埠頭に、連続した銃声が轟く。  
 
「ちいっ、待ち伏せか!」  
 
愛用のマグナム拳銃、デザート・イーグル二丁を交互に発砲しながら、ジョウはコンクリート岸壁の上を疾風の様に駆けていた。周囲の地面が着弾によって火花を散らし、破片が飛び散る。常人ならとっくに蜂の巣になっているところだが、彼女はまだ生きていた。  
のみならず、銃弾の飛来する方角を瞬時に計算し、走りながらその方向に射撃すると、短い絶叫とともに少しずつ敵の火線が減ってゆく。ワンショット・ワンキルの記録を更新し続ける彼女に対し、今や敵は明らかに及び腰になっているようだった。  
 
「一体どうなってる!? 敵はたったの一人だぞ!」  
「動きが速すぎて捕捉できん! 奴はどこだ!?」  
「あそこだ! いま六号倉庫の横を……がっ!」  
「おいどうした? 応答しろ!……くそっ!」  
 
最近、都内で出回り始めた新型の合成麻薬『ブラスター』による中毒患者の恋人とやらに、行方をくらましたその患者を探して欲しいという依頼を受けた。情報屋からのタレコミによると、この埠頭倉庫のどこかで売人と顧客が取引をしているらしいという。  
そのネタを元に潜入したジョウは、警察の手入れに備えて密かに配置されていた護衛連中に盛大な歓迎を受けたというわけだった。  
 
(メグはどこだ? まだ殺されてはいないはず……)  
 
斜め後方でかすかに金属のボルト音が聞こえた瞬間、ジョウは飛び退きざまに脇の下から発砲した。サブマシンガンを持った敵は、低くうめいてこと切れる。スライドが後退し、弾切れになった銃から素早く弾倉を排出、充填済みの予備弾倉と交換する。  
その短い作業中に、左手の倉庫脇から走り出てきた新手の護衛を、まだ残弾が残っていた方の銃で撃ち倒す。敵は、さほどの腕ではない。少なくとも、ジョウにとっては。目下の懸案は、いつものように敵の捕虜となった相棒メグの身の上である。  
 
「待ってろ……必ず助けてやる!」  
 
このままでは埒があかない。護衛が次々と撃ち倒されている現状は、敵の親玉も当然知るところであろうし、調子に乗って戦い続けているうちにそいつがメグを連れて逃亡、あるいは殺してしまったりすれば、元も子もない。ジョウは反撃を一時控えると、敵の動静を探った。  
 
(どこだ……? 敵の親玉のところに、メグは連れ込まれているはずだ……それを見つければ)  
 
殺気だった敵の怒号と足音が交錯する中、ジョウは一つ一つの倉庫の入口とその周囲を観察する。敵にとって不利な状況にある今、何らかの動きが出ると考えていい。思い切って、ある倉庫の屋根に登ると、そこから倉庫群の全景が見渡せた。  
幸い、屋根やコンテナの上、クレーンの操作室などには敵は配置されていなかった。なるべく足音を立てないように屋根から屋根に飛び移り、倉庫内から屋根に反響する音を探る。  
 
「ん……?」  
 
五番目の倉庫屋根で、ジョウは足を止めた。中から、かすかではあるが人の声がする。ここかもしれない。問題は、どこから侵入するかである。  
 
(あの重い正面扉は論外……窓は……ないな。とすると)  
 
短い思案の後、ジョウは決断した。  
 
「現状を報告しろっ!! おいB班!……くそっ、もうやられやがったのか! 役立たずめ!」  
 
怒り心頭に発した表情で、その男は無線機を机に叩きつけた。それなりに端整な容貌に縁なし眼鏡、茶色の髪をオールバックになでつけ、品の良い白スーツを着こなしたその左手首には、高価そうな腕時計が巻かれている。  
いかにも育ちが良さそうな青年であるが、その言葉遣いは外見の印象を裏切るものだった。  
 
「くそったれ……なんでこんなことになるんだ。ポリのアホどもの目は誤魔化したはずだったのに!」  
「悪い事は、いつまでも続けられるもんじゃないの!」  
「なんだと、この小娘が! そもそも貴様の……いや、貴様の仲間のせいだろうが!」  
 
目を血走らせて詰め寄る男に、縛られたメグは恐れ気もなく言い返した。  
 
「あんたみたいなワルモノはね、ジョウとあたしがコテンパンにやっつけちゃうんだから! 今のうちにさっさと降参したらどう?」  
「……お前、今なんと言った?」  
 
後ろに控える護衛が、主人の危険な気配を察して顔を見合わせ、軽挙を止めようと駆け寄った。生かしておけば人質にも使えようが、殺してしまえばそれまでである。  
 
「だ・か・ら! いい加減に諦めなさいって言ってるの! あたし達には勝てっこないのよ」  
「あたし達……だと?」  
「そうよ。耳が悪いのかしら?」  
「いや……外で戦ってる仲間の方はともかく、貴様は一体何の役に立ったんだ? あっさり捕まっただけじゃないか?」  
 
その言葉に、護衛の一人が不覚にも吹き出す。男もその仲間も、釣り込まれるように笑い出した。一人激怒したのは、もちろんメグである。  
 
「なんですってえ!? 失礼ね、これは……そう、計画! 計画の内なのよっ!」  
「ほう、それはどんな計画なんだ?」  
「え、えっと……それは、そう!……私がわざと捕まって、あんた達を油断させてる間に、ジョウが奇襲をかけて……」  
「貴様が捕まったのは、仲間が撃ち合いを始めた後のことだったと思ったが……」  
「う……そ、それは……」  
 
男は、微妙に憐れむような視線をメグに流しながら、ため息と共につぶやく。  
 
「ふう……どうやら、外の奴『だけ』を始末すればよさそうだな」  
「……うっさいわね!! 誰が無駄飯食いで能無しの役立たずよ! なんならいっぺん勝負してみなさいよ! あたしが本気を出したら、あんたなんて五秒ではがもがっ」  
「そこまでは言ってないんだが……もういい。今は忙しいからな、阿呆と話してるヒマはないんだ」  
「なひゃらもがはぐもがっ」  
 
有無を言わさず口を塞がれたメグが、部屋のすみっこにずるずると引きずられてゆく。心なしか晴れやかな表情になったボスが、落ち着いた声音で反撃と対策を指示し始めた。その時───  
 
「うがっ!!」  
 
ボスの右後方に立っていた護衛が、血を吐いてもんどりうった。反射的に振り向いた彼が見たのは、倉庫の二階部分、壁に沿った渡り廊下のやや上に口を開けた、通風口の根元から逆さにぶら下がる銀髪の頭だった。  
間を置かず二弾目が轟音と共に飛来、今度は机の脇に立っていた護衛が銃を持つ手を吹き飛ばされた。苦痛による絶叫と共に、銀色の物体は通風口から落下……いや、飛び降りた。  
一回転して着地、それがはっきり人間であると認識できたボスは、恐怖に引きつった顔で手にした小型拳銃を乱射する。残った四人の護衛たちの銃も、一斉に火蓋を切った。  
しかし、当たっているのかいないのか、その人間は驚異的な速さで渡り廊下を疾走、三秒ほど走る間に一弾、そこから一回に飛び降りる間に二弾、着地のショックを殺すように前転しながら一弾、それで護衛たち全員が沈黙した。  
最初の銃声が響いてから、鳴り止むまでに十秒あったかどうか……が、それだけの神技にも、ひとつの盲点があったようだ。  
 
「ジョ、ジョウ〜〜! あ〜ん、助けてえ〜!」  
「メグっ!」  
「う、動くな! このバケモノめ!!」  
 
反撃の無意味さを早期に悟ったボスは、メグを人質に取ることで生き延びる手段を選択したようだった。あの修羅場でとっさにそれを行動に移せたことは、ある意味賞賛されてよい判断力である。  
短時間ながら人間離れした運動能力を見せつけ、何事もなかったかのような顔で一歩一歩近づいてくるジョウに対し、彼はメグの首を抱いて栗色の髪に銃を突きつけ、荒い息を吐きながらじりじりと後退してゆく。  
 
「いいか! こいつを殺されたくなかったら、銃を捨てろ!」  
「い、いや……ジョウ……」  
「くっ……」  
 
麻薬密売犯の頭目であるあの男を逃がすわけにはいかない。依頼が果たせなくなる。が、このままでは奴はメグを連れ去り、さらなる要求を持ち出してくることは間違いない。では、どうするか……ジョウは静かに言った。  
 
「メグ……お前はあたしのパートナーだ。だから、覚悟は出来てるな?」  
「へっ?」  
「お前を、他の誰かに殺させはしない。もし、どうしても死が避けられないとしたら……」  
 
ジョウは、銃を構え直した。  
 
「あたしが、殺す」  
「は……はひゃああ〜〜〜!?」  
「な……なんだと!? おいっ、てめえふざけんなよ!! 本当に殺すぞ! いいのか!」  
「やってみろ……その瞬間が、貴様の最後だ」  
 
二丁拳銃の一方がメグの眉間、もう一方が男の眉間を寸分の狂いもなくポイントしている。男は、ジョウの殺気が本物である事を感じ取った。撃つと言った以上、本当に撃つつもりだろう。土壇場に追い詰められた事を知った彼は、額から脂汗を流して叫ぶ。  
 
「おい、待て……ちょっと待てよ! 俺がどんな商売をしようが、てめえには関係ねえだろ!」  
「確かに関係ない。だが、これも仕事でな」  
「仕事……わ、分かった。それじゃ、俺がその依頼主の出した金の倍……いや、十倍払う! それでどうだ?」  
「金の問題じゃない。ある男の居所を、吐いてもらう」  
 
「男? 誰だ?」  
 
ジョウは、手短にその名前と経緯を話した。  
 
「なんだ……そいつを早く言ってくれよ! そこの端末で顧客リストを検索すれば、すぐにでも答えられるぜ」  
「いいだろう。ではやってもらう。メグを離して、銃を捨てろ」  
「……騙してポリに引き渡すつもりじゃないだろうな?」  
「さっきも言ったとおり、あたしの仕事は彼の居所を突き止めることだ。その後、お前がどこへ行こうが知ったことじゃない。その首に賞金がかかる前に、せいぜい遠くへ高飛びでもするんだな」  
 
その言葉に男はややためらったが、今ここでジョウと戦っても勝算がないと踏んだらしい。要求通りにメグを離して銃を放ると、汗を拭いつつ椅子に座り、端末のキーを叩きだした。ジョウは、ナイフでメグを拘束する縄を一息に切りほどいてやった。  
 
「こいつか……わりと古い客だな。今は渋谷の売人の隠れ家に住んでるらしい。一月ほど前、ポリの手入れがあったからな。ほとぼりが冷めるまで潜ってるつもりだろうよ」  
「なるほどな。よし、これでいい。邪魔したな」  
「ちょっとジョウ! こいつほっとくつもりなの?」  
「依頼の内容を忘れたのか、メグ? 仕事は終わりだ」  
「だって、この人が麻薬中毒になったのって、こいつが売ったクスリのせいで……」  
「おおっと、勘違いすんなよ。俺は嫌がる奴に無理矢理売りつけたりはしない主義でな。そんなケチな真似をしなくても、客はゴマンといる。この客が『ブラスター』に手を出したのは、あくまで自分の意思でやったことさ。おおかた、自分の女に自慢でもしたかったんだろうよ」  
「自慢……? なんで麻薬を買えば彼女に自慢ができるのよ?」  
 
きょとんとするメグの目を覗き込んだ男は、意味ありげに笑った。  
 
「そりゃお前、あのクスリは……」  
「ん……なんだ? 人の気配がする。護衛は全員黙らせたはず……」  
 
その刹那、スピーカーからの大音響が倉庫を揺るがした。  
 
「こちらは警察だ! お前達は、完全に包囲されている! 武器を捨てて、投降しろ!」  
「なんだと! 畜生、やっぱり裏切りやがったのか、でめえは!」  
「……そう思うか?」  
 
無表情に見返すジョウの瞳に、男はたじろいだ。  
 
「いや、しかし……じゃあなんでこのタイミングで奴らが来やがるってんだ? お前がポリにタレこむ以外に……」  
「あんたのところから、情報が漏れたんじゃないの?」  
「そんなはずはねえ! いいか、ウチの情報管理は……」  
「伏せろっ!!」  
 
隙間から日光が差し込む倉庫の正面扉が、大音響とともに蜂の巣になった。銃弾の唸りが風を巻き起こし、床に伏せる三人の頬を強く叩く。ほぼ同時に、二階部分から屋根にかけても同じ有様となる。驚異的な火力による面制圧射撃である。  
 
「な……なんなのよ、これっ!?」  
「ど、どうなってんだ!? 投降しろって言った後にこれかよ!!」  
「納得したか? あたし達が警察に通報したのなら、こんな歓迎を受けるはずもないだろう」  
「分かった! 分かったからよ! なんとかしてくれよ!!」  
「そうよジョウ! このままじゃみんな殺されちゃう!」  
 
必死に訴える二人のリクエストに応えるべく、ジョウは扉の前まで一気に駆け寄り、外を窺った。彼女の知る限り、あの弾道と火力を兼ね備える兵器は一種類しかない。  
対地掃討機とも呼ばれる大型の航空機またはヘリで、低速で目標の周囲を旋回しつつ、地上攻撃用に装備された複数のミニガン、いわゆるガトリング砲で一斉に対地攻撃を行なう機体だ。  
その火力は強大極まりなく、装甲によって保護されていない目標に対しては絶大な効果を発揮する。このまま倉庫内に隠れていたら、あの高速連射される無数の火器によってなますにされることは間違いない。ジョウは二人の側に戻った。  
 
「ここを脱出する。お前も死にたくなかったら、一緒に来い」  
「わ、わかったよ」  
 
腰が抜ける一歩手前といった男と、しがみついてくるメグを連れてジョウは壁際のある地点に向かう。そこには、ごく狭い通用口があった。と言っても昔の話で、今はバーナーで溶接され、ノブも取り払われている。普通なら開かないが、彼女はそこを活路と見た。  
 
「ここから出るぞ。合図したらすぐに出てついてこい」  
「あ、ああ……しかし」  
「どうやって開けるの? これじゃ出れな……」  
 
メグの言葉が終わらないうちに、ジョウは溶接部分に何発かの銃撃を加えると、渾身の力で蹴りつける。金属の激突音と共に、扉が吹き飛んだ。  
 
「隠れろっ!!」  
 
正面やや右寄りの位置で警戒していた特殊武装警察官が、驚いて振り向く。その手に抱えられていた短機関銃が、マグナム弾を喰らって一瞬に役立たずの鉄塊と化す。仰天した警官が腰の補助武装である拳銃を抜こうとした時、電光のように肉薄したジョウの拳が顎にヒットした。  
 
「げがっ……!」  
「今だ、来いっ!」  
 
懸命に走る二人を視界の隅に捉えながら、ジョウの愛銃は唸る。異変に気付いて向かってくる警官に対し、その主武装である突撃銃や短機関銃を次々と破壊する。なにしろデザート・イーグルであるから、急所にヒットさせれば間違いなく死、腕や脚でもショック死しかねない。  
たとえ防弾ベストを着用していても、胸に当たれば肋骨が折れるか、あるいは打撃で心臓麻痺を起こす可能性もあるのだ。警官を殺傷することは、極力避けたかった。  
 
「あれだ! 急げ!」  
「う、うわわわ!」  
 
コンテナ群の後方に、防弾装備を施されたパトカーが停車しており、車内には誰も乗っていない。皆、それを目指してひた走る。ジョウの適確な応射にもかかわらず、警官はぞくぞくと集まってくる。  
射撃の火線が容赦なく三人を捕らえそうになった瞬間、間一髪のところで車内に飛び込むことが出来た。運のいいことに、誰もが銃弾の洗礼を受けずに済んだようだった。  
 
「よし、出すぞ! ベルトを締めろ」  
「急いで、ジョウ!」  
 
車内であるから上空は見づらいが、大型ヘリのローター音が近づいていることで状況が解る。モタモタしていれば、この大枚をはたいて改造されたパトカーは、鉄の棺桶と化すだろう。ジョウはキーが差されたままになっているイグニッションを回すと、急発進させた。  
 
「えひぇ!」  
 
眼鏡をずり落とした男が、情けない悲鳴を上げる。パトカーはタイヤから白煙を発しながらコンクリート上を踊り回り、コンテナとクレーンの間を縫うように疾走する。開けた場所に出たら、瞬く間にミニガンの餌食になってしまう。そいつはごめんだ。  
ジョウは今まで培った戦人としての本能に全身の神経を委ね、ハンドルを切り続ける。その最中、ふと思い出すことがあった。  
 
「おい、ちょっとそこをどけ」  
「え? どけって……」  
「いいから、なるべく隅に寄れ」  
「隅ったって……どこに」  
「面倒だ。そのままで動くな」  
 
助手席に座っていた男が要領を得ない顔をしているのに構わず、ジョウはダッシュボードの前に設置されていた小型モニターにマグナム弾を叩き込んだ。  
 
「ひぃえっ!? ……な、なにすんだよいきなり!!」  
「分からないか? GPSとDLS(データリンク・システム)を搭載して戦闘用に特化した、小型高性能のナビゲーション・システムだ。この車の現在位置は、連中の指揮車にリアルタイムで報告されている」  
「なっ……それじゃ」  
「そうだ。こうしないと、どこまでも送り狼がくっついてくる。それに気がつかないとなると……」  
 
言葉を切ったジョウの台詞を、後部座席から身を乗り出したメグが引き継いだ。  
 
「あれえ? ウチの情報管理はどうとか言ってなかった? あんた……ぷぷっ」  
「う……く……くそっ!」  
 
埠頭を出て人通りの少ない路地まで車を走らせたジョウは、車外から聞こえてくる銃声とヘリの爆音が、次第に遠のいてゆくのを察知していた。どうやら、虎口は脱したらしい。  
今頃、倉庫街の警察指揮車内では現場責任者が非常線の手配と、お偉い連中への言い訳を必死に考えているところだろう。今はとりあえず、狭い車内で笑い転げるメグと、なんとかして先刻の恥を取り繕おうと釈明を続ける男の漫才をどうやって止めさせようかと考えていた。  
 
 
 
「……それで、結局逃がしたというわけですか」  
「いずれ見つかる。『黒蓮』は今回の一件に関して不干渉を宣言してきた。しかし、問題は奴の身柄などではない。何を言いたいかは、理解してもらえると思うが……」  
「私に、それをせよと?」  
「気が進まないことは、重々承知している。が、これは君にしか頼めないことだ。いいかね?」  
「……是(はい)」  
「分かってくれてありがたい。ラオパン(長老)も、いい孫娘を持って幸せだと言えるな。では、よろしく」  
 
通信を切ったセイは、唾でも吐きかけたい思いで黒い静寂に覆われたディスプレイを見つめていた。不本意ながら、自分の置かれた立場がどうにも不安定なものであることを認めるしかない。結局のところ、自分はジョウ達のリーダー格である立場以上に、その監視人である。  
ある種の事件───つまり、自分の祖父が指導者を務める華僑結社『白蘭』の利害に関わる事件やトラブルに巻き込まれた場合、独断で事を進める前に、白蘭の幹部連に報告する義務がある。もしそれを怠れば、どうなるか───  
 
「どっちにしても、モルモットか……」  
 
自嘲気味な笑いを浮かべ、セイは席を立った。移動指揮所兼住居の大型トレーラーが、オートドライブで走行している。最高の技術で制作されたカスタムメイドの車輌だが、その高速走行中にもほとんど振動を感じないほどの静粛さが、今の彼女の癇に障った。  
足音高くキャビンに向かうと、指令室の椅子に座っていた通信担当の少女・エイミーが振り返る。  
 
「あっ! セイ姉、白蘭の人からメールが来てて、今度の事件の……」  
「わかってるわ」  
 
斬りつけるような口調に、エイミーは思わず首をすくめた。白蘭のメンバーと会ったり話したりした後のセイは、時々ああいう態度になる。彼女の祖父がトップを務める組織と接するのに、なぜああも不愉快そうにしているのだろう。何か不和になる理由でもあるのか……  
と、勘ぐる間に、彼女は既に立ち去っている。小さく鼻を鳴らしたエイミーは、コックとして雇われた少年・立場無恭平謹製のクッキーをぽりりとかじり、またキーを叩きだした。  
 
「いったいどういうつもりなんだ、メグ?」  
 
ジョウがトレーラーの内壁を平手で叩くと、金属的な音が部屋を満たした。。その顔は焦りと怒りで微妙に歪んでおり、女性の片手の力とは思えない大きな反響はメグを怯えさせるのに充分だった。  
 
「な、何?」  
 
わずかに後ずさったメグの逃げ道を塞ぐかのように、ジョウはその首を挟むように壁に両手を突き、怒鳴る。  
 
「何、じゃないだろ。毎回毎回、敵の奴らにさらわれてばかりじゃないか!?」  
「そ、それは……」  
 
普段、無口なジョウに比べてよく喋るメグが、目の前で怒りに燃えて光るその瞳を見ると言葉が続かなくなる。そのつもりはないのに、なぜかいつも敵の手に落ちてしまう自分を顧みると、言い訳をしようにも出来ない。  
そして、彼女は相棒の次を言葉を恐れた。『お前とは、もうパートナー解消だ』という一言。それは、メグにとって死刑宣告にも等しい。その予感を感じ取ると、腰から下の震えが止まらなくなり、涙が溢れた。  
 
「ごめんなさい、ジョウ……お願いだから、捨てないで……」  
「捨てるだって? 何を馬鹿な……よく聞け」  
 
ジョウは銃器の扱いのために女性としては硬くなった手で、メグの項をしっかりと握って目の奥を突き通すような視線を送る。  
 
「いいか。敵に捕まる、いや『捕まえてもらえる』ってのは、まだマシなことなんだ。場合によっちゃ問答無用で殺されるし、むしろそれが普通だ。あたし達の仕事はそういうものなんだからな。それにメグは……女だ」  
「女……?」  
「そう、女だ。そして、敵は大抵の場合男ばかり。しかもモラルなんて欠片もない連中だ。つまり……もし、捕まってからあたしが助けるのが遅れた時、お前が連中に汚されることもあり得る。違うか……?」  
「う……」  
 
体の自由を奪われた自分が、無教養で筋力と暴力だけが取り得の男たちに、次々と陵辱されてゆく。メグは自分の想像した光景で気分が悪くなってきた。そんな真似をされるぐらいなら、舌を噛んで自殺でもした方がまだ楽かもしれない……  
目の前のジョウの顔は、先程までの怒りに変わって苦痛に支配されているようだった。  
 
「だから、だ。今後二度と捕まるんじゃない。メグがそんな奴らに捕まって、万一そういう目に遭わされたら、あたしは……」  
「ジョウ……」  
「……いや、たとえそうされなくても、そういう連中がお前のこの肌に触れるっていうだけで、あたしは気が狂いそうになる……分かるか、この気持ちが?」  
「あ……」  
 
ジョウは指先でメグの顎をクイとつまむと、何か言おうとする彼女を黙らせた。唇と唇が重なり合う沈黙のうちに、長い栗色の髪が、肩口からさらりと落ちる。やがてそっと離れたジョウの視線は、慈愛に満ち溢れたものに思えた。少なくとも、その時のメグの眼には。しかし───  
 
「どうやら、まだ解ってないみたいだな」  
「えっ?」  
「もういい。お前に解らせるには、これしかない」  
 
ジョウが豹変した、という状況を理解する余裕すら与えられぬままに、メグの身体はベッドの上に放り込まれていた。シーツに突っ伏す格好になった彼女が、振り向こうとした刹那、両胸を強く握られる。  
 
「あっ……」  
「これはお前の身体だが、所有者はこのあたしだ。それが理解できるようにしてやる。たっぷりとな」  
 
「ジョ、ジョウっ……そんなっ!」  
 
メグは快楽中枢を駆け抜ける甘美な戦慄と共に、ジョウの力強い手が自分の乳房を揉み始めたことに気がつく。今さらながら、自分の身につけたキャミソール風の上着が、この種の行為に対して何の防御手段にもならないことを悟った。  
歳の割にはかなり豊かな胸を、この服一枚で被って街を闊歩していたわけである。胸元が広く開いたデザインとノーブラの取り合わせは、さぞや道行く男性諸氏によこしまな妄想をかき立てさせたに違いない。それがまた、ジョウの専有欲と嫉妬心を刺激した。  
 
「こんないやらしい格好してた罰だ」  
「やんっ」  
 
自分の胸に密着したメグの尻をぐいとさし上げると、すべやかな両脚の付け根、ごく短いスカートの奥に、薄暗く鎮座する紫の色彩が覗けた。脚の突き方からスカートの形状、ヒップラインに至るまでが、後ろから見ると神社の鳥居のようにも思える。  
とすると、さしずめあれは御神体ということになろうか。ジョウはその紫色の『御神体』の、やや膨らんだ部分を指先で押してみた。  
 
「あっ、だ、ダメっ!」  
「勘違いするな……命令するのはお前じゃない。あたしだ」  
 
少しだけ力を入れて、その膨らみを指先でこね回してやる。自分の手が邪魔で見えないが、その部分が微妙に二つに割れつつあるのが感触で分かった。  
 
「やあ……恥ずかしいよぉ」  
「そうなのか? じゃあ、もっとしてやる」  
「ん、ああっ……きゃふっ!」  
 
一応メグとは同性なのだが、ジョウはそれまで自身のそこがどうなっているか、はっきりと観察なり確認なりをしたことがないし、興味も持たなかった。年頃を考えればかなり不自然であろうが、彼女にその点の自覚はない。  
そのため、たった指一本の悪戯のためにメグがこれほどまでに激しい反応を見せることが不思議で、かつ楽しくて仕方がないのだった。  
 
「こんなことをされるのが、そんなに気持ちいいのか? メグはいやらしいな」  
「いやぁ……そんなこと言わないでぇ……あっ、ああっ」  
 
ジョウは子供が捕まえた虫を理由なく苛める時のような、一種無邪気な残虐性を発揮し、メグのその部分をいたぶり続ける。『鳥居』の間から覗く逆さになったメグの顔の、悦楽を無理に我慢しているような有り様が、その行為に拍車をかけた。  
ふと、湿っぽい感触を覚えて手を引いてみると、薄っすらと水分が指先に付着しているのに気付く。メグの鼻先にそれをぬっと突き出し、  
 
「なあメグ、これはなんだ?」  
「し、知らないっ」  
 
顔を赤くして向こうを向いたメグの態度に、ジョウは人の悪い笑みを浮かべた。  
 
「そうかい。じゃあ、イヤでも言いたくなるようにしてやるよ」  
 
メグをベッドに這いつくばらせたまま、ジョウは理性の殻を脱ぎ捨てた。短すぎるスカートはすぐにまくれ、その下には例の紫の下着があった。こうして見ると、なかなかに高価そうなシルク地の逸品である。  
自分に隠れてこんな物を着用していたかと思うと、欲情の炎がさらに燃え上がる。無造作に下ろしてやると、先刻の責めで湿った布地が皮膚との間で細い糸を引いた。  
自分も女でありながら、女のこの手の生理にはまったく疎いジョウだったが、それでも本能が今の状況を漠然とながら悟らせてくれている。  
 
「なるほど。あたしにこんなにされて、悦んでるんだなメグは」  
「ち、違うもん! あ、あたしはこういうことは、もっと、その……」  
「優しくして欲しい、か?」  
「う、うん……」  
「そうだなあ……できればそうしてやりたいけど、ダメだな」  
「そんな、どうしてよぉ……」  
 
ジョウは、太腿の中ほどにぶら下がったそれを指先で弾くと、悠然と言う。  
 
「15の歳で、こんな下着をつけてる悪い子にはお仕置きが必要だろう?」  
「……だって、それは!」  
 
勝負パンツのつもりで、と続けたかったメグだが、こんな空気では口に出せない。恥ずかしそうに押し黙ってしまった彼女の反応をジョウはどう解釈したのか、今度は口より手が忙しく活動を開始した。  
 
「あっ、ゆ、許してジョウっ……あんっ!」  
「ん? あたしに指図するのは、十年早いな。そらっ!」  
「んきゃうっ!!」  
 
メグが一際大きな声を上げたのは、膣内に侵入するジョウの指を感じたためである。それは内部で情け容赦なくぬめぬめと躍動し、未知の愉悦をメグの全身にほとばしらせた。  
やがて、目には見えないが自分の陰唇がジョウの両手でパックリと押し広げられ、その中心部に熱く湿った舌先が、ざらついた感触を強引に押し付けて来た。メグは、甲高い叫びを上げる。  
 
「んー……ちゅっ、むー……じゅっ」  
「あ、あぁうう……ジョ……ウ……っ」  
「んちゅっ……むー……ふっ、なんだ、そんなに気持ちいいのか? じゃあ、こんなのはどうだ」  
 
後ろから密着する形で、ジョウはメグを抱きながら胸と秘部を愛撫する。ジョウの柔らかい胸の感触を肌に感じながら、メグは両手をベッドに突っ張ったまま彩りのある嬌声を上げた。  
頭が真っ白になり、ジョウが背中からのしかかってくるために腕が激しく痙攣しているのだが、もし耐えられずベッドに崩折れればジョウは怒るのではないか。そんな思い込みが、彼女にその細腕を懸命に曲げさせずにいた。  
 
「もう一度聞くぞ。お前はなんだ? メグ」  
「んあっ! う、あ、あたし……は、ジョウ……のモノ……で、す……ひゃうんっ!」  
「ようし、よくできた。それじゃ、これはご褒美だ」  
 
すると、ジョウの舌が左耳をねっとりと這い、メグの愛液によって滑りを帯びたジョウの指が深奥にまで侵入してきた。脳内で、何かが弾け飛んだような感覚。  
 
「んんっ! うぁっ! は、あ……ひゃぁ……んぅ……!」  
「ふう……ごちそうさま、か? ふふふ……ははは」  
 
メグがベッドに倒れ伏すタイミングを見計らったように、ジョウはフッと身体を離す。同性の体液で濡らされた指を眺め、満足げに笑う。そして、前後不覚となって微妙に肩を震わす彼女の横に座り、その栗色の髪を愛しげに撫でてやった。  
もっとも、その横顔を眺めている者が、自分だけではないことにまでは気がつかなかった。超小型の仕掛けカメラが、ファインダーの動作音も無く二人の姿を部屋の天井隅から観察している。  
 
「なるほどね……これは、使えるわ」  
 
押し殺した声は、他の誰にも聞こえる事はない。  
 
 
その日以来、ジョウとメグはオフの日にあまり外出しなくなった。以前はメグが世間知に乏しすぎるジョウの腕を引っ張って、ショッピングモールや公園などによく足を運んでいたものだ。  
が、今ではその恒例とも言える外出が減り、彼女達の家を兼ねるトレーラーの中で過ごしている。エイミーはその引きこもり傾向を怪しんだが、セイはその手の水を向けられても涼しい顔をしている。  
 
「まあ、他に面白い事が見つかったんでしょう」  
 
嘘はついていないつもりだった。というより、裏面の事情を知っている彼女としては、この機会を逃すつもりもない。恭平が差し入れてくれたショコラと紅茶を手に、セイはメグの部屋に向かった。  
 
「私だけど、ちょっといい?」  
「え? あ、はいはい」  
「これ、差し入れよ」  
「あ、それじゃいただきま〜す」  
 
やや慌てた様子でドアを開けたメグは、手を振って中に入るよう促した。何食わぬ顔で入室したセイは、その妙にそわそわした態度と、歳からすれば必要のない入念な化粧から、これからお楽しみのつもりだったらしいと推量した。  
 
「この前の事件のことなんだけど……あれから何か分かったことがあるかしら?」  
 
テーブルについたセイは、何気ない調子で言う。目だけはメグの表情の変化を鋭く追っていたが、特に変わった様子は見られない。  
 
「うーん、それなんだけど。依頼人の恋人ってのは、見つけることは見つけたのよ。でも、かなりのジャンキーで、禁断症状がひどかったからそのまま特別の……なんだっけ? そうそう、隔離病棟入り。あんまり後味のいい仕事じゃなかったわね」  
「ええ、それは聞いてるわ。それで?」  
「それで……エイミーが言うには、あの“ブラスター”をサバいてたのは、あの時湾岸倉庫街から逃げてきたチャイニーズ・マフィアのウッカリボスだけなんだって。  
その筋じゃかなりの人気商品だったみたいだから、普通は他の黒社会も便乗して売り出そうとするはずなんだけど、ってね。考えてみればヘンな話よね」  
「……そうね」  
 
ことさらに表情を晦ませながら、セイは紅茶を口にした。自分の予感が、どんどん悪い方向へ向かいつつあるのが感じられる。  
 
「で、なんだか釈然としないのは、そのクスリは外国じゃなくて、国内で作られてるらしいとかいう噂があるんだって。でも、そんなことってあるのかしら? 日本に麻薬畑なんて造ったら、あっという間にバレて捕まっちゃうでしょ」  
「……そうでしょうね。その噂はどこから?」  
「ああ、いつもの情報屋さんよ。まあ、新型の麻薬だから色々とあるんでしょうけど……でも、ちょっと面白い話かもね。警察も一生懸命捜査してる割には、まだあのクスリのルートはつかめてないみたいだし……  
もしあたし達がこの事件の真相を暴いたら、かなりの報酬が出そうだし。エイミーに頼んで、もっと情報を集めてもらおうかなっと……あ、これ美味しい。はむはむ……ひょんでね、お金がひゃいったら……」  
「やめなさい」  
「ひょえ? んっ……く、あ、ゴメンゴメン。もう、セイは厳しいなあ」  
 
苦笑いして、ショコラを紅茶で流し込むメグ。セイの言葉を、口にものを入れながら話をするなという意味に取ったらしい。その勘違いに気付いたセイの顔色は、ますます蒼ざめた。いっそ、このまま全てを話してしまえればどんなに楽なことか。  
しかし、それは不可能なことだ。組織の秘密、いや暗部に無自覚のまま踏み込んでしまっているメグとジョウは、本来ならばそのまま抹殺の対象ともなりかねない。  
 
「どうかしたの、セイ? なんだか顔色が悪いけど」  
「……いえ、なんでもないわ」  
 
事ここに及んで、自分が白蘭のドンの孫娘であるという立場を、セイは今ほど疎ましく思ったことはない。なぜ、あんな仕事を彼女達にまわしてしまったのか。真相を知ったとしても、固く口止めすればそれで済む話ではないか。  
そんな恨み言が、胸の奥底からマグマのように湧き上がってくる。だが、今や他の選択肢はありそうにない。以前からセイは組織の命令に異を唱える事が多く、それが祖父の白蘭における立場に微妙な翳りをもたらしていることも知っている。  
ここでまた組織の恥を外部に晒しかねない危険を無視するような態度を取れば、面子を重んじる幹部連が今度こそ黙っていまい。セイはマグカップを両手の平で握り締めながら、その小刻みに揺れる紅茶の波を穴が開くほど見つめていた。  
 
「ねえ、どうしたの? 具合でも悪いの?」  
 
心配そうに覗き込むメグの顔を上目に見ながら、セイは決断した。嘲笑したくなるような偽善であるにしても、今はこの二人を守るには他に手段が無い。  
 
「ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてたのよ」  
 
それまでとはうって変わった穏やかな表情で、セイは微笑した。この瞬間、自分は卑怯者になったのだと心のどこかが彼女を弾劾した。だが、その内なる叫びを押さえ、セイはゆっくりと切り出した。例の、ジョウとメグの情事の一件である。メグは紅茶を噴き出しそうになった。  
 
「な……ななななんでセイがそれを知ってるのよっ!?」  
「あら、もしかして本当だったの? やるわねえ、あなた」  
「へ……か、カマをかけたの!? ひどいよ!」  
 
他人様をウッカリ者呼ばわりする資格があるとは到底思えない態度で、メグは頭から湯気を噴き上げる。  
 
「まあ、別に悪いとは言わないわ。あなた達のこれまでの関係を考えれば、愛し合うのは不思議じゃないし」  
「ど、どーも……」  
「ただね、あまり激しくするのはちょっとどうかと思うのよ。その……声が部屋の外まで聞こえてるんだけど」  
「え……えええええええっ!?」  
 
完全に逆上して、下手なパントマイマーのように顔や腕を無軌道に振り回すメグに、セイはすいと寄り添って妖しげにささやく。  
 
「いつもあんな声を聞かされる私の身にもなってもらえないかしら。責任、取ってくれるわよね?」  
「はうう……責任ですか」  
「そ。取ってくれるわよね?」  
「分かりました……もうやめ……るのは無理ですんで、もっと声を低く……するのも難しいかなあ。じゃあせめて週三回、いやいや四回、できれば五回ぐらいの方向で労使交渉を……」  
 
あまり、というかまるで反省の色が見られないメグに対し、セイはくすっと笑った。その手をそっと取ると、  
 
「別に節制しろとは言わないわ。ただ……」  
「な、なんれす?」  
「責任というのは、貴女達のせいで燃え上がってしまった私の身体に対するものよ」  
 
「は、はひゃあっ!?……ん、んっ……」  
 
急激に濃密さを増した部屋の空気に狼狽したメグは、次の瞬間唇を奪われていた。  
 
「ちゅっ……んふっ……あ、ダメ、こんな……」  
 
弱りきった瞳で懇願するようなメグの願いは、セイの妖艶な笑みによってかき消された。再び唇を奪うその動作は、ジョウに比べて明らかに優しく、また相手に対する配慮が行き届いた、手馴れたものに感じられた。  
不意を打たれたメグはしばらくセイの腕に身を任せていたが、その唇が離れると同時に戻った理性で、抗弁を試みた。  
 
「セ、セイ……ダメよ、こんなこと! あたしは、ジョウの恋人なんだから……!」  
「そうね。でも、自分の責任は自分で取らないと、社会人とは言えないでしょ? 貴女は、もう充分に大人なんだから……ほら」  
 
弱いところを的確に攻めながら、器用に服を脱ぎ、また脱がせてゆくセイ。メグの視界は、天井の壁を映し出していた。  
初めての秘め事を例えて「天井の染みを数えている間に終わる」とか昔言われたらしいが、今の彼女には数えるべき染み一つない無機質な天井の壁を見つめながら、ぴったりと押し付けられるセイの豊満な女体がうごめく度に、身体のどこかに峻烈な波が走る。  
特に、自分の胸が埋没させられるほどのボリュームがある双乳の圧力に、低いうめきを漏らす。まるで自分の女としてのシンボルが同性のそれに征服され、食い尽くされるような感覚。  
メグはそこから生み出されるものが、決して嫌悪感や不快感だけではないことを高揚する性的感覚で悟り、狼狽した。  
 
(あっ、やぅ……んっ、い、けない……)  
 
メグはどれだけ理性で叱咤してみても、快楽の底無し沼に次第に落ちこんでゆく自分の身体感覚を、絶望に近い思いで感じていた。  
 
「メグ……ああ、こんなに固くしちゃって……んっ! ああ、いいわ……」  
 
メグの背をかき抱き、互いの乳首をこすり合わせるようにして、裸同然になった肢体をグラインドさせるセイ。  
その腕の下にある年下の少女は、すでに彼女の公然たる肉欲の獲物以外の何物でもなく、顔から胸にかけてを桜色を染め、セイの余裕に満ちた愛撫に対し、打てば響くような可愛らしい反応を返すだけの愛玩物となり果てている。頃は良しと見たセイは大胆に「引き」にかかる。  
 
「もっと激しく楽しみましょ……二人で、ね」  
 
メグの右脚を抱えて高く曲げさせたセイは、傍らに脱ぎ捨てた服のポケットから薬のカプセルのようなものを素早く取り出す。そして、メグの丸見えになった薔薇色の中心部にすっと差し入れた。  
花弁中央の通用口に、そのカプセルがスムーズに吸い込まれてゆくのを確認すると、自分の薔薇色をそこに押し当て、上下に動かし始めた。  
 
「ああっ!? せ、セイっ……ゆる、し……ああんぅっっ!!」  
「うぅん、はぁっ! まだダメ、まだダメよっ! 私が、一緒にイクまではっ……ああ、いいっ!」  
 
ベッドの上には、もう前後の意識もなければ、浮気の後ろめたさも倫理観も吹き飛び、ただ動物的本能に任せて腰を振り続ける牝二匹がいるだけだった。もっとも、やや年上の牝の方だけはこの期に及んでも脳の片隅に、ある種の計算を残しながらその運動を続けている。  
メグの身体が跳ね上がったように背中を反らせるのを見ると、突然身体を離してメグを抱き起こす。その眼は突然の状況変化が理解できないと言うように、鈍い表情を映し出している。  
 
「な……何?」  
「ふう……どうだった? よかったでしょ?」  
「え……えっ?」  
「いや、もう充分楽しんだし、責任もそれなりに取ってもらったから、このぐらいで終わりにしようかと思って。あまり火遊びしちゃ、ジョウに悪いわ」  
「ちょ、ちょっと」  
 
何事もなかったかのように服を着ようとするセイに、何か言わねばならないという焦燥感に囚われていた。両腕で抱く腹部の辺り、あるいはそのさらに下が、燃えるように熱い。身体全体が、何かを欲して激しく咆哮しているようでもあった。  
それがなぜなのか、あるいは科学的医学的にどういう意味を持つのか、などとメグは毛ほどにも考えない。ただ、この内なる高まりを鎮める手段のみを希求し、その解答を口から無造作にほとばしらせた。  
 
「して……よ」  
「なあに?」  
「ちゃんと最後まで、して」  
「へえ……それは変ね。私はそのつもりでしたんだけど」  
「嘘! 途中でやめてるじゃない……! ね、お願い! このままじゃ、あたし……」  
「ふぅん……」  
 
涼しげな眼をきらりと光らせ、セイは彼女を見下ろした。どうやら、効き目が出てきたらしい。初めの怯えを帯びた気配が失せ、身体全体が上気して、性的衝動をなんとか噛み殺そうとしている様子がありありと窺える。  
ただ、その澄んだ瞳からはとめどなく涙が流れ、身体が求める行為を必死に否定しようとしているかのようだ。  
 
(あれも、長くは続かない……)  
 
そう思うと、心臓に焼けただれた鉄棒を押し付けられたような気分になる。それでも、他に選択肢などない以上、彼女の取りうる道は一つだった。セイは羽織った上着を再び脱ぎ捨て、メグを押し倒すと、この哀れな少女の身体が現在望む唯一の事をやや機械的に行なった。  
ジョウと初めて肌を合わせた時とはまるで違った、喉の奥から部屋中に響き渡る甲高い最後の艶声を肺活量の限界まで絞り出すと、メグは意識を完全に失った。その打ち捨てられた人形のように無防備な肉体をそっと抱き起こしたセイは、口の中で許しを乞う言葉を呟いた。  
これから身体だけでなく心まで人形にならざるを得ないであろう、腕の中の少女に対する鎮魂歌のつもりだった。やがて、うっすらと眼を開けたメグに、セイは棒を吐き出すような語調で語りかける。  
 
「これから、貴女に頼みたい事があるの。いい?」  
 
メグは、幼児のようにこっくりとうなずいた。  
 

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