「えーとっ、飲み物何がいい?コーラと  
カルピスウォーターとウーロン茶あるけど」  
「ウーロン茶をお願いします」  
「ああ……取ってくる」  
 
清村さんが部屋を出た後、私の視線は部屋の片隅にある書籍に注がれる。  
書店名が記されたカバーのかけられたそれは、  
この前この部屋を訪れたときには存在していなかったものだ。  
 
(あれ……この厚さ…………)  
手にとって開き、私は自分の想像が正しかったことを知る。  
するとドアの向こうから足音が近づいてきたので  
私は急いでその書籍を元の場所に戻し、正座して彼を迎える。  
 
茶色い液体がなみなみと注がれたコップが置かれると、  
部屋の主は緊張した面持ちで私の真向かいになるようテーブルに座った。  
 
ウーロン茶を一口だけ飲んだ後、私は気まずい沈黙を破る。  
「私……見たんです。清村さんが、女の人といるところを。  
身長は清村さんと同じぐらいで、すらっと背が高くて」  
「ああ、それは姉貴だよ、姉貴」  
「……私、清村さんにお姉さんがいるなんて聞いたこともなかった」  
「そういや、言ってなかったな。悪りいな、なんか誤解させて。  
その、何でもするから許してくれ」  
 
「食べさせてください、ケーキ」  
「え?」  
「始めて清村さんと公園ですごした時のように……  
食べさせてください、ケーキ」  
「あ、ああ、わかった」  
 
たどたどしい手つきで清村さんはケーキを切り分けると  
柔らかいスポンジにフォークを突き刺そうとするが、私はそれを止めさせる。  
 
「フォークじゃ駄目です」  
きょとんとした顔の清村さんを正面から見返す。  
 
「手で食べさせてください」  
「て?」  
「手でじかにケーキを摘んで……食べさせてください」  
 
二人だけの部屋に、ケーキを咀嚼する音だけが響き渡る。  
清村さんが手に持ったケーキを、私は口だけを使って噛み締め、飲み込む。  
 
私が少し上目づかいで清村さんの方を見ると、  
目の合った清村さんが視線をそらす。  
 
2週間前、清村さんの家を始めて訪れた時の私なら彼のこの態度を見て  
自分が避けられていると勘違いしていただろう。  
でも、今ならわかる。  
 
――顔も見せてくれないほど嫌われるってのは、こたえるな――  
 
怖いのは私だけじゃない。相手が何を考えてるかわからなくて、  
辛くて苦しくて押しつぶれそうになっているのは私だけじゃなかった。  
ケーキを食べようとする私の唇が、スポンジを支える清村さんの指に触れる。  
清村さんの指が離れようとするが、その手首を私が掴み阻止する。  
 
「駄目……逃げたら私が食べられないですよ?」  
 
そしてそのまま、クリームのついた清村さんの長い指を、  
自分でもびっくりするほどいやらしい動きでねっとりと舐めあげる。  
清村さんは大きく息を吸って私の舌の動きを眺める。  
私は、まるで幼児がするように清村さんの左手の小指を第二間接まで  
口に含んで音を立てて吸い上げた。  
 
イチゴだけを残してほとんどスポンジを食べ終え、  
私の口の周りがクリームだらけになる。  
 
「清村さん、クリーム取ってください」  
「…………あ、ああ、ティッシュティッシュ」  
 
私の指の動きで金縛りにあっていたように動かなくなっていた  
清村さんがあたふたとティッシュの箱に手を伸ばす。  
だけど私は静かに首を横に振る。  
 
「ティッシュは駄目です」  
「……ああ、じゃあ」  
指で私の口の周りのクリームを拭い取ろうとしたその指を止める。  
 
「口で……舐めとってください」  
「な……」  
 
口をあんぐりと開け絶句する清村さんの前に、  
私は自分の顔を差し出す。  
清村さんがごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。  
 
心臓の音が高鳴って頬が真っ赤になるのがわかる。  
いつもの私なら、こんな大胆なことなんて言えなかっただろう、できなかっただろう。  
憧れていたタマさんがくれたまさかの褒め言葉に、  
私は少し舞い上がってハイになっていたのだ。  
 
「えっとその……いいの?」  
「さっさとしてください。『なんでもする』んじゃないんですか?」  
 
恐る恐る清村さんが口を近づけ、私の頬のクリームを舐めとる。  
ざらついた舌が這い回るとただでさえ熱い私の頬がさらに高温になり、  
頭に血が上りすぎて倒れそうになるほどだ。  
 
だけどまだ足りない。  
私はすっと清村さんの舌から顔を離す。  
 
突然私から遠ざかれて清村さんは切なそうな表情を浮かべる。  
もっと舐めていたい、彼の顔はそう物語っていた。  
男の人の感情をコントロールできることに、私の心が怪しく昂ぶる。  
 
私はスポンジの上に乗っかっていたイチゴを手に取り、  
清村さんの口の中へ押し込む。  
 
「……?」  
 
狐につままれたように呆ける清村さんからケーキを取り上げ、  
クリームやスポンジのカスにまみれた両手をぺろぺろと舐めあげ綺麗にしてから私はねだった。  
 
「食べさせてください……イチゴ」  
 
さすがにもう、清村さんもどうすればいいのか心得ていた。  
彼の目が、2週間前のような熱く激しい獣の瞳に変わる。  
だけどもう私は怖くなかった。  
彼の目の中に映る私もまた、怪しく滾った眼差しで彼を見つめ返していたのだから。  
 
イチゴを咥えたまま、清村さんが私にキスをする。  
そして私と清村さんは、イチゴが砕けてグチャグチャになるまで舌と舌を絡め合わせた。  
 
イチゴがぼろぼろになり、ほとんど原形をとどめなくなっても  
私たちのディープキスは終わらなかった。  
 
はぁはぁと息を吐きながら、私たちは口を離す。  
 
「メイ……いいか?」  
 
清村さんが鼻息を荒くしながら私に問いかける。  
 
「今度は……」  
 
私は肩を震わせながら呟く。  
でもその震えは、2週間前のときのように恐怖を感じていたからじゃない。  
 
「今度は……」  
 
優しい彼はそんな私の様子に気づき瞳が少し寂しげになっていく。  
 
違う違う違う違う!  
怖いんじゃない。  
私たちはこれから、本当の意味で結ばれる。  
その喜びを抑えられず、私の体は震え続けているだけなのに。  
 
「怖いのなら……やめようか?」  
 
私は飛びつくように身を離そうとした彼の体に寄りかかる。  
 
言わなきゃいけない。  
自分の伝えたいことを。  
タマさんのような強い心で。  
 
「今度は優しく……優しく抱いてください…………」  
 

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