっ、心の準備が……まだ」
「タマちゃん」
自分から言い出した割にたじろぐタマキに、ユージは立ち止まって向き直った。じっとタマキの目を見つ
める。
「俺に任せて」
その一言に何も言い返せなくなって、ユージに手を引かれてタマキはおとなしく付いて行った。
二人の背中を見送って一匹のねこが意味ありげに鳴く。
居たんだ、ねこ……
汗の染み込んだ皮、道場の床、木材とは微妙に違う竹の香り、ファブリージョを振り撒いても拭い切れな
い独特の匂いは更衣室の中でも何となく鼻に付く。
そう、ユージが事に及ぶ場所に選んだのは剣道場。人気がなく、人目に付かず、戸締りもできて万が一見
つかっても言い訳ができなくもない。ちなみに鍵は男子部員のまとめ役(実質二人だが)と言う事でコジロー
からスペアを渡されている。
「しょっ……と」
板の間に敷いたタマキの胴着と袴の上に自分の物をもう一組重ねる。流石に布団などがあるわけではない
ので仕方がないが、固い床に直接寝転ぶよりは幾分ましだろう。さらにその脇に乾いたタオルを数枚用意し
た。
「じゃあこの上に……えと、とりあえず座って?」
タマキは小さく頷くとちょこんと真ん中で正座した。さっきからずっと顔が赤く、緊張も相まってかいつ
も以上に無口だ。その様子に苦笑しながらユージは背を向け鞄を開く。普段使うことのない、メインの口の
中にあるファスナーの付いたポケット。その中にある薄い手帳のカバーを外すと間から何枚かコンドームが
落ちた。高校に上がって間もない頃中学からの友人が無理やり押し付けてきたものだが、そこはユージも健
全な男子高校生、捨てるに捨てられず何だかんだで巧妙に隠して携帯していたのである。それを手で弄びな
がら、まさか本当に使う時が来るとは思ってなかったけどね……と、何やら感慨めいたものを感じていた。
と、その時。後ろで突然ゴソゴソと衣擦れの音が。振り返りたい衝動をどうにかこうにか押さえつけ、音
が止むのを待って振り向くと、そこには相変わらず正座をしたタマキの姿があった。変わったところと言え
さっきよりも顔の赤みが増している事くらいだが、ユージの視線はタマキでなくその隣で固まっている。
視線の先には脱ぎ立てであろう、白い下着がいちまい
「宜しくお願いします」
「こっ、こちらこそ宜しく!?」
やおら三つ指突いて深々とお辞儀をするタマキに釣られ、ユージも居を正して頭を下げる。顔を上げると
お互いの視線が交わり、沈黙の内に見つめ合った。それを破るように、タマキは意を決して自らのスカート
の裾を握り締める。
「ストップ」
ようやく我に返ったその手を掴んでユージが制止した。最終段階に入ってしまっているとは言え、まだタ
マキへの授業が終わっていなかった事を思い出す。ならば年相応のちっぽけな知識を総動員してその務めを
果たそうと、静かに決意を新たにする。再びゆっくりと顔を上げると困惑したタマキの顔があった。
「タマちゃん。コレにも一応手順と言うか、そういうのがあってね……」
「そっ、そうなの?……ごめんなさい」
恥らうように顔を俯かせるタマキ。こんな時にも礼儀正しいと言うか何と言うか……相変わらずなんだな
……。
「じゃあ、まずはどうするの?」
「えーっと……」
ユージの脳裏に浮かんだ順序は基本に則ってキスからであったが、タマキの期待と不安に揺れる瞳を向け
られたままでは、やはりどうしても気恥ずかしい。
「じゃあまずは目を瞑って?」
「うん……」
タマキは言われるままに目を閉じた。その両肩にユージがそっと手を置いた瞬間、ビクッと身体を震わせ
目を一層固く瞑る。タマキの細い肩から僅かな不安が伝わってきて今更の様にユージの鼓動が速くなり、頭
の奥にまで響く。だが迷いはなかった。覚悟なとっくに済ませてある、はずだ。スッとタマキの身体を引き
寄せ、自分も目を瞑った。
「っ……!?」
音も無く二人の唇が重なる。驚きにタマキが目を見開いた。
全てが止まった数秒の後、ユージがタマキから離れた。呆然とした表情でタマキが自分の唇に触れ、一気
に耳まで赤くなった。
「どうしたの?」
「私……キスも初めてだった……」
考えてみれば当たり前の事だが、その瞬間ユージの中で言葉にならない感情が爆発した。堪らずタマキの
身体を強く抱きしめる。
「ゆ、ユージ君?」
返事の代わりにキスで応えた。一度目より深く。長く。
虚空を彷徨っていたタマキの腕が自然とユージの背中に回されると、身体の密着したところからお互いの
心臓の音が伝わる様な気がした。最早自分のものなのか分からない心臓の音を聞きながら、そのままユージ
はタマキを押し倒した。
「はぁ……」
長い口付けから開放されて切なそうに溜め息をつく。どこかぼんやりした視界に微笑むユージが映り、そ
れがすぐに近づいてきて、あ……と思う間も無くタマキのうなじの辺りに頭を埋めた。ほんのり汗の匂いの
混じったシャンプーの残り香を感じた。
「可愛い……タマちゃん……」
「んんっ……」
耳をくすぐる吐息に背筋をぞくりと震わせタマキは身をよじる。思わず顔を背けたタマキの前髪をかき上
げる様に手を当て真っ直ぐこちらを向かせると、今度は軽く唇を触れさせてから角度を変えてより深く互い
を重ねた。無防備に受け入れるタマキにそろりと舌を出して唇を舐めてやると、驚いてユージの制服を強く
握り締めた。声が出せないので目で訴えかけるがユージは気にせずタマキの口内へと侵入する。仕方無く、
それでも始めは恐々と、しかし次第に自らも積極的に舌を絡ませ始めた。
「ん、ふぅ……は……ん」
ユージの舌が歯茎から上顎とゆっくり味わうように這って行くのに、堪らず吸い取るように自分の舌を絡
ませる。まるで二人が溶け合って脳髄が犯されるような甘い快感。破裂しそうな程に高く鳴り続ける鼓動に
意識が遠のく中、痺れるような快楽を貪るようにどちらとも無く相手の唇を吸い、舌を押し入らせ、混ざり
合った唾液を啜る。
「ふぁ……」
軽い水音と共に長い交わりを終え、一旦離れる。やや酸欠気味で朦朧とする頭に新鮮な酸素を送り込もう
と二人は荒い息をついた。だが、まだ呼吸の整わない内にユージはタマキの首筋にキスを落とし、同時に服
の上からタマキの薄い胸をまさぐった。
「あ……ん……」
むずがるように身体を動かしながら甘い声を押し殺すタマキに、ユージは一度触れるだけのキスをしてか
ら制服のリボンに手を掛け、引き抜いた。それから手際よくベストを脱がせブラウスのボタンを外す間、タ
マキはされるがままに任せていたが、ユージの手が淡い青のキャミソールの下から潜り込んで胸の先端に直
に触れた瞬間、思わず声を上げた。
「ひゃう……っ!」
それでも両手で口を押さえタマキが何とか声を飲み込む。するとユージは再びタマキの首筋に顔を寄せ、
耳元で囁いた。
「可愛い声、聞かせてよ……もっと」
言いながらタマキの両手を片手で掴んで頭の上に押さえつけ、空いた手でキャミソールをたくし上げる。
ブラをしていないので露わになった微かに汗の浮かぶささやかな膨らみの、その頂点をついばんだ。
「はぅ……ああああぁぁぁ!!」
ユージがさらに少し強く吸うと、いきなりタマキが高く声を上げた。その表情を窺おうと体を起こしたユ
ージを、目に涙を浮かべ泣きそうな顔でタマキが見上げる。するとユージはちょっと困った顔でタマキの両
手を解くと、あやすように優しく髪を撫でた。
「大丈夫だよ、優しくするから」
そう言ってタマキの額に軽くキスをしてから再び胸に舌を這わせる。口から漏れるタマキの熱っぽい吐息
を聞きながら、今度は右手でタマキの体のラインを確かめるように胸から脇腹をなぞり、スカートの下の太
股の辺りをさすった。ユージの手の冷たさに律儀に反応する様を愉しんでから、頃合を見計らって更に奥へ
と侵入させる。
くちゅ……
初めて触れたタマキの女性の部分は、既に溢れそうなくらいに潤っていた。驚いて顔を起こすと、タマキ
は真っ赤になってそっぽを向いていた。
「汚れちゃうから、脱ごうか……」
苦笑混じりに言うとタマキは無言で頷き、腰を浮かせた。ユージが手早くスカートを脱がすと、隠すもの
が無くなって恥ずかしくなったのかタマキは両手で顔を覆う。しかしそれをよそに、ユージはタマキのその
あられもない姿に改めて目を奪われていた。
上気して汗ばむ幼さの残った細く可憐な肢体。それらを覆う役目を果たすことなく身体に掛かる半脱ぎの
服と手付かずのニーソックスが妙に扇情的だった。そして失礼ながら外見よりずっと女性らしく成長してい
る、淡い茂みの下の性器につい目が行ってしまう。そこから滲む愛液の醸す生まれて初めて感じる不思議な
香りに誘われるように、ふらふらと顔を寄せ舌をつける。
「きゃうっ!?」
突然の刺激にタマキが悲鳴に似た声を上げるが、構わずユージは秘所に舌を這わせ続ける。タマキがユー
ジの頭を押さえつけ強すぎる快感から逃げようと体をずらすと、それを反射的に捕らえ尚もユージは執拗に
攻めた。
「は……あん……だ、だめぇ……そん……な、とこっ……いやぁ……」
嫌がるように頭を振って抗おうとしても、ユージの舌が動く度に電流のように脳まで走る快感に身体から
力が抜けていく。ユージは止め処なく湧き出る蜜を掻き出すように舌をねじ込んでは、溢れて零れそうにな
るそれを舐め取った。
「そこっ……いやぁ!……した……なかで、うご……いて……ぇ……」
憑かれたように愛撫するのを止めないユージに否応なく高められ、タマキは鼻にかかった艶っぽい声を奏
でる。元々経験が無いに等しい彼女には拙い舌の動き全てが快楽へと変換されてしまい、抗う術の無いタマ
キが絶頂に登りつめるのは時間の問題だった。
「ひ……や……ぁ、あっ、んっ、あ……っああああぁぁぁっっ!!」
声を押さえることも忘れ、絶叫を上げながら分かりやす過ぎるほどに壮大にタマキは果てた。身体を離し、
時折身体をぴくりと震えさせながら深い呼吸を繰り返す、そんなタマキを眺めている内にようやくユージに
正常な思考が戻り始める。だが、手の甲で口を拭い自身も乱れた息を落ち着けながら、ユージは言いようの
無い感覚を覚えていた。
初めての愛撫で女性を満足させられた安心感か。
自らの行為で相手をイかせられた征服感か。
それとも、純粋な幼馴染をその手に掛けたことへの背徳感か。いずれにせよ、自分がこの上なく興奮して
いる事だけは血液が沸騰しているかと思うほど激しく打ち続ける鼓動が教えていた。そこでふと、自分の股
間に違和感を、と言うか痛みを感じて見下ろすと、限界まで膨張したモノがズボンをギリギリと押し上げそ
の存在を主張していた。慌てて後ろを向くユージ。ちらりとタマキを肩越しに見ると、相変わらず呆けた顔
で天井を見つめて呼吸を整えている。
「今のうち……かな」
ぼそっと呟くとポケットからコンドームを取り出し、ベルトを外してズボンを下げる。心臓の音に合わせ
て脈打つ自分自身に顔をしかめながら何とかゴムを装着しようとするが、何分予行演習も何もしたことが無
い上、若干震える手では中々上手くはまらない。それでも僅かな刺激に腰が引けるのを堪え、どうにかこう
にか準備を完了させる。
タマキの方はと言うと、今は穏やかに胸を上下させているが依然として先程の余韻に浸っているようだ。
逆に、はっきり言って暴発寸前の息子を抱えたユージはそんなタマキに声をかける余裕も無く、いそいそと
タマキの脚の間に腰を下ろした。来るべき瞬間への緊張にどちらとも無く息を呑む。ユージは自身を掴み、
狙いを定めようとするが、タマキの中に一刻も早く自分を埋めたい欲求が気をはやらせ思うようにいかない
。そもそもさっきはタマキを味わうのに夢中だったせいで場所の確認が出来ていなかったのだが、そんなこ
とはもうどうでもいい。ユージは思い切って腰を突き出した。
「あぅ……」
「うわっ!」
痛恨のミス。ユージの肉棒はタマキの割れ目に沿って滑るに留まってしまった。それどころかその刺激で
達してしまい、情けなくも射精を止められず身を震わせる。
「ユージ君?」
訝しむタマキの声に全身が跳ねた。
「な、何でもないよ!?ちょっとまだ準備がね!?」
突然動揺しだしたユージにタマキが顔を起こすが、素早く背を向け醜態を晒す事を何とか避ける。どうや
ら何が起こってしまったのかは分からなかったようだ。それを確認するとユージは急いでコンドームを外し
て口を結び、鞄の傍に落ちている新しい物を開封する。かなり焦ってはいるものの、息子のテンションもま
だまだ十分で、二度目ともなれば多少はスムーズに装着を済ませられた。ついでに下に敷くタオルを一枚手
にとって、再度床に寝そべるタマキと対峙する。完全なミスとは言え、一度性欲を吐き出したお蔭で心身と
もに幾らかの余裕も出来た。タオルをタマキの下にセットし、今度は落ち着いて入り口にあてがう。
「……いくよ」
その言葉にタマキの全身が硬くなる。ユージは覆い被さるようにタマキに顔を近づけると、頬に手を当て
優しくキスをした。
「力を抜いて、タマちゃん。そのままだと痛いかも」
震える呼吸を大きく二度、三度と繰り返すうちに徐々にタマキの身体の強ばりが解けていく。やがて不安
の残る眼差しでユージの目を捉えると、タマキは小さく頷いた。ユージは無言でそれに応えるともう一度位
置を確認し、慎重に腰を突き出した。
「……くっ!」
苦しげにタマキが呻く。
「大丈夫?痛い?」
「へい……き。でも、ゆっくり……」
途切れがちに言うタマキに、始めから乱暴にするつもりなんてなかったよ……と心の中で答えながら再び
動かし始めた。
「は……く……うぅ……」
表情を歪ませタマキは必死で苦痛に耐えるが、辛いのはユージも同じだった。十分にほぐしたと思ってい
たがタマキの膣はあまりに狭く、ユージの侵入を拒むように文字通り痛いほど締め付けてきて快感を得るな
どと言う状況ではない。それでも生肉に鈍い刃を入れる如く押し開いてゆき、最奥に辿り着いた。
「あ……ぅ……ふ……はぁ……」
「……辛い?」
「だい……じょうぶ。でも……いき、が……うごか……ないで……」
小さい身体に似合わぬ強い力でユージにしがみ付き、短く息を吐いて苦しさを逃す。ユージも震えるタマ
キの身体をしっかりと抱きしめていた。やがて挿し込まれた異物にも慣れ、膣の圧力が弱くなってくると今
度はタマキの与える快感にユージが耐える番だった。
「た……タマちゃん……」
「何?」
「もう平気?」
「うん……だいぶ楽になった」
「じゃあ……ごめん、もう我慢できない……」
「え……」
返事を待たずユージは抜ける直前まで引き抜くと、一気にタマキを貫いた。
「んはぁっ!!」
ユージの背に爪を立て、仰け反ったタマキが叫ぶ。頭の中を直接刺すような鋭い快感に思わず動きが止ま
るが、ユージはまたすぐに行為を再開する。ユージが前後に動く度、突き上げられるごとにタマキは高い声
で鳴いた。
「あっ、ん!ふぁ……う!あぅ!ひぁ!……くぅん!」
激しく感じているその様子から、どうやら痛みは無いようだとユージは安心したが、同時に少し疑問を感
じていやらしく水音を立てる結合部を覗き、愕然とした。
破孤の血が、付いていない……!?
まさか、そんな……と押し寄せる快感で形にならない嫌な予感を振り払い、ぐしゃぐしゃの頭で何とか納
得のいく答えを探すと、記憶の淵に引っかかるものがあった。
曰く、処女膜の形は個人差があり、初体験でも痛みを感じない人がいると言う。
曰く、激しいスポーツをする人には、そのせいで初体験前に自然と破れてしまっている事もあると言う。
――タマキがそのどちらに当てはまるのかを確認する術は無いが、ユージの中で余計な心配をする必要はな
くなったらしく、腰の動きを更に速めた。比例するようにタマキの喘ぐ声のトーンも高くなる。
「だめっ!あばれて……あたま、おか……しくぅ!あんっ!こわ……れ……はぁあんっ!」
「くぅっ!」
脳を引き裂き、掻き回すような快楽の渦のさらに先を求めるように、ユージはタマキを抱き起こすと一層
強く自分を突き立てた。
「いやぁ!はぅ……っ!ああっ!あーっ!」
ユージの技術も何も無いただ力任せな往復に、タマキはさっきからもう言葉にならない泣きじゃくるよう
な嬌声を上げ続けている。二人の限界を遥かに超えた快感に意識が急速に遠退いて行き、代わりに腰からせ
り上がる物を感じる間も無くユージは一気にタマキの膣で爆発させた。
「あぁ!うぁ、ふ、ぅ……ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!!」
全身をがくがく揺らし、長い長い悦びの悲鳴と共にタマキも同時に絶頂を越える。激しく収縮するタマキ
の膣に搾り取られるように、ユージもまた何度も精を吐き出した。
「……はぅ……あん……あ……う…………」
射精の度に跳ねるユージに合わせて力無く声を漏らしていたタマキは、その内に糸が切れたように気を失
い、ユージの肩から腕がずり落ちて後ろに倒れこむ。ユージは疲労した身体と精神の最後のひとかけらを振
り絞ってそれを支えると、艶かしい音を立てて何とかタマキから自身を引き抜き胴着の上に身体を投げ出し、
自分が上にのしかからないよう隣にタマキを横たえた。腕にタマキの頭の軽い重みを感じながら、汗で前髪
の張り付いたあどけない横顔を眺める。絶頂の余韻からか身体を小刻みに震わせ、小さな胸を忙しなく上下
させていた。
――風邪ひかない内に目が覚めると良いけど……などと考えながらユージはタマキの身体を抱きしめ、闇の
中に意識を手放すのだった。
「すっかり暗くなっちゃったね」
街並みのその向こう側へと沈んでいった太陽の赤い残滓を映す西の空を見上げ、剣道場を出たところでユ
ージが呟いた。隣のタマキはそれに倣って同じように空を見上げ、しかしすぐに前を向いて歩調を速める。
だがユージより少し前に出たところで急に膝から力が抜け、転びかけたのを横から受け止められた。
「大丈夫?」
「うん……ありがとう」
そう言って立ち上がったが、やはり足元がおぼつかない様に見える。
「……やっぱりもうちょっと休んでく?」
しかしタマキは首を横に振った。
「早く帰らないとお父さんも心配するし」
「……そっか」
確かにあまり遅くなってしまっては問い詰められた時に返答に窮してしまう……と言うのはわかる。それ
も恐らく本心だろう。だがユージは本心が別にあることを知っている。そもそも目を覚ましてすぐにふらつ
く身体を押してまで帰る事になったのは、タマキの「アニメ始まっちゃうから……」と言う一言だったから
だ。
「じゃあ、転んだら危ないしこのまま歩こうか。……駐輪場までだけど」
「……うん」
短い逡巡の後に頷いたタマキはユージの腕にすがり、寄り添うように揃って歩き始めた。お互い照れくさ
くはあったが、気にする人目はありそうにも無い。静まり返った校内でを黙ったまま歩く二人。特に気まず
さを感じることもなく、後始末はちゃんとしたしファブリージョもあれだけ撒いたからバレたりはしないと
思うけど……などとユージが考えていると、不意にタマキが遠慮がちに話しかけてきた。
「ねぇ、ユージ君」
「どうしたの?」
問い返すが、すぐには返事が返ってこない。タマキはこちらを見ずに前を向いたままだったが、流石にユ
ージもこの後にどういった用件を言われるのか、大方の察しは付いていた。
「……また、してくれる?」
「いいよ。タマちゃんがしたいなら」
それだけに返答も早い。相変わらずこちらを見ようとしないタマキだが、ユージの腕を掴む手にほんの少
し力が籠もった。俺の方から断る理由なんて無いしね……と言いそうになったのを飲み込む。
「ありがとう……」
「ただし」
その言葉にようやくタマキがこっちを向いた。それに合わせて視線を返すと、僅かに不安を含んだ目でタ
マキがユージを見上げている。
「別に大した事じゃないんだけど……まずは……短い間に何度もしないこと。今日ので分かったと思うけ
ど、すっごく疲れるから練習とかにも影響が出るし、試合前もだめだよ」
「うん」
「それと我慢しすぎるのも良くないけど、癖になりやすいから……その、自分でするのも控えめにね?」
「……うん」
恥ずかしそうに前を向いて頷くタマキ。
「それから他に人にこのことは秘密。理由は言わなくても良いよね?」
「うん」
「後は……」
言いかけて口篭るユージの顔をタマキが覗き込むと、ばつが悪そうに一度顔を逸らしてから向き直ってそ
の先を継いだ。
「俺以外には頼まないで欲しい……かな」
「どうして?」
「あー……いや、その……」
返す言葉に詰まるユージを見て、タマキは不思議そうに首を傾げる。
「いいけど、私ユージ君以外に頼める人っていないし」
「……そうだよね。えーと、じゃあそれだけかな。いい?」
「うん。わかった」
こくりと頷いたタマキを見てユージが大きく溜め息をつくと隣から視線を感じたが、それは気にしないこ
とにして、最後に何故あんなことを口走ってしまったのか考えていた。
身体を重ねた以上、少なくともユージの感覚ではもうお互いの関係をただの友人とは言えなくなったが、
かと言って恋人同士というのは憚られる。だとすると、所謂セックスフレンドと言うことに……そう思うと
何だか気分が悪くなった。しかしどちらも恋愛感情を明確にしている訳でもないし、タマキがどう思ってい
るかは分からないが、ユージが抱いているタマキの事を大事にしたいと思う気持ちが男女の間における愛情
なのか、自信は無い。いっその事、好きだと言ってしまえば分かりやすい関係になれるかも知れないが、中
途半端な気持ちでは踏ん切りもつかなかったし、それでは不誠実だとも思った。
――結局、あれだけお互いを求め合っておきながら、その関係はただの友人からごく曖昧な物になっただ
けか……と考えていると、タマキが心配そうに声をかけてきた。
「どうしたの?」
「……何でもないよ、タマちゃん」
知らず難しい顔になっていたのを崩して笑顔を作る。そこで初めてタマキが自分の制服の袖をぎゅっと握
り締めていたのに気が付いた。
……別に急ぐことはない、か。このまま結ばれるにしろ自然と離れてゆくにしろ、いずれなるようになる
さ。今は隣にタマキが居て、その温もりを感じる事ができる場所に居る。それでいいのだと、ユージは考え
るのをやめる事にした。
――しばらくして、川添宅。
「おおタマキ、お帰り。随分と遅かったじゃないか?」
「はい。えと……部活がいつもより長引いて、その後友達とお喋りしてたら遅くなってしまいました。す
いません」
「ふむ……まあいい。しかしこれからはあんまり暗くなる前に帰るよう、気を付けるんだぞ?」
「わかりました。……では」
そう言って父の脇を抜け、そそくさと二階へと上がろうとするタマキを父が呼び止めた。
「ああタマキ。ところでその……タマキはいつも何と言うアニメ番組を観ているんだ?」
「『マテリアル・パズル』と『清村くんと杉小路くん』です」
「なるほど……」
「あの……」
「ん?ああ、もう行って良いよ」
「はい」
階段を駆け足で上がるタマキを見送ると、父は居間に戻ってテレビを点けた。チャンネルを回すとさっき
聞いたばかりのタイトルのアニメが始まるところだった。
「……ふむ、『マテリアル・パズル』はファンタジーのアクションものか」
「『清村くんと杉小路くん』はギャグだな……」
テレビを消して湯飲みをテーブルに置く。
「よろしい。恋愛にはまだ興味が無いようだ」
※申し訳ありませんが、当作品のタマちゃんはその辺のことを八艘飛びで越えております。御了承下さい。