弾の尽きたガンを両腕にぶら下げ、返り血まみれの頬をした実験体No.2は、  
ぼうぜんとした顔つきで。  
「ワタシごときを倒すのに、十五分、二〇秒もかけるとハ…」  
 燃えつきる前のロウソクと同じく、消えゆく生命の最後の輝きにすがって  
喋る半死体を見下ろしつつ、ただ、ぼんやりとたたずんでいた。  
「ヤハリ、お前は弱くなッタナ!」  
 怪物じみた生首は胴からもがれてもまだ、しぶとく生きている。  
 またの名を実験体No.13という化け物は、カン高い声で誇らかに話した。  
「ノホホンと、弱い人間とつるんでいるおまえなど、しょせんわれらの真の敵ではナイノダ」  
 実験体No.2……いや、《ジョウ》の、紅い瞳が。  
 一瞬の癇癪を映しこんでわずかに輝く。  
「オマエのデータは取り終えた、次がオマエの最期ダ。  
最高傑作、最強のNo.7がお前を殺す、かならズ…」  
「……」  
 ゆっくりと上げられた右脚が、  
 ――グシャム!  
 地に転がる怪物の頭蓋骨を踏み割った。  
 
 
 苛立ちと怒り、昂奮と反抗と勝利、秘密と自信と反感と挑発と戸惑いと疎外感、  
動揺と予感と懸念、自由と煩悶と悪寒と恐怖と刺戟と執着と……  
……それらすべてを表現する言葉を持たぬまま、  
岩と金属とで造られた都市を独り、歩き続ける。  
 
 
 その日の午後。  
 帰り着いたアパートのドアを押したジョウは、口もきかず、  
いきなりベッドに倒れ込んだかと思うと、  
夕方になっても、そのままつっぷして動かなかった。  
「ジョウ、ごはん、食べなよ」  
 同居人のメグがそう声をかけるが、  
「ごちそうだよ、キャンベルスープ…」  
 答えずにただ、低く唸り続ける。  
 ――ぐぅぅぅぅ  
「いったいどうしたの……きゃっ」  
 なんの気なしに近づいて、その顔に手のひらを置いたメグが驚きの声をあげた。  
 熱が高い。  
 触れた額と頬は、火にかけたヤカンみたいに沸いている。  
「どうしよ、薬、病院…」  
 メグは困り眉にて独りごちながら、熱発した重病人の首を両の腕にてかかえこみ、  
ぐったりと垂れた頭に柔らかい頬をすりよせる。  
「しっかりしてよぉ、ジョウ…」  
 腕の中の銀の髪、ひたい、こめかみに唇をよせて必死にささやいた。  
 うつぶせているジョウがかすかにうめいた。  
「う…」  
 肩には、黒いタトゥーが出現している。  
 ジョウは苦しげに唸りつつ、ごろりと寝がえりを打ち、仰向けになる。  
 
 市販の解熱剤をのませたが、効いている気配はまるで見えなかった。  
 枕元に座り込んだメグはひどく心配の表情で、濡らしたタオルを握りしめ、  
病人の額から滝のように流れる汗をぬぐい取る。  
 ジョウはよっぽど暑いのか、身をよじりうめきつつ、自分の皮膚からひき剥がすようなしぐさで、  
身につけた衣服を脱ぎ捨てていく。  
 最後の一枚、下着の中から、固く盛り上がった肉塊が現われた。  
 くろぐろと屹立している陽根を前につきだされ、メグはちょっと、びびった。  
(ジョウって、ここだけ、男の子なんだ……)  
 裏物のポルノビデオなんかで、一応形とかを知ってはいたが、  
リアルで勃起したそれを目の前にするのはまた、違った迫力がある。  
 
 横たわるジョウはぐったりと、痩せた体を安物のマットレスに沈めていたが、  
 ――ぐぅ  
 熱に浮かされている頬をあげ、同居人に対してすがる目をあげる。  
 せわしく、目で懇願するようすに気圧されて、  
「これ……触っていいの」  
 メグが遠慮がちに伸ばした指先で軽く触れたとたん、  
ひときわ熱いその部所が、独立した生き物みたいにびくっ、と動く。  
「きゃあっ」  
 驚いて身を引くメグ。  
「びっくりした、びっくりした…」 胸に手をあててちょっと、動悸をおさえたあと、  
不思議物体に見入りながら、先っぽから根元へと、そおっと指を滑らせた。  
 メグは呟く。  
「なんか、内臓みたいで、痛そうだ……」  
 
 日が暮れきったため、灯りをつけそびれた部屋の内部はうす暗い。  
 
「く、う、ふわあぁ…」  
 犬歯を食いしばりながらうめき、ジョウはがくがくと腰を震わせ、  
反り返った肉、自分の分身を、メグの白い手の中に擦り付ける。  
 そんな激烈な反応ぶりを、かたずを呑んで見下ろしながら。  
「先っぽ、濡れてるよ……」  
 つるんとした、生肉っぽい物体へ顔を近づけ、  
そっと、舐めとるように先だけを口に含んだ。  
 瞬間、ジョウが吼える。  
「ああっ、ああああああっ!」  
 沸き上がる大音声が、ボロアパートの壁をうつようだった。  
 メグがまた、両の目を丸くした。  
 
 いったい、なにが決定的なきっかけだったのか、  
どうしてこうなったかわからないのだが、  
まだ、ひどく荒い息をついているジョウは、半身を起こしてメグをベッド上に引き寄せると、  
ふにふにと柔らかい身体に指をかけ、すがるみたいに抱きついた。  
「んっ」  
 メグがぎゅっと目を閉じる。  
 湿った舌先にてのどを舐め上げられた。  
(はぁ……)  
 抱かれていると、唇に熱い息がかかる。なんだかいまから食べられてしまいそうだった。  
 原始的な熱情と欲求だけで、切れ長の眼を光らせる、銀色の毛の猛獣は、  
彼女の体をそおっと転がしあおむけにして、自分の下に組み伏せる。  
「なんか、恐いよ、ジョウ……」  
 ジョウの紅い目を見上げて。  
 メグはかばうように身を縮め、自分を抱きしめた。  
「やめようよ…」  
 
 かすかな声でのその哀願を、聞いているのかいないのか。  
 ジョウはなんと言われようとも答えずに、  
黙ってメグのそばへと暗く紅い眼を寄せ、頬と唇と首筋にキスをする。  
 すでに双方の肌は熱くなり、体温の差はほとんど感じられなくなっていた。  
「んん……」  
 小刻みに震えるメグの身体へのしかかり、ジョウは黙々と。  
 キスと、キスと、キスをした。  
 
 天井を向いた胸の突起へ、真上からかぶせるみたいに手をかける。  
「……あっ!」  
 ぴくん、メグの身体が跳ね、頬がさっと赤く染まる。  
 
 さぐりあいの状態は長かった。  
 服を脱ぎ、抱きあい、相手の身体のあらゆるところにキスを繰り返している二人にも、  
お互い、この行為の先に何があるのかわからず、  
このまま夜が明けてしまうのではないかと思われた。  
 
 のばした指先を左右からさしいれて、太腿から下着を引き抜く。  
 そのままジョウは、メグの足元で四つんばいになり、メグの腿のあいだにある柔らかく複雑な構造を、  
舐める。舐める。舌と唇でまさぐるように。  
「――っ、あっ、ああっ……」  
 白い太ももの肉がぶるりと、揺すれた。  
 秘所からにじみだす液体は、さらさらとした水から、粘性をもった泡立つ白濁になり、  
やがて、紅色になってひらく肉襞、泉のごとくこぽこぽと湧き出させているそれから鼻づらを離すと、  
ジョウは彼女の足首をかかえ、  
濡れたくぼみに張り詰めたペニスの先をあてがい、  
シーツの上で、じわりと膝を進めた。  
 
 
「………!」  
 それは快感とかではなく、達成感に近く、  
一方のそれが一方の身体の中へ、無事に、入ったという感動だけで、  
お互いに丸くした目を見合わせていた。  
 
 
「お、思ったより、あんま、痛くない……」  
 呟きながら、メグはそぉっと息を吐く。  
 それから腕を振りあげんばかりの勢いで、ジョウに向かってクギをさす。  
「だけど、動かないで、絶対にうごかないでよ! 動いたらぶつからね!」  
「う」  
 ぶたれたくないジョウは。  
「ん」  
 こくこくこくと頷く。  
 
 結局、さして動くこともなく。  
 繋がりあったふたりは、互いの背に手を廻し、すがるようにして抱き合っていた。  
 状況の進まないまま数十分間。  
 横たわっている背中に大きな汗の滴が流れ、ジョウが反射的に少し、身をよじった。そのとたん。  
「う」  
 堰が切れた。  
 ――どくっ、ど、どくどくっ…  
 熱い脈動が秘肉を叩く。  
「ん、ううんっ…や、やぁっ……」  
 体の中心に熱を浴びかけられた、生まれて初めての感覚にメグが眉をしかめる。  
「や、おちんちんが、中で、うごいてるよぉ……気色悪い」  
 ほおっ、とジョウが溜めていた息をつき、  
気を張っていた全身がふいに脱力される。  
 シーツの上へ、額からべったりと倒れ込んだ。  
「ジョウ?」  
 かぶさってきた銀の髪がメグの頬にふれる。  
「今の、気持ち……よかったの?」  
 ごろごろ。  
 ジョウは満腹した猫みたいな表情で、さし出されてきたメグの手のひらに頬っぺたを擦りつけた。  
 たった今、精を放ったばかりの陰茎は、膣内でまだ固さを保ち、脈打っているが。  
 
 
 朝。  
 白い陽射しがダウンタウンを照らす。  
 
 ふいに。  
 身を起こしたジョウが、ベッドサイドへと腕を延ばした。  
 シーツ上に片膝をつき、窓に向けてデザートイーグルを構える。  
 そのまま、たっぷりと数分間。  
 獲物を狙う豹のごとく、しなやかにかがめた全身に強烈な緊張を孕み、  
引き金に指を掛けつつ静止していた。  
 
 沈黙。  
 沈黙。  
 やがて、ちらりと窓にうつる鳥のような影、そして  
 ――――DANG!  
 ただの一発の銃声と、落下する実験体No.7。  
 突如出現した怪生物の死骸に、騒然とするNYアベニュー。  
「ん〜?」  
 頭の上に二人分の枕をかぶせられていたメグが、  
まぶたをこすりつつ起き出してきた。  
「何?」  
「なんでもない」  
 起きようとしたメグの身体に、両手をかけて押し倒す。  
 抱きしめた胸のあたりに頬を擦りつけ、全身より幸福のオーラをまき散らしながら、  
ジョウは相棒へ、《二回目》のおねだりにかかった。  
 
 
 

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