道路脇で停車している車があった。  
車外から中の様子が分からないようにカーテンが引いてあり、そこにはわずかに空いた窓から外の様子を伺う三人の男女がいた。  
 
運転席でハンドルを握るのは杉小路高千穂。  
年齢の割りに低い身長とどこか人懐っこそうな笑顔のため、一見人畜無害の少年に思えるだろう。  
しかし高校の制服に身を包みながら臆することなく血痕でまみれた車のハンドルを握る彼の周りには、どす黒いオーラが立ち上っている。  
 
助手席に座るのは安藤優梨。  
比較的小さな顔と大きな瞳は、彼女の顔を見る者にどこか子供めいた印章を与えるだろう。  
しかし「ブラックマインドコントールマニュアル」と題された三角木馬が表紙の怪しい書籍を微笑みながら読む彼女の背後には、毒蛇のようなオーラが立ち昇っている。  
 
後部座席に座るのは蓮間亜季彦。  
他の二人に比べると少々ヤル気がない様子。  
というかむしろ俺は何でこんなところにいるんだという顔でしかめっ面をしながら携帯をいじくっていた。  
 
30分ほど前から、この三人は車から一定の距離を保った場所で立つある男を観察していた。  
それはまるでヤンキーのようにしか見えないほど目つきの悪い少年、清村緒乃だった。  
 
「あ、来たみたいだね西山さん」  
うきうきとした声を発し、耳につけたiPodのイヤホンを外す杉小路。  
しかしその声はやたらと高揚しているのに、どこか棘があった。  
その声に、安藤も手元の本から待ち合わせをする清村の方へ視線を移す。  
すると、妙におどおどした長身の女子高生が目に入る。  
 
「じゃあ、そろそろですねー」  
こちらも楽しそうに笑いながら、ポケットから携帯電話を取り出す安藤。  
しかしそのにこやかな笑顔にも、わずかに険があった。  
すると、携帯電話がすぐにドナドナの着信音を鳴らす。  
目の前でおどおどしながら電柱の陰に隠れる女子高生、西山からの電話だった。  
 
「安藤さん?なんかおかしいよ!あの人待ち合わせの30分前からいるんだけど?!」  
「……えーと、なんだか話が飲み込めませんけど何のことですかー?」  
すぐ近くで状況を見守りながらも、安藤は何も知らないような口調で西山に答える。  
 
「あの人よあの人!ほら、あたしがバレンタインの夜にめった突きにしちゃった人。  
今日、あたしがお詫びをするって言ってた人」  
清村に見つからないよう物陰に隠れながら電話をする西山に、大げさな声を上げて安藤は答える。  
「ああ、清村さんですか。えーと、確か西山先輩にもらった破壊的な味のする  
いかチョコを噴出して御自分の制服が滅茶苦茶になった清村さん」  
「って、あのチョコはあなたが」  
「西山先輩に渡しました」  
悪気が微塵も無い口調でけろりと答える安藤。  
 
そのあまりにあっけらかんとした答えに思わず絶句する西山。  
しかし安藤はその隙を逃さず、一気に畳み掛ける。  
 
「でも、それはそれ。最終的にあのチョコを清村さんに渡したのは西山先輩でしょ?  
だいたい、西山先輩がもらったチョコをどっかで捨てようとするからそんな事になったんですよね?  
その事に罪の意識を持ったからこそお詫びしたいと考えたんじゃないですか?」  
「それは……そうだけど」  
「おまけに、お詫びしたいとか言いながら他人に連絡役やら  
お詫びの品の買い物とか全部させるから連絡の行き違いみたいなことになったんじゃないんですか?」  
もっとも西山は気づいていないが、西山が直接清村と連絡できないように仕向けたのはすべて安藤の話術によるものだったが。  
「だって……あんな目にあわせた人に、面と向かってどんなことを言えばいいかわらないもの……」  
 
安藤は面白くて仕方が無いのか、必死に笑いをこらえながら演技のため息をつく。  
「ちょっと待っててください、今待ち合わせ時間の確認します。確認できたら折り返して連絡しますから」  
そういって、しばらく携帯電話の電源を切る安藤。  
そして傍らで座る杉小路に大きな目をらんらんと輝かせながら合図を送る。  
まるで、猫が飼い主に捕まえた獲物を自慢して見せ付けるように。  
 
車外で顔を真っ青にさせて不安がる西山を眺めながら、杉小路は携帯電話の電源を入れる。  
「やあ、清村、デートの様子はどうだい?」  
「デートじゃねーよ!つーかお前の言ってた待ち合わせ時間正しいのか?いまだあの子影も形も見えねーぞ」  
いらついた声で答える清村。無理も無い。彼はもう30分も待たされているのだから。  
「はは、しょうがないよ。なんか向こうの安藤さんって後輩に聞いた話じゃ、  
西山さんって全然男慣れしてない子らしいし。だから君に直接連絡せず僕を介して連絡を取り合ってるんだから」  
 
「でもよー、お前30分も待たすのは男苦手とか抜きにして普通に失礼だろう?」  
「じゃあ、もう帰るかい?お詫びの品々はもらえないけど。確かスイーツ系ショップALLゴチの練り歩きとクリームメロンパンだっけ?」  
とたんに清村の口から涎が垂れる。  
「タダのクリームメロンのパンじゃねえ……駅前のケーキ屋で1日30個限定生産のな……  
しょうがねえ、もうしばらく待つ、か。……待った分後で腹いっぱい平らげてやる」  
結局、甘いものの誘惑には勝てないらしい。  
(単純な奴だ。……後でどんな目に合わされるかも知らず)  
やり取りを聞いていた漆間は苦笑いを浮かべる。  
 
杉小路が携帯を切った後、すぐにむぅ、と不満げに杉小路を眺めていた安藤が西山へと電話をかける。  
「どうだった、安藤さん?」  
「電話に出るの早いですねー。ええと、結論から言うとどうも待ち合わせ時間が間違ってたみたいです。  
正確には午後6時、1時間ずれてましたね」  
「ええっ、じゃああたし30分もあの人待たしてるの?!」  
「まあ、間違えて伝えたあたしが言うのもなんですが、これも全て人づてに連絡してた西山先輩のせいですよ」  
「そんな……」  
顔を真っ青にする西山。  
 
「清村さんの様子はどうですか?怒ってるんですか?」  
もちろん丸見えなのだが演技を続ける安藤。  
「それが、少し前までは凄く不機嫌そうだったんだけど、ついさっき携帯で話してからはなんか涎たらし始めた」  
物陰から恐る恐る清村を眺める西山。  
「あー、それはエロイ妄想してる証拠ですね。ご愁傷様です」  
「なんでよ、ていうかか又その話?」  
「ええ、股の話です」  
「うまい事言ってる場合じゃないわよ!」  
(そんなにうまかねぇよ)  
心の中で突っ込む漆間。  
もちろん前の二人が怖くてそんなこと口には出せないが。  
「っていうかなんかそんな話ばかりじゃない清村さんが絡むと」  
 
やれやれと呆れたように呟く安藤。  
「そりゃもう、清村さんは高校生男子ですよ?しかも待ち合わせの相手はいい感じな造形の西山先輩です。  
やりたい盛りまっしぐらな年頃が欲望対象直球ど真ん中な相手と出会うんですよ。  
しかもまあ、結構向こうの高校では暴れてた不良らしいですし」  
「不良……」  
「そりゃあもう悪いうわさばっかり聞きますよ。部活中顧問の教師を殴ったとか、  
一人で10人近くの人たち相手に喧嘩して勝ったとか、自転車で高速すっ飛ばしてたとか、  
意味もなく屋上から飛び降りるとか、ヘディングで飛行機撃墜したとか」  
「それ後半悪いうわさのカテゴリーでくくっていいの?てか人間??」  
 
「まあ、とにかくなんというかあたし達のものさしでは測れないとんでもない人だってことですよ。  
バレンタインの日に拾ったチョコを先輩に届けようとしてたのも怪しいですね。  
もしかしてエロイ報酬目当てに先輩のかばんからすったチョコを拾ったと偽っていたのかも」  
「そ、そんな……」  
動揺する西山に、いたぶるように追い討ちをかける安藤。  
「さっきの電話で何かその悪そうなこと喋ってませんでしたか?」  
「そういえば……『待った分後で腹いっぱい平らげてやる』とかなんとか」  
「ああ、つまり西山先輩は平らげられちゃうわけですね腹いっぱい。  
まあ1発、いや腹いっぱいだから何十発かもしれませんけど…それで不良の因縁がチャラになるなら安いかも知れませんねぇ」  
「な……あたしには、全然安くないってば!!」  
蚊の鳴くような悲鳴を上げ、後ずさりする西山。  
 
その瞬間、安藤の声が西山の撤退を止める。  
「逃げるんですか」  
しばしの沈黙。通りを流れる車の音だけが、窓越しに車内へ伝わる。  
 
西山が、重々しく口を開く。  
「そうね、ここで帰ってもしょうがないモンね」  
「そうですよ。むしろこれ以上待たせたら切れてどんなことするか分からないですよ、清村さん。  
サカった男子高校生なんて獣そのものですから。それこそ何十発じゃすまなくて何百発になるかも」  
「……せっかく決心したんだから、あんまり脅かさないでよ……ああ、なんかトイレ行きたくなってきちゃった」  
それこそ連れて行かれる仔牛のように、西山はとぼとぼと清村の方へ歩き出した。  
 
「ごめんなさい、あたしの方から呼び出したのに、遅れちゃって……」  
手提げかばんをぎゅっと胸に抱きしめながら、西山が頭を90度近く下げて清村に謝る。  
そんな西山に対して、別になんでもないという風に答える清村。  
「いや、俺もついさっき、1分前ぐらいに来たばかりだし」  
「え……?」  
もちろんそんなわけはない。西山自身が十分近く前から待ち合わせ場所にいる清村を物陰から見かけていたから。  
しかし、見られていたことを知らない清村は待っていたそぶりをまったく見せず、少しも遅刻した西山をなじろうとしなかった。  
 
(この人……見かけは怖そうだけど、案外、いい人、かも……)  
そう考え、頭を上げた瞬間、西山の目は恐怖に凍る。  
清村の視線を見てしまったからだ。  
まるで飢えた獣のように欲望に染まり、自らの胸を凝視する清村の目を。  
(この人……ヤル気だ!!!)  
まるで視線から胸を守るように、西山は手提げかばんをさらに強く抱きしめる。  
 
心の中で悲鳴をあげているのは西山だけではなかった。  
(この女……何考えてやがる?そんな力で手提げかばんを抱きしめたら……  
クリームメロンパンが潰れちまうだろうがあああああぁぁぁぁぁ、  
その究極のスイーツを買うために、どれだけの甘党たちが早起きし、散っていったと思ってるんだ!!)  
男性に対する恐怖を植え付けられた西山には甘党馬鹿の心の葛藤が分かるわけはない。  
 
「おれが、さあ、かばん持ってあげるよ。うん、その、重いだろ」  
そう言って、すっと手を伸ばす清村。西山の胸へと。  
たとえ清村の目標がかばんの中のクリームメロンパンであろうと、  
怯える西山にはタダの痴漢行為にしか思えない。  
「いやあっ」  
きびすを返し、逃げ出す西山。しかし、糖分を求める悪魔から逃れるすべもなく。  
あっという間に清村に背後から肩をつかまれる。  
少年のような涼しげな目元を恐怖に歪ませ、泣きそうになりながら西山は問う。  
「そんなに……欲しいんですか?」  
暴漢のような血走った目で、清村は答える」  
「そのために来たんだよ、俺は!!!」  
 
「いやあああああああ」  
叫ぶとともに、かばんを振り下ろす西山。遠心力の突いたかばんは、想像以上の破壊力で清村の頭頂部へ振り下ろされた。  
「ぶえええええーーーーー!!!??」  
血を吐きながら倒れる清村を杉小路は写メで撮りながらとどめのカータックルをかます。  
「清村ーーーー、女の子に乱暴するなーーーーー」  
バン  
10メートルは吹っ飛ぶ清村。  
「うげぼーーーーーーーーーーーーーー」  
いつものように、清村は流血しながらぶっ倒れた。  
 
第1回清村と西山さんいじり選手権、と書いてある垂れ幕がかかった部屋で三人はウーロン茶で祝杯を挙げていた。  
杉小路と安藤はベッドに腰掛け、漆間は勉強机のいすに座りながら。  
まあ、祝っているのは杉小路と安藤だけだが。しかもその二人も、お互いににらみ合い、火花を散らしあいながらの祝杯だった。  
杉小路はコップを高々と掲げ演説を始める。  
 
「さて、今回の作戦だが、大成功と言ってもいいだろう。  
最初に待ち合わせ時間をずらして二人に伝えるという仕掛けで清村は苛苛し、  
それを見た西山さんは恐慌状態に。この時点でミッションはほとんど成功していた。  
特に二人が待ち合わせ場所で出会ってからは我々が一度も電話でお互いを誘導することなく  
二人は勝手にベストに近い至高のリアクションを取ってくれた。僕的には、80点をつけてもいいかもしれない」  
それは、杉小路の部屋だった。垂れ幕以外には、勉強机と本棚とベッドしかない。  
質素、というより殺風景といったほうが正しいだろう。  
 
「特に杉小路さんによる清村さんへの巻き込みドリフト突っ込みはすばらしかったです。  
まあ、せっかく車があるんだから、あれぐらいの突込みができて当たり前ですけど」  
「いや、普通はあんな残虐行為できねーよ」  
思わず突っ込む漆間。  
「いや、安藤さんがやった脅迫にも近い西山さんへの揺さぶり、あれもかなり効いたよ。  
普段側にいて弱味を掴みやすい人を追い詰めるなんて簡単な真似にあれだけ  
じっくりゆっくり時間をかけて揺さぶるんだから相当な完璧主義者だよね安藤さんは。  
……それともタダ単に自分の言葉攻めのセンスに自信がないからかな?なんて、そんなわけないよね」  
「いえいえ、西山さんがテンパるのはいつもの事ですから時間をかけてねっちりやった方が効くんですよ。  
まあ、ボキャブラリーのない杉小路さんには無理な話でしょうけど」  
そう言って二人は見つめあい、お互いに穏やかでどす黒い笑みを顔に浮かべる。  
 
と、その二人の視線がほぼ同時に漆間に向けられる。  
おいおい、と心の中でため息をつく漆間。  
しかし二人はそんな漆間を無視して、これまた同時に尋ねた。  
「「どっちの勝ち?」」  
 
バレンタインの日のあの惨劇で杉小路は悟った。  
西山というキャラがいれば清村のリアクションがより趣深くなることを。  
「うーむ、静と動のリアクションが相乗効果を生みより洗練されたリアクションを生む。  
この現象をリアクションシナジーKSと名づけよう」  
電話でのやり取りを聞いていた安藤も見抜いた。  
清村というキャラがいれば西山のヘタレにさらなる磨きがかかることを。  
「二人のヘタレが同時にヘタレあう事でヘタレの力が循環し、更なるヘタレの高みへむかう。  
この現象をダブルヘタレスパイラルと命名します」  
 
杉小路は西山を、安藤は清村を調べ始めようとし、そして発生するいじりキャラ同士の邂逅。  
そして、お互いがいじられキャラ二人を独占したいと思っていることを見抜きあう。  
そう、今日のあの一連の出来事は全て勝負だったのだ。  
杉小路と安藤といういじりキャラによる、いじり選手権という真剣勝負。  
 
そしてその勝敗は、暇そうだというだけの理由で審判として連れてこられた漆間に託された。  
「あー。西山さんだっけ?彼女を精神的に追い詰めたのが優梨ちゃんだし、  
清村を最後轢いたのは杉小路だし。同点引き分けだろう」  
(あの二人は本といい迷惑だろうが)  
「適当だな漆間は」  
「もうちょっと気合入れて採点してください」  
その時、僅かに安藤が顔をしかめたの杉小路は見逃さなかった。  
「……んなこと言われてもよう。俺いじり専門キャラじゃねーからわかんねーわ」  
そういうと漆間はコップを机の上に置いて立ち上がる。  
 
「だいたいさあ、てめーら自身が分かってんじゃねーか。  
優梨ちゃんが西山さん錯乱させてた時杉小路は感心して小さくうなずいたし、  
清村ゴリゴリ轢き潰してたとき優梨ちゃんうっすら笑ってたし。  
俺に聞く必要なんかねーだろう?引き分け引き分け。  
じゃ、俺はあれだ、バイトあるんで帰らせてもらうわ」  
不満げにぶーぶー文句を垂れるブラックコンビを部屋に残し、漆間は部屋を出る。  
 
部屋に残された二人は、玄関の閉まる音を遠くに聞いた後、どちらともなく黙りこくる。  
 
少しの間があってから、杉小路はぼそっと呟く。  
「すごかったねえ、全身血まみれの清村と」  
同じようにぼそっと呟く安藤。  
「血の気の引いた顔でパニクる西山さん……」  
目をつぶり情景を思い出し、うっとりと至福の表情を浮かべる二人。  
 
「……ほんとなんていうか、君を他人とは思えないよ。  
まさかブラックマニュアルシリーズを全部集めてる子が同じ街にいるなんて」  
安藤の顔を見つめながら杉小路は告げる。  
自身の右手を彼女の左手に重ねながら。  
「あたしもそう思ってたんです。本当、思考パターンといい趣味といい生きる目標といい……  
まるで杉小路先輩は、あたしの分身のような人です。……だから余計むかつくんですよね」  
杉小路の顔を大きな瞳で臆することなく見返し、安藤が思ったことをそのまま述べる。  
重なった手の平を握り返しながら。  
「そこまで同じなんだ。俺もむかつくんだよね、君の事……」  
にっこりと笑う杉小路は、その唇を安藤の小さな唇に重ね、  
わずかな時間だけ触れさせた後何事もなかったかのように離す。  
 
「あたしのこと、むかつくんですよね」  
少しも動揺せず、安藤は尋ねる。  
「むかつくから、力づくで従わせる」  
同じように、呼吸すら乱さず杉小路は答える。  
安藤の制服のボタンを、一つずつ外しながら。  
 
 
「力づく?」  
まるでその行為に恥じらいすら感じていないのか、少し小首を傾げただけの安藤は少しも動じていない。  
「そう、力づく。だって僕はサディストだから」  
ボタンを外し終わり制服をはだけさせた杉小路にも少しも力みがない。  
それは異常な光景だった。人間がもっとも獣に近づく行為の準備が着々と進んでいるというのに、  
その部屋の中には一片の焦りも昂ぶりも存在しない。  
 
 
「それはまたイヤな一致ですね。あたしもサディストです」  
少しも筋肉の轢きつりがないのに、威嚇するよう印章を与える笑みを見せながら安藤の手は自らの制服へ伸びる。  
「だろうね。でもそれは困ったな。二人とも嗜虐主義者じゃどうにも収まりが悪い」  
少し考えるような仕草で安藤の髪を撫で上げる杉小路。  
 
 
「何で収まりが悪いんですか?」  
わずかに杉小路を見上げながら、自らの制服の内ポケットに手を突っ込む安藤。  
「セックスをする時、どっらがS役をするか困る」  
 
 
「僕が君をどれだけいじめても、君は気持ちよくならないってことだろう?」  
安藤のブラのを外すため腕を背後に回そうとした瞬間、  
杉小路は手の平に冷たい金属の感覚を感じた。  
 
 
「それは困りませんよ。だって」  
 
 
何かかが裂ける感触。  
 
 
「あたしとあなたじゃ流儀が違う」  
 
 
二人の間から赤い体液が零れ落ちる。  
 
 
「なんてことを……」  
目を見開く杉小路。  
「ほんと、全然Sじゃない。口先だけですねー、杉小路先輩」  
淡々とした口調でからかう安藤。  
 
 
「ほんと、馬鹿みたいですよねぇ。  
優しく手を握り合って、おままごとみたいなキスをして。  
それで、力づくとか言いながら相手に刃物を使う隙すら与える」  
血が。  
赤い流れが。  
安藤のはだけた白いブラウスの上を。  
太ももの曲線を伝いながらベッドの上に。  
「やめろ……血が……」  
 
 
「反吐が出ますよ、そんな人があたしとほとんど同じ趣味、人格なんですから。  
……性癖以外は」  
胸ポケットから出された小型カッターの柄を杉小路に握らせながら安藤は笑う。  
「あたしのSの流儀はあなたと違って、肉体ではなく精神を追い詰めることなんです。  
そのためには、相手に刃物を握らせることも」  
 
 
カッターの刃の先は、安藤の手の平に吸い込まれていた。  
「自らの身体を切り裂かせることも厭わない」  
杉小路は目を見開き血の流れ落ちる先を見続ける。  
「何でこんな……ことを……」  
 
 
「だってこうすれば、お優しくて紳士的な先輩の心をかきむしることができるでしょう?」  
笑いながら、少し眉を歪め手の平を動かす。  
傷口が広がり、赤い筋がさらに太くなる。  
「年下の女の子だからちょっとでも甘い言葉をかければなんでもなるとでも思ったんですか?  
本と、どうしようもないおばかさんですね」  
少女を刺す。そんな異常事態に驚愕する杉小路の顔を見て、安藤はうっとりとため息をつくはずだった。  
一人の男の心に拭い切れぬトラウマを刻み、後はいかようにもコントロールできるはずだった。  
 
 
「……あーあ、せっかくのたぬたん枕カバーが血で汚れちゃった」  
しかし、少年の顔は少しも揺らいでいなかった。  
「……え?」  
安藤が始めて動揺した声を上げる。  
「1年中清村の血を見てる僕が、それぐらいで動揺すると思うのかい?」  
「そんな……いつも車のような乗り物を使っているから、直接あたしを刺せば確実に動揺すると思ったのに……」  
「刃物で清村を刺したことなんかない。でも自慢じゃないけど鈍器で流血させたことなら星の数ほどあるからね。  
じゃあ、今度は僕の番だよ」  
 
 
暴力的な行為があると思い、少し表情を硬くして身がまえる安藤。  
 
 
しかし彼女の想像に反し、杉小路はとてもゆっくりとした動きで近づいた。  
そして1拍置いてから、口元を安藤の耳元へ近づけ杉小路は囁く。  
「優梨」  
途端に、みるみる安藤の頬と耳たぶが朱に染まる。  
 
 
(サディストは攻めることが多いから、一度責められる側に回ると意外と防御力ないことが多いけど)  
少し顔が赤くなった安藤を見つめながら、楽しそうに笑う杉小路。  
(この子もそういうタイプか)  
「かわいいよ、優梨。とっても綺麗だ」  
目を丸くして驚く安藤。  
「なっ」  
 
 
「あんまり言われたことないのか?こんなに綺麗なのに」  
そう賛辞の言葉を浴びせながら、片手で器用にまだ発達段階であろう胸をあらわにする。  
真っ白な柔肉の表面は汗が少し滲んでいた。  
その表面を、まるで障子紙を破かぬような慎重さで円を描くようになぞる杉小路。  
空いた方の柄を持つ手で、安藤の手に1センチほど刺さったカッターをゆっくりと抜き取る。  
そしてそのカッターをはるか遠くへ投げ捨てた後、その手の平は両太ももの間にある薄い下着へと伸び、  
その周辺の肌をさわさわとゆっくりと揉み始める。  
 
 
「こんなの……サディズムじゃない……こんな、苦痛がないものが……」  
あまりに優しい愛撫に、あえぎながら講義をする安藤。  
「僕のサディストの流儀は、たった一つのシンプルなルールで成り立っている。  
それは相手のされたらもっともいやなことをするということだけだよ、優梨」  
「慣れ慣れっ……しく名前で……呼ばないで……」  
「なんで?かわいい名前なのに、優梨」  
「や、そんなことない」  
 
 
「しかし変な話しだよねぇ。僕はサディスティックに君を責め、  
君もそれを嫌がっているのに。  
君があまりにも捻くれているからあべこべになってしまった。  
名前で呼ぶなんて、ごく普通のことなのに。  
そう、まるでマイナスにマイナスをかけるとプラスになるように」  
 
「名前だけじゃなくて、声もかわいいけどね」  
耳元へ、厚い湿った風を吹きつける。  
「やああぁぁ、くすぐい、くすぐぃから」  
そのとろけるような嬌声を満足げに聞く杉小路。  
 
「声だけじゃない。胸もかわいい」  
乳房の上でまるで触れるか触れないかの距離を保つ指先が、  
けしって痛みを与えない加減の強さで桃色の頂を摘む。  
「ふぃっ……」  
 
「指もかわいい」  
そういうと、血の滴る一指し指と中指を口で含み、  
レロレロとその血を舐めとり始める。  
「や、くすぐい、くすぐったっぃ」  
 
「口もかわいい」  
しゃぶりつくように、おままごとではないキスを浴びせる。  
しかし、舌と歯の動きは離乳食を咀嚼する幼児の如く弱弱しく緩やかだった。  
「ふぐ、うむぅ、うむむむむうぅぅぅん」  
 
「……ここもかわいい」  
うすくて、白い下着は分泌される愛液を良く吸い取っていた。  
それは愛液のせいでピッタリと張り付き、とても淫靡で、  
布の上からでもどこを攻めればいいか一目瞭然だった。  
 
「優梨は全部、かわいいよ」  
杉小路の指は確実にスリットを攻める。  
決して強すぎないように布越しに、しかしたかだか女子高生ごときでは耐えられないほどの  
快楽量を与えるように、その速度は速く、スリットの上を往復する回数は毎分3桁を優に越えた。  
「いやぁああああぁぁぁぁぁ」  
指の動きの速さと、安藤の嬌声の高さが比例する。  
そんな安藤の耳元で  
 
 
「愛してるよ、優梨」  
 
 
と囁く。  
そして、そのサディスティックな言葉が安藤の脳を焼く。  
「あふあああああぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっぁぁぁっっ」  
小さくくぐもった悲鳴。  
それが、安藤の絶頂の合図だった。  
 
 
 
「……何で最後までしないんですか?」  
ベッドで横になり、下半身の疼きを感じながら安藤は尋ねた。  
「言っただろ、僕は君のして欲しくないことをするって。  
最後まではしないよ。その方が君が切なくなってくれるからね」  
安藤の頭を優しくなでながら同時に包帯をその手に巻きつつ杉小路は答える。  
 
「あたしの……完敗です」  
 
 
終わり  
 

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