始まりはいつも太い腕に抱えられ、巨大な体躯をもって押しつぶされる。
そして全てが終わるまで決して開放されることはない。
それが果たして強さか弱さか、思案したこともあったがやめた。
どちらでも同じことだ。
圧倒的な強さをもって理想へ邁進する姿に惹かれたが、同時に弱さもあわせ持たねば、
そもそも理想すら抱かないのだとは、わずかの間、共にいて知った。
……そして幼い私が思いも寄らなかった類の弱さをも知ったとき、私はこの方に心底から溺れきる。
「ザッハ、様」
黒いマントの下で裸身の私を支える手に、今日もまた踊らされる己を思い、
暗い悦びと背徳感、未だ感じるわずかな恐怖に身震いする。
早くも足の間に浅ましい疼きとぬめりを感じて悟られないよう腿をすりよせた。
固い地面の上に突然押し付けられたかと思うと、肩に痛みが走り血が滲んだ。噛まれたと知ってすぐ、乱暴に胸を揉みしだかれる。
思わず弄られている自身の胸に目をやろうとしたが、あごを掴まれ唇をふさがれた。蹂躙される口から私は呻きとも喘ぎともつかない声を漏らす。
指に押しつぶされる感触で、乳頭はすでに固くしこっていることを知った。
首筋を舌が這い歯がごつごつと当たるのを感じながら、ん、ん、ん、と声をこらす。
肉食獣に食い散らかされる兎のように、欲情し、欲情されている。
重みに肌をなぞられて、私の醜い願いも身体中からにじみ出る。
早く芯に触れて欲しい。
もう溶けきった愛液が後ろの穴を伝い地面をも濡らしているだろう、私のそこを貪って欲しい。
一刻も早くぼろぼろに喰って欲しい。私の家族を引き裂いたその手で。その身体で。
そう、私は文字通り喰われている。
この方は私の父を、母を、最愛の兄を、私から奪った。
己の理想のために力が欲しい、ただそれだけの理由で。
それでも愛していると言い続けるために、私は私の過去を捧げた。
貴方を憎まなければならない記憶を消してくれと泣いてすがりついたのだ。
生涯をかけて付き従うため。
そしておそらく本当は、私自身が葛藤に耐えられなかったため。
その日から、少しずつ記憶は消えていった。
暖かな思い出と引き換えにして、私はこの方のなにもかもを短期間で詰め込んだ。
普段より動くには邪魔と感じていた大ぶりの胸から手が離れて、
主人を失った乳房はふるふると震えた。乳首は名残惜しそうに紅くとがっている。
足がぐいと押し広げられ、待ちわびた瞬間が来たことを知った。
腿からふくらはぎにかけて刻まれた裂傷が目に映る。
私にとって愛おしいその傷は、ザッハ様にとって何なのか、実際のところよく知らない。
指でほぐすこともなく、巨大な猛りが一度に秘所を貫いた。
すでに十分濡れているそこは、私の意志とは関係なく、
易々とそれを飲み込み、締め付けた。
「ァ──あァ───」
痛みともつかない衝撃が身体を走る。
ア、あああ、ざ、ら、ざは、さま、や、あう、う。
ろれつも回らないまま名を呼んで、恥ずかしげもなく醜態をさらす。
衝撃はすぐ激しい快感に変わる。抽送のための抜きすら惜しい。
力いっぱい締めると、肉壁がこすれて、ぐちゅぐちゅと卑猥な音が耳に届き、
やるせなさに身をくねらせた。
私の背後に手が回り、もう一つのすぼまった秘所に指が触れたとき、
思わずびくりと肩を震わせる。
何も受け入れたことのないところへの侵入を予感して、どっと冷や汗が出る。
嫌。怖い。ザッハ様はそのまま指をうずもれさせた。
強烈な異物感に息を呑み、せめて情けない声は上げまいと必死に口を閉じる。
ずぶずぶと入り込まれ身体中の隙間を埋められる感覚に追い詰められ、
切ったばかりの短い髪を振り乱して耐えた。
しかし未知の恐怖も嫌悪も、すぐに目の前の存在を私に刻み付ける道具となる。
今更指一本で生娘のように怯えてしまう事実は、
体内で脈打つ堅い肉とともに私を高ぶらせる。
無粋は承知で必死に言葉を並べようとした。舌を噛んで血の味が口内に広がった。
「あ、愛してます。あ、愛して、ああ」
愛してる。母はきっと山ほど私にそういったのだろう。
もう覚えていない。その言葉は、私の嬌声に取って代わられた。
「私が、貴方を、守ります、から」
父は、きっと私たちを守りたかっただろう。
でも、全てを奪った敵は、とうとう私の心まで支配してしまった。
「あ、あああ、お、お、お願い、もう」
揺らされる頭で兄が浮かぶ。あんなに敬愛していたのに、顔も思い出せない。
私の頬にそっと手が置かれた。ザッハ様らしくない優しいしぐさに、私は戸惑った。
武骨な手に自分自身の手を重ねる。目を閉じた。与えられるぬくもりをより強く感じるために。
それはかつて兄が私の頬に置いた手に似ていると、思った。
突然、胸の内で得体の知れない激情が渦巻いた。
嘘だ。
嘘をつけ。
この手は私からそういうものを奪った手だ。
私が大切にしてきたものをこの手が。
お母さんの笑顔もお父さんの優しさも炎と共にこの手が。
お兄ちゃんへの憧れもこの手が。
私と一緒になってあたしの心も身体も踏みにじったこいつが
全て。全て。
「やああああああああああ───!!」
自身の悲鳴だと気づくのに少し時間がかかった。絶頂へと導かれながら、あたしは絶望した。
ぬくもり。日差し。笑顔。大きな手。森の修行場。お母さんが焼くパン。
喧嘩。傷。広い背中。わがまま。金髪。あたしと同じ。
お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。
お嫁さんになんか行かない。お兄ちゃんのお嫁さんになりたかった。
ただお兄ちゃんの側にいたかった。
無理ならせめてずっと、お兄ちゃんの妹でいたかった。
「いや!いやああ!お兄ちゃん、助けて、お兄ちゃああああん!やだああぁァ──!!」
それだけ声を張り上げて泣いても、かまわずザッハ様はあたしを犯し続けた。
あたしの身体は中の律動に反応してびくんびくんと動いた。
もうあたしは子供らしい愚かな夢も持てない。この男を好きになってしまったから。
この男のために記憶まで捨ててしまったから。何もかもを捧げると誓ってしまったから。
突かれながら首に手をかける。抵抗はされなかった。そのまま、力を込めれば、終わる。
今殺せば、まだ、お兄ちゃんの思い出は残せるかもしれない。
お兄ちゃんはこいつに奪われた。だから、あたしは、
「う、あ、ああっんっ!」
身体が跳ねた。熱いものが腹の中に吐き出される感覚を覚える。
喉元を捕らえた指に力が入らない。──入るわけが無い。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」
だって、答えはとうに出ている。
首から手を解いてそのまま抱きついた。
「………」
あたしは、私は、一体誰の名を呼んだのだろうか。自分でも分からなかった。
汗でべとついた身体をすりよせ、悔いるように肩を震わせた。
「いつまで寝てんだエクレア」
ノックの音とお兄ちゃんの声で目が覚める。
(夢……)
どっちが夢か分からなくて、しばらく天井を眺めた。
「午前中買い物に付き合えつったのはお前だろ。行かないのか」
「あ、うん、今準備するから、ちょっ、ちょっと開けないでよ、門のとこで待ってて」
ドア越しのお兄ちゃんがノブを回すのを慌てて制して起き上がる。
シャツ一枚の姿を見られるのは、別に今さら恥ずかしがることじゃない。
ただ、
(うっわ)
下着の中に手を突っ込むと、ぐちゃっと濡れてた。
ずいぶん長くそうなのか、股布の湿ったところはすでに冷たくなっている。
でもこんなになってるのに、今はひとりでしたい気分にもならなかった。
(寝ながら一回いっちゃったのかなー……)
シャワーで流したかったけど、お兄ちゃんを待たせるわけにもいかない。
もういいや、ふき取って下着だけ新しく履き替えよ。
一通り準備が終わると、仕上げに足の傷を隠す包帯を巻き直す。
傷に触れるたびにお兄ちゃんの目を意識して、緊張するのもいつものことだ。
ザッハ様が亡くなって、
いなくなるつもりだったあたしを、目を覚ましたお兄ちゃんはただ抱きしめた。
そのとき何を理由にしても、逃げられないんだと思った。
商店街に着くなり、見せつけるようにお兄ちゃんの手を引く。
「ブディック寄っていい?」
「……買ってやらんぞ」
「まだ何にも言ってないよ」
あたしの今までを、お兄ちゃんは何も聞かない。
だから、あたしも何も言わない。あたし達の間で、それは全部無かったことになる。
「でも、プレゼントならありがたくいただきます」
「それなら、『ガトーお兄様の大胸筋は
グレイトマーベラスビューティホーマスカレード今夜はカレー』といいなさい」
「……カレー食べたいの?」
うん、家族ってきっと、そうやって救われるんだよ。
「牛肉メインでないと許さん」
「今月食費切り詰めたいんだけどなあ、誰かさんの稼ぎが少ないせいで」
無神経でも、残酷でも。
「家庭の主婦の腕の見せ所だな」
「あー、遠まわしに認めたよこのヒト」
お兄ちゃんが正しくあたしを愛してくれることが、嬉しい。
だから、あたしも正しく応えるんだ。
「いーよ」
「あん?」
股がまだ歩くたびにぬるぬるする。
下の口をだらしなく濡らしたまま、お兄ちゃんの隣で笑う。
「何でもしてあげるよ。お兄ちゃんの言うこと何でも」
ねえ、あたしは妹でいられてる?
あなたの妹でちゃんといられてる?
「うん、じゃあ、今日はビーフカレーだ」
お父さん達を殺した男の、腕で、唇で、性器でよがって。
「だから、新しいブラウス見にいこうね。『大胸筋の美しいお兄ちゃん』」
あのひととの記憶を思い出しては慰めて。
今も会いたいと望み続けて。
散々あなたを裏切りながら、それでも妹の顔できてる?
一瞬目を開いて止まって、お兄ちゃんは笑った。
前にもこんなことあったかな、でももう忘れた。思い出す必要もない。
「何だ、やっぱり服欲しいんじゃねえか。ったくお前も女だなあ」
「えへへ」
そうだよ、その通りなんだよ。だから、だから、ごめんなさい。
………妹ってね、女なの。