今日も今日とて、立場無恭平は掲示板の前にいた。  
「やっぱり辞めるぅ? マジかよ」  
 一文字に適当に返事をしながら何か割りの良いバイトはないかチラシを探す。  
「分かった! 今度はあれか、RAPTにケツでも追われたか?」  
 ぐっと恭平が身を縮こまらせるのを一文字は見逃した。軽薄な彼は気付きもしない。  
「頭上で飛び交う銃弾にびびって近くにいた曰くあり気な美少女の一人に縋りついて  
『うわぁんぼくちゃんこわいよぉう』とか言って抱きついて胸に顔埋めてああ至福の一時  
でも過ごしたか?」  
 細部は違うが大体はそんなところだったかな、と昨日のことを振り返った。思い出した  
だけで胃がきりきり痛み、背筋が薄ら寒くなる。  
「アリエネー。絶ッテーアリエネー」  
 手を振りながら一文字は自身の発言を取り消した。いやその通りなんだけど、と言い  
出せるはずもない。  
「せっかく見つけたバイトだろ? ちゃんとやり遂げろっつうの」  
 それができない環境なのだ、仕方ない。と椅子に座っている能天気なやつに言ってやりたい。  
「またバイト探し?」  
 女性の声に二人の顔がそちらを向いた。  
「先生からも言ってやってくださいよ。この根性なしのへんちくりんにバイト続けろって」  
「そこまで言われるのは……」  
「そうねえ……、立場無くんこの前も辞めるって言ってたわよね?」  
 本郷先生の問いにしどろもどろだが恭平は答えた。もちろん首を縦に振って。ちなみに  
この前から数日と経っていない。  
「前も言ったけど、君はやればできる子なんだからしっかりやってみなさい」  
 並の人間ならやれない環境であるが。  
「はぁ……ぃや、でもやっぱり」  
 恭平の言葉を遮って着信音が響いた。つい電話に出てしまうが、出てすぐにこの前のデジャヴ  
が頭をよぎった。  
「あ、はい。……あ、はぃ……窓の外……ですね」  
 恭平の声はあからさまに沈んでいた。ラブアンドハッピークッキングスクールロビーの窓から  
見える道路には、いつものように下乳をのぞかせるセイがにこやかに手を振っていたのだった。  
 
 セイ達の住むトレーラーで夕食を作り終えた恭平は、ついにセイに話を切り出した。  
「え? 辞めたいですって?」  
 心底意外だという声に逆に恭平が驚きたいくらいだった。  
「あの、はい……も、申し訳ないとは思うんですけど…………やっぱここにいると危険な  
目に逢うっていうか、命がいくつあっても足りないって気がして……」  
 相変わらず歯切れ悪く、しかし丁重に断る。冷静にしてないと、撃たれそうで怖い。  
「そうね……何度もあんな危険な目に逢うと、そう思ってしまうわよね」  
「はい……」  
「…………いいわ、あなたの意見を一度みんなで話し合ってみます。また明日迎えに行く  
から、その時に結論を出させてもらいます」  
「分かりました。じゃあまた……」  
 恭平がすっかり赤くなった外に出て行くのを見届けると、セイはふっと小さな溜め息を  
漏らした。  
「新しい人は雇い辛いしねえ……ふぅ」  
 
 恭平の作った料理がすべて消えた後、家の中ではセイ、エイミー、メグ、ジョウによる  
緊急会議が開かれた。  
「エーッ! お兄ちゃん、辞めちゃうの!?」  
「まだ決まったわけじゃないわ」  
「最初っからあいつには無理だったのよ。ちょぉっと危ない目に逢っただけで逃げ出すな  
んて根性なしのへんちくりんなんだから!」  
「…………」  
「でもでもぉ、お菓子とかすっごい美味しいんだよ? 辞めちゃうのもったいないよぉ」  
「アー、エイミー、三日前も一人で全部ケーキ食べちゃったでしょ!? まだ許してない  
んだからね!」  
「…………」  
 収集がつきそうもないただの雑談をセイが手を叩きながら締める。  
「はいはい! 本題に戻すわよ」  
 ソファから身を乗り出して取っ組もうかというメグとエイミーがすんなりと腰を落ち着けた。  
ジョウは壁際でしゃがんだまま寝ているのか起きているのか分からない表情でただそこに  
いるだけである。  
「新しいコックさんを雇うにしても、彼みたいにすぐ逃げ出してしまう可能性が大きいわ」  
「でしょうね」  
「ウー……、じゃあどうするの?」  
「だったら、すでに何度か死線を目の当たりにしている彼を雇い続けた方が長続きしそうだ  
と思うんだけど、みんなは?」  
「あたしは全然オッケーだよ! もっと甘いもの食べたいしぃ」  
「セイがそう言うんなら別にいいけどさ」  
「ジョウは?」  
 我関せずのジョウに訊くとかなりの沈黙の後、別に、と唇が動いた。声はほとんど出ていない。  
「決まりね」  
 決まったらしい。  
「じゃあ早速立場無君を引き止めるための作戦を――」  
 
 ――二分後。  
「ふざけるなぁっっ!」  
 ジョウは激昂していた。さっきまで寝惚けていたとは思えない豹変振りである。セイに  
食いつく勢いのジョウをメグが必死に押し止める。エイミーはただおろおろするだけだ。  
「ちょ、落ち着きなさいって! まだその作戦でいくか決まってないんだからぁ!」  
「メグは黙ってろ! 大体なんだその作戦は!? やるならセイ一人でやったらどうだ!?」  
「でも色仕掛けなら一人より二人の方が効果的でしょ?」  
「だったら何でメグなんだ!? エイミーでもいいだろ?」  
 セイはびしっとジョウを指差した。  
「それを見てみなさい」  
 正確にはジョウの胸を。ジョウが目を落としたところにはなんとまあ平坦な女性の象徴が  
ぽつんとついている。  
「ね?」  
 つまりはそういう理由である。色仕掛け担当はセイとメグの二人。妥当な選択だ。  
「ちっ、だったら俺があいつを始末してやる。それならこんなことをする必要もないだろ」  
「おおお落ち着きなさいってば! やりすぎよ、もっと冷静になって」  
 怒気いっぱいの瞳で「準備」を始めてしまいそうなジョウをメグがしがみ付いて制する。  
「メグ……まさかあいつを庇う気か!?」  
「ちーがーうー!」  
 ジョウは一瞬立ちくらみかけた。目の前が真っ暗になりそうだった。やはり、メグも女だった  
ということなのか……?  
 
 しばらくしてようやく場が静かになった。エイミーは立場無が辞めてしまうのが――それ  
によってお菓子が食えなくなるのが――心配で、メグは明日どうなるのか考えただけで  
頭が破裂しそうになり、ジョウはうな垂れていた。  
「じゃあ明日の四時、私が立場無君をここに連れて来た時に作戦を開始するわ」  
 セイの言葉に頷く者はエイミーだけだった。  
「私が一人でうまくやればメグに手伝ってもらうこともないし、万が一の保険と思って気楽  
にしてていいわ」  
 優しく語り掛けるがメグの不安は拭えない。明日のことは明日にならないと分からないから。  
「ジョウもそれなら納得してくれるわよね?」  
 訊くが、ジョウはうんともすんとも言わない。それほどショックだったらしい。  
「……まあいいわ。それじゃ今日はおやすみなさい」  
 自室に戻るセイの後姿はどこか嬉しそうであった。エイミーが続いてそこを離れた。メグも  
ジョウに何事か呟いて出て行ったが、ジョウにその言葉は届いていなかった。  
「…………」  
 ジョウはただ、明日四時までになんとかしないとメグの貞操が危ないということだけを考えていた。  
「………………銃は、使うべきか」  
 血の雨が降らなければよいのだが。  
 
 
 
 
 スクールの昼休み。いつものように掲示板前。恭平はアルバイトを探していた。  
「やっぱ辞めるのかよ?」  
「うん。あの職場は……何て言うか、俺には合わなかったかな?」  
 誰にも合わないと思うけどね。と胸中で付け足しておいた。一文字の溜め息がロビーに  
大きく響いた。  
「お前さぁ、そんなんだとどのバイト就いてもすぐ……」  
「立場無君。ちょっといい?」  
 一文字の言葉を遮って姿を現したのはいつもの如く本郷先生であった。  
「はい?」  
 メモとペンを手にした恭平がそちらを振り向いた時、  
「おわあぁぁぁっっっ!!?」  
 絶叫した。  
「? 先生、後ろの人誰っすか?」  
「立場無君に用があるって……バイト先の人がわざわざこちらにまで来てくれたの」  
 本郷先生の後ろにいたのは銀髪色黒赤目の長身の女性――加えれば貧乳――である。  
「お前に話がある」  
 落ち着いたというより冷たい声の主は、紛れもなくジョウだった。  
「おお? 結構いけてるんじゃねえの? お前あんな子いるのにバイト辞めるって――」  
 一文字の暢気な語りかけなど恭平には届いていなかった。  
 
 スクールより拉致――少なくとも恭平はそう思っている――されると、新宿シティの人気の  
無い路地の裏の裏まで、ジョウに先導されて連れて行かれた。  
 一体どうする気なの?などと訊ける雰囲気でもなく、ただ黙ってついて行くしかなかった。  
ジョウの後姿を見ていて気付いたことがあった。黄色いマフラーに赤いジャケット。普通の  
ファッションにまあ見えなくも無いような気がするが、問題はジャケットの下から覗く  
太ももに付いている二つのホルダー。もちろん銃が収まっているのは言うまでもない。  
 ひょっとして俺はこのまま……という考えが浮かんでしまうのだが冗談で笑い飛ばせない  
のが現実だった。  
「おい」  
「…………あ、はい!」  
 唐突に呼ばれ慌てて返す。辺りを見回してもどこか分からない。建物の裏手に囲まれた  
湿気のある溝臭い場所である。  
「壁を向け」  
 刺すような言葉に素直に従う。逆らえるわけがない。  
「む、向きましたぁ」  
 がちょりんと金属音が一回響く。構えたぁ!と口には出さずに絶叫した。  
「お前、辞める気なんだろ?」  
 唐突に訊かれ、返答に困る。  
「バイトを辞めるのかと訊いているんだ!」  
「あわあぁ! はい、その通りです!」  
 撃たれかねないので素直に即答した。だが、辞める気だと確信したジョウは銃の引き金に  
かけた指をすぐにでも引きたかった。  
 ここで恭平が消えればメグが卑猥な事をせずに済むのだ。  
 しかしここで恭平が消えてしまえば、怪訝に思ったセイがエイミーに探りを入れさせ事が  
メグにばれるだろう。そうなれば…………少なくともメグは恭平が消えることを望んではい  
ない。消してしまえば自分がメグに嫌われるかもしれないという恐れが、ただその思いだけ  
がジョウの指を鈍らせていた。  
 
「――ちっ」  
 ただの舌打ちなのだが恭平は心臓が跳ね上がりそうになる。それだけこの状況が恐ろしい  
ということだ。  
「いいか。これだけは言っておく」  
「は、はい!?」  
「メグにだけは手を出すな。いいな?」  
「え……?」  
「分かったか……!」  
「は、はいぃっ!!」  
 とにかくジョウの意見に賛同しなくては。本能がそう訴えてきた。すでに恭平は泣いてちびり  
そうになっていた。背後にいて見えないが、ジョウが頷くのが気配で分かる。  
「よし。なら――――脱げ」  
「……………………は?」  
「メグの代わりに俺がお前の相手をしてやると言っているんだ。分かったらさっさと脱げ」  
「で、も。え、あ……?」  
 事情が飲み込めない恭平の後頭部に、固い物が押し当てられた。  
「言うことを聞かないならこのまま頭をミンチにするぞ」  
「ひぃぃぃ――――」  
 恭平は大泣きした。泣きながらズボンを脱ぎ捨てた。あそこは体内に引っ込みそうなほど  
小さく萎縮していた。そのサイズはひどく哀愁を漂わせていた。  
 
 ジョウに尻を向けたまま恭平は涙を流した。何で俺だけいつもこんな目に遭う、と。  
「こっちを向け」  
 最早返事さえできない。がたがた震えながら身体を回すと、目の前に現れたのは銃口。  
きっちりと鼻先を捉えて微動だにしない。こんなところで身包み剥がされて人生に終止符  
を打つのか、と思った。さっきジョウが言ったことなどすっかり頭から抜けていた。  
 ジョウが視線を落とし眉根を寄せた。  
「おい、なんだこのペニスは? どうして勃起してない?」  
「ぼ、ぼ?…………って、こんな状況じゃぁぁ」  
 恭平のそれは至極当然の反応である。命を奪う兵器を向けられた状況で興奮するなどと  
いう男の精神は理解しかねる。恭平には一生理解できないことであるのは間違いない。  
「しょうがない。なら……」  
 銃が下ろされる。まず頭をよぎったのはあそこを射抜かれるということであった。少なくと  
も今の状況では一番ありえそうなことかもしれない。目を固く閉じ男らしく覚悟を決める。と  
いうか諦めた。が、銃はホルスターに収められ、萎縮しきった部位に触れたのは無機質な  
金属ではなく熱の通う温かな細いものだった。  
「うぁ……ッ」  
 思わぬ気持ち良さに吐息が漏れる。瞼を開いて下を見て、そこで展開されている光景に  
眼を疑った。  
 あのジョウが、己の小さな茎を指で愛撫していた。  
「ジョ、ジョウっ!?」  
「黙れ。気が散る」  
 冷たい声に気が萎える。とともにあそこも萎えて反応しない。ジョウがどれだけ指を絡め  
ようが一向に膨れ上がらない。  
 
「お前、不能か?」  
 ぶんぶん首を振る。そうではない。しっかり毎日自慰をしている。今朝も朝立ちにかまけ  
てしっかりとエイミーで抜いていた。  
「刺激が足りないのか? 手間をかけさせやがる」  
 ごめんなさいごめんなさいと胸中で繰り返しているとジョウの口が根元まですっぽり呑み  
込んだ。感じたことのない衝撃に腰を引いて逃げようとするが、後ろは壁で逃げられない。  
焼けつく刺激は痺れるほど痛いものだった。顔を苦悶に歪めるが、構わずジョウは口内で  
舌を使って嬲っていく。日々メグと身体を重ねることを妄想しながら鍛えた技がこんな形で  
役に立つとは本人も思っていなかった。  
 とうとう微動だにしなかったコックが勃起し始めた。亀頭を満遍なく舌で舐め擦り、口いっ  
ぱいに勃起したと思った時、  
「――ンぐっ、ぷぁっ……!」  
 喉を小突かれ生理的不快感に襲われ、口から吐き出した。  
「な、なんだそれは……?」  
 ジョウの目の前には、自身のへそさえ遥かに越えた高さにまで雄々しく屹立する怒張が  
あった。某国の男性にも引けをとらない立派な一物である。  
 さすがにこんなサイズはジョウもお目にかかったことはない。今まで使ったことのあるバ  
イブでさえこれほど大きくはなかった。  
「反則だぞ、これは」  
 初めて目にするものに恐れさえ感じるが、それよりもわずかながら期待してしまっていた。  
俺はメグ一筋じゃなかったのか……?そう言い聞かせようとしても目の前のものに多少な  
りとも惹かれてしまうこともまた事実。  
「……いや、これでいい。俺がお前の相手をしてやらなければいけないからな」  
 当初の目的を思い出した。そうだ、ここでやらなくてはならないのだ。他に方法がありそう  
なものだが意外と単純なジョウの頭には、今はそれしかなかった。  
 
「おい、今まで何人の女をやった?」  
 完全に興味本位の質問を恭平に投げかけた。これほどまでのブツ。泣かせた女は数  
知れぬはずだ。  
「い、いえ、いいえ! ない、ないですっ! したことなんてないです!」  
「何? お前童貞か」  
 恭平はぶんぶん縦に頷く。何とも予想外の答えにジョウは驚いた。そして考える、これ  
ほどのものを眠らせておくのは惜しすぎる、と。  
「よし、決めたぞ」  
「え?」  
「お前がバイトを辞めるならば今この場で撃つ」  
「辞めません! もうそんなこと言いません! だからっ」  
 目尻に涙を溜め、いやすでに流しながらほとんど懇願に近い勢いで辞職宣言を取り消した。  
「そうか。ならお前がバイトを続ける間、俺専用の棒奴隷として使ってやる。ありがたく思え」  
「はい! 何でもします! だから命だけは!! …………え?」  
 必死だった恭平は何を言われたか瞬時に理解できなかった。ただ、ジョウがパンツを脱  
ぎ捨てるのを黙って見ていた。  
「横になれ」  
 言われるまま素直に寝る。命が惜しい一心でジョウの指示に従っていた恭平は、ここに  
来てようやく事態が変な方向に捻じ曲がっていることに気付いた。だがもう遅い。ジョウが  
上に跨り、ぐっと腰を沈めてきた。  
「ぐぁ……っ、くそ、やはりきつい……」  
 超のつく巨根挿入にジョウが呻く。それ以上に恭平がすでにイきそうである。  
「いっ、いいか、これからこれは俺のものだ……っ、勝手に、辞めるな」  
「うぁ、あ、ジョウ……出そ……」  
「出すなら出せ。俺が何度でも勃たせてやる…………っ!!」  
 
 ――こうして恭平の初体験は新宿シティの汚れた路地裏で済まされたのであった。  
 
 
 
「ふふ、そろそろかしらね」  
 そろそろ時間ということでセイはいそいそと準備を終えてトレーラーを出ようとした。  
「メグは待っててね。大丈夫、私が一人で努力してみるから」  
「うん……」  
 考えすぎて鬱に沈むメグとは対照的にセイが揚々とトレーラーを出ようとすると、それ  
より先にドアが開き何者かがどすどすと中に入ってきた。  
「っすいません!! もう、もう辞めるなんていいませんから!!」  
 その場にいたセイとメグ、エイミーの視線が床にへばり付くそれに注がれた。  
「どうか俺をここに置いててください! お願いします!!」  
 恭平が土下座で必死にバイト続行を頼んでいた。  
 彼が学んだのはここを辞めれば殺されるということであって、決してジョウの身体に惹  
かれたからではないとだけ最後に付け加えておこう。  
 
 
 こうしてコックさん辞職騒動は幕を閉じたのであった。  
 
 
 

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