「ふっふっふ、待っててね〜ダーリン♪」
そう、あたしはいま夜這い、じゃないわね昼這いの真っ最中。
ダーリンのお母さん、ティラにとっては本当に親子の繋がりになった
あ、あたしもそうか。ティラのお母さんなら姉のあたしにとってもお母さんよね。
ダーリンは涙をのんで譲ってあげたけど(でも愛人の座はあたしのものだし)
なんたってあのアプリコットおば様があたしたちのお母さんになったという事は
素直に嬉しい(なぜかオニオンおじさまはお父さん、って風には感じないけどね)
まあいいわ、アプリコットおば様からのお呼びで花嫁修業へとティラは里帰り中。
一撃必殺の糸つむぎや華麗なムチ使いは芸術的なまでに完璧っていうのに家事は壊滅的、
結局はマロンとほぼ同居っていう新婚後の毎日(あたしも手料理持参で押しかけてたけど)
そんな状況から脱出するために、ティラは一大決心をしたっていうわけ。
アプリコットおば様もそんなお嫁さんを可愛く思わないわけがない。
もちろん、あたしもそんなけなげな妹の恋心には心打たれたわ。
「わたし、石にかじりついてでも家事の技を身につけて帰ってきますわ!」
(そんな悲壮な決意がいるもんだったかしら?花嫁修業って。)
「突然美味しい料理を作って、キャロをびっくりさせるんですの!
だから、新婚なのに寂しいけど、わたし一人でおば様のところに行ってきますわ」
(あーうんうん、そうね…)
キュピーン☆
「そう…しばらく寂しいわね…
もちろん、ダーリンが浮気しないようにバッチシ見張っててあげるわよ!
安心していってらっしゃい。おば様にヨロシクね♪」
け、れ、ど、それとダーリンへのアタックチャンスは別の次元♪
上の会話だけ見ればなんとも暖かい姉妹愛だけど、ね!
さて、鍋釜を山のように背負ってティラは出発していったことだし
それになによりティラとダーリンの見張りを約束したことだし
朝から煮込んだシチューの鍋と白いフリフリエプロンとを抱えて
(一応)二人の新居にお邪魔したわけ。
さて。
ダーリンはどこかしらっと。
出かけた形跡はないしリビングにもいない。
となると寝室でお昼寝中?…むふふふ♪
昼間っからというのもなんだけどそれはそれで刺激的よね。
「ダーリ〜〜〜ン!!!」
「おわっ!な、ななななんだよ!って!…ショコラか」
「ごめんね、一人にさせちゃって寂しかったわよね、愛人失格だわクスン
お詫びといっちゃなんだけど…さあ!」
「…っていきなり脱ぎ始めてるし!!!おい、待てったら」
「ああん!いきなりベッドに放り投げるだなんて…ンもう情☆熱☆的」
「だーーーーーーーーーーーーーっから俺にしがみつくなっての!」
そうやって二人でベッドの上でドタバタやってると部屋の壁時計から鳩が
クルッポーと三時を知らせた。同時に玄関ドアの開く音とその即数秒後、
「兄さん!今日はクリームブリュレを作ってみたんだ」
「…あ。」
「マロン!新婚家庭にアポなしで来るなんて非常識じゃない!」
「…そういうショコラこそ何しに来てるんだい?」
「この状況見て分からない?あーもうだからブラコンは!」
二人してにらみ合ってる間に、あ、ダーリンが寝室のドアをすり抜けてった!
「ちょーっと、ダーリン!!」
キッとマロンを睨みつけるとあたしも手早く服を身につけ街中にいるだろうダーリンを
追って走り出していった。
夏も盛りとあって、しかも街中だし肩も脚も露出した女の子がいっぱい。
ま、このあたしのナイスフェロモンバディに勝ってる子は居ないけどね。
でも、ここなら。ファッション通りとあって若い女の子が一番多いところ。
ダーリンは絶対ここにいる。間違いない。女の勘ってヤツよ。
サーチを全開にしてぐるりと周囲を見渡す。
あっちから谷間バッチリの三人組、むこうには熟れた人妻風の女、間違いない。
が、いつもならあっちのギャルに「イヤー!」と突き飛ばされ宙を飛び
むこうではピンヒールで眉間に穴を開けられ石畳に這いつくばって「ギュウ」
そんな光景が現われるっていうのに今日はそれがない。
あら、じゃあダーリンはここには居ないってことかしら。
ううん、それはないはず、だってダーリンのナンパスポットはいつもここ。
ティラと二人してダーリンをグルグル簀巻きにして帰った思い出の場所。
(う〜〜〜ん)
まあここで張ってればいずれダーリンも引っかかるでしょ。
ほんと、暑いし喉も渇いたし、あそこのカフェでお茶しーよおっと☆
したら、居たのよ。私が入った店から通りを挟んだ反対側のカフェに。
そこはウェイトレスの衣装がミニスカで可愛くてダーリンが入り浸ってたお店。
席を立とうとしたらあたしの注文が来ちゃったから、もう!仕方ないわね。
これ飲んだらすぐダーリンを捕まえにいくんだから!
でも、なんかおかしいのよ。
いつもだったら注文取りにやってくるウェイトレスのお姉ちゃんにことごとくお冷を
ぶっかけられているっていうのに、今日はそれがない。
手を握り締めてグイグイ押し通すってのがダーリンのナンパスタイルだってのに
それ止めて違う攻めかたをするようになったのかと思ったけど、そうでもない。
なんと、テーブルの脇をすり抜けるウェイトレスのプリプリのお尻を目にしながら
(鼻の下は果てしなく長くなってるけど)おとなしく座ってるだけなのよ!!!
ええええええ!いったい、なんで!!ダーリンどっかおかしくなっちゃった!?
サービスなのかなんなのかアイスティーに色々きれいに果物がぶっ刺さったグラスを
一気に口に流し込みながら、あら向こうでガックリしてるウェイターが見えるわ
そんなこと気にとめてる場合じゃないわ、あのダーリンの様子は絶対変よ。
なにかギラギラしたのが消えてるし、遠くを見てるかのような目つきをしてるし
ああ、こうやってジッと待ち続けてるのは性に合わないのよ!さあいくわよ!
なにかものを言いたげにモジモジしてるウェイターに代金をさっさと押し付けて
あたしはダーリンの座るカフェテーブルに向かった。
「コーヒーお代わりはいかがですか?」
「うーん、コーヒーはいいや、お冷を一杯」
…やっぱりおかしい。いつもなら
「ああ頼むよ。…でも、そのコーヒー注ぐのはちょっと待ってくれないか」
「はあ、お客さま?」
「今飲むんじゃなくって、夜明けのコーヒーを二人で飲みませんかお嬢さ〜〜〜ん!!!」
「イヤアアアア!!」
これがいつものパターンだっていうのに。
そっとダーリンの背後に近づいて
「…ダーリン♪」
「ああ、ショコラ。ここ隣空いてるぜ」
いつもなら
「おわっ!フツーここまで追ってくるかっつうの!逃げろ!!」
で、ティラとあたしとで脱兎で逃げ出すダーリンを追っかけていたのに
もしくは
「俺はここでお茶飲んでただけだぜ!なにもまだしてねえよ!」
大慌てでさりげない風を装ってあたしたちの攻撃をかわそうと必死なのに
今日は、フツーに、あっさり。
あたしも気勢をそがれちゃって、ダーリンの口調もさりげない感じだったから
そのままストン、と椅子に座ったんだわ。
カランと涼しい音を立てるアイスコーヒー。マーブルに溶けていくミルク。
なんだか、こんな、どっかの普通のカップルみたくおとなしくダーリンと二人
丸いテーブル、隣同士の席で座っているだなんて、
…落ち着かない。
なんだかあたしのほうがどうしようもなくてストローの包み紙を手で弄くり回す。
相変わらずダーリンはナンパを再開しようともせず(でも鼻の下は長いまんまで)
道を行く女の子を眺めているだけだ。
「…どうしちゃったのよ、ダーリン」
「なんだよ」
「だってナンパをしないダーリンなんて、初めて見たし」
「したらしたで、お前らすっごく怒るじゃんか」
「それはそうだけど、でも、そうじゃなくって、だって変よ」
「そりゃ、俺、結婚した身だしよ」
「そ…それは、確かに、うん、結婚したのにナンパはそりゃダメよ」