「飲み物要るか?麦茶とカルピスあるけど」  
「じゃあ、……麦茶をお願いします」  
 
部屋の中はクーラーがまだ効いてなくて、  
私の全身は炎天下の中のように熱い。  
 
清村さんが出て行った後、ベッドに腰掛け部屋の中を見渡す。  
 
白いユニフォームに身を包んだ外国人サッカー選手のポスター。  
脱いだままたたまれることもなく椅子の上で散乱しているパジャマ。  
ゲームソフトが刺さったままの古いゲーム機。  
グラビアアイドルが表紙を飾る青年漫画雑誌。  
 
私は落ち着かずそれらを見回すが、視線と思考が定まらない。  
何かを見てもすぐに脳の記憶領域から抜け落ちていく。  
落ち着きなくきょろきょろしていると、  
お盆にコップを載せた清村さんが帰ってきた。  
 
「ほら、麦茶」  
「あ、ありがとうございます」  
 
そしてしばらくの沈黙。  
 
いつもなら話題に尽きない二人だけの時間がまるで嘘のように静寂に包まれ、  
クーラーの音と私が麦茶を啜る音だけが部屋の中に響きわたる。  
 
「よお、汗かいただろう?」  
「え、あっ、はい、かいてます、とっても!」  
 
……そういえば、確かに、体が汗臭い気がする。  
 
「廊下の突き当たりに風呂あるから、シャワー浴びて来いよ。  
バスタオル洗濯機の上にあるから」  
 
熱で頭が働かない。私は黙って頷くと彼の言葉に従いお風呂場へ向かう。  
 
冷水を頭から浴びて、そこでようやく  
男の人がいるうちでシャワーを浴びることの意味を考える。  
(やっぱり……そういうこと、するのかな)  
 
急に体が震えた。急に冷たい水を浴びたからだろうか。  
だけど、シャワーを止めて、ワンピースを着終わっても私の体は震え続けていた。  
 
「あの……お風呂、お借りしました。ありがとうございました」  
「ん。じゃ、俺入ってくるわ」  
 
清村さんがいなくなって、独りになってまた手持ち無沙汰になった私はテレビをつける。  
夏休み午前中でも家にいる子供向けのアニメや料理番組、  
できちゃった結婚をしたタレントの記者会見を放送する  
ワイドショーと次々チャンネルを切り替えるけど、  
やっぱり放送の内容が頭に入らない。  
 
もう一度チャンネルを変えようとして、  
ようやくリモコンを持つ手が震えていることに気づく。  
冷たいシャワーを浴びてもう随分とたつのに。  
いまだ冷房はこの部屋の温度を下げきっていないのに。  
 
何で?  
 
だってそんなのおかしい。  
私は今から、好きな人に抱かれる。  
なのに、なんでこんなに体が言うことを聞かないの?  
これじゃ私が、今の状況を望んでいないかのようだ。  
 
一人悩む私の後ろでがちゃりと部屋のドアが開く。  
タンクトップにジーパンという軽装の清村さんが  
バスタオルで頭を拭きながら入ってきた。  
 
「あの……清村さっ!?」  
 
いきなり眼前まで近づいてきた清村さんの唇が私の唇に触れる。  
 
「……いいよな?」  
 
主語が抜けていても伝わる。  
だって私達は恋人同士なのだから。  
 
たとえ恋愛経験が乏しくても、性的な経験は皆無でも分かってしまう。  
愛し合う二人がいれば、それは普通のことなのだろうから。  
分かっている。理解している。頭の中では。  
 
なのになぜ、私の体は震え続けているのだろうか。  
 
清村さんとは反対のほうを向いて着たばかりの服をすぐに脱ぐ。  
手がいうことをきかくなくてなかなかボタンを外せなくて、  
だから私が下着を脱いだ時すでに全てを脱いでいたであろう  
清村さんに背後から抱きつかれた。  
 
厚い筋肉が、私の貧弱な体を押し潰す。  
皮膚越しに伝わる滾る様な熱量が、私の脳を眩ませる。  
 
「き……よむ……らさん……」  
 
そのまま圧死するのじゃないかという強い力で抱きしめられる。  
 
「メイ」  
 
耳元で聞こえる声が熱い。  
まるで獣に組み敷かれたかのようだ。  
 
男の大きな手が、高い握力で私の小さな乳房を握った。  
 
「くぅ……」  
 
胸の内にあるしこりのような肉粒が、桁外れの圧力に悲鳴を上げる。  
 
と、揉んでいた指先が私の胸の先端に触れる。  
 
「ひっ」  
 
敏感な部分が無造作に蹂躙され、私は痛みに悶える。  
 
しかし清村さんの乳房への接触は止まらない。  
 
そして興奮に猛る彼はそのまま下腹部へ責めの手を伸ばす。  
 
「ひぃぁっ、ぐ」  
 
そこは、胸にある粘膜より数倍激しい痛みを私に与えた。  
だけど、清村さんの指は止まらない。  
私がそこにそんな空間があると今までにろくに意識しなかった  
裂け目の入り口と内部の浅い部分を、何度も何度も指でなぞり、かすかな進入を試みる。  
 
その度に私は激しい痛みと苦しみが与えられて、全身に珠のような脂汗が浮かぶ。  
 
ここまできたら、もう自分を騙すことはできない。  
考えないようにはしてた。考えたくはなかったけど。  
さっきから私を襲う震えは、『恐怖』なんだ。  
私は今ここで、清村さんとそういう関係になることを恐れているんだ。  
 
でも、自覚しても私は清村さんに拒絶の意思を示すことはできなかった。  
だから考えないようにした。  
恋人ならこんなことをして当然と自分の心に嘘をついた。  
 
「そろそろ、いくぞ」  
 
今度の主語は、分からなかった。  
でも、その言葉の3秒後にはそれが何か分かってしまう。  
 
それは、灼熱の肉の棒。  
私の下半身に押し付けられたそれの正体は処女の私にも見当がついた。  
私が答える前に、身構える前に清村さんは私の中に分け入ってくる。  
 
「あ……くぁ、い、たぃ」  
 
体に、無理やり穴を穿たれる激痛に、涙がこぼれる。  
 
「メイ……?」  
「いたいっ、いたいです!」  
 
限界だった。私はついに耐えられなくなって叫び声をあげた。  
 
「ごめんなさい……もう、だめです……いたい……」  
 
ふ、と清村さんの物が私の中から抜けてゆくのを感じた。  
清村さんの体が離れ、その手が私の頭を撫でる。  
 
「悪いな、メイ。俺、少し焦ってた」  
「きよ、むらさん……」  
「だから、今日はもう終わりにしような」  
 
涙を拭いて振り返ると、清村さんの少しさびしげな顔が眼に入った。  
 
「あ……」  
「メイ!?」  
 
その表情を見て、私は思わず何かを言いかけたが、  
彼の下半身にぶら下がる血まみれのコンドームを見て気を失った。  
 
こうして、私の初体験は苦痛と後悔だけを残して終わった。  
 
 
 
私が清村さんの家に行ってから、3日たった。  
あの後、意識を取り戻してから清村さんに家まで送ってもらってから、  
彼とは会っていない。  
メールが一日に10通以上来るけど、返す気になれない。  
 
部活もないししばらく下半身に痛みが残っていて家の中に引きこもっていたけど、  
お母さんに掃除の邪魔になるからと追い出され、  
行くところもなく街中のコンビニをはしごする。  
ふらふらと寄った5件目のコンビニで、清村さんのうちにあった雑誌を見かけた。  
 
表紙でにっこりと笑いかける水着の女性の体は豊かな肉に覆われていて。  
 
あんな風に胸が大きければ胸を揉まれても痛くなかったのかな。  
あんな風にお尻が大きければアレを入れられても痛くないのかな。  
なんて事を考えていた時、偶然コンビニの向かい側の通りを歩く清村さんを見かけ、  
私の体は、一瞬で全身が固まってしまう。  
 
私の動きが止まったのは、気まずいままで彼に会いそうになったから、ではない。  
 
その時、清村さんの傍らに雑誌の表紙の  
グラビアアイドルのようなスタイルの女性を見かけたからだ。  
仲良く並んで歩く二人の様子が目に入ったからだ。  
こちらの様子に気づかない二人が通りの角を曲がって消えても、  
私は2、3分動くこともできず呆然と立ち尽くしていた。  
 
 
それからはどこをどう歩いたのか覚えていない。  
気がついたらうちにいて、掃除を終え買い物に出かけた母のメモを見つける。  
 
――いい加減冷蔵庫の中のケーキが邪魔よ。今日中に食べておきなさい――  
 
私は、あの日買ったまま手付かずだったメイプルの  
特性ショートケーキの存在を思い出し、冷蔵庫から取り出し一人で頬張った。  
 
なぜだろう。  
あんなにおいしかったケーキが、今は全然おいしくない。  
冷たくて、味がしなくて、  
私は涙を浮かべながら一人ケーキを頬張り続けた。  
 
 
 
暗雲編 終わり  

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