道場の真ん中で倒れている男の人が一人。  
普通なら救急車か職員室に知らせに行くものだけど、  
ここでの正しい反応は竹刀をもってくること。  
「コジロー先生〜大丈夫スか?」  
そういいつつ私は竹刀で倒れている顧問をつつく。  
するとこの情けない顧問はゆっくり、少しプルプルしながら  
こちらにむきなおした。  
はにわかムンクの叫びみたいにガリガリになった顔がそこにはあった。  
「キリノか〜・・・何かくれ〜・・・」  
・・・やっぱり行き倒れか。  
給料日前のいつもの光景。私が入部したときからずっとこんな感じ。  
しかしどう消費すれば生活費を空にできるんだろう?  
ギャンブルはしてなさそうなんだけどなあ。  
「ハイハイ、あんた給料日前だもんね〜」  
世間一般の剣道部員は自分の顧問の給料日を知ってるもんだろうか?  
うちの部員は全員知ってるけどね。  
まあ知ってるからこういうものも用意してあげれるってもんだけど。  
「ハイ。あげる。」  
私はカバンからハンカチで包んだ箱を取り出した。  
その瞬間、寝転んでいたコジロー先生は猛烈な速度で跳ね起きた。目が猛獣のよ  
うに光ってる。  
「すまん、キリノ!!恩に着る!!!」  
そう一言告げてコジロー先生は箱を回収し、  
この世のものとは思えない速さで包みを開けた。  
包みの中からでてきた銀色のお弁当箱を手慣れた手つきで開ける。  
中身は色とりどりのおかずとおにぎりである。  
「うおぉぉぉ!!」  
器用にも叫びながらコジロー先生はそのお弁当を三十秒そこらで食べ尽くした。  
しかも手掴みで。  
 
もう見慣れたもんだ。  
「いや〜助かった!すまんな〜いつもいつも。」  
ほっぺたに米粒が光っている。  
「いいっスよ〜。うち、お惣菜屋さんだし。」  
余り物でもここまで喜んでもらえるとうれしい。  
まあ、今日はもうちょっとうれしい理由、あるけどね。  
「さあ!お腹もいっぱいになったでしょうし、一年生来るまでに準備しないと!  
!」  
新入生達は皆可愛くて気合い入るなぁ〜!(うざいのもいるけど)  
そのなかでもタマちゃんはめちゃくちゃ可愛くてそのうえ強い!!  
もう言うことないよ〜!!  
「あぁそうだ。今日一年の連中、  
課外授業でどっかの山に行ってるからこないぞ。」  
「えぇ〜そうなんですか〜?ざんね〜ん」  
でももうそんな時期かぁ。一年生も大変だ。  
今頃タマちゃん達は自然探索満喫してるんだろうなぁ。  
あ、それを聞いて私も思い出した。  
「そういやサヤもこないよ。珍しく風邪引いたって。」  
いつものように趣味が理由じゃないらしい。  
いや、水泳にハマって風邪引いた可能性もあるかも。  
「なんだよ〜久々に二人だけかよ。」  
「まあまあブーたれないで。頑張りましょー!!」  
よ〜しがんばるか!  
と、気合いを入れたのだったが  
「ところで、今日お前の親御さん病気か?」  
と、コジロー先生が聞いてきた。  
「い〜え、元気ハツラツでしたけど。なんでっスか?」  
「いや、今日もらった弁当の卵焼きから多量の殻がでてきたからな。  
調子悪いのかなと思って。」  
何っ?あの食べ方で気付いたの?あは〜、感服するね。  
「あっはっは。今日のお弁当、私が作ったんスよ〜。殻はすみませ〜ん。」  
卵割った直後に手ぇ滑らせて、殻全部入っちゃったんだよね。  
大きいのはあらかた取ったんだけど。  
 
「お前が?何で?」  
「そりゃ〜先生のことが好きだからっスよ。一男性として。」  
「・・・は?」  
まあびっくりするだろうなぁ、こんな事言ったら。  
でもこれが私の性格なんだからしょうがない。  
私は好きな人に好きというのをためらうということがいまひとつ理解できない。  
友達からは信じられないとか言われたけど  
なんか私には挨拶くらいの感覚なのだ。  
何度か相手を困惑させてる。  
でもまぁ仕方ないこと。  
そんな私も先生のことが好きなのに代わりはない。  
だからこそお惣菜の余りだけじゃなく、  
喜んでもらえるように追加メニューを作ってあげたわけだ。緊張してミスったけ  
ど。  
「・・・お前、軽いなぁ・・・」  
よく言われる台詞。日常的にもよく言われるけどね。  
「性格だから今更どうしようもないですよ。」  
「ま、俺もそんなお前、好きだけどな。」  
「へ?」  
なんですと?  
「俺もお前が好きだよ。」  
・・・ちょっと通じるところがあるとは思ってたけどこんな所でか・・・  
「・・・先生も軽いっスねぇ」  
「俺も性格だから今更どうしようもない。」  
でも、それじゃあ・・・  
「じゃあこのままラブラブカップルってことですか?」  
「え、まあ・・・しかしまずいよなぁ。教え子に手ぇ出すのは・・・  
下手すりゃ二人揃って学校からバイバイだも、むがっ!?」  
なんか色々言っていた先生に私は飛び付いた。勢いで倒れた先生のうえに乗る。  
そして強引にキス。  
ほう、これがレモンの味ってヤツか。  
私は先生の首の後ろに手を回した。  
先生も私の頭に片手を回す。  
 
私は自分が満足するまでその体勢でいた。  
唇を離すと先生は苦笑いを浮かべていた。  
「お前・・・こればれたらどうすんだよ。軽く地獄行きだぞ。」  
「何言ってんですか。私は先生が行くところなら地獄だってついていきますよ。  
ま、極楽のほうがいいですけどね。」  
今更地獄が恐いわけないでしょ。  
そう思った瞬間、私は強い力で引き寄せられた。  
先生の顔がすぐ前にある。  
「わっ!ちょ、先生!?」  
「・・・本当に地獄でもついてくるか?」  
そういう先生の顔は少し赤い。ひょっとして・・・  
「・・・スケベ教師。」  
「・・・悪いか?」  
やっぱり・・・  
「やっぱ嫌だよな、悪かっもごっ!?」  
もう一回キスしてやった。ただし、さっきより激しく、溶けるくらい甘いヤツを。  
お互いの唇を吸いあい、口の中まで舐めあう。  
頭がぼーっとしてきた。  
唇を離すとお互いの唇からあふれた唾液が糸を引いた。  
私はできるだけ色っぽい顔をしていった。  
「極楽行き。お供します。」  
 

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