私は裸のままベッドに座った清村さんの傍に跪き、あらためてその物体を凝視して動きを止める。
まるで芋虫のようなフォルム、赤黒い肉が剥き出しになった先端部分、
胴体に浮き出た青く太い静脈。
その全てが見つめる私の体をこわばらせるには十分な威圧感を放っていた。
「無理しなくてもいいぞ」
私と同じく全ての服を脱いだ清村さんが心配そうに私を見下ろす。
だけど私はブンブンと首を左右に振って恐る恐るそれに指先で触れる。
途端、それは生き物のように―――清村さんの一部だから生き物なのは当然なのだけど―――
びくりと反り返り私はびっくりして指を引っ込める。
「あ、あの、痛かったですか?」
「いや、痛いとかじゃなくて、メイが触ってるかと思うとなんか興奮して……
って何言わせるんだよ。これ、言葉責め?」
どうやら、痛がっているわけではないみたい。
だけど、どうにも私はそれへ触れるのに抵抗を感じる。
「やっぱ、嫌だろ?その、ホント無理しなくていいから」
それじゃ駄目だ。
何もしなければ、大事な人は自分の前からいなくなってしまうだけなのだから。
そのとき視界に、ひっこめた私の指が映った。
さっき清村さんに舐めてもらった生クリームの残りカスがついた私の指を見た瞬間、
頭の中にあるアイデアが閃く。
「清村さん……冷たくないですか?」
私はこそぎ取ったケーキの生クリームを彼の分身に塗りたくりながら尋ねた。
「ああ…………その、ひんやりして気持ちいいわ、うん」
「そう、ですか」
生クリームで彼のものをコーティングすると、心理的に触れるのが少し楽になる。
(これなら、つまんだり、こすったりするのも、できるかも)
生クリームを塗りこめる指の角度を、それに対して少しずつ直角から平行へと変えていく。
少しずつ、私と彼の触れ合う面積が増えていくように。
摩擦面は生クリームのおかげで滑りやすくなっていて、
私の拙い指の動きでもスムーズに擦らせることが可能になっていた。
そして私の指がスムーズになればなるほど、それの質量と熱量が増していくのを感じる。
(……ああ、これは清村さんが私のことを求めてくれている証なんだ)
そう思うと、さらに指の動きが加速する。
裏筋に左手の中指をあてがい、残った4本の指で全体を包み込むようにして
根元のあたりからくびれのあたりまで上下させ、
右手の親指と人差し指で円を作りエラから上の部分をしごくと彼が小さく呻く。
「ちょ……やばい、気持ちよすぎるって!ど、どこでこんなん覚えたんだよ!?」
「あの本です……」
手の動きを止めた私の視線を追った清村さんの顔に汗が浮かぶ。
「あれ……読んだのか?」
部屋の片隅にある茶色いカバーのかけられたその本は、
AV男優の人が書いたセックスについてのハウツー本だった。
「いや、あの、あれはその、俺が買ったじゃなくておんなじ部のやつに無理矢理渡され」
「私も買ったんです……あの本」
「え」
清村さんのあっけに取られた声に、今度は私が汗を浮かべる番だった。
「その、ネット販売で買って、勉強したんです」
「な、なんでそこまで?」
清村さんの驚く顔に私の中の勇気がしぼむ。
「あ、やっぱり女の子がこんなにエッチのこと勉強してるの、変ですか?」
「あ、いや、違う違う!してくれるのは男として嬉しいけど、
その、なんかその、メイのキャラだとそういうの勉強しそうにないし、
なんか意外というか……つか、その、必死な気がして」
「私……中学校からの友達がいたんです」
「……へ?」
唐突で答えになっていない私の昔話に、清村さんの顔にハテナマークが浮かぶ。
でも彼は私の表情を見てすぐに真剣な顔で聞き入り始めた。
――ねえ、メイちゃんも剣道部入ろうよ、ここ練習緩いらしいし――
「その子と私は高校で練習が厳しくないってうわさの剣道部に入って……
だけど剣道部は顧問の先生が変わって、思ったより練習が厳しくなったせいで
1年の子はほとんどやめて……」
――どうしようノゾミちゃん……私もやめようかな…………――
――ちょっとメイちゃん!あなたまでやめたら1年生あたしひとりになっちゃうじゃない――
「私はやめたかったけど……私がやめると一年はその子一人になるから、
やめてほしくないってその子は言って……だけど、結局その子は私より先にやめちゃって」
あの日、たった一本の電話で中学から続いた彼女との友情はかき消えてしまった。
そして私はどんなに時間をかけて作り上げた絆も、なくなる時は一瞬だということを知ったのだ。
「あの時みたいに……清村さんも私の前からいなくなってしまう気がして……」
「俺はそんなことしないって……にしてもその友達ひどい奴だな。
お前引き止めておきながら自分が先にやめるなんて」
「違うんです、ノゾミちゃんだけが悪くないんです!……だってあの時、
ノゾミちゃんにやめさせる決心をさせたのは、多分私だから……」
後から知ったことだけど、あの練習試合の当日ノゾミちゃんは風邪をひいていたのだ。
だけど私が最初に彼女へかけた言葉は、とても友人が発する言葉じゃなかった。
――どこにいるの!?速く来てよノゾミちゃん、始まっちゃうよ!――
最低だ。全然ノゾミちゃんの心配なんかしていない。
試合に出されるから、負けて林先生に怒られるのが嫌だから速く来てよと言っているような物だ。
私の言葉を聞いた後の、電話越しの重苦しい沈黙が今でも心の中に澱のように残っている。
それから後、私たちは学校で会ってもお互いにぎこちなく目を逸らすだけの関係になってしまった。
ノゾミちゃんは自分ひとり部活をやめた負い目から、
私は彼女の体を気遣わず自分のことしか考えていなかった負い目から、
以前のような友人同士には戻れなくなってしまった。
「だから私……清村さんに対しても、そんな感じだったから……
嫌なのにちゃんといえなくて……そのくせいざする時になったら
被害者みたいに泣いてばかりで…………」
話しているうちに、どんどん私の心の中に悲しみが蘇っていく。
ノゾミちゃんと疎遠になってしまった悲しみ。
言いたいことがはっきり喋れず、メイプルの前でおばさんに一方的になじられた悲しみ。
清村さんのお姉さんをガールフレンドと思い込み捨てられると勘違いした悲しみ。
それらが混ざり、さっきまで燃え上がっていた私の心をすぐに青く塗り替えていく。
私の独白に聞き入っていた清村さんが口を開く。
「……2週間前のあれは俺が悪かったんだよ。あの時は、その、焦ってて」
「でも私背もちっさいし、スタイル悪いし…………」
どんどん私は卑屈に、悲観的になっていく。
「いやそりゃ関係ないだろ。俺はむしろ派手な体つきしてる姉貴に
ガキのころから苛められてたから、メイぐらいのほうがいいんだって」
「でも……部活の先輩とかも、男の人は胸が大きいほうが喜ぶって……
前に清村さんの部屋にあった雑誌も胸の大きなグラビアアイドルが表紙だったし」
「青年漫画雑誌の表紙なんて皆あんなもんだぞ普通」
「だけど、私が」
「ストップ!そんなにメイばっかり謝ってたら、俺が謝れないだろ」
「清村さんが……謝る?」
清村さんはバツが悪そうに頭をぽりぽりと掻く。
「言っただろ、焦ってたって。で、その焦ってた理由ってのが馬鹿なんだけど、
後輩が先に童貞捨てたっていうくだらない理由なんだよ」
「え……」
「安井っていただろ」
「えーと……花火の時の方ですか?」
「そ、そいつ。あいつがその、部活の時にやたらと童貞捨てたこと自慢しててムカついて……、
で、ちょうどあの時俺のウチ今みたいに誰も家族いないから、
その、焦っちまって、嫌がるメイを無理矢理」
「でも、無理矢理じゃなくてちゃんと清村さんは『いいか』って聞いてくれたから、やっぱり私が」
「いや、だからそれはあんな風にすごめば普通の女の子は断れねーし」
「だけど、やっぱり、私が」
「だから別にメイは……って、俺らなんでお互い謝りあってるんだ?」
なんだろうこの空気。
まるで学校で私とノゾミちゃんが顔を合わせた時みたいだ。
彼女と私のように、私と清村さんの関係もこの後ずっと気まずいままなのだろうか。
そんな考えが頭をよぎった瞬間、雰囲気に耐えられなくなった清村さんがいきなり叫ぶ。
「あーーー、だからさ、難しく考える必要はなくて……
どっちが悪いか、とかそんなの関係ないじゃねえか。
結局、メイはその中学からのツレみたいに俺がいなくなるのが嫌なんだろ」
私はコクンと頷く。
「それはありえねーって俺が言っても、なんかトラウマになって俺の言葉が信じられない、
ってことだろ?」
「多分……そうだと思います」
今は自分で自分の気持ちがよく分からないけど、きっとそうなんだろう。
「じゃ、言葉じゃない方法で伝えりゃいい……って言ってもどうすりゃ……」
しばし腕組みをしていた清村さんは、
漂わせていた視線をケーキに合わせてぽんと手を叩く。
「あ、そうだ」
そこで清村さんは手を伸ばし生クリームを手にする。
そして私の左手の薬指にそれを塗りたくると、眉間に皺を刻みながら何かぶつぶつと呟き始める。
「えーと、…………ときも、…………あとなんだっけ?
ま、いいや、ちょっと違っても。とにかく、あれだ。始めるぞ」
何を始めるつもりかわからない私は目を白黒させながら彼に手首を掴まれる。
「俺、清村緒乃は、病めるときも、健やかなるときも、
ともに歩き、死が二人を分かつまでメイの傍に添うことを誓います」
私がぽかんとしていると、まっすぐ私を見ていた清村さんの顔がみるみる真っ赤になっていく。
「うお、やっぱ今のなし、はずい、超はじい!!」
そこでようやく私は左手の薬指にリング状に塗られた生クリームの意味を理解する。
「なんだよさっきの、俺のセリフじゃねーよ、
なんつーか忘れてくださいなかった事にしてくださいマジでマジで」
真っ赤になって悶えている清村さんの指に私はクリームを塗り返す。
「なかったことになんか、できません」
もちろん左手の薬指へ、リング状に。
そしてそっと背を伸ばすと彼に顔を近づけ、唇を重ねた。
「……誓いのキスが、まだですから」
顔を離し呟いた後、私の顔に清村さんの紅が伝染していく。
火が出るくらいに顔へと血が昇っていくのを感じた。
「ちょ……真っ赤になるぐらいなら、やるなよ!」
「き、清村さんこそ!」
赤面して見つめ合った後、私たちは同じタイミングで吹き出した。
吹き出すのと同時に、私の中に清村さんへ対する思いが満ちていく。
清村さんは形にしてくれたのだ。私に対する思いを、私といつまでも一緒にいたいという気持ちを。
たとえそれが『ごっこ』でも、その気持ちの真摯さがノゾミちゃんとの一件でできた
私の心の傷を優しく癒してくれた気がした。
だから今度は、私が彼に対する思いを形にして示す番なのだ。きっと。
「清村さん……ベッドの上、行きませんか?」
「ん?ああ、いいぞ」
ベッドに腰掛けていた清村さんとその前に跪いていた私はゆっくりとベッドの上に移動する。
普通の人が二人乗ればいっぱいいっぱいな面積なのだろうけど、
私の体が小さいおかげか少し動いても結構余裕がある。
体の小ささが役に立って、ちょっと複雑だ。
「あの、足を少し開いてもらえますか?」
「あ、その、お願いします……っておい!」
慌てる清村さんが制止する前に、私は彼のそれの先端に口づけをする。
「おぅ」
調子はずれな彼の声に思わず私は彼の顔を見上げる。
「あ、いや、その、気持ちよくてだな、なんか変な声が」
「……じゃあ、続けてもいいんですか?」
「……いや、メイが嫌じゃなきゃそりゃいいけど……」
私は舌を先端の裏筋のあたりに這わせると、卵形のむき出しになった肉のあたりから
ゆっくりと根元へ向かって舐めてあげる。少し苦い気がするけど、
生クリームの甘さのおかげで中和されてあまり嫌悪感が沸いてこないのが救いだった。
「……バナナ、買ったの?」
「あ、は、はい。練習するために」
あの本にはバナナやきゅうりで練習するといいでしょう、と書いてあったので、
私はすぐにスーパーで一房のバナナを買ってきて練習していたのだ。
だけど、バナナにはない硬度と体温と脈動が、私の舌と唇を刺激する。
硬くて熱くて激しいそれは、清村さんの興奮そのものだった。
清村さんが私を求める欲望そのものだった。
そして私が彼のそこについた生クリームを舐めとれば舐めとるほど、
それの硬さと熱さと激しさがより高まっていく。
(私……変なのかな)
本には『最初はフェラが嫌でも、感じている彼を見て回数をこなしていけばそのうち慣れるでしょう』
と書いてあった。でも、最初なのにぜんぜん嫌じゃない。
むしろ、こんな小さな体の私でも清村さんを興奮させることができるのが嬉しくて、
私の恥ずかしい場所も濡れて来るほどだった。
「メイ……だけにやらせる、てのは駄目だよな、彼氏として」
清村さんは体を折り曲げてケーキの方に手を伸ばしてなにかをすると、
体を折り曲げて私の下半身へ顔を近づける。
「ひゃっ」
急に恥ずかしい場所に生じたヌルリとした冷たさに、私も調子外れの声を上げる。
今度は清村さんが、私のそこに生クリームを塗りつけたのだ。
そして生クリームとは比べ物にならない熱い物体がそこを舐め上げる。
「あ……だめ、ですっ……そんなとこ、き、きたないっ」
「おいおい、メイだってしてくれてるじゃねえか。
それに俺だってあの本で『勉強』したんだぜ?少しは披露させてくれよ」
口もアソコも熱くなりすぎて、物が考えられない。
私の舐め上げる回数とスピードが落ちてくると、
余裕のできた清村さんが私のそこを指で広げ中まで舌で嘗め回し始めた。
「あっ……ああぁっ!」
もう、私は69の態勢を保ち彼にしがみつくのが精一杯だった。
そんなときに彼は私の入り口のうえにある皮を右手でクイッと剥き、
空気に触れた小さな突起を舌でつついたのだ。
「っっ!」
その激しい感覚に、私は言葉すら出せず背を反らす。
だけど彼は私のお尻に左腕を回し責めから逃れないようにして
その部位を舌で優しく上下に弾き始めたのだ。
「ふぁっ」
そして上下から唇で挟み込むと、柔らかな力でそれを吸い始めた。
『お勉強』をしている時にそこを一人で直に触ったときは痛みすら感じたのだけど、
清村さんの舌と唇は充分に唾液と生クリーム、そして私自身の恥ずかしい液で
コーティングされていたので、痛みを感じず気持ちよさだけを感じてしまった。
「やっ、やっ、やぁぁっ!」
まるで下半身の一部が吸い取られるような感覚に、
清村さんへの奉仕など忘れ私は全身に汗を浮かべながら身悶える。
「あ、あ、あっ……ああああぁぁぁっ」
そして、舌の優しい殴打と、唇の柔らかい吸引がそこへ交互に行われると、
もう私は女の子らしい慎みを忘れまるで獣のように叫ぶ生き物にさせられる。
「ひぁっ、ひゃああああぁぁっ」
『お勉強』でも感じたことがない、いや、今まで生きてきた中でも一番強い快感が私の下半身を襲い、
ついに私は生まれて始めての絶頂を味あわされた。
「や、やああああぁぁぁぁっっ、あっ、……ぁぁぁ……ぁっ……」
清村さんの頭を太ももで挟み込みながら、
私は背を反らし嬌声を上げたあとがっくりと力を失った。
1、2分の間うつろな目で清村さんを見上げ続けていると、
舌と唇の疲れが収まった彼は心配そうに尋ねてくる。
「大丈夫か?その……かなりボーッとしてるけど」
「清………………村さん………………『お勉…………強』の…………しすぎ……です……」
「わりい……なんかメイがエロかったから、つい調子に乗っちまった。
疲れたか?今日はもう終わりに」
思わず私はガバッと起き上がる。
「あ、あの、全然……大、丈夫ですから!その、最後までちゃんとしてください!!」
今なら、今の自分なら、2週間前と違って清村さんをしっかりと
受け入れることができる気がするのに、ここに来てやめるだなんて嫌過ぎる。
「おう、じゃあ、ちょっと待っててくれ」
清村さんがベッドから降りようとしたその腕を私は掴んだ。
「メイ?」
「あの……着けずに、してくれませんか?」
「着けずにって……ゴムをか?!」
「あの、今日安全な日ですし……」
それに、今すぐ私はしたいのだ。
私にはわかる。
今の私は少し酔っているのだ。
タマさんが私を褒めてくれた言葉や、清村さんのつけてくれた生クリームのエンゲージリングに。
だけど、その酔いのすぐ向こう側には、あの弱くて情けない自分がいる。
(清村さんは優しいから慰めで嘘を言っているだけ。
本当はスタイルのいい女の子が好きに決まってる……)
弱い自分は私に語りかける。そして私を乗っ取ろうとする。
避妊具を装着するわずかな時間でも、彼女は私の心の主導権を奪ってしまうかもしれない。
「だから清村さん…………早く…………」
しかし清村さんはぽりぽりと後頭部を掻いた後、私の髪を優しく撫でながら首を横に振った。
「悪いな、手際悪くて。そうだよな、あの本に
『ゴムをつける時は素早く、女の子の気持ちが冷めない様に』って書いてあったのに。
まだまだ勉強が足りないな、俺も」
私は首を振り返す。
「違うんです、そうじゃないんです……私は、私はっ!」
「だけどな、メイ。その、生でってのは絶対駄目だ。
安全日なんて結構信用できないし。保健でならったろ?」
清村さんは一度ごほんと咳き込んでからたどたどしく続ける。
「それに、ほら、さっきした、誓い?あれ、本気だから。
でさ、け……結婚するのって、なんつーの、俺らだけで幸せでも意味ないじゃん。
もし学生のうちにメイを妊娠させたら、どんなに責任を取ろうとしてもメイの親に、嫌な気持ち残すし。
だから、その、俺が甲斐性持つまで、生でするのはやめとこーかなと、みたいな」
私がしばらく黙っているのを見て、
清村さんは両腕をぶんぶんと振り回し慌てて弁解し始めた。
「あ、ごめん今のもなし!高校生で結婚とか親とか重いよなほんと!」
「……すごく重いです」
「だよな、だよな!なんかもう今日の俺マジ変だわ」
「すごく重くて……もっと酔っちゃいそうです」
「へ?…………酔う?」
違う。
もうこれは一時的な酔いなんかじゃない。
私は、私の中にいたもう一人の弱い自分が心の奥へ沈んでいくのを感じた。
きっともう、清村さんの前なら彼女が私の心の表面に出てくることもないぐらい深く遠い奥底へ。
だから、もう大丈夫。
「清村さん、わがまま言ってごめんなさい。
着けてください、そしていっぱいしてください……」
ゴムをつけ終わった清村さんが、私の顔を正面から覗き込みつつ問いかける。
「そろそろ、いくぞ」
私は足を広げ彼を正面にいざないながら、コクンと頷く。
一見2週間前と同じ言葉、同じ状況。
でも、決定的に違うのは私の体と心。
清村さんのものと私のものが触れ合った瞬間、くちゅ、と音がした。
それだけそこが濡れているのかと思うと、ますます顔が熱くなる。
でも同時に確信する。
今なら、今の私ならもう涙を流すことなく彼を受け入れることができる、と。
それは私のただの思い込みだったとすぐに思い知らされることになるとは知らず、
私は清村さんの耳元で小さく囁く。
「入れてください」
と。
清村さんが、私の空洞へ入り込む。
私の狭く小さなそこが無理矢理こじ開けられた。
『お勉強』の時の私の指とは比べ物にならない熱量と質量が、
私の中へ進入する。
でもそれは圧迫感を私に与えただけで、あの時のような苦痛を伴ってはいなかった。
きっと『お勉強』と清村さんの今までの愛撫で、
私のそこがほぐれきっていたからだろう。
この時私はようやく清村さんと真の意味で繋がれた気がして、自然と顔をほころばせる。
「大丈夫か、メイ?」
最初は清村さんの問いかけの意味が分からなかった。
だって私は笑っているのに、なぜそんなことを聞くのか皆目見当がつかなかったから。
だけど、彼が私の頬に指を当ててその質問の意味を理解した。
「やっぱりまだ痛かった?今日はやめとくか」
彼の指に光る私の涙を見ながら、彼が再度問いかけてくる。
だけど私は、すぐに首を左右に振った。
「違うんです……痛いから泣いてるんじゃないんです」
きっとそれは、ようやく本当の意味で清村さんと恋人になれたから。
だから私は泣いてしまったんだ。
「だからお願い……そのまま、いっぱい動いてください」
自分で『お勉強』した時もそうだったけど、『中』は『外』に比べて気持ちよくなれない。
それでもいい。清村さんが私の中で動いてくれて、気持ちよくなってくれるのが大事だから。
だから私が気持ちよくなくても、別にいい。
……最初の2,3分はそう思っていた。
最初に異変に気づいたのは、必死になって腰を動かしている清村さんの顔を見つめながら、
(こんなに一生懸命になるほど気持ちよくなってくれてるんだ)
なんてボーッと考えている時だった。
角度を変えながら出し入れされていた清村さんのものが
私の空洞の奥底に押し付けられた時、私のお腹の中を何かが波紋のように広がる。
「ふぁっ」
「メイ……、今のとこ、よかった?」
「ふぇ…………え、ええ。……その、………………」
なんだろう。さっき清村さんに舌で舐められた時とは似ているのに、どこか異質な感覚。
だけど、確かにそれは心地のよい感覚だった。
「気持ち………………」
なぜだろう、私は快いという気持ちを告げるのを少し戸惑ってしまう。
もう痛くも苦しくもなくてむしろいっぱいいっぱいしてほしいとさえ思っているのに。
なのに……まるで何かを怖がっているように私の唇は固まってしまう。
そこで沈黙した私を見つめる清村さんの瞳に、また不安が宿り始めたのを確認した。
このままだと彼は私の体に負担をかけていると勘違いしてしまう
「あ、あの……よかった……です…………」
「そっか。今のがよかったか」
なんでだろう。清村さんは私を気持ちよくさせてくれたのに、それは私の望んだことなのに。
なぜか、清村さんの首の後ろに回した私の両腕には鳥肌が立っている。
そんな私の心を知る由もない清村さんは、さっきの角度を固定させて動きを再開させた。
「ふゎぁ……」
ああ、やっぱり気持ちいい……。でもなんでだろう。気持ちいいのが……不安?
なんで?だって私はずっとこんな風に清村さんと繋がりたかったのに。
私の動揺を知らない清村さんは、そのまま私を穿つスピードを際限なく速くしていく。
トントンと押されているような感じだった接触は、次第にズンズンと重く速い衝撃へと変わっていく。
「ふはぁ……あ、ああっ……ぁああっ」
まるでそこと声帯が連動してしまったかのように、最奥を突かれるたびに
私の口からいやらしい、自分のものとは思えない声が漏れる。
浮かべたことのないねっとりとした汗が肌を包む。
そしてまるで内側から体を溶かすような甘く激しい何かが、私のお腹から全身へ伝う。
「ふあぁ……あっ、あっ、あああぁっっ」
まるで自分の体が自分のものじゃないみたいになっていく。
そして私はようやくさっきから自分の胸の中に広がった感情の正体を知る。
「やあ……やだ、やぁ、やめてっ」
それはやはり恐怖だった。
でもそれは苦痛への恐怖じゃない。
未知の感覚を知ることに対する、自分が変えられていくことに対する恐怖。
気持ちいいのが、気持ちよすぎるのが――――怖い。
「やだ、やっ、へんに、へんになるよぉっ」
私は幼児のような舌たらずな声で清村さんに心の中の恐怖を伝える。
だけど、清村さんは唇をかみ締めながら拒否した。
「わりい、メイの中きつくて、きもちよすぎて、もうとめらんねえ」
「そんなぁっ、あふぅっ、ひああぁぁっ」
お腹の中の血や肉が溶けてぐちゃぐちゃに混じりあうような快感に、
気持ちよさが自分の中で膨れ上がって爆発しそうな感覚に私の全身が戦慄き始める。
「や、やぁ、もうだめ、もうだめぇぇっ」
溶けるのは血肉だけじゃなかった。
私の中にある心、精神、倫理観がぐちゃぐちゃに溶けて混じって人間らしさが消え失せて……
ただ獣のように舌を出して淫らに喘ぎまくる。
(このままじゃ………………わたし、わたしっ)
「ひあっ、てっ、てぇっ、ふぇを、てをぉぉっ」
清村さんの首の後ろに回していた手の平を彼の前にかざし、私はけだものの声で懇願する。
ほとんど人の言葉をなしていなかったけど、彼は理解し震える手を握ってくれた。
(ああ………………これで………………だいじょうぶ……………………)
「やだっ……くる、なにかくるぅぅっっ」
だけどもう怖くない。清村さんと指と指を絡めあった瞬間、心の中の恐怖が消えてなくなる。
きっとどれだけ私が溶けても、意識を飛ばされても、肉欲の沼に沈んでしまっても、
清村さんが手を握っている限り、彼がまた元の私に引き戻してくれるから。
そんな風に安心した瞬間、快楽を拒む心の防波堤が崩れ、悦びが全身へと爆ぜる。
「ひあ?……あっ……あぁっ……あ、あっ、ああああぁぁぁぁっっ
………………あああぁっ………………ゃぁっ…………………………
ゃ………………………ゃぁ………………………………………………」
清村さんの物を包む薄い膜が膨張したと思った刹那、
私の肉体を絶頂が焼き尽くして、私は全身を弓のように引き絞っびくびくと痙攣させ、
2回目のセックスで気を失ってしまった。
「お疲れ様です、お二人さん。治療は終わりましたか?」
清村さんと一緒に建物を出た私たちは白い箱を二つ持った安藤さんに呼び止められた。
「はー、俺はようやく今日で完治したぜ。メイは?」
「私はあと少し、歯垢のお掃除があるぐらいで……もう通院しなくても大丈夫だそうです」
安藤さんは建物に設置された『馬歯科』と書かれた看板を見上げる。
「それは良かったですねー、……しかし恋人同士だからって
何も二人同時に虫歯にならなくても」
う、と呟いて二人の体が固まる。
私と清村さんが誤解をといて2度目のセックスをしてからもう3ヶ月が過ぎていた。
私達はあの時感じた快楽が忘れられず、お互いの体に練乳や蜂蜜などの甘味料を塗りたくり
舐めあうエッチにはまってしまったのだ。
そしてエッチの後けだるさや心地よさで眠ったりして――私はよく気絶させられたりもするけど――
口の中に甘味料を残し歯磨きをしないままでいることがよくあり、
やがて二人同時に虫歯ができてしまったのだ。
もちろん安藤さんにはその経緯を話せるわけもないので私達は固まったまま赤面してしまう。
安藤さんはそんな私たちを見ただけでなにか察したようにニマ〜と笑う。
「ま、何事もやりすぎはよくないということですね。
全く、見てるこっちまで虫歯になりそうですよ」
「おいおい駄目だぞ優梨、清村さんたちを冷やかしちゃ」
背後から男の人が出てきて、なれなれしく安藤さんの腰に手を回す。
「誰が呼び捨てにしていいって言いました?
名前の後にさんをつけなさいさんを」
とたんに安藤さんはどこからか取り出した木刀で背後の男……
安井さんをぼっこぼっこにし始めた。
「おい、安井……何で安藤さんと一緒に?」
「ああ、言ってませんでしたっけ?俺達つき合ってるんすよ」
「ふざけんなあああああああああ」
「ええええええええええええええ」
清村さんと私が同時に叫び声を上げる。
「いやーこの人なんか殴りやすいし回復も早いし、サドっ子の私には相性いいんですよ」
しゃべりながらも安藤さんは木刀による打撃を止めようとしない。
しかし殴られている安井さんは流血しながらも輝かんばかりの笑顔を浮かべている。
「ま……お前らがよけりゃ別にいいんだけどよ」
「そんなことよりお二人ともいつもの公園でケーキ食べません?
ちょうど治療が終わるころだと思ってケーキは二つ買ってありますけど」
白い二つの箱をかざす安藤さんの提案に、私達は快く同意した。
「ああ、いいねえ。メイも行くだろ?」
「……はい!」
虫歯が治ったばかりの私達は久しぶりにメイプルの特製ショートケーキを公園で食べる。
傍らに清村さんがいる中で食べたケーキは、
今まで食べてきたどんなケーキよりも甘く、とろけるほどおいしく感じられた。
そしてこのおいしさは、私と彼がいっしょにいる限り、いつまでも変わらないままだろう。
完