それからは、エイミーにとって不可解な日常の連続だった。  
ジョウとメグが、仕事に出なくなった。また、たまに二人で外に出て帰ってきたと思うと、何やら妙な雰囲気を漂わせ、意味ありげな視線を交し合う。そんな二人を見ても、セイはなんの文句も言わない。  
異常であった。以前はやれ仕事の効率だ、コストパフォーマンスがどうだと口やかましく小言を言うのを日課のようにしていたセイが、勤労を放棄したジョウ&メグに対して、まるで定年退職した老人のように静まり返っている。  
 
「どうなってるのかなあ……」  
 
事情を知らないエイミーが三人の誰かに説明を求めても、まともな返事の代わりに曖昧な笑みが帰ってくるばかり。なにやら自分だけがのけ者にされているような不快感を感じつつも、それ以上どうともできずにふてくされていた彼女が、突然一連の事件の真相の一端に遭遇した。  
 
「……?」  
 
トレーラーのどこからか、声が聞こえた気がした。それは途切れ途切れで、また高くなったり低くなったり、苦悶の叫び声のようでもあり、楽しげに笑っているようでもある。妙な気がしたが、そう、これは空耳ではない。確かにこのトレーラーのどこかから聞こえる……  
 
「なんなのかな」  
 
エイミーはモニタールームの椅子に座り直し、キーを叩く。数日前のことだが、エイミーが管理するホストマシンをごく短時間経由し、トレーラーの制御OSに『ちょっかいを出した』痕跡が認められた。  
万一悪意のあるクラッカーの仕業とすれば大ごとであるから、急いで調査してみたところ、当然ながら履歴は巧妙に消されていたが、追跡ツールのロボットが出した解答は、セイの個人端末からのアクセスであるというものであった。  
半信半疑ながらも逆探知してみると、端末の中に一つの休眠状態を装ったデバイスが存在し、解凍してみると監視カメラの操作モードに移行した。  
 
「なにこれ?」  
 
どうやら複数の監視カメラがいつの間にか設置されていたらしく、クリックすると場所が切り替わった。ジョウの部屋、メグの部屋、さらに切り替えると、居住区とモニタールームの中間地点を映し出した。  
部屋の隙間を利用してテーブルと椅子が置かれており、ちょっとした喫茶スペースのようなもので、ここでお茶やケーキを楽しんだ事が何度かあった。  
が───そこでは、お茶会などは開かれていなかった。ケーキの代わりに、メグの上半身がテーブルに突っ伏している。そのシャツは半ばはだけられ、下半身は裸だった。  
それだけではなく、その白い肌に挑みかかるように、後ろからジョウが彼女の腰をホールドし、自分の腰を規則的に前後させている。その退いて押す運動の度ごとに、メグの口から言葉とも言えない叫びが発せられている。  
 
「こここ、これって……」  
 
大声を出しそうになった口を慌てて押さえ、エイミーはモニターを食い入るように見つめた。その手の知識は歳相応程度のものしか持ち合わせないが、それでもあれが食事や運動などとは別次元の行為であることぐらいは十二分に理解できる。  
問題なのは、そういう行為は、普通男女の間でするんじゃないのかな、という疑問だった。自分の視力が衰えていないことを再確認しようと、恐る恐るカメラの焦点を操作する。  
 
(あ、あれ、何……?)  
 
メグから離れたジョウの股から、半透明の物体が顔を覗かせる。彼女がエイミーから見て真横に向くと、それが長細くつるりとした、プラスチック製かなにかの棒のように見えた。  
ジョウの身体から『生えている』ようなそれが、現在の二人の行為の中でいかなる役割を果たしているのか、エイミーには理解できない。  
ただ、何かただならぬ事態であるらしいということ以外は。ジョウがテーブル上ののメグと体を入れ替えて仰向けになると、メグはその上に乗る。そして、激しく腰を振り始める。  
見れば、恍惚としているメグだけでなく、ジョウもまた苦痛に耐えるような、あるいはそれ以外の何かの感覚を共有するように頭を動かし、髪を前後左右に振り乱していた。  
 
「はあ……う」  
 
エイミーは、自分の呼吸が次第に荒くなってきたことに気付いた。二人がそんな仲だったとはまるで知らなかったし、それに口を出すべき立場でもない。もっとも、このままでは商売上がったりになって、大いに困るわけなのだが───  
 
「ん……んぅ」  
 
ますます激しさを増してゆくモニターの向こうの二人を見ながら、エイミーの手は下へ下へと伸びていった。なぜか、その部分がとてもいたたまれないほどにかゆいような、熱いような異様な感じを訴えていたからである。  
初めは下着の上からそっとなでていたが、すぐに手を服のヘソの切れ込みからダイレクトに入れ直した。その部分に触れつつ、指を重ねて上下に動かしてみる。  
 
「はっ、はぁっ……ふぅっ」  
 
本能が命じたその行為に、エイミーは今まで感じた事のない心地良さを覚えた。やや大振りな椅子は、彼女の小さな身体が左右によじれるのを床に転落させないだけの、充分な余裕がある。  
その大きさに安心して身をゆだねながら喘ぐ彼女のツーテールの一方が唇の前に振りかかり、その髪の毛を唇で噛みながら、手だけは休まず動かしつづけている。  
 
(あ、これってなんなの……? やっぱりジョウたちも、こんなふうに気持ちいいのかな……)  
 
大写しになる淫行の映像と、自身の快感によって次々に湧き上がってくる衝動に、エイミーは身を任せ続ける。全裸の肉体を快楽のために叩かせ合う二人の痴態が、その初めて覚えた自慰に弾みをつけた。  
 
「ううんっ!……もっと、こうして……あっ、こうすれ……んっ、あっ、ああ、あんうぅっ!!」  
 
それまで極限に高まっていた緊張感と高揚感が、にわかに衰えてスーッと沈んでゆくように感じた。  
 
「はっ、はっ、はぁ……ふぅ……」  
 
快い脱力感が全身に蔓延し、億劫ながらも画面を確認すると、二人はまだその行為の最中だった。すると突然、ものすごい羞恥心がエイミーの大脳を支配し、彼女は惑乱した。  
今この場をなんとかしなくては、誰もいない室内を小動物のような臆病さでくるくると見回し、無意味に両手を泳がせてみるが、もちろん何の意味もない。  
妙な自己嫌悪に陥ったエイミーが取った結果的に取った選択は、監視カメラのスイッチを切ってデバイスを元の休眠状態に戻し、履歴を完全に消すことだった。そして身体の火照りを消そうとするように頭を振り、おぼつかない足取りで部屋から出て行った。  
 
口ひとつで物事を動かすというのは、セイの主義からすれば好まざるところであった。また同じように、讒言やそそのかしによって人を陥れ、あるいは奈落に落すというのはさらに好まざるところである。  
彼女の属する民族の国家は、かつて大帝国を築きながらその種の愚行によって幾度も滅亡の憂き目を見てきた。セイは、愚かな先人たちの真似をしたくはなかった。  
今の自分の立場はブレーキの付いていないバスの運転手のようなもので、障害物を避け、交通の流れを読みながら巧みに運転を続ける以外に身の処し方がないことも充分にわきまえている。  
でなければ、自分だけでなく乗車している客までも巻き込んで地獄行きが確定するだろう。何度目になったかも忘れた苦虫を噛み潰していると、ドアがやや荒っぽくノックされる。  
どうぞ、と言うが早いか、声紋チェック式のドアからジョウが駆け込んできた。一見したところ、機嫌はあまり良さそうでない。  
 
「セイ、聞きたいことがある」  
「何かしら?」  
 
怒りに肩を震わせながらも油断のない身ごなしで、ジョウはセイに問いかけた。連日の度の過ぎた淫行によってやや赤く濁ってはいるが、その眼は依然として鋭さを失っていない。ジョウの言うところによると、メグの首筋に覚えのないキスマークが付いていたという。  
セイは、すぐに思い当たった。何しろ自分が付けたものだからである。口を開く前に、ちらりとジョウの表情をうかがう。セイがそんな真似をする理由が見出せず信じかねているようでもあり、一呼吸ごとに急速に冷静さを取り戻しつつあるようだった。  
しかし、それはセイのさりげない告白によって消し飛んだ。  
以前、自分が何度かメグを“借用”したことがあると平然と言い放った彼女の襟首を、風のような素早さでねじり上げる。  
 
「お前、冗談も休み休み言え。あたしの女に手を出したのか?」  
「……あら、いけなかったかしら。ちょっとした遊びのつもりだったんだけど」  
「遊び……遊びだと? よくも言ったな!」  
「そう興奮することでもないでしょ。お互いに楽しんだんだし」  
 
そう言うやいなや、襟首を握られたまま物凄い勢いで押し倒された。その先がベッドであったから良かったものの、床だったら脳震盪を起こすほどの勢いである。わずかに頭を振って正面を見据えると、喉笛を噛みちぎりそうな眼をしたジョウがいた。  
荒い息づかいが、セイの涼しすぎる顔に染み透ってくる。いっそ、このまま殺してくれれば楽でいいのに。そんな思いが脳裏をかすめたが、無論ジョウにはセイの抱える事情が分からない。  
むしろ彼女の態度を、自分の恋人を寝取る不遜さと取った。脳が凶暴な衝動に支配されるのを感じると同時に、組み敷いたセイの服を肉に群がる飢えた獣のように剥ぎ始める。  
 
「お前を、犯してやる。壊れるまで」  
 
暴風が通りすぎたようにばらばらに脱ぎ散らかされた服と、突然風通しが良くなった自分の肌。そしてジョウのこの上なく残酷な宣告を聞いても、セイの表情にはほとんど変化が見られなかった。  
ほんのわずか、唇の端が歪んで微笑ともつかない何かを浮かべただけだった。それがまた、ジョウの癇に障った。  
 
「……このっ!」  
 
彼女自身でも持て余し気味の胸を、銃器の扱いで女性としては硬くなった両手でジョウが荒々しく揉みしだく。快感よりも、痛みがあるだけである。  
それがジョウから加えられている肉体的な痛みなのか、自らの行為の後ろめたさから来る精神的な痛みなのか、セイはベッドの上で組み伏せられながらとりとめもなく思索していた。  
その木石のような反応の無さに、ジョウはますますいきり立った。じゅばっ、じゅばっと音を立てて乳首を強く吸いながら、左腕でセイの右腿を抱えて高く掲げ、大きく開かれた局所に強引に中指を挿入する。まだ濡れていない襞に痛みが走り、セイは小さくうめいた。  
 
「フン、痛いか? だがな、あたしの痛みはこんなものじゃないんだからな」  
 
痛みか、とセイはあざ笑いたい気分になった。知らぬは自分ばかりなりと言い、恋は盲目と言う。ジョウの記憶が失われた期間、彼女がどんな境遇にいたか、おおよその察しはついている。  
人間戦闘機械を養成するとかいう、マッドサイエンティストどもの玩具にされていたらしいが、その記憶はないらしい。記憶がなければそれに伴う痛みもないだろう。その意味で、今のジョウは結局昔と変わっていない。  
あの年頃の少女としてはごく真っ当な色恋に身を焦がし、己の立たされている位置がまるで分かっていないのだ。戦いに臨んではあれだけの力を持ちながら、その運命はまるで操り人形そのものではないか。  
 
「うっ……あっ、ああん、だ、だめぇっ、ジョウっ……」  
 
憐憫の情を感じたセイは、半ば無意識にジョウの望む反応を演技している。それが結局は果たすべき義務と方向性が一致していることに内心で安堵している自分を、多分に軽蔑しながら。  
 
「なんだ、澄ました顔してるわりには、ここはずいぶん堪え性がないんだな?」  
「いやっ! そんなこと言わないで」  
「黙れ。今のお前はあたしの命令に逆らえる立場じゃないんだ。それが分かったら、言うとおりにしてろ。これからもっと恥ずかしい思いをさせてやるからな……!」  
 
その宣告をどう受け取るべきか、セイには確たる判断ができなかった。自然な感情としては嫌がるところであろうが、今自分がしようとしてる行為……陰謀と言い換えてもいい。  
その罪を考えれば、特に不平を言い立てる筋合いのものでもない気がする。事が終わった時、自分だけが以前のままでは済まされないだろう。自己の良心と相談した結果、彼女は荒れ狂うジョウの暴風に身を任せることにした。  
 
「そらっ、ケツを上げな! この売女!」  
「あうっ!」  
 
うつ伏せに押し倒され、強引に臀部を差し上げられたセイは、秘部に異物感を感じた。うねうねと動く硬いそれは、ジョウの指か。一本ではなく、二本は入っているようだ。  
 
「ううっ……そんなに挿れないでぇ……」  
「泣き言を言うな。お前は何だ、どこかの清楚なお嬢様のつもりか? 違うな。ただの淫乱なケダモノさ。だったら、これがお似合いだろう!」  
「んふぅっっ!?」  
 
急激な力を加えられた肉襞の内壁が刺激に耐えかね、医学的にバルトリン氏腺液と呼ばれる分泌液が粘膜防衛のために放出された。それがジョウの無慈悲な指使いと連動して、ピチャピチャと音を立てるほどに溢れかえる。  
 
「ううっ…あ、ああっん、あんぅっっ!!」  
「フン、なんだこれは? ここはずいぶんご機嫌みたいじゃないか、ええ?」  
 
薄笑いを浮かべながら、ジョウは右手を窓越しの光にかざした。半透明の液体が、にちゃり、と二本の指の間で糸を引く。  
 
「お前はメグよりずっと淫乱な牝豚だ。こりゃ相当ハードな躾が必要だな」  
 
そう言うが早いか、セイの張り出した見事なヒップをピシャッと平手で叩く。  
 
「きゃあっ!」  
 
甲高い悲鳴に満足するジョウ。この女の身体を完全に支配してやる、という黒い欲望が燃え盛った。  
感触でおおよそのあたりをつけ、膨らんだ肉豆を指の腹でぐりぐりとこすり、挟んで引っ張ってやると、また普段のクールさからは想像もできない蟲惑的な艶声を次々と発してくれる。  
ジョウは、急に納得した。女というのはセイにしろメグにしろ、様々な仮面をかぶってはいるが、結局その本性はひとつしかない。それは相手が男であれ女であれ、強いものに征服されて悦ぶということであった。  
 
「とすれば、お前は征服されるしかない。あたしみたいな強いものにはな」  
 
ジョウは、セイの腰を片腕だけで持ち上げると、部屋の隅に連れて行った。彼女の内股もまた、濡れ盛っている。そろそろ自分にも刺激がほしいところだった。  
 
「戦いでは、相手が自分より強かったら、殺されるしかない。でもあたしはお前を悦ばせてやってる。ありがたく思えよ。そらっ!」  
 
セイの左脚を抱えると、体操選手のように思い切り差し上げる。その大きく開かれた付け根に、自分の同じ器官を押し当て、強く腰を動かす。  
 
「ん……くくっ!」  
「うあっ! ああぅっ!」  
 
ヤスリで削られるような痛みと、突き刺すような快感が駆け抜ける。ジョウは息を荒らげ、双眼に嗜虐的な喜びをたたえながら、その動作を繰り返す。気持ちがいいというより、愉しかった。  
今、この手の内にある肉体は、100%ジョウの意のままにある。その実感が、充血しきった二人の秘部の交姦を通じてはっきりと伝わってくる。  
 
「はあっ、はあっ……そらいけ! うっ、くぅぅっ!」  
「あ、だ、ダメっ!イク、イクぅぅっ! あ、あぅあんん〜〜〜〜っっ!!」  
 
テーブルに置かれた花瓶を揺るがすほどの声が途切れると、ジョウはセイの背中に回していた片手を離した。やがて恍惚として痙攣するセイの花園から、透明の液体が鮮やかにほとばしる。脚を抱えたまま興味深げに観察するジョウ。  
やがてそれは床に水溜りを作り、止まった。不思議に思い、セイのそこから残り汁を指ですくい、舐めてみる。いつもメグのそこから出る液と同じ味がした。ジョウは納得したような、しないような不特要領の顔でセイを抱え、ベッドにぽんと投げ出した。  
それが“潮吹き”と呼ばれる生理的現象であることを、ジョウはついに知らぬままだった。  
 
「さて、これからどうしてやるかな……」  
 

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