明るい日差しのさす午後、室江高校の武道館。  
その女子更衣室では、女の子たちの賑やかな談笑が繰り広げられていた。  
「ミヤミヤ、ぶっちゃけて聞くけど、ダンくんとどこまでいったの?」  
「…それはどのへんまで答えて欲しいんですか?」  
「え、そりゃ〜…ねぇサヤ?」  
「だね、キリノ」  
ふふふ、と笑みを浮かべあう2人に、そんな不躾な質問をされたミヤコは眉をひそめる。  
「え〜、じゃあ、言いますけど」  
「ふんふん」  
「…イクとこまでイッちゃいました」  
「「うえ―――――!?」」  
異口同音で叫ぶ2人に、いよいよミヤコが怒り気味になった。  
失礼な、と言うように溜息をつき、ウェーブの掛かった髪を掻き揚げる。  
「そっちから聞いてきてなんなんですか、もう。意外とダンくんったらテクニシャンなんですよ…?」  
うっとりと「その時」を思い出すかのように頬を赤らめ、ミヤコは言うが、キリノは瞬間手でストップをかけた。  
「その先はいいデス……」  
「えー、先輩が聞いてきたんじゃないですかー」  
「詳しくは聞きたくない、それが野次馬根性ってものだよミヤミヤちゃん」  
―――――と、このように、爽やかに談笑しているのだが、  
たまにこうして猥談が発生するのだった。  
彼氏もちは(一応)ミヤコだけなのだが、実はキリノも経験済みで、サヤは小説だので、その手の知識は豊富なのだ。  
そんな感じで、女子高生である彼女らの間に、自然と猥談が発生するのも、おかしくはない。  
そう、1人の例外を除いて。  
「遅れました」  
細い声と共にドアを開け、入ってくる小柄な少女。  
部一番の剣士、川添タマキ。  
 
談笑を楽しんでいた少女達の目線が、一斉にその穢れなき少女へそそがれる。  
タマキは別段その視線を気にすることもなく、ロッカーを開けた。  
着替え始めるタマキを、キリノたちはそれとなく見る。  
 
小学生と間違われるほどの背丈。  
愛らしい童顔。  
見事なまでにぺったんこな胸。  
腰は全然くびれていないし、ヒップも出ては居ない。  
 
完全なる「幼児体型」を前に、3人はうーん、と唸った。  
「……タマちゃんて、したことあるんですかね?」  
ひそひそとミヤコが言う。  
「それどころか、キスもまだそうだよ」  
「ていうか男の子と付き合ったことすらなさそうだよね」  
「それは流石に………あるか」  
ひそひそと話をしている間に、タマキはさっさと着替えを終えて、とっくのとうに着替え終わっている3人を不思議そうに見た。  
「みなさん、行かないんですか?」  
「あっ、うん、行く行く!」  
サヤが慌てて返事をする……が、キリノはまだ唸っていた。  
嫌な予感がして、ミヤコがひきつった笑いを浮かべる。  
「…先輩、何考えてんですか?」  
「いやね、……タマちゃんにも教えておいたほうがいいんじゃないかな、って」  
黒い笑みを浮かべるキリノに、都は慌てふためく。  
「で、でもこうなると天然記念物ですよ?きっとまだ、赤ちゃんはコウノトリに運ばれてくるんだと信じてますよ!?だから敢えて知らせる必要は――」  
「ねーねータマちゃん、知ってるー?」  
「話を聞け―――ッ!!」  
いつのまにやらキリノはタマキになにやら吹き込んでいて、ミヤコの叫びは虚しく響いた。  
タマキはきょとんとしていたが、徐々になんとも言えない表情になる。ちょっと気の毒。  
さらにその猥談にサヤが加わり、ミヤコもしぶしぶ彼女たちに参加した。  
 
「……と、いうことでね。こうして赤ちゃんは出来るんだよ、タマちゃん」  
「……え……は……あ………」  
「やっぱり知らなかったんだ………」  
ミヤコが呆れる。  
タマキの顔は既にゆでダコのように真っ赤になっていて、今聞いたばかりの知識に戸惑っているようだ。  
と、サヤが続けてタマキに尋ねた。  
「タマちゃん、男の子とキスしたことある?」  
「えっ!!?……いや……その………あ、あります、けど」  
「え!?あるの!?」  
キリノが目を輝かせて飛んできた。  
(本当にこの部長は……最初はこんなキャラだと思わなかった………)  
その隣でミヤコが冷たいような呆れたような視線を浴びせているが、気付いていない。  
タマキはしどろもどろになり、耳まで赤くしながら、ぼそっと言った。  
「………一回だけなら」  
「それっていつ?」  
「さ、最近です、けど、その」  
「誰と誰と?」  
「待ってキリノ!当てるから!!」  
サヤがキリノを押しのけて、考える人のポーズを取る。  
考える事数秒、ぱちんと指を鳴らし、「これだ!」と叫んだ。  
「ユージくんでしょ!」  
と、その瞬間、タマキの紅潮は耳まで達した。  
……どうやら、図星らしい。  
その、絵に描いたようなウブな反応に、思わずキリノ達はきゅん、とした。  
ああ、なんて青春!でもこれって、  
(((中学生みたいだ………)))  
タマキを除いた、その場全員の心の声が合致する。  
「しかし、全然気付かなかったよ、2人が付き合ってたの」  
「言ってくれればよかったのに」  
「なんか恥ずかしくて………」  
「(うっは青春!)………で、キスまでしかいってないの?その先は?」  
心の中でタマキの清純にリアクションを取ってから、ミヤコが本腰を入れる。  
 
――――今までの会話から、ミヤコが他人の色恋に興味がないと思われるだろうが、そうではない。  
確かに色恋には興味は無いが、その先の、いわゆる猥談には、この中で誰よりも首を突っ込みたがるのだ。  
タマキが知ってしまったというのなら、もうとことん突き詰めるドS。  
「その先?」  
「だから、エッチ。…あ、してないわね、そっか、知らなかったんだもんね」  
「わー、ミヤミヤ大胆に聞くね〜」  
のほほんと言うキリノと正反対に、タマキは面白いほど動揺する。  
「え、え、え、え、えっち!?み、宮崎さ、そんな、こと!」  
「普通だよ。……たぶん。キリノ先輩だって、したことあるんだし」  
「誰とやったのか、は教えてくれないけどね」  
サヤがちょっとだけ恨めしそうにキリノを見ると、彼女はあからさまに顔を逸らす。  
普通してはいけない人としたのか、それとも単に恥ずかしいだけなのかは、判別できない。  
と、それをほっといて、ミヤコがあきれ果てた顔をした。  
「う〜ん、高校生として、それはどうかな〜。そういう話もしたことないんでしょ」  
タマキはもはや声を出せず、ただこくこくと頷いている。  
「………まぁ、いいんじゃない?これからこれから。暫くはこのままでさ」  
言いながら、サヤはミヤコの肩をぽんぽんと叩いた。ミヤコはちょっと不服そうな顔をする。  
「でも、それじゃ、相手もちょっとかわいそうじゃありません?女はいいけど、男は定期的に発散しないと駄目なんですから」  
何気に爆弾発言だ。  
さっきから、ミヤコの一言一言に、タマキは赤面しつづけている。  
(男の人って………そうなんだ………)  
「ま、千里の道も一歩から、だよ」  
そう言うキリノは何時の間にか手にポーチを持っていて、その中から何か取り出し、タマキの手に握らせた。  
タマキがきょとんとしてそれを見る。  
「?これ、なんですか?」  
「コンドーム。避妊道具だよ。聞いたことはあるでしょ?」  
「はあ………」  
「エッチする時は、それつけてもらわなきゃ駄目だよ、タマちゃん。自分の為にも、ユージくんのためにもね」  
「………はい」  
タマキはやっと顔を上げて、諭すように言う先輩の目を見て、そう返事した。  
なんだかよくわからないけれど、これは必要なものなんだ、と、タマキはロッカーの中にそれを放り込んだ。  
 
「どうしたの、タマちゃん」  
ぼんやりと部活の時のことを考えていたタマキは、不意にそう話し掛けられて、思わず自転車のバランスを崩しかけた。  
「あ、うん、なんでもない!」  
「そう?……何か今日、一日中様子が変だと思って。俺、何かした?」  
「違っ、ユージくんは悪くないよ」  
タマキは慌てて、付き合い始めてまだ日も浅いが、れっきとした彼氏―――ユージを見た。  
幼馴染から、恋人へ移行するのは簡単で、付き合い方もほぼ変わらない。  
だけどそれは、今まで自分が無知だったからなのではないか、と、タマキは昼間から悩みつづけていた。  
テレビアニメとかでも、恋人はキスしたり抱きあったりするものであって(だからキスはよどみなく出来た)、決して、――――今日、3人に教わった事をするものではなかった。  
それは自分が幼稚だから、そう思うのかもしれない。  
(もしかしたらあたしは、間違った付き合い方をしているのかもしれないんだ)  
落ち込んで、はあ、と溜息を付いてから、まだ心配そうにこちらを見ているユージを見上げた。  
(…ユージくんも、そういうこと、考えてるのかな)  
 
不意にそんな思いが過ぎって、ポケットの中に手を入れて、コンドームを弄ぶ。  
なら、渡しておいた方がいいのかな、と思い立ったけれど、なんとなくはばかられて、結局握り締めただけに終わった。  
こんな白昼堂々出すものじゃないだろうし、恥ずかしかったのだ。  
「……タマちゃん?俺の顔になんかついてる?」  
そう言われて、タマキはようやっと、自分が彼の顔を凝視していたことを思い出した。  
「ご、ごめんユージくん、なんでもない」  
「……ねえ、何か隠してるでしょ?」  
ユージが怪訝そうに、しかし心配そうに眉をひそめて、タマキは慌ててポケットから手を出し、胸の前で振った。  
「べつに、なにもないよ!」  
しかしそう言ったとき、ユージの視線は、地面に向いていた。  
否、タマキが手を出した時ポケットから落ちた、今は地面にある、―――避妊道具、に。  
最も一般的なモノであろうコンドームが、ユージの視界に入っていた。  
「た…………タマ、ちゃん、それ………」  
「え?」  
ユージに指さされ、タマキも地面を見る。  
一瞬、硬直。  
(!!!!!)  
心の中で声にならない叫びをあげて、タマキはそれを光の速さで拾って、もとの場所、すなわち制服のポケットにしまいこんだ。  
どっくんどっくんと、ありえないほど心臓が高鳴っている。  
(どうしよう、見られて……うう、どうしよう………)  
性について全く知識がなかったタマキでも、避妊道具を彼氏に見られることは(しかも不意に)、こう、「誘っている」ようで、恥ずかしくて仕方が無かった。  
恐る恐る見ると、――――予想通り、ユージも顔を赤くして、視線を泳がせている。  
(やっぱり見られて………!)  
「あ、あの、違うの!これは今日キリノ先輩に貰って、その、別に誘ってるわけじゃ………」  
「誘っ!?」  
「あ、う!」  
説明をしようとして盛大に墓穴を掘ってしまい、タマキは慌てて両手で口を押さえる。  
そして自転車を支えていた手も口に回って、必然的に、自転車は見事に倒れてしまった。  
 
夕焼けの商店街に、ガシャンと盛大な音が響いた。  
 
「ごめんなさい……なんか取り乱して…」  
「いや、いいんだけど……その…」  
近くの公園で自転車を止めて、2人は並んでベンチに座っていた。  
ありえないほど気まずい空気が流れている。  
―――と、近くの茂みが、がさごそと揺れた。  
ひょこっと顔を出すのは、ポニーテールが特徴的な、室江高校剣道部部長。  
しかしお互いの間に流れる空気でいっぱいいっぱいなタマキとユージは、茂みが音をたてたのにも、キリノが顔を出したのにも気付かない。  
もちろん彼女の後ろに、あと3人が隠れているのにも、気付くはずもなかった。  
「う〜ん、やっぱり気まずくなっちゃってるねぇ」  
「あたしたちの所為かな……タマちゃんに色々吹き込んじゃったし」  
「でも、まあ、知ってて当然の知識ですし、いいんじゃないですかね」  
「ミヤミヤ〜帰ろうよ〜」  
剣道部が狭い茂みに勢ぞろいしていて、散歩中の野良犬がばうわうと吠える。  
キリノはそれをしっしっと追い払ってから、また、付き合いたての初々しいカップルを覗き見た。  
 
「……話す気配が微塵も無いね」  
「でもここが2人の正念場だ!あたしたちは影で応援するしか…!」  
くうっ、とサヤが拳を握り締めるが、反対にミヤコは冷めたもので、  
「やっぱあたし帰りますね。覗きは趣味じゃないんで」  
と言って、ダンの手を取ってさっさと行ってしまおうとしている。  
「ああっ、待ってよミヤミヤ〜!2人が心配じゃないのかい?」  
「心配と言っても、2人の問題じゃないですか。あたし達が入る隙間なんて…」  
「ミヤミヤ〜、今日はするって言ったじゃないか〜」  
くいくい、とミヤコのスカートの裾をひっぱり、ダンが不機嫌そうに言う。すると彼女はころっと表情を変えた。  
「ごめんね〜、ダンくん。今日はたっぷりご奉仕してあげるから♪…じゃ、そういうことでさようなら先輩方!」  
早口に言い、颯爽と自転車にまたがると、引き止める間も無いほどのすさまじいスピードで去っていくバカップル。  
キリノとサヤは、ただそのドぎついピンク色の空気を感じながら、お互い顔を見合わせて、時間差でツッコんだ。  
「あの2人、日常的にやってんの!!?」  
叫んだ瞬間、向こうの方で声がした。  
「どうしたの、ユージくん」  
「いや、今先輩たちの声がしたような気がして……」  
(やばっ!)  
二年生コンビはすかさず身を伏せる。  
幸いしつこく探そうとは思わなかったのか、しばらくしてユージの「気のせいかな」という声が聞こえてきた。  
そこで2人は再び顔を見合わせる。  
「…帰ろうか」  
「そうだね…」  
2組のカップルを前に、現在(多分)彼氏のいない二人は、妙に寂しくなって、とぼともと夕日を背に歩いていった。  
 
結局なんのために出てきたのか解らないまま、部外者はすべて退場したのであった。  
 
夕暮れの公園には親子連れが多い。  
自分たちの眼前で転がるように戯れる幼子達を眺め、ユージはただひたすら、なんと切り出そうかを考えていた。  
それはタマキも同じで、しきりに手遊びをしている。  
「………」  
「………」  
沈黙。  
まだ、沈黙。  
タマキは意を決する。  
「…………あの、ユージくん、は」  
「はいっ!」  
思わず背筋を伸ばすユージにタマキはちょっと笑いそうになるが、さすがにそこまで余裕はない。  
俯いて、深呼吸して、―――聞かなければならないことを、聞いた。  
「……え、え、ェッチとか、…よく、知ってるの?」  
「うん、うえ、ええ!?」  
思いも寄らない質問に、ユージは妙な声を出してしまう。  
実の所、ユージもよく知らなかった。  
中学時代部活の先輩にそういうことは聞かされていたけれども、勿論今までに実体験したことなどないし、写真とかで見たことしかない。  
俗に言うエロ本とかで見たことしかないのだ。―――そんな、レベルだった。  
それを「よく知っている」と言っていいものか。  
(そもそもどのくらいが「熟知」って言うんだ?色々と出来る事か?)  
でもまあ、多分彼女が求めているのは、「一般常識的に」知っているかどうかだと思うから……と、ユージはぐっと唇を噛んで、やっと言葉を捻り出した。  
「……一応……知ってるよ。そりゃ、俺だってほら、高校生男子だし」  
「…あたしね、今日まで、知らなかった」  
一瞬、反応が、遅れる。  
「……え!?そ、そうなの!?」  
ようやく驚愕の叫びを放ち、思わずタマキを見ると、彼女は耳まで赤くして、微かに頷いていた。  
ぽつり、ぽつりと呟く。  
「……今日、先輩達に教えられて……それで、……意識したの。あたし今まで、『付き合う』ってことが、……そんなに深いことだなんて、知らなかったから」  
「………そう、だったんだ」  
「だから、上手く喋れなくて………そう、アレも、その、貰ったもので」  
かあっと更に赤面し、タマキが俯く。  
つられてユージも更に更に赤面してしまう。  
「…で、でもさ、タマちゃん、実は俺もそんなに知らないししたこともないし」  
「したことないの?ユージくんも?」  
自ら童貞であることを露呈したユージ。  
一瞬意識が固まったが、何とか戻って来る。  
「……うん……」  
 
「そうなんだ……あたしもなんだけど、どういう感じ、なんだろうね?」  
「何が?」  
「………する、って」  
「……あー………」  
「…………」  
「…………」  
 
次第に会話がなくなっていき、再び沈黙。  
(でも)  
ユージは思わず、感心してしまう。  
今までアニメや特撮ばかり見て、剣道一筋で恋愛などに興味も示さなかったタマキが、男女の営みについて知りたがっている。  
基本的なことは教えられたらしい。基本的なこと、つまり、子作りの方法。  
――――例えれば、飛行機が飛行場に着陸して、乗客が降り、飛行場の施設に入るということだ。比喩で言うと。  
間違ってもフェラやクンニなどの、性におけるテクニックは教えてもらってないだろう。  
ユージは何気に知っていた。タマキとは違い、彼は社交的だったからだ。  
何もしないでも、猥談が耳に入ってくる場所にいた。  
(でもタマちゃんは、何も知らない。―――今日知ったばかりだし、…身体だって)  
ちらりと、タマキの身体を見る。  
彼氏ながら、その幼児体型には、残念ながら頭が痛い。  
なんだかセックスをするだけでも痛々しいとか、考えてしまうのだ。  
(まだ、早いよなあ)  
 
「タマちゃん」  
「っ、なに?」  
「タマちゃんはさ、したいとか、思う?」  
思考の淵から戻ってきたばかりで、ユージはさらりと言ってしまった。  
言ったあとに急に恥ずかしさがこみ上げてきて、やばい、と思った。  
ヤる気満々に思われそうで、ユージは内心青ざめていたが、  
「……ゆ」  
と、タマキが赤くなりながら、こちらを見てきた。  
「……ユージ、くん、と、……って、こと?」  
 
上目遣い。  
唇に手が添えられている。赤みのさす頬。  
 
これでムラムラとしない男がいたら、会ってみたい。  
ユージは自らの欲情を押さえるために、ベンチの背もたれに頭をぶつけた。  
「ゆっ、ユージくん?どうしたのっ!?」  
「ごめんなんでもない……」  
正直今にでも襲い掛かりそうだったが、頭の痛さにすうっと冷静になってくる。  
しかし頭は冷静になっても、身体は正直だ。  
既に一物は反応し始めている。  
(それは反則だよ、タマちゃん………)  
さっき「まだ早い」と思った数分前の自分をぶん殴りたい。彼女はもう充分に、男を惹きつける魅力を持っているではないか。天然だが。  
少なくとも健全な思春期の少年を元気にさせるだけの力はある。  
もともと外見的にも、彼女は可愛いのだし。  
 
――それらの思考を片付けて、とりあえず落ち着いて、  
「……うん、まあ、そうだね」  
と、先ほどの問いに答えた。  
タマキはユージの奇行に驚いていたが、また照れたように居住まいを正した。  
真っ赤な顔の、真っ赤な小さい唇から、言葉が発せられる。  
「……したいよ」  
「わー!!」  
「ゆ、ユージくん!?」  
「ごめんなんでもない気にしないで!」  
今度は咄嗟にベンチから走り出し、10mくらい離れたユージ。  
これくらいしないと理性を保てない。  
(落ち着け俺、タマちゃんにそんな気はない、冷静になれ………)  
と心の内で呟くユージは、完全に変質者だった。  
砂場で遊ぶ子供の視線が痛い。そう思いながら、ベンチに引き返す。  
「…俺も、………したいけど、でも」  
「まだ、早い?」  
「うん、そう思う」  
きっぱりと頷く。よし、大分耐性がついてきた。  
するとタマキは、考え込むように俯いた。  
「そっか、………まだ、早いんだ」  
その声がちょっとしょんぼりしていたのは、気のせいじゃない。  
タマキが結構大胆だったことに驚きを隠せないが、男として、ユージはちょっと嬉しかった。  
これから暫く、相当の間、何もしないのを覚悟していたから。  
だから、しょんぼりしているタマキに、逆に申し訳なく思った。  
いざとなったら、自分はなにも出来ないのかと。  
(でも流石にいきなりはな………)  
ふと、タマキを見る。  
またその唇に、手が添えられていた。  
(唇?)  
ふと、この前やっとキスにこぎつけたことを思い出す。  
それと同時に、最も簡単な性行為を、思い出した。  
「タマちゃん!」  
「はいっ!?」  
がしっと彼女の肩を掴み、ユージは意を決する。  
「………キス、しよう」  
 
ぼんっと、小さな彼女の顔が赤くなった。  
「き、キス?い、い、いいけど………」  
「………いや」  
首を横に振り、ユージは恥ずかしさを全開に感じながら、その「最も簡単な性行為」の名を、口にした。  
「……大人のキス、っていうか、……ディープキス。知ってるよね?」  
「おとな」  
―――瞬時にタマキの脳内で、深夜にうっかり見た洋画のワンシーンが再生される。  
二人の男女が身体を寄せ合い絡め合い、ゆっくりと唇を重ね、ねっとりと舌を重ねる。  
数分に及ぶディープキスシーンの間、タマキは呆然としていたのだった。  
その時は自分がするだなんて微塵も思わなかった。大人のものだと思っていた。  
けど、もう、  
(………高校生なんだ)  
そう、男で年上で経験者になら突き(アトミックファイヤーブレード)をかましていい年齢…じゃなくて。  
性行為をすることが許されてくる年齢。だから先輩達にも教えられたんだ。  
「………やっぱ、いや?」  
ユージが心配そうに尋ねてきて、タマキは我に返った。  
同時にユージの顔を直視して、あのキスシーンと重ねる。  
―――――千里の道も、一歩からだよ!  
キリノの言葉が浮かんでくる。  
―――――相手もちょっとかわいそうじゃありません?  
ミヤコの言葉が思い返される。  
そして、タマキの思いが再確認される。  
あたしは、ユージくんが好きだ。大事だ。何かしてあげたいくらい。  
「………いやじゃ、ないよ」  
タマキは赤面し、伏し目がちになりながらも、ようやっとそう返事をした。  
それでまたユージが悶えたのは、言うまでもない。  
 
子供の目があってやりづらいということで、二人は公園の近くの林に入った。  
夕闇も近づいて来た所為もあって、ここなら誰にも見られることはない。  
すーはーと、お互いに深呼吸。  
こんな風に改まってキスをするカップルがいるだろうか?ここにいた。  
深呼吸も終わり、二人はざっと向き合う。  
まるでこれから剣道の試合でも始めるのかと言うくらい、気合に満ちた表情だった。  
根本的に間違っていると指摘してくれる人もおらず、その生真面目カップルは、これから大人の世界に踏み込もうとしている(入り口だが)。  
「……じゃ、いくよ」  
「ん」  
ユージがタマキの肩に手をかけて、タマキが微かに顎を上げ、目を閉じる。  
タマキの背はユージよりも、下手すると20センチ位低い。  
必然的にタマキが背伸びをして、ユージが屈む姿勢になる。キリノやサヤがいたら、初々しい!と叫ぶところだろう。  
しかし、その林は、夕闇の静けさに満ちている。  
自分の心臓の音と、相手の息遣いだけが聞こえていた。  
ユージは意を決して、目を閉じた。  
――――そして、二度目となるキスを果たす。  
お互いの息がかかり、相変わらず変な感覚だ。でも不思議と嫌ではない感覚。  
だが今回はそれだけで終わらない。  
やはり彼氏が先導するものなのかと思い、ユージは、他人の口内という未知の領域に、舌を侵入させた。  
タマキがびくっと震える。  
しかしぴったりと密着したままの身体と唇は離れない。  
ようやく、ユージの舌が、タマキの舌を捉えた。  
(これで、いいのかな)  
「……っは」  
と、タマキが苦しそうに息継ぎをした。その息には、今まで聞いたことのないような、「女」の声も僅かに混じっていた。  
ユージはユージで、健全な彼のソレが、早くも反応し始めている。  
なるほどコレはかなり実際の「性行為」に近いのだろう。  
ユージは味をしめて、その上慣れてきて、彼女の歯茎にまで舌を這わせる。  
「んんっ……」  
タマキも妙な感覚だった。―――その妙な感覚は、口の周りだけに留まらない。  
(……なに………これ……)  
彼女の女の証は、湿り気を帯びてきていた。  
(…これ…気持ちいい…………の?)  
そんな感情が浮かんだが、恥ずかしいと瞬時に思う。  
が、身体は正直で、ふらりと足がよろけた。反射的に、ユージの背中に手を回す。  
瞬時にユージが驚いて、びくっと身体を震わせる。  
一瞬唇が離れて、お互いが息を吸う。  
 
それで終わりかと思われたが、今度は、タマキがユージの唇に吸い付いた。  
「んんっ!?」  
驚きの声が、塞がれた口の中から漏れる。  
攻守一転。タマキがユージを攻める番だ。  
(まだ終わらせたくない)  
タマキは自然と、そう思った。  
それが行動にでたのだろう、彼女は先程よりも激しく、彼の口内を弄り始めた。  
舌が絡む。歯茎を探る。  
上あごを舐めると、肩を掴むユージの手に力が篭った。  
自分で舐めるとくすぐったいだけだが、他人に舐められるだけで、全く別の感覚がわいてくるのは、不思議な事だ。  
二人はまさしく、快感を貪っていた。  
しかし段々と、慣れていないものだから、酸欠で頭がくらくらしてくる。  
(そろそろ、終わりかな………でも)  
さっきからユージは何もしていない。ただタマキに弄られているだけ。その証に、もう息子が痛いくらい制服のズボンを押し上げている。  
それをちょっと悔しく思い、彼は最後の足掻きと言わんばかりに、タマキの口内に侵入した。  
「んぅ!」  
タマキがくぐもった嬌声をあげる。  
調子付いて、ユージは更に彼女の性感帯を弄った。  
タマキも負けじと絡ませる。  
もはやどちらが攻めでどちらが守りなどと考えてなどいられない。  
だんだんと、ユージが躍起になって守り通そうとしていた理性が、吹っ飛んでいく。  
タマキは今までに感じた事のない粘り気を秘部に感じ、けれど同時に高揚感も感じた。  
(…すごい、これ……すごく……気持ちいい……)  
 
(こんな感じなのか……すごい………)  
二人の感覚が同じになり、―――拙いながらも、二人は交わっていた。  
お互い息を荒くしながら、抱きしめあう。  
最後の仕上げに掛かろうとした―――――が、その時。  
どさっと、何か重い物が落ちた音がした。  
そして、聞き覚えのある声。  
 
「お………お前ら、何してんだ……」  
それは間違いなく、  
(え―――――こ、コジロー先生っ!!?)  
「「!!!」」  
ばっと二人が瞬時に離れる。お互いがお互いの汗やら唾液やらで濡れて、顔はぐしゃぐしゃだった。  
やっとまともに呼吸をしながら、二人は突然の乱入者―――驚きと照れで顔を赤くしているコジローを見やった。  
「こ、コジロー先生、何でここにいるんすか!?」  
「ん、んなこたーどうでもいいだろ!!」  
口の周りを拭きながらユージが言うと、同時にコジローは、さっきの音の主であるビニール袋を拾って後ろ手に隠した。  
そして、  
「お前らこんな暗がりで何してると思ったら………ていうかお前らそういう関係かよ!?」  
「え………ええ、まあ」  
二人が顔を見合わせて、照れたように笑う。  
それを見て、コジローの背後で「ぴきっ」という音がした。  
(何か今すげえむかついたぞ……)  
「と、とにかくな!そういうことは外でやるもんじゃねーだろ。家の中とかでやれ!」  
 
「でも、ここ、誰も来ないって評判の林で………現に先生以外来てないですし……」  
タマキが顔を赤らめながら言う。  
ユージもそうそう、と同意した。  
「そうですよ先生、……というか……見て見ぬふりくらい………」  
ユージが真っ赤になって、がくんと肩を落とした。  
「す………すまん。……じゃ、ごゆっくり………」  
「あの、先生、………不純異性交遊とかで停学とかにならないんですか?」  
去ろうとするコジローに、タマキがおずおずと尋ねたが、彼はそれを笑い飛ばした。  
「ははは、キスくらいでそんなのなんねーよ。最後までやってんのを見られたら、話は別だけどな。……それに俺も人のこと…」  
「は?」  
「いっ、いや!何でも無ぇよ!」  
はははと誤魔化し笑いをするコジロー。二人は同時に「怪しい」と思った。  
と、その時、あたふたと立ち去ろうとするコジローのポケットから、ひらりと一枚の紙が舞い落ちる。  
その紙を拾うユージ。  
「先生、何か落ちまし………」  
言いかけた言葉が止まった。隣でそれを見るタマキも、固まっている。  
と、呼び止められたコジローが、心底慌てふためいた様子で、  
「うわああああああ!!」  
と叫びながらその紙を引ったくった。  
しかし最早、その紙になにか書かれていること、なにが書かれていることを、二人は知ってしまった。  
 
紙には、こうあった。  
 
『先生、この前はどうも!いや〜、まさか先生があんなに上手いとは思ってなかったですよ!あたしも久々に大満足です。もちろん性的な意味で。  
 
また今度しましょうね。今度はあたしも頑張りますから!!  
 
PS.そういえば○□公園の近くの林には、山菜とかあるんすよ。食料に困ったら採ってみたらどうですか?(笑)  
 
あなたのキリノよりv』  
 
 
「……そう言えばキリノ先輩が相手の人教えてくれないって、サヤ先輩が……」  
「先生と生徒じゃ言えないよね………」  
「ちちちがああああう!」  
コジローがカクカクと妙な動きをしつつ、必死に否定した。  
「どこにもヤったなんて書いてないだろ!」  
「あれ今、俺たち、二人が性的な関係を持ってるって言いませんでしたけど」  
「しまった―――――ッ!!」  
大袈裟に頭を抱えて叫ぶコジロー。確かに叫びたくもなるかもしれない。  
彼らの方がよっぽど不純異性交遊だ。さっき言っていた事はこれだったのか。  
「でも先生………駄目な大人だとは思ってましたけど、生徒に手を出すなんて、そこまで駄目とは………」  
ユージがそう言ってヒいている隣で、タマキも少しヒいているようで、汗をかいていた。  
コジローが頭を抱えつつ、  
「アイツの方からその………来たんだよ!ユージだって男なんだから解るだろ!?押さえきれないっつー………っていうか何だ駄目な大人って!お前俺のことそんな風に思ってたのか!?」  
コジローが叫んだ。  
実は最初の賭けの話を聞いた時点で決めてました、とは流石に言えずに、ユージは、コジローの手に持たれたビニール袋を見る。  
「じゃ、それ山菜ですか?」  
「本当に採っちゃったんだ………」  
「タマまでヒかないでくれ!今月やばいんだよ!」  
「いや別にヒいて………ません…けど……」  
「(確実にヒいてる!)と、とにかく、頼むこのことは………」  
ぱんっと両手を合わせて、拝むように懇願する部活の顧問。  
二人は顔を見合わせて、ちょっと噴出しそうになるのを堪えた。  
「まあ言いませんけど」  
「言いません。キリノ先輩も隠したいようだったし」  
「助かる!恩に切る!!…礼としてこの山菜を」  
「いりません」  
差し出された山菜をびしっと断り、ユージはふうと溜息をつく。  
しかし随分と長い間していたらしく、夕闇は夜の闇に変わりつつあった。  
「そろそろ帰ろうか、タマちゃん」  
「そうだね。――――あ、先生、…その、あたしたちの事も……」  
「ああ、言わねーよ。ていうか付き合ってたことに驚きだ。気ィつけて帰れな」  
背中を向けて手を振るコジローを見送ってから、二人はまた顔を見合わせる。  
ユージが苦笑して、  
「何か途中で終わっちゃったね」  
「うん。………でも」  
タマキが顔を赤らめ、自らの唇に触れる。  
「………気持ちよかった……かな………」  
「………ん、俺も」  
「………ね、ユージくん」  
「なに?」  
「今度、また、しようね」  
タマキが微笑んで、そう言った。  
ユージはまたもや、うっかり理性を失いそうになった。  
(あー、先生の言った通りだな。…だらしないな、俺も)  
しかし、反面教師の顔を思い浮かべて、ぐっと堪えて彼女に笑顔を向ける。  
「うん、また」  
 
 
それから、数日後。  
 
 
相変わらず室江高校剣道部の女子更衣室は賑やかだった。  
鼻歌を歌いながら着替えるキリノに、サヤがじとっとした目で見る。  
「ねーキリノぉ、教えてよ、初めての人!気になるんだよー!」  
「だーめ!……じゃ、サヤに彼氏が出来たら教えてあげよっか?」  
「えー!?あたしにィ?」  
「あんたなら割と早く出来そうですけどね、巨乳だし」  
ミヤコが自分のと比べて、はんっと鼻で笑いながら言い捨てる。  
サヤはうう、と唸った。  
「そんな身体目的の彼氏いらないし……」  
「がんば、サヤ!」  
キリノがエールを送ったその時、更衣室の扉ががちゃりと開いた。  
「遅れました」  
「あ、タマちゃんだー」  
「タマちゃん最近遅いけど、掃除当番?」  
「うん」  
ミヤコの問いに頷いてから、タマキはロッカーを開ける。  
そこではた、と、ミヤコは、彼女の変化に気がついた。  
首筋になにやら、赤い痣がついているのだ。制服のボタンを外しているせいか、それが露出している。  
「…タマちゃん」  
「なに?宮崎さん」  
「したの?」  
タマキの手から、ぼろっと胴衣が落ちた。  
解り易く顔を真っ赤にして、タマキは動揺する。  
「なっ、何を!?」  
「エッチ」  
「し、してないです!まだ!」  
「でもキスマークあるよ?バンソーコあげるから隠しておきな」  
「ええっキスマーク!!?」  
サヤが飛び出してきて、タマキの首の付け根辺りをまじまじと見る。  
なるほどそこには確かに、小さな赤い痣がぽつりと出来ていた。  
「うわぁ本当だ!じゃ、ヤっちゃったの!?」  
「ヤってません!…その、キスだけです、まだ」  
かわいそうに耳まで真っ赤に染めて、タマキは慌ててその印を隠した。  
これはあのキスから数日後、「色々やってみよう」というお互いの合意のもと、つけてもらったキスマークだった。  
 
と、キリノが着替え終わって、タマキの頭を撫でに来た。  
なでなでと小さい頭を撫でて、キリノは笑う。  
「や〜、順調みたいだね、タマちゃん」  
「は、はあ………」  
(キリノ先輩は先生と………)  
最後までやっちゃってるんだ、と、あの日から彼女を見るたびに思ってしまう。  
でも、好きな人を明かせない事は、結構辛いのではないかとも、考えてしまうのだ。  
ふと、キリノと目が合う。  
するとキリノは、タマキの耳元に顔を近づけた。  
「ひ・み・つ、だからね、タマちゃん。そのうちあたしも、サヤとかにも言うつもりだけど」  
「え?」  
突然の耳打ち。見るとキリノは、口に人差し指を当てて、「しー」と言っていた。  
そのうち言うんですか、と言おうとして、やめる。  
(……大人だなぁ、キリノ先輩)  
そんな言葉が不意に浮かんできて、タマキもつられて「しー」とやった。  
よしよしとまた頭を撫でて、キリノはサヤの方を見る。  
「サヤ、着替え終わった?あたし行くよー」  
「あ、待ってよキリノ!」  
「タマちゃん、あたしたち先に出てるね」  
「はい」  
ぱたん、と扉が閉められる。  
誰もいなくなって、タマキは、小さなポーチに入れたコンドームを取り出した。  
――――自分のために、相手のために。  
キリノの言葉が思い出されて、  
(今ならちょっと、解る気がする)  
タマキは笑って、それを握り締めた。  
 
室江高校剣道部には、三組のカップルがいる。  
その内の二組は、経験済み。  
そしてその中の一組は、秘密のカップル。  
 
もう一つのカップルが経験に至るまで、まだまだ時間がかかりそうだ。  
 
 
終わり  
 

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