「石田先生、ちょっと…」  
放課後、職員室へ向かうコジローは同僚の吉河に呼び止められた。  
「?どうしたんですか、そんなところで」  
まるで人目を避けるように小声で自分を呼び止める吉河に、  
不審なものを感じたコジローが問いかける。  
「その、実は…ここの生物準備室へ…中に勝手に入った生徒がいるみたいで…」  
なぜか吉河は歯切れが悪く、いつもの元気のよさが無い。  
「生物部の連中じゃないんですか?」  
確か生物部は生物室と準備室を部室にしていたはずだ。  
大方部員が勝手に出入りしているだけではないだろうか。  
しかし吉河は頭を振る。  
「その…近頃、準備室に生物部以外の子たちが勝手に出入りすることが多くて…  
しかも、なんか変な物を持って入ってるって噂があって」  
そこで、ようやくコジローもピンと来た。  
閉じられた空間。人目を忍ぶように集まる生徒。不審な物。  
タバコ…あるいはシンナー?  
 
どちらにしろ、そんなものを持った生徒が出入りしている  
という噂があれば女性の吉河先生が出入り口で躊躇するのも、  
自分を呼び止めるのも理解できる。  
そうコジローは推測した。それが勘違いであるとは少しも疑わず。  
「分かりました。じゃあ、俺が中に入ります」  
「えっ、でも、その」  
「大丈夫ですよ」  
(俺だって剣道部の顧問だ。そこらの不良ぐらいになら負けん)  
そういうと心配している(とコジローが勘違いしている)吉河のほうへ微笑みかけ、  
その後すぐに表情を引き締め準備室への扉を見据え、  
コジローは勢いよく扉を開けて叫んだ。  
「こらーーーー、おまえらっ、こんな所で……?」  
しかしコジローの叫び声は途中で失速する。  
「ナニを…している?!」  
 
コジローと吉河の目の前に二人の生徒の姿が目に入った。  
一人は髪の毛を茶色に染めピアスをした男子生徒で、上着を脱ぎシャツの前をはだけさせ、  
どうやらズボンとトランクスも半分脱いでいるようだ。  
なぜ「脱いでいるようだ」なのかというと、コジロー達のいる準備室入り口からでは  
男子生徒の姿が女子生徒のせいで完全に見えないからだ。  
男子生徒の上にセミロングの女子生徒がまたがっていて、男子生徒の姿を半分隠している。  
男子生徒の方へ抱き合うようにしているので女子生徒は後頭部しか見えない。  
スカートをはいたまま跨っているが、その内側で本来身に着けているはずの下着が  
今は身に着けていないことなど、容易に想像できた。  
そして準備室の中は、不思議な重低音で満たされていた。  
 
「もー、だから言ったじゃん、そろそろやばいって」  
「あーあ、コジローに見つかっちまったか。  
おめーがすぐやらせてくれなかったからだぞ。おしおきだな」  
「ちょっ…やだっ……先生……見てる……」  
二人の教師にかまわず腰を突き上げる男子生徒。  
そんな二人の痴態に呆気に取られるコジロー。  
しかし数秒の思考停止の後、コジローの頭に急激に血液が流れ込み始める。  
「お、お、おまえらあっ、な、何をしてい」  
「だから、ナニでしょう。見りゃ分かるじゃないですか」  
男子生徒は悪びれもせず答えた。  
「ふざけんなあああああぁぁぁぁぁ」  
コジローの絶叫が、準備室にこだました。  
 
結局その後、30分に及ぶコジローの説教(女子生徒は吉河が説教を担当)が続いた。  
 
−何でセックスしちゃいけないんですか−  
−だって俺等愛し合っているんですよ−  
−しょうがないじゃないですか。お互いやりたくなったんだし−  
−別にいいっすよ、見つかったのこれが初めてじゃないし−  
−こんな場所だから、こんな状況だから燃えるんでしょ−  
−ちゃんと避妊はしてるからいいじゃないですか−  
−別に俺実家の家業継ぐし、内申とか全然気にしてないし−  
 
なんというか、ふてぶてしいとかそういう次元を超えていた。  
言葉の通じない、風習の違う外国人と話すような感覚。  
30分後、男子生徒を帰らせた後、コジローはぐったりと疲れ果てていた。  
それは吉河も同じだったようで、疲労が色濃く残る顔でふぅ、と大きくため息をついた。  
「どうでしたか、吉河先生」  
「なんていうか、その、近頃の子の考えることって…よく分からないですね」  
弱弱しく笑って、吉河が答える。どうやら彼女のお説教もあまり  
女子生徒に通じなかったらしい。  
「そりゃまあ、あの子ぐらいの年ならそういうことに関心を持つのは  
良くあることでしょうけど、でも…こんなとこであんな風に、  
その、開けっぴろげにするのは、さすがにどうかと」  
「ほんとにねぇ…今の時代はネットやらコンビニやらで簡単に  
性の知識が仕入れられちゃいますからね。変に知識があるぶん、  
おれらの世代よか性質が悪い。避妊してるからいいとか、  
そういう問題じゃないんですけどね」  
すると、突然興奮した吉河が顔をぐいとコジローに近づけまくし立てた。  
「あ、それ私も言われました。本と、そういう問題じゃないですよね。  
なんていうか、開き直ってるって言うか、ずれてるって言うか」  
そこまで一気に言って、ふぅ、とため息をつく。  
 
「でも、良かったんですか、学年主任を呼ばなくて」  
そこで今日一番大きなため息をついてコジローが答える。  
「ああ、実は大きな声じゃいえないんですけどあいつ等、これが一度目じゃないんです。  
もう45回かな。教員に見つかってるの」  
普段でも大きな目をより大きく見開いて吉河は驚く。  
「え…じゃあ…」  
コジローがうなずいて答える。  
「もう、主任どころか、校長だって知ってるんすよ。  
担任、学年主任、教頭に校長、保護者、本人達を交えての話し合いも  
何度かあったはずですから」  
「それで…効果は…あるわけないですよね。さっきの二人の態度からして」  
 
「まぁ、子供が子供なら親も親って感じで、この子達がお互いに同意してるなら云々、  
って感じであんまりきつく怒ってないみたいなんですよ。  
二人とも成績は常に10位以内に入る秀才だし、学校側としてもあまり  
問題を広げたくないみたいで。本人達もそのこと分かってるんでしょうね。  
行為の最中に見咎められても全然動揺しなかったし。  
あれじゃ注意した俺の方が悪いみたいだ」  
そこで、急に吉河はコジローに謝った。  
「ごめんなさい」  
「え、何がですか?」  
きょとんとするコジロー。  
 
「その、私、中で何をしていたのか見てたんです。コジロー先生が来る前に、  
準備室の窓から…。なのに私動揺しちゃって、扉の前でまごまごしちゃって…」  
まあ、いくら教職の人間とはいえ、年頃の女性がそんな光景を見たら  
普通は躊躇するだろう。  
「まあ、しょうがないんじゃないですか」  
「いえ、そんな風に慰めないでください。弁解しちゃいけない立場だってことは  
誰より私自身が分かってますから。それに比べて、石田先生は偉いですよね。  
あんなに堂々として。生徒達にも慕われてるみたいですし」  
(生徒達に慕われてるというよりも、単になめられてるだけだと思うんだけどな…)  
それに、コジローは中にいるのが不良でタバコでも吸ってんだろう、  
とおもって乗り込んだだけなわけで。  
怒鳴り散らして生活指導室につれてって親に連絡すればいいと思ってたわけで。  
まさか親を呼んでも効果がなく学校側が半場投げ出している  
超のつく問題児供がくんづほぐれつしているとは思わなんで。  
(まあ、でも…なんか憧れの視線で見られてるから、黙っとこう)  
 
そう、コジローはタバコやシンナー吸っていると勘違いしていた。  
「なんか変な物を持って入ってるって噂があって」  
と吉河が言っていたからだ。しかし、それはコジローの想像していたものと違っていた。  
(まさかあんなものまで持ち込んでるとはね。まったく)  
「だけど変ね…確かに、部屋の中を覗いた時何か変な物を持っていると思ったんですけど、  
女の子の方は何も持っていなかったし。そっちの男の子は何か持っていましたか?」  
急に思考を中断され、コジローはあわてて答える。  
「え、いや、何も持っていませんでしたが」  
嘘だ。本とは男子生徒のほうが「それ」を持っていて、それをコジローは取り上げた。  
しかし、あの淫靡な物体をこの純朴そうな先生に見せるわけにはいかない。  
「あれ、石田先生、何かポケットからはみ出てますよ」  
「あ、じゃあ、俺、ちょっと部活行かなきゃ。  
あ、教育主任には俺からあとでうまく報告しますから」  
そうまくし立てるように言うとコジローは駆け足でその場を立ち去った。  
 
何でこんなことになっちまったんだろうな…  
武道館へ向かいながら、コジローは心の中で愚痴っていた。  
そんな彼の手はズボンのポケットの中へ伸び、  
そこにあるピンク色の小さな機械を隠すように手のひらで包み込んでいる。  
 
−いいでしょう、これ−  
−結構高かったんすよ−  
−リモコン式って珍しいでしょ−  
−今日は昼からずっとあいつの中にこれ入ったままだったんすよ−  
−あいつのあえぐ顔見て、我慢なんかできないですよ−  
−この目盛り上げると、あいついい声で鳴くんですよ…−  
 
参ったな…こんなもの持ってるとこほかの人にでも見られたら…  
ポケットに入っていたハンカチにその機械を包み、  
人目を忍ぶように武道館へ入ると、入り口脇の荷物入れの棚にある  
鞄の下に隠すようにハンカチごとそれを突っ込む。  
自宅で沸かしてきたお茶の入った水筒だとか読みかけの小説だとか  
あんまり盗まれる心配のない荷物の入った鞄をおいている場所だ。  
まあ、3年も引退して2年もほとんど幽霊部員な今、ここにおいとけば大丈夫だろう。  
つーか、冷静に考えればこんなもんわざわざここに持ってくることなかったよな。  
俺も意外と純朴だな。あいつ等の行為見て興奮して冷静な判断が出来なくなったか…。  
「まあ、俺も学生のころは興味はあったしそればっかり考えてた時があったけど、  
普通こんなもんまで学校に持ってくるか?」  
「こんなもんってどんなもんですか、先生?」  
 
「うわああああああ」  
思わず3オクターブは高い声を出してしまうコジロー。  
「あはははははは、女の子みたいな声出して凄いびっくりしてる」  
「馬鹿、キリノ…いきなり声かけるからだろーが!  
てかどっから湧いてきた!」  
防具を身につけたキリノが背後でけらけら笑っている。  
「いや、普通に更衣室に居たんですけど。つーか遅刻してきてなんで切れてるんですか。  
小テストの採点、10分ぐらいで終わるんじゃなかったんですか?」  
「あっ、しまった」  
そう、そもそもコジローが職員室へ向かっていたのは、明日までには終わらせなければ  
いけない小テストの採点がまだすべて終わっていなかったからだ。  
「やべぇ、すっかり忘れてた」  
「って先生、稽古は?」  
「一人でやっとけっつーの。俺には大事な仕事があるんだよ」  
そういって下駄箱で靴を履きなおしたコジローはふと武道館の中を振り返った。  
いつもならかしましいキリノが、何も言ってこないからだ。  
 
すると、キリノがコジローの荷物入れの棚をじっと見ていた。  
面をつけていて視線の行く先は分からないがそんな気がした。  
 
「おい、キ…」  
 
しかし、気配に気がつき、キリノがコジローを見返して言い返す。  
「あれえぇーどうしてまだいるのなかなー、大事な仕事があるんじゃないんですカー  
どうせ部活動なんて2の次ですもんねーだ」  
わざわざ面をはずしてベーと舌を出して、そのまま面をつけて素振りを始めた。  
(たく、可愛げのねぇ…やっぱ俺、なめられてるだけだわ)  
そう心の中で呟き苦笑すると、コジローは職員室へ向かった。  
 
 
(あーあ、結構時間食ったな)  
結局残りの小テストの採点には20分掛かった。  
(何つーかもう今日は疲れたな。うん、もう武道館閉めて帰ろう)  
武道館の鍵は顧問のコジローと部長のキリノが管理している。  
とりあえず武道館へ行ってまだキリノがいるようならさっさと追い出して、  
もしもう帰っているようならすぐ施錠を確認して帰ろう。  
しかし、武道館にたどり着いたとき、コジローは異変に気づいた。  
 
(あれ、入り口は開いているのに灯りがついてないぞ)  
もう日は落ち、真っ暗になっているというのに、武道館の中は照明ひとつついていない。  
「おーい、キリノーいるのかー?」  
すると、とたんに今まで人の気配の感じられなかった武道館の中で何かが動く気配がした。  
(何だってんだ、いったい?)  
訝しく思いながらも下駄箱で靴を脱ぎ、入り口の脇にある照明のスイッチを押す。  
すると、荷物入れの棚の近くでぺたんと防具をつけたまま座っているキリノがいた。  
 
「あっ、コジロー先生、なんか早かったね」  
面をしていて表情は分からない。だが、妙にキリノの呼吸が乱れている。  
「別に早くねーよ。遅れたぐらいだ。それよか灯りもつけず何やってたんだ?」  
「いやー、ちょっと運動したら眠くなっちゃって…」  
「で、防具つけたまま眠ったってわけか?器用なやつだな」  
(さっきの変な物音は、俺の声で飛び起きた時の気配ってわけか)  
「まあいいや、とりあえず出るぞ。ほら、部活は終わりだ」  
 
「えっ、えーと、その、でも、ほら、サヤ待ってるから。  
あとで鍵掛けるから、もう先生だけ帰っていいよ」  
「へーえ、サヤがくるのか。そりゃ久しぶりなあ、おい。  
…でも、今日の昼あいつに会って部活来いって言ったら、  
逃げるようにしてどっかいっちまったけど、何でいきなり部活に顔出す気になったんだ?」  
首を傾げるコジローに、慌ててキリノが呟く。  
「え?エーとその、あの、なんか忘れ物更衣室にしたから取りにいくって言ってたよ。  
えと、大事そうなものみたいだから。でもやっぱ、今日来ないかもね、  
私の聞き間違いだったかも」  
そこでようやくコジローは思い出した。  
自分も大事なものを棚の中に隠していたことを。  
(やべえ…すっかり忘れてた…)  
「ああ、そうか、そうだなうん、じゃあ鍵は…」  
そこで、キリノに見えないよう自分の体でキリノの視界から棚をさえぎりながら  
鞄の下をまさぐっていたコジローの言葉がとまる。  
そこにあるべきはずのものが、ひとつない。  
 
(何でだ。確かに俺はここに隠したはずだ。隠した後、どこかに移動したのか?  
そうだ、それしか考えられない。俺は慌ててここにあれを突っ込んで、  
その後キリノがいきなり話しかけてきて慌てて振り向いて。  
その拍子に、下へ落としたのか?)  
下を向くコジロー。しかしそこには何も落ちていない。  
「おい、キリノ、俺がいないうちに男子来なかったか?茶髪でピアスのやつ」  
「へ?ああ、ええと、その、誰も来てないよ」  
そわそわしていたキリノは慌てて答える。  
(そりゃそうか…もしあいつが取り返しに来てたら、  
リモコンだけ残して持ってくのも変な話だよな)  
参ったなぁ、と思わず呟くコジロー。  
ふと閃き、目の前のリモコンの目盛りに触れる。  
これで、あっちの方の振動音がすれば、場所が分かるかもしれない。  
ただ、大きな音がしてキリノにばれると面倒だから、  
大きな音がしないようほんの少しだけ目盛りを上げる。  
 
すると振動音の変わりに背後から  
「あっ」  
というキリノの小さな声がした。  
思わず振り向くコジロー。  
(まさかキリノに気づかれた?)  
しかし、キリノの視線の先−相変わらす面をしていてその表情は見えないが−には、  
ただ「必勝」と書かれた垂れ幕があるだけで、コジローが探している「玩具」は存在しない。  
内心冷や汗をかきながら  
(良かった、ばれたわけじゃなかったか…)  
と安心しているコジロ−は気づいていない。  
叫び声を上げたキリノの体が、わずかに震えていることを。  
その両手が、内股の上で股間を何かから守るようにぎゅっと握り締められていることを。  
…いやむしろ、「股間を何かから」ではなく、「股間から発せられる何か」  
を外へ逃さぬため、といった方が適切かもしれない。  
 
と、突然キリノは、ごろんと横になる。  
「どうしたんだ、キリノ?」  
「そ、…その、なんか、すごく今日は眠くて…」  
「だったらお前、せめて着替えてこいよ。てかここで寝んな」  
そういってキリノを立たせようと腕をつかむコジロー。  
すると突然  
「ひゃぁっ」  
と甲高い声をあげるキリノ。  
「どうしたんだ?体の具合でもわりいのか?」  
驚いて手を引っ込めるコジロー。  
 
「別に…そんあことは…ただ、もう動きたくないんっ、です…  
それに、先生、言ってたじゃないですか…よく食べて、よく運動して、  
よく寝るのが体作りの基本だって…だから、少し眠らせて…」  
そういうと、そのまま胎児のように体を半ば丸めるようにして動かなくなるキリノ。  
(まあ、キリノが寝てくれればこっちとしても都合がいいか。今のうちに探しだすか)  
そう決心すると、キリノを起こさないように静かにしながら武道館の床の上から棚の中を  
くまなく探すコジロー。しかし彼が探しているものはそのどこにも見当たらない。  
(くそーこのままじゃキリノが目ぇ覚ましちまうじゃないか。  
こうなりゃしかたねえな…もうちょっと目盛りをあげるか…)  
 
「ふぅぅ…」  
苦しげな、切なげな声がまたキリノの口から漏れる。  
驚いてキリノのほうを見ると、いつの間にか面を取り、その口に右手を当てて  
必死に声を出さぬよう耐えていた。その額は汗でびっしょり濡れている。  
「おい、どうしたんだよキリノ?ようすがへんだぞ!」  
しかし、そんな風に心配するコジローを拒絶するキリノ。  
「大丈夫だからっ、ほっとい…て…」  
それだけ言うと、また口に手を当て、顔を背けるキリノ。  
(なんか変だぞ。いつもの無駄な元気が微塵もない。  
まさか、体調悪いのか?でもなあ、こいつは剣道部に入ってから  
一度も体壊したことないし、さっきだって元気に素振りを…)  
そこで、はたと気づく。  
(そうだ、素振りをする前、俺が職員室へ行こうとした時、  
こいつは棚の方を見ていた。面をしていたけど、多分そうだった)  
 
まさか…まさか!  
いや、そうだ。考えてみれば、簡単なことだ。  
(俺が武道館から出て、戻ってくるまで…ここにいたのは、こいつ一人。  
そして…俺がここに戻ってきた後のこの中から感じた何かが突然動く気配)  
そう、コジローが職員室に向かった後、キリノは棚からあれを取り出したのだ  
おそらく鞄の下に隠したと思っていたそれは、その一部分がひょっこり  
鞄の下から顔を覗かせていたのだろう。  
 
−そりゃまあ、あの子ぐらいの年ならそういうことに関心を持つのは  
良くあることでしょうけど−  
 
そして、キリノは、それを使ったのだ。しかるべき場所に、しかるべき方法で。  
たとえ始めて実物を見たのだとしても、使い方を知っていたのは当然だろう。  
 
−今の時代はネットやらコンビニやらで簡単に  
性の知識が仕入れられちゃいますからね−  
 
罪の意識などないだろう。  
あったとしてもそれをはるかに上回るものがキリノの背中を押した。  
 
−まあ、俺も学生のころは興味はあったしそればっかり考えてた時があったけど−  
 
性に対する興味が、彼女の若い心を狂わせた。  
すぐに帰ってくるであろう教師の存在を忘れ、  
鍵が掛かってなければ他人がすぐに入ってくることが出来る場所ということを忘れ。  
夢中で快楽をむさぼる中帰ってきた顧問に驚き、  
もちろん衣服の奥で稼動する玩具を取り出す暇もなく、  
リモコンのみ元の場所へ返す。  
 
「なあ、キリノ。お前さあ、俺の物勝手に取ってねーか」  
「なっ、なんっの、ことですかっそんあ人の物なんか、かってにとるわけなっ」  
瞳はまるで薬物でも吸い込んだようにとろけて焦点が合っていない。  
髪は乱れ汗まみれの顔に張り付き、妙に艶っぽい印象を見る者に与える。  
 
−あいつのあえぐ顔見て、我慢なんかできないですよ−  
 
(そうだ。こいつは取ってないといっている。だったら)  
コジローの中で狂気の炎が燃え上がる。  
(別に俺のしていることはいけない事じゃない。  
ただ、なくし物を探すため、音を聞き取るために目盛りをあげるだけなんだから)  
 
−この目盛り上げると、あいついい声で鳴くんですよ…−  
 
ゆっくりと目盛りをあげてゆくコジロー。  
ついに、彼の耳に重低音が聞こえてくる。目の前で悶える、教え子の衣服の中から。  
「あぁ、ひぃあ、ああ、だめっ」  
もはや、口を押さえる手が意味を成していない。  
両眉はまるで泣くのを我慢する子供のように下がり、  
キリノの腰は別の生物のように蠢く。  
「なんかなぁ。音がするなぁ。…どっから聞こえてくるんだろう」  
そうキリノに聞こえるようはっきりとした声量で呟くと、  
コジローはキリノのほうへ一歩近づく。  
キリノは必死になって自らの股間を両手でおさえつける。  
キリノの肉に触れ振動は空気に震わせず音は小さくなる。  
しかし失われた音になるべきエネルギーは反比例するように  
快楽というエネルギーになり増加し、キリノの体と心を狂わせる。  
「ああっいぃゃ、いやっいあぁぁっ」  
とたんに自らの股間に押し付ける両腕の力が弱まる。  
すると、それだけ肉へと埋まっていた玩具がまた空気に触れるようになり、  
音が大きくなる。  
「…また、音がし始めたな。そっちからか?」  
また、わざと聞こえる声量で呟き、キリノの方へ近づく。  
「ひぃっあぁぁっ」  
その声を聞いたとたん、キリノはまた自らの股間を強く押しつけて音を消す。  
そして、限界が訪れた。  
「ああああぁぁぁぁっ、ひやぁああああぁぁぁぁぁっ」  
甲高い声で叫ぶと、まるで何かが抜け出したようにキリノの体の動きが止まる。  
そして、そのまま肩で息をしてぐったりと動かなくなった。  
そんなキリノを見下ろしながら、コジローはゆっくりとリモコンの電源を切った。  
 
 
次の日になった。  
 
「ほらー先生ー早く早く!ちゃッちゃと稽古つけて下さいよー」  
(つーかなんでこいつはいつもどおりなんだ?)  
次の日、眠れない一晩を過ごしいまだかつてないローテンションで  
学校に来たコジローを待ち受けていたのは、警察でもPTAでもなく  
いつもどおりの日常であり、今までどおりのキリノだった。  
 
昨日の晩、目の前で快楽に震えるキリノを見たコジローはそこでようよく理性が戻った。  
すべてはもう手遅れだったが。そして怖くなったコジローは、そのままへたった  
キリノを置き去りに、リモコンを鞄の下へ戻してそのまま学校をあとにしたのだ。  
もはや弁解の余地はないほどのへたれっぷり。  
さらにそのまま家に帰った後、キリノの姿を思い浮かべ5回も抜いてしまった。  
(もう人としやっちゃいけないことだよなぁ)  
 
だから、こんな風に何事もなかったかのように自分に接するキリノを見ていると、  
ほんとに昨晩のことは夢だったのではないか−そんな気分にすらなる。  
「お前さ…警察行こうとかって、痛えぇぇぇーーー」  
コジローの後頭部に突然キリノの竹刀が打ち込まれる。  
「もーちゃんと指導してくださいよー」  
「て、馬鹿。お前のせいでもう無理。頭痛い。本と痛い。今日は終了」  
なんというか、今はキリノのそばには居づらい。  
たとえ昨日の夜の出来事が、夢であっても、なくても。  
 
ぶーぶーと文句をたれるキリノをよそに、さっさと身支度を整えて帰ろうとすると、  
突然キリノが派手な音を立てて床に倒れた。  
「おい、どうしたんだ?!」  
慌てて近寄るコジローを大の字で見上げながらキリノは微笑みかける。  
「運動したから一眠りしようかなーと。先生もどうですかー?」  
 
一瞬、不思議な間が武道館を包む。  
 
「…俺はもう帰らなくッちゃな。…じゃあ」  
「探し物」  
「あん?」  
「…探し物あるんですよね。見つかったんですか?」  
「いいや」  
それはまだ見つかっていない。  
 
今日、棚の鞄の下を調べても、そこにはリモコンしかなかった。  
だとしたら何処にあるのか。いや、誰が持っているのかは、明白だ。  
「じゃあ、探してください。今すぐに」  
「何でそんなことする必要があるんだよ?」  
「だって、泥棒扱いしたじゃないですか人のこと。  
だから身の潔白を証明するためにも、先生には探す義務があります」  
「…じゃあ、お前も探すの手伝えよ」  
にっこりと微笑むキリノ。しかしその微笑みは、もはや少女の笑みではなかった。  
 
「言ったでしょ、一眠りするって。その間、探しておいてくださいねー」  
言うや否や、キリノはそのまま目を閉じてしまった。  
しばらく、コジローは迷う。しかし、しばらくしてから、棚の前に行き、  
リモコンを取り出した。  
「警察…?行くわけないじゃないですか」  
まるで寝言のようにキリノは呟く。その手が、そっと下腹部へと添えられる。  
「だって昨日…私は寝てただけ。そして、先生は探し物をしていただけ。  
いけないことなんて、何一つしてないじゃないですか…」  
(…だけど、今俺のしようとすることは確実にしてはいけないことのはずだ…)  
そう確信しながら、コジローはリモコンから手を離すことが出来なかった。  
その指が、ゆっくりと電源のスイッチへ伸びる。  
「そしてこれからも…、部活が終わったら私は眠って先生は探し続ける…。  
探し物が見つかるまで、永遠に…」  
 
電源を入れる瞬間、コジローの頭の中にあの男子生徒の声が響きわたった。  
 
 
−こんな場所だから、こんな状況だから燃えるんでしょ−  
 
 
 
終わり  
 

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