「すみません、事情も知らず……」  
私の膝枕の上で気を失ったまま動かない清村さんを見ながら、  
タマさんが小さくなりながら頭を下げる。  
タダでさえ身長が低いので、まるで小学生のようだ。  
「いえ、タマさ……川添さんが謝ることはありません」  
「そうですよ、実際あの後目を覚ましたやつらを追っ払ったのはあなたですし」  
 
目を覚ました不良の人たちは最初こそすごんでいたが、  
安藤さんの携帯を見せ付けられてすぐに沈黙し、  
土下座してから半泣きになりながら公園を後にしていった。  
 
それでもどサドとその連れの人は最後まで暴れようとしていたけど、  
私の傍で佇むタマさんに気づくと無言で帰っていった。  
 
「ま、何よりその男はしばかれて当然のことをしたんですし。  
天罰ですよ、天罰。ね、小川さん?」  
芝生に腰を下ろした私は、清村さんの頭を撫でながら首を横に振った。  
「……別に、私はもう怒っていません」  
安藤さんは呆れ顔になってため息を吐く。  
「やれやれ、お優しいことで。そんなんじゃつけあがらせるだけですよ?」  
 
「大丈夫ですよ……清村さんはそんな人じゃないですから」  
安藤さんはあきらめたような笑顔を浮かべる。  
「ま、あなたがそう言うならあたしにこれ以上どうこう言う権利はありませんけど」  
 
私が清村さんに視線を落とすと、清村さんの傷口を冷やしていた保冷剤がぽとりと落ちる。  
持ち上げようとすると、それの内部はすでにほとんどが水になっていた。  
 
「あ、あたしが新しいものを買ってきます」  
「川添さんはそんなことしなくてもいいですよ。あたしが買ってきますから」  
「でも……」  
「あなたが罪悪感を感じる必要はありませんって。それに、なにより  
あの悪党どもが動けなくなった清村さんへ意趣返しに来た時、  
小川さんと清村さんを守れるのはあなただけですし」  
「はあ……」  
 
そんなわけで安藤さんがいなくなり、動かない清村さんと私とタマさんが公園に残される。  
 
だけどまさか、タマさんとこんな風に再会するなんて思いもしなかった。  
そしてなにより、彼女が自分の名前を憶えているなんて想像もしていなかった。  
 
「小川さんは強いですね」  
 
だから自分よりはるかに強くて憧れている彼女が、  
自分に向かってそんな言葉を言うことなんてありえないと思った。  
 
「え、………………わ、私が、ですか!」  
「ええ」  
 
彼女は何を言っているんだろう、と思った。  
だって、彼女は自分より大きな清村さんを吹き飛ばすほどの剣道の腕前で、  
男の不良の人を一睨みで追い返すほど強いというのに、  
そんな彼女がとろくて今だ素振りしかさせてもらえない自分を「強い」と評したのだ。  
何かの冗談としか思えない。  
 
「で、でも、私は川添さんみたいに剣道が強くないし」  
「……剣道じゃなく、生き方が強いんです」  
「生き方、ですか?」  
タマさんはこくんと頷く。  
 
「ひどい目に合わされたんですよね、その人に」  
「……ええ、でも、その」  
非は私にもあった。だけど、それは、おいそれ外で人に話せるようなことではないので私は口ごもる。  
 
沈黙を肯定と取ったのか、タマさんは続けた。  
「でも、その人を許した。だから強いんですよ、小川さんは」  
「そう、なんでしょうか」  
自分が剣道を続ける決心をさせてくれたタマさんが私を褒めてくれているのが、まだ信じられない。  
 
「昔、剣道を始める時お父さんに言われたんです。『剣道は剣技が上手くなるためにするんじゃない。  
剣の道を究めるための努力や鍛錬を通して、生きるために必要な心の強さを手に入れるものだ』って」  
「生きるために必要な心の強さを手に入れるもの……」  
「だから、剣道が強いだけでバイトひとつまともにできないあたしなんかより、  
小川さんの方がよっぽど強いと思うんです」  
 
「あたしが、強い……」  
そんな風に考えたことなんてなかったので、私は混乱して黙り込んでしまう。  
 
「確かにそうですねぇ。あたしが小川さんと同じ目に合わされたら、  
まず相手の男を血祭りに上げますから」  
大量の保冷剤が入ったビニール袋を手にぶら下げ帰ってきた安藤さんが、  
突然清村さんの頭に木刀を打ち込む。  
 
「いてっ」  
「いつまで狸寝入りしてるんですか?」  
「だからって叩くな!しょうがねえだろ、芽衣とは色々あったから少し気まずいんだよ」  
「ほんとは小川さんの太股の感触でも楽しんでたんじゃないんですか?  
それよりほら、小川さんに言うことあるでしょ?」  
「……ほんとに悪かったな、芽衣。いたぁーー」  
 
「何で膝枕の体勢のまま謝ってるんですか?ほら、早く地べたに頭を擦り付ける」  
「うう……わかったよ」  
私の体から離れ、地に膝を着けようとする清村さんの手を握って私は制止させる。  
「……土下座なんかされても、許せません」  
 
タマさんが息を呑む。  
清村さんの顔から血の気が引く。  
安藤さんはにやりと笑った。  
 
「そうだよなあ、いまさら土下座したって……」  
よろめく彼の耳元に顔を近づける。  
 
「だから、今日は……私の言うこと、聞いてください」  
 
呆けて私の顔を見つめ返す清村さんの後ろで、  
安藤さんがタマさんの腕を掴んで引っ張った。  
 
「やれやれ、じゃ、あたし達はこれで」  
「え、あの、あたしはまだあの人に謝って……」  
 
いきなり拉致されそうになったタマさんはじたばたと抵抗するが、  
安藤さんは困った顔をしてタマさんをそのまま引きずる。  
 
「確かにあなたがうまいのは剣道だけみたいですね。  
もうちょっと空気を読むことを覚えないと」  
 
その一言にショックを受け動かなくなったタマさんを安藤さんが引きずる。  
 
「しかし確かに強いですね、小川さんは。ま、したたかといったほうが適切かもしれませんが」  
 
こうして、公園には私と清村さんだけが残された。  
 
 
「言うこと聞けって、その、どういう……」  
 
二人きりになってたっぷり2、3分は経ってから清村さんが恐る恐る尋ねる。  
私は顔中が真っ赤になるのを感じながら、しかし今度こそは明確に自分の意思を告げる。  
 
「私……今すぐ、清村さんの家に行きたいんです。いいですよね?」  
 

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