新婚ってさあ、もっと甘いもんだと思ってたのよ。  
 
家に帰るとベェァリーキューツでエクスェレントな巨乳の奥さんがよ、  
裸エプロンとかして味噌汁作ってるわけ。お尻がきゅっと上がっててさ、  
動くたびにあひるちゃん?ってぐらいにふりふり揺れるのよ!   
ああ、もうそれだけで突進モード入るね。マドリードだね。ホセだね。  
……が! が、そこをちょーっとこらえてそろそろと近づいてだな、ぐっと抱きしめ耳元で「た、だ、い、ま」  
そうだぜブラザー、さりげなくその胸に手を這わすことも忘れないとも。  
重そうなパイオツが手の中でたっぷんたっぷん揺れるさ。  
股間にはあひるちゃんヒップがむにゅって当たっておれのそこは動脈硬化?  
お医者さん来て息子が危篤って感じ。ちょっと違うか。まあいいや。  
そこで振り返って与えられる刺激に吐息をもらして彼女は言うんだよ。  
「んっ、もう、すぐ出来るから待って」  
おれはおもむろにキッチンの火を片手で止め、そのぷりぷりの唇を指でなぞり、  
はいここで決め台詞「先に君を食べたいな」  
 
 
うん、これだ。これが正しい新婚の姿だ。  
つまりな、おれが言いたいのは、  
奥さんがいくらキューツで巨乳で裸エプロンでもよ、  
必死の形相で鞭を振りまわして元味噌汁だったものと家中壊しながら格闘してたら、  
甘々とはほど遠いよなあってことだよ。  
 
 
「あ、キャロ、お帰りなさいまし。今お味噌汁作ってますから」  
いや、嘘だろ。なんかアメーバ状になって奇声発してるんですけど、あれ。  
「ちょっと調味料間違えて、かさが増えちゃいましたの。  
『人間はもう駄目だ』とか言って襲ってきたもので、お家の中ちらかっちゃったんですけど。  
だから……ふんっ!」  
触手を伸ばしてきたソレを鞭で打ってつむぎ糸を引くと、急所にもろヒットしたらしく、  
アメーバは『私が……間違っていたのか』と感慨深げにつぶやいて倒れた。  
そうだな、人間の愚かしさを憂える味噌汁は確かに間違ってるな。  
テーブルの上を見ると、目玉のついたアレとか、足の四本生えているコレとか、  
不自然にぴくぴく痙攣しているドレとかが、皿の上にのっている。  
……皿の上ということは、やっぱりあれか、食えということか。  
息を切らしやり遂げた顔をしてティラは振り返る。汚れた頬をぐいっとぬぐって仁王立ち。  
ああ、裸エプロンの女性がこんなにも漢らしいとは。  
「ご飯にします?お風呂にします?それとも……」  
そこで言いづらそうに恥ずかしげにうつむいて上目遣いにおれを見る。  
「あ、あ、あ……たし、…とか……」  
かぁ、もうお約束だなこんちきしょー。  
「ご飯は?」  
「出来てますわ。つたないですけど、心をこめて倒しましたの」  
「……風呂は?」  
「出来てます。つたないですけど、心をこめて削りましたの」  
かぁ、もうお約束から斜め45度脱線風味だなこんちくしょー。  
勿論おれは嬉しいぜ。できれば心だけいただいて逃げたいくらい嬉しいぜ。  
 
勢いで結婚したおれ達は深刻な問題に直面した。  
家事炊事をどちらも今までまともにやったことがないのだ。  
おれはマロンに、ティラはショコラにまるっきり任せていたからな。  
まあ、それでも、マロンは何故か家にだらだらいたし、  
ショコラは毎晩夜這いにくるしでなんだかんだと不便は感じなかったんだよ。  
……ティラがある日大爆発するまでは。  
 
そりゃあな。おれだって女房の手料理食べたいよ。  
エロっちいことも人目気にせずギンギンにしたいさ。  
ナンパとかもうできないわけだし、  
周りが騒がしくて旅行から今までまともにいちゃつきもしてないし。  
その点じゃ、不便じゃないけど不満は感じてた。  
 
でもよう、ティラが全部ひとりでやると言ったあとの七日間ずっとこの状況で、  
新婚気分はちょっと無理があるんじゃねぇの?  
 
ピンクのテーブルクロスの上で震えているクリーチャー達を見て思い出す。  
ああ、これ、おままごとだ。  
おもちゃの食器に花ビラ盛って、虫の死骸ものっけて泣かせて、  
お父さんと呼ばれてこそばゆかった、あれだ。  
ティラはおれの手伝いも拒否して必死に完璧な奥様をやろうとしている、らしい。  
その結果がこの大掛かりなおままごとだとしたら、  
(可愛そうだなあ)  
他人事のように思う。  
おかしいな。おれ、こいつの夫なのに、他人事ってさ。  
 
疲れる。  
思わずそんな言葉がよぎる。  
怖くなって頭を振る。  
 
黙り込むおれを見てか、ティラが不安気に顔を覗き込んだ。  
何を間違えてしまったのか、分からないまま叱られる子供みたいだ。  
それが息苦しくて、何とか空気を変えようとする。  
 
「その3択だったら………お、お前かな…」  
あ、すんごい赤い。髪と顔の境界線が無いくらい赤い。  
「……あ……う……いっいやっあたしもそれはやぶさかではないのですけれどっ  
……で、でも、色々、準備とかですね、ありますしっ……」  
今さら消去法とは間違っても言えんなこりゃ。  
しかし、少なくともあのクリーチャーズを口にするのだけはなんとしても避けねばなるまい。  
「いや、その、とりあえず腹は減ってない、し、おれもね……はは…」  
「じゃ、じゃあ、お風呂! 先にお風呂、入ってき……ませ……ん?」  
 
 
今日の風呂は、思ったより原型をとどめていた。  
まあ、天井にでっかい穴が空いてたり、ドアががたがただったり、  
護符とか貼ってあったり(つーか、マロン、来てたならどうにかしろよ)  
そんな程度には変わってたが。  
栓をひねる。おし、シャワーも使えるな。  
目をつむって浴びていると、背中でドアが開く音がした。  
「キャロ、お背中、流しますわ」  
ティラの声がすぐ後ろでする。後ろ?  
「は……ええ?!」  
いや、おれタオルも巻いてない裸なんですけど?  
慌てて振り向こうとした首を押さえられる。……あ、ぐきってなったぐきって。  
「じっと、してて下さいまし」  
妙な迫力を感じて、こくこくとうなづいた。剣でも突きつけられたように、動けない。  
身体越しに腕が伸ばされて、シャワーが止まった。  
そのまま首にその腕が回る。締められそうで肩をすくめる。  
背中になんか、弾力あるもんが当たった。かと思うとぎゅーっと押し付けられた。  
(う、わ)  
密着している。女の身体と、隙間無く。  
いつの間につけたのか、泡のくちゅって音がえらく卑猥だ。  
てか、貴方も裸ですか?裸族ですか?人類皆兄弟ですか?  
押し付けられた胸がそのうち上下にこすり付けられた。  
二つのコリコリした豆みたいなもんが、背中を這い回る。  
ティラは時々つまさき立ちになるらしく、その度、背中に体重がかかる。  
気持ちいいというか、そうされていること自体に、おれは緊張し、興奮する。  
ティラは無言だ。おれも無言だ。二人の呼吸音だけが妙に耳につく。  
首に回されていた腕が滑るように下りた。泡がなぞった肌の跡につく。  
そのまま、彼女の手はおずおずと、おれのへそを撫でて、下へ、  
 
「たっすっストップっ」  
慌てて振りかえった。いや、さすがに、それは今ちょっと。  
顔を見た。振り返ってはいけません。戻れなくなりますよ。唐突にそんな昔話を思い出す。  
ティラは曇った眼鏡をぬぐいもせず全裸で立っていた。  
だから、表情がまるで読めない。思わず口走りそうになる。  
 
………誰だ、あんた。  
 
しばらく黙ったかと思うと、目の前の彼女がいきなりおれの手を掴んで自分の胸に押し付けた。  
うつむいて、手を強く握って、乳首の部分に押し付ける。  
何がそんなに怖いんだ、手の柔らかい感触より、握る力の強さに思う。  
とっさに振り払った。また掴まれる。今度は、彼女の下腹部に。  
「いっ……」  
ぬめっとしたものが指を包む。彼女の身体の奥に触れている。  
「あ、あたしも、洗って下さい」  
うわずった声で言うと、掴んだ指をその部分にこすり始めた。  
唇からこらえた息が漏れる。  
眉間に皺を寄せて、彼女は恐ろしいことに耐えるようにおれの指を、使う。  
そこだけ別の生き物で、指をむさぼられているみたいだ。  
盛り上がったところに触れると、きゅっと太ももが閉じて余計に圧迫された。  
おれ? さっきからの想像ぶっちぎり超展開にもう鼻血でそうさ。  
股間は膨れて痛いくらいだよ。でも、でもだよ。  
(あ、駄目だ)  
うん、こりゃ駄目だ。なんでか知らないけど、とてもこれは、駄目だ。  
指を引いた。その刺激に感じたようにんっと小さく声が上がる。  
「自分で洗えよ。ガキじゃねえんだから」  
やべ、キツい言い方した。  
 
おままごと。あの日、ティラと二人きりの。  
どうして今ここで、思い出すんだろう。  
 
「あたしは……」  
一瞬固まって、すぐティラは立ち向かうようにおれを見上げる。  
「キャロが、好きです」  
壁際に追い詰められる。乳房が揺れる。眼鏡は相変わらず白く濁ったままだ。  
「今は、至らないですけど、すぐ何でも出来るようにします。キャロが望むことなら何でもします。  
だって、あたし、キャロの奥さんなんですもの」  
お帰りなさい。ご飯にします?お風呂にします?  
「だから、何でも言ってください。何が欲しいですか?どうして欲しいですか?」  
あ、あいつ、キャロットじゃねえの?  
うわ、ままごとだってよ。だっせえ。  
「一緒に住み始めてから、キャロ、二人っきりの時、  
一度も楽しそうになんて、笑ったことないじゃないですか」  
おかーさーん、ぼくおっぱい飲みたいでちゅ、ぎゃははは。  
「お姉様やマロンちゃんならいいんですか。あたしじゃ駄目なんですか」  
馬っ鹿ヤロー どいつだ今笑ったやちゃあ  
「あたしが、こんなだからですか。あたし、キャロに無理させてますか」  
 
そうだった。  
おままごとの終わりは、からかった奴にむかついて、敷かれたクロスを勢いよく  
 
「あたしは、」  
「なあ、ティラ」  
 
引っ張ったんだ。  
 
 
「もう、やめねえ?」  
 
 
いい加減、眼鏡が邪魔だと思った。  
手を伸ばして、はずす。呆然とした、ティラの顔。  
「だって、お前だっておれと二人で、ちっとも楽しそうじゃねえもん」  
ふと思い立ってかけてみる。視界がぼんやり濁る。目の前のティラがただの塊だ。  
「いいじゃん、出来ないもんは出来ないでさ」  
そっか。ティラはおれのことこんな感じで見えてなかったんだ。  
そりゃ不安になるわな。見えてないティラも。見られてないおれも。  
「マロンにさ、飯頼もうぜ。それぐらいいいだろ。  
ショコラだって暇じゃん、何かしてくれるんじゃねえの?」  
眼鏡をはずして、真っ直ぐにティラを見る。  
今にも泣きそうにその顔が歪んでいる。子供の時とちっとも変わってない。  
それが可笑しくて、思わずくっと笑った。  
 
パコーンッと固いもんが頭に直撃した。床を洗面器がぐるぐる独楽となって回る。  
間髪入れずグシャッガンッドゴンッビヨーンとこの世のあらゆる擬音を立てて何かが次々頭を打っていく。  
「ぎえっおい待てっティラ…待てっつーの!」  
投げるものがなくなると、ティラは外れかかってた風呂のドアを引きちぎって振り上げた。  
いや、それ、普通に死ぬし。  
………さようなら、皆さん。今までキャロット君を応援してくれてありがとう。  
だが、いつまでたってもその瞬間は訪れなかった。  
恐る恐る顔を上げる。ティラはドアを振り上げた格好のまま、ぼろぼろ涙を流してた。  
「キャロの……キャロの……」  
はい、馬鹿です。知ってます。だから許せ。  
「………言うとおりですわ」  
ゆっくり下ろされるドア。そのままうずくまってしゃっくりあげる子供みたいなティラ。  
おれも何だか腰が抜けて座り込む。ああもう、めちゃくちゃだな。  
周囲には石鹸やらスポンジやら散乱してて、天井には穴が開いて。  
おままごとが終わる。あの時と同じ、最悪の形で。  
 
(何でこうなるんだろうな)  
おれだって、ちっとも変わってねえんだ。  
 
「ティラ」  
湯船に手をつけて呼びかける。両手を組んで、力を入れる。  
ぐすぐす鼻を鳴らしてこっちを向いたティラの顔にぴゅっとお湯がかかる。  
「蛙」  
もっと泣くかな。怒るかな。どっちでもいい。  
「………」  
驚いたように目をしばたいたティラは、泣くのをやめた。  
惚けた顔で辺りを見回す。  
「……酷いですわ」  
風呂がか。おれがか。  
背筋に悪寒が走った。そういえばさっきから二人とも裸で濡れたままだ。  
手を伸ばす。肩に触れるとやっぱり冷えている。  
魂が抜けたような表情でおれを見つめるティラの唇を、えらく無造作に、  
自分のそれでふさいだ。  
そのまま止まる。口と口を合わせるだけの、ガキみたいなキスだ。  
顔を離すと、ティラはぷはっと息を吐いた。  
そういや、キスのとき息止めるんだよなこいつ。  
 
「キャロットは……おままごと、好きじゃなかったですものね」  
「え……」  
何だ。あのときのこと、覚えてたのか。  
「だから、今度だって、いつ『やめた』って、何処か行っちゃうんじゃないかって」  
「今のは、おままごとじゃねえじゃん」  
おれの腕の中で、否定するように頭を揺らす。  
「おままごとですわよ。こんなの。ちゃんと分かってます」  
「ティラ」  
「分かってて、気づかないふりしてました。ごめんなさい」  
また、するすると涙が伝う。……そっか、分かってたか。  
分かってて、おれが何処か行っちゃうのが怖くて、  
むきになっておままごとじゃ無くしようとしてたか。  
いつもおれを馬鹿だと言うくせに、おれと同じくらい馬鹿で、可愛そうなティラ。  
あれ、可愛そうと可愛いは同じ意味なんだっけ。  
馬鹿で可愛そうなティラがもうどうしようもなく可愛く思えた。  
おれ、やっぱ酷え奴か。  
胸に手を這わす。動かしもせず包み込む。旅行のときも触ったはずで、  
さっきを入れれば三度目なのに震える指が自分で情けない。  
おれにしがみついたティラの手に力がこもる。  
切なそうに目を閉じて、口の中で呟いた。  
「………ベッドが、いいです、キャロ」  
 
 
ろくに拭かずにベッドに倒れこんだから、シーツが湿っぽくなった。  
「すげえ濡れてるな」  
そういうと、ティラは恥ずかしそうに身体を縮こませる。  
「や、い、言わないで下さい」  
………あー、そっちの意味じゃなくてね。おれのほうが恥ずかしいじゃねえか。  
気まずさを誤魔化すつもりで口づけた。  
舌をちょっと出して唇をなぞると、ティラもおずおずと舌をのぞかせて応える。  
小さく水の音がする。  
あ、今って、ティラの内側とおれの内側が繋がってんだ。そう思うとすんごい、いい。  
それにしても、何でこいつ、こんな時、息しないで異様に静かなんだろ。  
「人間には鼻という呼吸器官が備わっています」  
教えてやると、笑ってるんだか困ってるんだか分からない表情になった。  
いや、もう、可愛い可愛いすんげーかっわいい。それ以外、出ねえよ。悪いか。  
ぎゅーっと力いっぱい抱いてみる。  
こんなに体重かけて女の身体って潰れないのが不思議だ。  
髪も、胸も、腹も、足も、身体全部使ってティラの表面全てに触れている。  
背中に手を這わせて尻をなでた。  
「う、んっ…キャロ……」  
耳を舐めると、名前を呼ばれる。答える代わりに頬にキスした。  
「……は、今まで、何人の女の子と、しましたの…?」  
「───っ!」  
ぶっと噴出して固まる。今か。今この場で聞くかそれ。  
「そっそりゃあよ、わたくし愛の伝道師だからしてですな、  
愛振り撒きまくりというか、泣かせた女は一山いくらとか、  
慰めた女は女郎屋で競売とか、ハイヒールで踏まれて思わずエレクトとか、  
もう行くとこまで行っちゃっておりますよええ」  
………これじゃただの『鬼畜&マゾ奴隷もいけます変態』だ。  
 
尻に置いた手を、もっと奥に差し込んで、ゆっくり動かす。  
動かす指にあわせて声が漏れるのが楽器みたいだと思う。  
「あ……うぅ……はぅ……いぁ……」  
おれから逃げるように、身体をくねらせてずり上がる。  
触れたところはどろどろになって、指を曲げると水が溢れてついてくる。  
こんなに濡れたティラのここは初めてで、どっか壊れてんじゃないかと不安になるくらいだ。  
突起になってるところに触れると、  
ひときわ高い声で鳴くから、こっちも驚いて止まった。  
「痛かった?」  
「え、あ、だ……大丈夫、です……」  
初めてそこに触れたときも、さっき触れたときも、  
ティラはまるで怯えるみたいに苦しそうで、傷つけているのかとおれはいつも怖い。  
だから今度だって、とまどう。  
どうしたらいいか、何回やっても本当にはよく分からん。  
突然ティラの手が、ぎゅむっとおれの硬くなっているところを握った。  
いきなり強くされたもんで、思わず「ぐえ」と声を上げる。  
 
「あ、痛かったですか……?」  
「い、いや、大丈夫」  
大丈夫だけど、事前にそれらしい振りぐらいして。お願い。  
それきり何も言わず指を動かす。撫でてみたり、軽く揉んでみたり、  
どうしたら良いか分からないように、あっちこっちとせわしなく這う。  
(う、やべ)  
むずがゆくこそばゆい感じで、だけど思わず出してしまいそうだ。  
慌ててティラの手を押さえると、また何か間違えたかと問うようにおれを見た。  
「最初はさ」  
そういや、これで邪魔入らなかったら、ちゃんと、最初なんだな。初夜って奴。  
「……中がいいよ」  
 
つか、入るんかこれ。あてがっても、きつ過ぎて入り口から先に進まない。  
「キャロット……早く」  
苦しそうな声が響いた。入れられる方は、洒落にならんくらい痛いんでなかろうか。  
「そこで、いいから……もっと、奥……」  
痛いことは、じわじわより一気にやっちゃった方が楽に決まってる。  
そう自分に言い聞かせて、半ば無理矢理に穴をこじ開けた。  
ひきつった声が耳元に届く。悪い、気にかけてやれるほど余裕ねえんだ。  
「くっ……」  
ぎりぎり締め付けるそこに、ちょっと動けば吐き出しそうになる。  
幾らなんでも入れてすぐは嫌だ。よし、こんな時こそ数学だ。円周率でも唱えるぜ。3。  
「終わった」「え、もう?」  
はっと口を押さえてティラは潤んだ目をおれに向ける。  
「昨日の夜は素敵でしたわ、キャロット」  
いやいやいや、まだ一応お前の中で元気だし。  
一人で朝まで時間をすっ飛ばすな。  
まあ確かに、気が動転して、  
「この後も、まだまだ続くよ」  
と間抜けな答えを返すおれもどうかと思うけどな、うん。  
 
試しにわずかに身を引いて、もう一度押してみる。  
腰が引かれて、肩を掴んでいる手に押し戻された。  
意外に強いその力に、どす黒いような気持ちが沸く。今更止められるか。馬鹿。  
追って捉えて繰り返す。始めは少しずつ、段々大きく。  
「ひっ!……やうっ………つっ……んっ……」  
ぐちゃぐちゃした音に、そこを喰らって咀嚼している錯覚。  
紅い髪が頬を打つ。思わずそれを手で踏んでしまう。  
おれから顔を逸らせなくなったティラが、ぎゅっと眼をつむる。  
「キャロ……ぃ…痛…見な…いで、め、がね……どこ……」  
いらねえよ、んなもん。  
お互い、溺れる人のようだ。もがきながら目の前の肉にしがみ付いて離れない。  
締め付けられて、苦しい。何かに取り付かれたように、おれも、ティラも揺れる。  
「あ……」  
どちらともなく声を漏らした。二人して肩で息をして目を合わせる。  
恐る恐る引き抜くと、ずるっと音がしそうな感覚と、  
混ざって桃色に染まった液が、シーツに漏れるのを見た。  
見詰め合って沈黙する。  
「はは」  
思わず笑った。これは何の笑いだろう。もう少し感動するのかと思ってたけど、  
脱力感のほうが先に立って、何も考えられない。ティラはティラで、何も言わずぼけっとしてるし。  
どっか悪くしたかな。結構乱暴にやっちゃったもんな。  
とりあえず頭を撫でてみた。あ、布団に潜った。  
「そのまま寝たら鼻血出して死ぬぞー」  
呼びかけるが出てこない。待つこと10分、動かないティラの頭を仕方なく撫でていると、急に眠気が襲ってきた。  
ヤるだけヤった今、即効寝たら、おれすんげー自分勝手な男じゃねえか?  
 
……まいっか。汚れたシーツも壊れた家も、明日だ明日。  
免罪符のつもりでもう一度ティラの髪を触ると、そのままおれは、意識をあっさり手放した。  
 
嬉しいやら悲しいやらが、ごっちゃになった夢で目が覚める。  
窓の外は濃紺だ。夜明けが近い。  
(何だったっけ)  
すぐ横でティラが眠っている。まだ覚めない頭で昨日をたどった。  
(そうか)  
納得すると、喉が渇いているのに気づいた。  
台所に行くと、コーヒーらしきものがポットに溜まっている。カップに注いで飲む。  
「まず……」  
子供の頃遊びでうっかり飲んだ、泥の味がした。  
これだってティラが作ったにしては、上出来なほうだ。  
ベッドに戻り耳元でささやいてみる。  
「お嬢さーん。僕と一緒に夜明けのコーヒー飲みませんかぁ」  
「キャロット……う、浮気は……」  
うなされ始めた。失敬だな君は。  
これが夢にまで見た「夜明けのコーヒー」ね。もう、全然思ってたのと違う。  
上手にいかないおままごと。理想は何一つ叶わなくてさ。  
 
 
「でも、まあ、いいよ」  
 
 
やろうぜ。がっつりと、おままごとでも何でもよ。  
例え嫌になって投げ出しても、  
その時は泣いてるお前の手を引いてどっか遊びに連れてってやるから。  
 
今日は部屋と風呂を片付けたら、マロンのところ行ってコーヒーの入れ方を聞きに行こう。  
旨く入れられるようになったら、夜明けに叩き起こして一緒に飲むんだ。  
それぐらい付き合え。  
頬を軽くつねったら、何を勘違いしたか、ティラはにへらっと笑った。  
どんな夢みてるんだか。笑って眺めながら、カップにもう一度口をつけた。  
「やっぱ不味いわ……」  
 
「よっしゃあっ体液を吐き出して攻撃してきたぜ! 次はどうすればいい?!」  
「とりあえず、朱雀かなあ」  
マロンは護符を手でいじりながら、肩を落とした。  
「そうか、よしマロン行け! お前はやれば出来る子だ!」  
「………本当にぼくの言う通りに入れた?」  
手伝おうとしたが絶対に手を出すなと言って聞かないので、放っておいた。  
その結果がこれだ。  
「勿論だとも。目に浮かぶぜ、一杯の旨いコーヒーのためにお前がアレと死闘を繰り広げた日々」  
「そんな日々知らない……」  
「あーもーいちいち細けーなー。ま、せいぜい後ろで応援してますよ。  
何故ならおれはやっても出来ない子なのだから!」  
胸を張って威張られた。さっきまで少し口を出すだけで噛み付かんばかりだったのに、  
この期に及んで現金なものだと思う。  
(まあ、これ以上壁を溶かされても困るし)  
このままだと今度は自分の住む家が無くなるし。  
既に壊滅状態のテーブルと椅子は諦めて、  
マロンはコーヒーらしきものに向けて印を結んだ。  
 

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