あくまでもパラレルで。  
 
 
 
 大都会トーキョーの空が、茜から深い藍色へと変わってゆく。  
 こんな街じゃ、せめて自分のねぐらに早く帰り、つかの間の安らぎを得ようと足早に急ぐ人の波。  
 
 その波を天から見下ろすように、都心一等地のオフィス街の中央にひときわ高くそびえるインテリジェントビル。  
 一点の曇りもない鏡のような側面に、沈みゆく夕陽のなごりがその色を映す。  
 
 白蘭グループ東京支社、最上階の豪奢なオフィス。  
 人、機械、何重ものセキュリティガードをやっとくぐりぬけた先に、全ての指揮を執るセイの牙城がある。  
 目の玉の飛び出るような値段のあらゆるハイテク機器で武装したその執務室の脇、セイが社内で指揮を取る際に、プライベートな友人などと会うために用意した優雅な応接室がある。  
 
 絹張りのソファの上座には女王然とした東洋の美女。  
 その向かいには、名窯のすかし茶碗に注いで出された最上等のジャスミンティーに口もつけずに、ミニスカートの膝を揃え、ぎゅっと握ったこぶしを膝頭に置く少女。  
 
「…で?この忙しい私にわざわざアポを取ってまで会いに来た用って、一体何?」  
 このオフィスの雰囲気には全く似つかわしくない、ローライズのパンツをセクシーにはきこなしたまだ10代の女王が、生まれながらの気品と風格を漂わせながら問う。  
 
「……」  
 上目遣いから、視線を膝に落とす少女。  
 イライラした様子をわざと見せつけるようにソファの肘掛けを指で叩きながら、壁の時計を見やるセイ。  
「…メグ、私は忙しいの。本当ならこのアポだって取るのは全く無理だったのだけど、今日はこの後、私だけで済ませる書類仕事だけだから受けてあげたまでのこと。…用がないのなら帰ってもらうわよ」  
 つい、と椅子から立ち上がろうとするセイに、メグが言葉を放った。  
 
「…ジョウのことなんだけど」  
 目を伏せたままつぶやく。  
 メグの用件に急激に興味を惹かれたらしいセイが、口の端に少し笑みを浮かべ、ソファに座り直す。  
 
「…パーティーの翌朝、…あたし、なんか一人でソファで寝ちゃったらしくて、ジョウの部屋に戻ったの」  
 メグが訥々と話し始める。  
「……ジョウがひとりで可哀想だったなって…その、お風呂で、体があんなになってたし……」  
 それにあたしも欲しかったし、という本音は勿論セイには言わない。  
 セイは膝の上についた腕で片頬を支え、にこにこと笑い黙って聞いている。  
「一人で終らせて寝ちゃったんじゃないかって」  
 (お、いいカンしてるじゃん…まあ、そんなようなもんだったけどね、最初は私の口で果てたけど…)  
 セイが心の中でつぶやく。  
 メグが続ける。  
「……だからあたし、ジョウを慰めてあげようって、ジョウに抱きついたら…そしたら」  
 
 セイの顔を見上げてメグが言った。  
「…あの晩、セイがパーティー会場でつけていたあの強い香水がジョウの身体から」  
 膝に置いた手がぶるぶると小刻みに震えている。  
「胸からも、肩からも、顔からも、…灰色の髪からも…全部」  
 セイはあごに手をやり、冷静な表情で黙って聞いている。  
「…ジョウに問いただしたら……問いただしたら、…」  
 メグの大きな目から早くも涙がこぼれ落ちそうになる。  
 突然立ち上がり、きっとした眼差しでセイをまっすぐ見下ろしながら言う。  
「セイは、卑劣にも…ボスである自分の立場を、ジョウを利用することに使ったのよ!」  
 
 ふるふると震えながらセイを見つめ続けるメグを余裕の表情で見上げ、  
「用件はわかったわ…でも座りなさい」  
 静かな声で命令する。  
「…別にジョウは、あなただけのものじゃないでしょ。それともそうだって言うのかしら?」  
 うつむいて自分の膝頭を見つめていたメグの表情がぎくりとする。  
「それにね…ジョウは、自分の意志で私と寝たのよ」  
 薬の作用以外はね、という真実はもちろんメグには言わない。  
 
 うつむいて大きく見開いた目からついに大粒の涙をこぼしそうになるメグの肩に、いつの間にか頭上高く立ち上がっていたセイが手をかける。  
「わかるわ…悔しかったのね」  
 ついにメグの頬に涙がひとすじ、二すじ流れ落ちる。  
 メグの脇に座り、いたわるように両肩を優しく抱く。  
「ジョウが自分以外の他人と秘密を持ったのが」  
 
 膝に置いていた両手を顔に当てて泣き始めるメグの肩を優しくさすりながら、  
「…でもね、もう子供じゃないんだから…恋愛だって、誰としようと自由よ」  
 メグは答えない。  
「…だから今度はあなたと私で、ジョウに秘密を持てばいいのよ!」  
 
 いきなりメグの腕を掴み、ソファに押し倒す。  
 のしかかりながら、片手で自分の下半身から巨大な何かを取り出す。  
「……!な、な、な、何それ……?」  
 泣くのも忘れて大きな目をいっぱいに見開いたメグが問いただす。  
「…ふふ、これ?…ジョウのものとは少し違うけど、中国五千年の歴史が誇る東洋医学の粋を集めた」  
 メグのミニスカートの裾に手を差し込みながら、  
「『大魔羅男根丸』によって一時的に作られたぶっといシロモノよ」  
 下着まで手を入れられそうになって、メグが悲鳴をあげる。  
「…ギャーッ!ジョウ、た、助けて〜っ!」  
 
 小柄で非力なメグが運良く、中国武術にも長けた長身のセイのわずかな隙をついて、応接室のドアまでたどりつく。  
 はぁはぁと肩で荒い息をつきながら、  
「……あの、…ジョウのことはもういいから……それじゃあ、ごめんなさぁいっ……お、おじゃましましたぁぁーっ!!!」  
 咄嗟にそれだけ言い終えると、廊下のエレベーターに向かって一目散に駆け出していった。  
 
 あとは、応接室に残された長身の美女一人。  
「…ちぇっ…メグも結構いけそうだと、思ったのになぁ…」  
 少し笑いながらソファに戻ると、クリームと苺たっぷりの高価なショートケーキを食べ損ねた気分で、少し冷めたジャスミンティーをすすった。  
 …そして、セイにぞっこんの多数の部下たちのうち、今日はどの子を誘おうかなぁ、などと考える。  
 

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